67話_side_Pr_貴族学生寮_プリムローズ私室
~"転生令嬢"プリムローズ~
結局、私はその後、丸一日以上寝続けた。
翌日は完全に寝て過ごし、更に翌日、空腹に耐えかねて起きると言うしょうもない目覚めを経験した。
どうやら、無茶な魔法行使で意識がプッツンした私をヴェルメリオが発見し、同行していたハイメロートが学生寮に運んだようだ。私が目を覚ました時には彼らは既に立ち去っていて、その経緯だけをクラリスちゃんから聞いた。ハイメロートに与えられたこの学院への入場許可はあくまでも荷物を届けるためのものなので、私が目覚めるまで居座る正当性も無しと判断してドライに立ち去ったのだろう。
彼はともかく、ヴェルメリオが渋ったのではないかとクラリスちゃんに訊くと、予想に反して彼女は大人しくハイメロートに従って帰ったらしい。
なんでも、自分の行いのせいで私に多大な迷惑を掛けたことを滾々と説教されたのだとか。
イオちゃんに。
何故か、ハイメロートでもなくクラリスちゃんでもなく、イオちゃんが激おこぷんぷん丸だったそうで。
思考回路は幼いが、純粋で頭も悪くないヴェルメリオはちゃんとイオちゃんの説教の内容を理解して、反省の書置きを残していった。へったくそな字で『ごめんなさい』なんて書かれた手紙を見せられれば、もう怒る気力なんてなくなってしまう。
結局あの子は何しに来たのかっていう話なんだけど、まあ色々な意味で間が悪かったのだろう。
ついでに、ハイメロートも立ち去る前に私に手紙を残していた。アレの場合は手紙というより最早便箋を使った報告書と言ったほうが正しい体裁なのだが。ヴァイスヤークト結成初期の頃に、私と彼らの連絡用に使っていた特殊な封筒に入れられたそれを見ると、なんとも懐かしい気分になる。
内容は、主に彼が私と別行動の間に起こった出来事の報告であった。
イオちゃんと一緒にゴーレムを駆逐しながらヴェルメリオを探していたはずが、何故かアビーと名乗る謎の少女(笑)と一緒に、いつの間にか学院に潜入した良からぬ輩の排除任務に従事していたとか。結局彼は遥々王都まで来て、普段と同じような仕事をして帰ったというわけか。不憫な奴め。
私の進退を鑑みたうえで、有利に働くようにアビーとやらの要請を受けたことは手紙で説明されるまでもなく理解できるので、それについては構わない。なんだかんだでちゃんとヴェルメリオを確保し、力尽きた私の保護までしてくれるとは、相変わらず頼りになることだ。
なお、アビーと名乗る謎の少女の正体がどう考えても学院長であることは気にしないことにしよう。
私はあの人には積極的に関わりたくないのだ。
それからクラリスちゃんは掠り傷程度で大事なく、常通りの職務に励んでいる。彼女が無事で済んだのは、脳筋殿下の付き人であるクゼくんのお陰と言うところが大きい。となればクラリスちゃんの主である私がクゼくんの主であるカーマイン殿下にお礼申し上げるのが筋なんだけど。気は進まないが借りは借りだ。なにか考えるとしよう。
フォノンちゃんはゴーレムから逃げる過程で転倒して脚を負傷したようで、現在は別室で療養中である。軽傷なのですぐに復帰するだろう。
でもって、たっぷり休養をとってすっかり回復した私であるが、未だにベッドの住人である。
