757話_side_Primrose_練術場
~"転生令嬢"プリムローズ~
思えば、あの『サラマンデルロード』も変な存在であった。ベルフェルテのやつも大概変な魔物ではあったが、聖女混じりの彼女と遜色ない程度には『サラマンデルロード』も変わり者であったように思う。
先の『オンスロート』は終わってみれば人類側の歴史的大勝利という結果であったが、その要因として大きな部分を占めているのは件の『サラマンデルロード』が本気を出さなかったことだと私は考えている。私はスレイとしてアレと少々交戦した経験があったが故に、アレが本当の本気で形振り構わず暴力を振るっていれば、戦場が地獄と化していたであろうという確信がある。
そもそも決して楽な戦ではなかったし、過酷な戦場ではあった。
だが、『サラマンデルロード』が本気で暴れていれば、あの比ではない地獄が顕現していたことだろう。
無論、そうであったとしてもシリウス閣下がアレを討伐したかもしれない。しかしそのためには、シリウス閣下であろうとも刺し違える覚悟で挑む必要があったはずだ。閣下が負けてそのままワンチャン人類が敗走していたとしてもなにも不思議ではない。
そうならなかったのは、偏に敵の主魁である『サラマンデルロード』が始終、遊んでいたからだ。
彼女にはあの戦いが生存競争であるという気概がまるでなかった。それこそ、仲の良い友人に誘われて、ちょっと遊びに出てきたという程度のノリであったように見受けられた。
そして彼女はあまりにも潔く、さっぱりと死んだ。
それこそ、仲の良い友人が逝ってしまったから、じゃあ自分もと言わんばかりの幕引きであった。
あれとて、閣下を始めとした騎士団・討伐者連合が『サラマンデルロード』を追い詰めていたのは事実だが、しかし彼女が往生際悪く必死の抵抗をしたり、あるいは賢しく退却して体勢を立て直すような動きを見せていれば、きっと目も当てられない泥沼の戦いになって、犠牲者の数も跳ね上がっていたことだろう。
おそらくだが、彼女は最初から勝敗にも生死にも然程こだわりがなかったのだ。
勝つつもりがない、というわけではなく、負けても別にいい。
生き残る気がない、というわけでもなく、死んだらそれはそれでいい。
佳き死を迎えるために邁進していたベルフェルテとは、また異なるメンタリティ。あれが『サラマンデルロード』である以上は、人間などとは比較にならないほどの年月を生きてきた魔物だろうから、死生観からして我々の尺度で測れないのはわかっていることではあるが。
それにしても、意味不明だ。
私にとっては全く以て意味不明である。
「そう言えば、カーマインは武器は使わねえのか? プリムはまあ、わかるけどさ」
そんなルークくんの言葉が私を埒もない思考から引き戻した。
私が武器を使わないのは見ての通りの体格だからである。大抵の武器は持て余すし、振った自分のほうが振り回される無様を晒すことになるから。尤も、『転神』すればその限りではないし、やろうと思えば生身で魔剣を振るうことも当然出来るが。
私の事情はともかく、確かにカーマイン殿下くんが武器を持ってるイメージはないな。なんか勝手にガルム人は皆格闘タイプだという先入観があるんだけど、普通にそんなことはない。というかクゼくんとか普通に剣使ってるし。たぶん私の先入観の大部分はソル先輩とかいう戦闘民族のせいだろう。
「俺も剣は使うぞ」
「あ、そーなん? どんなやつ?」
「大抵は両手剣だ。お前ほど達者ではないだろうがな」
へーそーなのか。
そのわりには先の『オンスロート』の時も剣は持ってなかったが。
そんな私の疑問に彼が答えて曰く、
「単純に性に合わんというだけだ。そもそも、式典などの際には格好つけで剣を持たされることが多いから、どうせ持つなら使えるようにしておこう、という程度の理由で学んだにすぎん」
「なるほどな。そういえば貴様は王太子だったなそういえば」
「へぇ。やっぱ王太子ともなるとそういうお役目もあるんだなぁ大変だな」
「お前達は…………いやなんでもない」
どうした言いたまへよ殿下くん。ボケ殺しよくない。
もちろん、私もルークくんも決して他人事ではなく、どちらかというとそういうお役目を果たす側の人間であるのは言うまでもないことなんですねぇこれが。
さて、そんな雑談をしている間に眼前で行われていた試合が終わり、遂に私達の出番がやってきた。待ちに待ったというほど別に待ってもなかった初試合である。
気になる相手はどうやら上級生の先輩チームのようで、男女の構成はこちらと同じ。学生戦力としてチラホラ見た覚えがある顔の子たちであった。初戦から王族のチームにぶち当たったということで若干気圧された雰囲気は見受けられるが、それでもやる気は充分という印象だ。
そんな彼等に対する私達の作戦は――、
「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応、といったところだな」
「つまりどういうことだ」
「カーマイン、任せた」
私がひらひらと手を振ると、殿下くんはこの上なく渋い顔をした。
だって最初から言ってあるからね私。あくまでも殿下くんの恋路を応援するために参加しているのであって、彼を勝たせるためにやってんじゃないのよと。なので本命の主人公ちゃんまでは自分で辿り着き給えよ。
というわけで私は優雅に姫プさせてもらうとしよう。
なおルークくんにはそんな事情は関係ないので、彼は彼で勝手にやる気満々のようだが。
「まあまあ、プリムはカーマインの実力を信頼してるからこんなこと言ってんだって。な!」
「んむ」
「いや楽をしたいからだろう」
「んむ」
「「…………」」
その目はなにかなキミ達。
