756話_side_Primrose_練術場
~"転生令嬢"プリムローズ~
『戦技舞闘会』の予選トーナメントは学院内に点在している複数の練術場を利用して、平日の放課後の時間を使って実施される。練術場というのは平たく言えば魔法を使うための屋外運動場であり、そこに特殊な結界魔法を展開維持する魔法具と審判役の教員を配置して予選を行うのだ。
これは一種の競技であると同時に、魔法という技術を駆使した真剣勝負でもある。魔法には当然の如く殺傷能力があるため、人体に直撃すれば怪我をするし、最悪の場合は命を落とす。その最悪を極力回避するためのシステムが『アリーナ』に搭載されている『晶像』だ。予選で用いられるセーフティのシステムは『アリーナ』のそれを簡略化したものと言えるだろう。畢竟、『アリーナ』のそれほどの効力はないが、予選においては充分に役割を果たすことだろう。
というのも――、
「詠唱するよ! 二人とも、十秒稼いで!」
「おう、まかせろ!」
「行くぜ!」
後衛役の女子の指示に従って、前衛役の男子二人が武器を片手に掛けていく。
「よし、打ち合わせ通りこっちは手数で行くぞ!」
「りょうかい!」
「詠唱を完成させるな! プレッシャー!」
迎え撃つチームもまた、互いに声を掛けつつ展開し、ぶつかり合う前衛の上を牽制の射撃魔法が飛んでいく。大技で一気に片を付けようと画策している前者のチームに対して、後者のチームが妨害を仕掛けていく形だ。ちなみに最後の学生が言っている『プレッシャー』という掛け声は競技的な魔法戦においてよく用いられるもので、要は相手方の魔法使いの思考を乱すことで魔法の発動を妨害せよという意味だ。魔法使いって思考を乱されると魔法のパフォーマンスが露骨に下がるからね。
うーん、なんというか。
こんなこと言っちゃあ失礼かもしれんけど。
「平和だ……」
遠目で観戦している私は思わず呟いていた。
この後、私達のチームも最初の試合があるので現在は待ち時間がてら他のチームの予選を観戦している状況。つまりここに居るのは同じ予選ブロックの者達なので、今戦っているチームとも今後当たる可能性があるわけだ。尤も、結界用の魔法具やそれを管理する教員の負担的な理由で一日に何度も試合を行うことが出来ないため、今日のカードはこれと次の私達の試合だけだ。
「まあ、お前から見ればそうかもしれんな」
と、私の呟きに反応したのはカーマイン殿下くんである。予選の試合は学院指定の運動着を着用して行われるので、私も彼も運動着姿だ。殿下くんは少しばかり体格が立派過ぎるので、制服以上に運動着が似合っていないことに定評がある。なんかどうしても、大人が無理して学生服着てる感が出ちゃうんだよね。言葉を選ばずに言えばコスプレ感。
なお私はまったく逆方向の意味で似あっていない模様。なんかどうしても子供が背伸びしてる感が出ちゃうんだよね。言葉を選ばずに言えばおままごと感。
殿下くんは腕組み王族スタイルで目の前の試合を観戦しつつ言葉を続ける。
「だが、本人達は真剣だし、命懸けなのだ」
「理解しているし、虚仮にするつもりもない」
「そうか」
そもそも、学生レベルの魔法戦ってこれが本来まである。魔物との戦いとはまたちょっとセオリーが違うからね。なんなら、目の前で試合を繰り広げている両チームは上澄みとすら言える練度だろう。
普通に考えて、学生の分際で『オンスロート』に乗り込んでいって魔公や大型種と殴り合いを繰り広げてきた私やどこぞの主人公がおかしいだけなのだ。
学生レベルの戦術というのは基本的に役割分担が明確化していて、戦いの流れはターン制バトルじみていることが多い。つまり私やどこぞの主人公のように弾幕や砲撃をばらまきながら飛翔して斬りかかって時間を止めたりはしないわけだ。
無論、学生レベルのアベレージがそうであるというだけで、私を筆頭に抜きん出た実力者は少なからず存在するが、そういう者達は基本的に本戦でしか当たらないように試合カードが組まれているので、相対的に平和な予選は『アリーナ』ほどのセーフティがなくても恙無く運営出来ると、そういうことだ。
理解はしているが、なんというかこう。
「だがなぁ、あれに乗り込んでいって一蹴するのは流石の私も気が引けるぞ」
別に自惚れでもなんでもなく、私なら時間魔法を抜きにしても一秒かからずに制圧出来る自信がある。目の前のどちらのチームも、なんなら両方同時に襲い掛かってきてもだ。
「気持ちはわかるが、だからといって手を抜くのは失礼だ。それに、敗北から得るものもある」
「貴様が言うと説得力が違うな?」
私の小さな皮肉に殿下くんは「む」と顔を顰めたが、反論はしなかった。というか相手の敗北を前提として会話するのもそれなりに失礼な話ではあるが、実際のところ私達が負けるほうが難しいというくらいに実力差があるのは確かなのだ。
そこで会話に入ってきたのはもう一人のチームメンバーであるルークくんだ。
「プリムはまだいいって。俺なんて、一人だけこんなん持ち出してんの、ちょっと気まずいんだぜ?」
言いつつ、ルークくんは手に持った黒い刀剣を見せた。