せめて本日くらいは療養して下さい、と過保護なクラリスちゃんが妙に迫力のある笑顔で言うものだから、マブダチのクマさんを片手に大人しくしていることにしたのだ。
復興作業のため、学院の全てのカリキュラムは向こう一週間休講となっているので、誰に憚ることなく休めると言うわけだ。
とは言っても寝だめするのにも限度がある。
午後になってとうとう暇を持て余し、ベッドからの脱走を画策し始めた私を救うタイミングで来客があった。
「誰だ?」
「ユーフォリア様です。一昨日のお礼をしたい、と」
おや、と少し意外に思うが、会わない理由も無いので通してもらう。
クラリスちゃんに連れられて私の寝室に入ってきたユーフォリアちゃんは、しゃんと背筋を伸ばした凛々しい佇まいだが、少しだけ草臥れたような気配もあった。執行部の立場上、現在は事後処理にてんてこ舞いだろうから、無理もない話ではある。
「よく来たな。ベリエ先輩。こんな格好で失礼する」
ちなみにベッドに半身起こして寝巻にカーディガンの病弱スタイルである。
「いえ。突然の来訪ですみません……あの、お加減が?」
「違う違う。そこのメイドにベッドに縛り付けられているだけだ」
半眼でクラリスちゃんを示すと、ユーフォリアちゃんは得心がいった様子で淡い笑みを零した。
彼女の認識では、私は主人公ちゃんの魔力爆発に巻き込まれてぶっ飛ばされて、そのままフェードアウトしたことになっているだろうから、たぶん目を覚ましたと聞いてお見舞いがてらに状況説明に来てくれたとか、そんな所だろう。
実際は一度アンジュとして現場に戻ってはいるが、最後の顛末まで見守る余裕はなかったので、その後どうなったのかは素直に気になっていた。
そう悪い結末になっていないことはクラリスちゃんや目の前のユーフォリアちゃんの顔色を見ればわかるから、まったく心配はしていないが。
クラリスちゃんがベッドサイドに用意していった椅子に、ユーフォリアちゃんは楚々と腰を下ろした。
「まずは、お礼を。貴女の働きで多くの人が救われました」
「何故あんなに働く羽目になったのか今以て疑問だがな」
「不甲斐なくて申し訳ありません……」
「まったくだ」
私が意識を失った瞬間に前後して、私の制御下を離れた凍結魔法が解除されたはずだが、中身のゴーレムは既にシューベル氏が停止命令を流した後だったので、氷が融解しても再行動することなく自重によって崩壊したとのことだ。
「貴女の妹が無事ということは聞いているが、あの後いったい何がどうなったのだ?」
素知らぬ顔で訊いてみると、ユーフォリアちゃんは淀みなく答えた。あらかじめ説明する内容は考えてあったのだろう。
主人公ちゃんの魔力暴走から逃れるために彼女達は私が凍結させた超巨大ゴーレムを遮蔽物として利用した。
マリアちゃんが主人公ちゃんを制圧しようとする間際、『とある人物』の助力を得て、マルグリットちゃんが回復した。
マルグリットちゃんが自らの無事を主人公ちゃんに伝え、正気を取り戻した彼女が自力で暴走を収めた。
三行で要約するとそういうことらしかった。
完全に予想通りの展開だが、上手くいってよかったと言うしかない。
「とある人物、ねぇ」
「すみません、詳細は……」
「ああ、いい。別に興味もない。胡散臭いとは思うがな」
好き放題言ってやるぜぇ!なんせ自分だから遠慮する必要なっしんぐ!