別になにもおかしくはない。私は出来るだけ楽をしたいので、信頼している殿下くんに一切を任せるのだ。別に相手を舐めているとか馬鹿にしているわけではなくて、彼我の戦力差を考慮した上で殿下くんに任せれば問題ないと判断しているだけなのだ。
そうに違いない。
尤も、だからとて試合の場にはいなくてはならないので、私は殿下くんとルークくんの後ろに続いて試合用のフィールドに入る。対面側には相手チームが同じように入ってきていた。練術場には特に区切りのようなものはないが、強いて言えば展開されるセーフティ用の結界魔法の範囲がバトルフィールドとなる。
ちなみに殿下くんの試合ということでそれなりに観戦者もいて、客席などはないので先程までの私たちよろしく遠巻きに囲んで見ているような状況だ。
審判役の教員からいくつかの注意事項等の説明があり、試合の開始が宣言される。
真っ先に動いたのは殿下くんだ。
彼は徐に片手を翳し、
「防御せよ」
とだけ告げた。
それは私達チームメイトに対する言葉ではなく、明らかに対戦相手のチームに向けられていた。片手で照準した殿下くんの周囲に三つの雷の球が現れ、バチバチとスパークを飛ばす。
「ッ散開だ!」
相手の判断も中々早い。
わざわざ警告までして撃ってくる相手を素直に待つ馬鹿が居るかと言わんばかりに、男子二人は俊敏なフットワークで狙いを絞らせないようにしながらこちらへと向かってくる。
ただ、唯一の女子は機動力の問題で躱せないと判断したのか、指示には従わずその場で防御魔法を唱えていた。
そして、
「愚か者。俺は防げと言ったぞ」
それぞれに向けて放たれたのは下級の射撃魔法。
雷属性『空灼く白光』。
特筆すべきはその恐るべき弾速である。
「はゃ、」
と、回避しようとした男子が言いかけた時には既に直撃していた。もう一人も同じ状況で、彼等は強かに撃たれ、スパークする雷の残滓を撒き散らしながら練術場の地面を転がっていった。
私のような反則技を持っているわけではない殿下くんの魔法行使において、基本的に構築速度は威力と引き換えである。今の射撃魔法はほぼ速度に全振りの構築で、それでもわりと洒落にならない火力を発揮してしまっているのは、偏に殿下くんがそもそも火力に特化したタイプの魔法資質を有しているからだろう。
ちなみに、回避を選択した相手方の判断は別に間違っていない。弾速が凄まじいということは回避が難しいと同時に命中させるのも難しいということだ。この距離ならば狙う側には偏差射撃の技量が求められることを考えれば、避けるほうに分があるのは明らかだ。
それで寸分違わず命中させるのは、殿下くんの流石の腕前といったところか。
「っきゃあ!?」
そして唯一防御することを選択していた女子の先輩は、障壁を使って射撃を防ぐことに成功していたが、障壁自体は一撃で砕けてしまった。単純に殿下くんの攻撃が速過ぎて、障壁に充分な魔力を注ぐことが出来なかったのだろう。
衝撃を浴びて悲鳴をあげ後退った彼女の首筋には、次の瞬間には蒼く輝く刃が突きつけられている。
殿下くんの速攻と時を同じくして、自身を蒼い雷光と化して肉薄していたルークくんだ。
黒一色の拵えだった彼の剣は、起動状態になったことで彼の魔力と同じ蒼い輝きを纏っていた。
一拍遅れて、ようやく仲間二人が戦闘不能になっていることと自分の首筋に刃が突きつけられていることに気付いた彼女は、引き攣ったような声を零してその場にへたり込む。
「ひ、ひぇ」
「おっと。リーダーが落ちたら終わりなんだっけか」
最初に号令を出した男子が相手チームのリーダーなので、彼が直撃を貰って気を失った瞬間に勝敗は決している。だから残った一人にルークくんが剣を突きつける必要もなかったのだ。
まあ、こうなるわな。本当に実質一秒くらいで終わったのではなかろうか。
勿論私は一切なにもしていない。
ギャラリーも唖然としているし、審判役の教員も目を白黒させている。
「ごめんな先輩。無駄に怖がらせちまった」
そんな中で、へたりこんでしまった相手に手を差し伸べるルークくんの暢気な声だけが聞こえる。
「中々悪くない動きだったぜ」
「え、そう、かな? 一撃で割られちゃったけど……」
「いや実際、カーマインの攻撃に反応できただけでもすげえし、防御は割られたけどダメージは通ってないだろ?」
「う、うん……」
「じゃあ防ぎ切ったってことだ。それは自信もっていいことだと思うぜ」
手を取って立ち上がった相手に、ルークくんが明るく歯を見せて笑った。
そうすると相手も、満更でもなさそうな照れた表情を見せる。
「そ、そう言ってくれると、ちょっとは救われるかな」
「少なくとも、そっちのチームで先輩が一番強かったってのは事実だからな!」
「うふ、ふふ、そうかも」
ちょっと男子ィ、と言いたくなる有様だったからね他二人。
まあ、相手が悪かったということなので、一概に彼等が劣っていたと言うべきではないけども。
とはいえ、実際のところ私から見ても彼女の腕前は中々のものだ。殿下くんの攻撃に防御を間に合わせたのは普通にすごい。
そしてすごいと言えばルークくんのこのコミュ力の強さよ。
見てくださいよ、もう仲良くなって談笑してるぞあの子たち。
教員が試合終了を告げないから立ち去るわけにもいかなくて仁王立ちのまま立ち尽くして変な顔しているどこかの誰かにも見習ってほしいですね。
私と殿下くんのことだけども。
私はとりあえず殿下くんに声を掛けておく。
「カーマイン。おつかれ?」
「……お前もな」
「別に疲れるようなことはしていないな」
「……俺もだ」
「「…………」」
とまあ、私達の『戦技舞闘会』はこんな感じでぬるっと幕を開けたのであった。