不思議な光沢を有する黒い金属で統一された外観をもつメカニカルな剣で、緩く呼吸しているような独特の存在感があって、あからさまに普通の剣ではあり得ない代物であった。
カーマイン殿下くんが興味深そうにそれを見遣る。
「人造魔剣といったか?」
「そう。『ガルヴィング』ってんだ」
つまるところが英雄伯閣下が使っていた刀剣と同じ類のものであり、古式ゆかしい『魔剣』のメソッドと近代術理学の技術を組み合わせて生み出された次世代の魔法武器といったところか。
「無事に使用許可が出てよかったな?」
「マジでな。こりゃ無理かもって半分諦めてたぜ俺」
この『戦技舞闘会』では使用する装備の持ち込みが許されていて、参加者が独自の得物を用いて戦うことが可能だ。となると装備の格差というものは自然と生じてしまうが、装備を用意するところから戦いは始まっているということだな。
んで、この人造魔剣『ガルヴィング』とやらはルークくんの持ち込みの武器である。
当たり前のルールとして、どんな武器でも自由に使っていいというわけでもなければ、持ち込みの武器については事前に申請して学院からの許可を取らなくてはならない。そのためルークくんも使用申請を出していたのだが、これがまあ中々揉めたようで一向に許可が出なかったのだ。
まあ、そもそも『魔剣』って使用禁止の代表格ですしおすし。
「やっぱ魔剣って名前がよくないんじゃねえか……?」
「そんな馬鹿な、とは言い切れんのが微妙なところだな」
彼等の遣り取りに私は口を挟まず、小さく鼻を鳴らすだけにとどめた。
魔剣というネーミングに過剰反応するのはバカバカしいし、額面だけを見て中身を見ずに議論を封殺するのはナンセンスの極みである。
バールに『エクスカリバー』と名付けたところでそれは聖剣ではなくただの工具なのだ。しかし悲しきかな、そういう本質以外のところにこだわる輩は少なくないし、意識と常識が凝り固まった年配の人間に特に多い。往々にして、そういう輩ほど権力を握っているものなのである。
そんなわけでルークくんの得物も中々すんなりとは使用許可が出なくて、結局ギリギリで予選開始に間に合ったという風情であった。
「最終的にはリミッターを施して使用許可が出たのだったな」
「そうそう。なんか技研印のリミッターが掛けてあって、マギアドライブとしての機能は封印されてるんだよな」
技研印というか、ほぼほぼマッド印って感じだけども。
ルークくんの人造魔剣『ガルヴィング』はシリウス閣下が使っていた人造魔剣の完全上位互換らしくて、閣下の戦闘データからのフィードバックや、様々な次世代の技術がふんだんに盛り込まれたハイエンドの武装だ。例えば、修道士クロスの義体技術から得られた変型機構だったり、主人公ちゃん達の試験運用から得られたマギアドライブ技術だったりだ。
主人公ちゃんとレックス氏の使っている剣は、武器にマギアドライブを搭載した構造をしていたようだが、ルークくんの『ガルヴィング』はそこの区別がなくて、剣そのものが一個のマギアドライブと言えるだろう。
「ドライブとしての機能が封印されると、何が変わるんだ?」
「んー。基本的にできることは変わらねえはずだけど、単純にパフォーマンスが落ちるかなぁ」
つまり、ルークくんの剣は主人公ちゃん達のそれのように、術者とドライブが分業して個別に魔法を唱えるものではなく、あくまでも演算装置として特化させたドライブであるということだ。だからあってもなくても出来ること自体は変わらないが、あったほうが圧倒的に効率は良い、と。
ちなみに、マギアドライブというのは魔法モデルの集積体であるわけだが、現代の技術でその製法として最も効率が良いのは、元から存在している高度な魔法モデルを流用することである。具体的には魔物から得られるスケマティックを利用する方法だ。
ルークくんの『ガルヴィング』もその例にもれず、根幹となるスケマティックとしてあの『サラマンデルロード』の素材が使用されているのだ。あの大型種を討ち取ったのは最終的にシリウス閣下なので、王政府から報酬として与えられた最高級のスケマティックを使って、親ばか閣下は息子の新装備を拵えたということだ。
すると、ルークくんの説明を聞いていた殿下くんがなにかに気付いたような顔になる。
「もしかすると、お前のその剣もアトリーの剣のように、喋るのか……?」
「いや、こっちはそういう機能はねえよ」
まあ、設計思想が違うからね。
そもそも自律思考するドライブってまだまだ実用化されてなくて、主人公ちゃんのあれは主人公ちゃんの時間魔法の影響で謎のワープ進化を遂げちゃった末に誕生した現代のオーパーツ的なサムシングだから。
尤も、ドルチェの例があるように、手段を選ばなければ絶対に無理とも言い切れないわけだけど。
とはいえ、『ガルヴィング』の根幹になってるのってあのバケモノちゃんのスケマティックでしょ?
マッパでドテラ着てマッハで空飛ぶドラゴンガールの。
色々な意味でぶっ飛んでたもんなぁ。
……。
その剣がいきなり西方弁で喋りだしたとしても、たぶん私は驚かないね!