と思ったのだが私の物言いにユーフォリアちゃんは少しだけ気分を害した様子でムッとした。それがなんとなく嬉しく思って、私はニヨニヨさせてもらう。もちろん内心で、だが。
「妹の傷はどうなんだ?」
「……お腹に少し火傷痕が残りましたが、それだけです。精密検査も受けさせましたが、まるで健康で」
「俄かには信じられんな」
「実際見ていた私でも、そうですよ。なんだか、夢を見ていたみたい」
あちゃ~、傷痕残っちゃったかぁ。
まあ完治まで遡行できなかったのはマルグリットちゃんのヘッドバットが理由なので、そこは自業自得と思って勘弁してもらおう。女の子なんだし、せめて火傷痕が目立たない程度であれば良いのだけど。
「一応訊いておくが、アトリーは」
「なんの問題もなく。そもそも自力で暴走を収めましたし」
呆れればいいやら感心すればいいやら、である。
それから、他の関係者についても当たり障りない程度に教えてくれた。
まず、技研の面子だが。
あの後、翌日には技研から正式に発表があったようだ。研究途中のゴーレム兵器が不慮の事故で学院内に拡散したものの、最終的には生徒会執行部の協力の元、技研職員が責任をもって事態を収拾したと。
この一連の報告にシューベル氏とヨシュア氏の個人名はまったく登場しなかった。察するに、技研が彼らを庇ったのだろう。厳密にはヨシュア氏は同僚のやらかしのフォローに動いていただけなので、問題はシューベル氏だけか。
主人公ちゃんの魔力爆発に巻き込まれた彼らはマリアちゃんのお陰で怪我らしい怪我もしなかったらしいが、その後暴風に吹き飛ばされて多少の負傷をしたようだ。とはいえ命に関わるものではなく、最も重いものでシューベル氏が片腕を骨折した程度だ。
「彼らはどうなった?流石にお咎めなしとはいかんだろう」
「この件は技研内部で処理されるようです。学院上層部レベルで協議の結果次第でしょうが、おそらく学生レベルで知ることはないと思います」
「妥当だな。ということは私達には箝口令でも出ているのか?」
「お察しの通りです。本件にシューベル氏の過失があったことは口外しないように、と」
尤も、別に強制力はないので、要は学院からのお願い程度のものだろう。
それでいいのか、と思わなくも無いが、別に言われなくとも言いふらすつもりなどそもそもない。この『お願い』をユーフォリアちゃんに伝えさせた誰かさんは、そういう私の心理などきっとお見通しなのだろうが。
「意外ですね」
「ん?」
思案気に、ユーフォリアちゃんが呟く。
「一方的に巻き込まれた立場である貴女からすれば、もう少し憤りを見せられるものと思っていました」
「シューベル氏のことか?」
「はい」
技研が彼を庇った以上、名目的な処罰は下されるだろうが、おそらくは実質『お咎め無し』レベルのものになるだろうことは想像に難くない。
そして、学院上層部も技研のその判断を支持している。
それを知り、糾弾できる立場に居るのは事件の中核に関わり、一方的に被害を被った私達だけであるからこそ、あっさりと受け入れるとは思えなかったのだろう。事実、そういうユーフォリアちゃん自身がなんとも苦い顔をしている。
「謹慎と減俸か、いいとこ降格があるかどうか。まあそんなところだろう」
「あれだけの被害を出しておいて……」
「気持ちはわからんでもないが、あの男の代わりが務まる人材などどこにもおるまい」
今回の件は、結果だけを見れば死者は(表向きは)ゼロで、物損は夥しいが学院の敷地内だけで済んでいる。これが学院外に飛び火していれば流石に外部の手が入るためシューベル氏を庇いきることは難しかったかもしれないが、ことが学院内だけで済んだならば上層部の強権でごり押しできると踏んだのだろう。
この学院は教育機関である以前に、魔物との戦闘における最前線でもあるのだ。その特殊な環境もまた、上層部の判断を後押しする。そもそも魔物と戦い傷付くことも織り込み済みの学生は元より、最前線である学院内に店舗を構え生活する人々も、誰も彼もが最低限の覚悟はしてきているのだから。勿論、被害者たちに充分な補償を行うことが前提であるが、金で解決するというのは貴族の最も得意とするところなんだなこれが。
逆に言えば、その程度の金銭をばら撒いても惜しくないくらいには、シューベル氏の頭脳には価値があると言うことだ。
余談だが、ハイメロートからの報告書によると彼が関わったほうの騒動においては若干名の死者が出ているようだ。ゴーレムとはなんら関係なく。それでも公式には死者ゼロ名を謳っている以上は、おそらく秘密裏に処理されたのであろう。良くあることだ。
「そもそも厳罰を処したところで、アレが堪えるように見えたか?」
「いえ、まったく」
「だろう?ああいう手合いは首輪に鈴でも付けて、存分に頭脳労働させておけば良いのだ。溜飲を下げるために首を飛ばすよりも、そのほうが余程世の中の役に立つ」
そう思うからこそ、私もわざわざ骨を折って『SBメタル』のメイン個体を確保することに協力したのだ。
それさえ持ち帰れば、おそらく技研がシューベル氏を守る判断をするだろうと予想していたから。別に彼個人に思うところがあるわけではないが、前世の記憶を持つ私からしてみれば、シューベル氏をここで使い潰すのは明らかにこの世界の人類にとって損失である。
少なくとも、彼の頭脳と開発力はこの世界の文明の発展に多少なりとも寄与することであろう。
「そういうものですか……」
「そういうものだと思うしかない。どの道、既に私達の関与できる段階ではない」
「……はい」
次に執行部の面々だが、ユーフォリアちゃんは見ての通り怪我もなく。
クロトくんは暴風に吹っ飛ばされて身体のあちこちに打撲を作ったらしいが、大した傷ではなくピンピンしてるとか。マリアちゃんは主人公ちゃんの元にマルグリットちゃんを送り届ける際にだいぶ無理をしたみたいで、私と同じような状態に陥って自室で療養しているらしい。
これは執行部に限った話ではないが、現在学院の敷地内では学生まで動員して急ピッチでの復興作業の真っ只中である。
在学生全員が魔法使いであるというのは、こういう点でも強い。一人一人の学生の実力は大したことが無くても、魔法使いが数十人も集まれば瓦礫の撤去も建築物の修繕も怪我人の治療も、力技でどうにでもなる。
「執行部は有象無象のまとめ役というわけか」
「その言い方はどうかと思いますが、まあ、そうですね」
被害が広範に渡り過ぎているので、学院の教員と生徒会で担当地区を分け合って、チーム制で復興作業に当たっているようだ。
いかに内部がてんてこ舞いだからと言って、学院の警備や治安維持を担う人員に復興作業をやらせるわけにはいかないから、休講となって手の空いた教員や一部の生徒が駆り出されるわけだ。
ちなみに復興作業が最も熱いのは私達が最後にお邪魔していた第五練術場である。主人公ちゃんの魔力暴走が撒き散らした被害に加え、なにより深刻なのは私が凍らせた超巨大ゴーレムが崩壊した結果堆積した土砂と瓦礫の山である。あれを撤去するのは相当骨が折れそうだし、練術場が元通りの景観を取り戻すためには休講期間だけでは足りないかもしれない。
「そんな状況で先輩がわざわざここに来たということは……」
「?」
「さては先輩、サボりだな」
「っ違います!」
はは~ん?とわざとらしく言ってやると、真っすぐなユーフォリアちゃんは面白いくらいに反応してくれた。
彼女は咄嗟に浮かせかけたお尻を椅子に下ろし、努めて冷静に言った。
「貴女に謝礼を告げることとて、立派な職務です。貴女はそれだけの貢献をしてくれました」
「ああ……なんだ。ということは先輩は仕事で来ただけなのか」
やはりわざとらしく、しゅんと落ち込んで見せる。
「お見舞いに来てくれたのだと思って、実は嬉しかったのに……」
「え?え?あの、いえその、違くてですね」
「それはそうか……誰が好き好んでアシュタルテに関わろうとするんだって。私だってわかっていたとも」
ここで我がマブダチであるクマさんの燻し銀な活躍が光る!なんと、見た目が完全にガキにしか見えない私がクマさんをぎゅっと抱くことで、なんかすごく庇護欲を掻き立てることができるらしいのだぁ!(クラリス談)
目に見えてあわあわと狼狽えだしたユーフォリアちゃんは、本当に反応が真っすぐで、失礼ながらすごく面白い。
と、私が密かにニヤついていることに気付いたのか、彼女は眦を吊り上げて顔を真っ赤にした。
「もうっ、からかいましたね!」
「ふふ、悪気は……まあ少しあったが、許せ」
「先輩に対する態度がなってませんよ」
「ゴーレムの処理を後輩に押し付けた先輩が言うと説得力が違うな」
私の嫌味がクリティカルヒットしたのか、ユーフォリアちゃんは「うぐぅ」と呻いて顔を顰めた。
ニヤニヤしている私に何を言っても無駄だと悟ったのか、彼女は疲れた顔で立ち上がった。いやぁ、ベッドに縛り付けられて暇を持て余していたせいか、ついつい弄ってしまった。
というわけで、マブダチに顔を押し付けながら上目遣いにユーフォリアちゃんを見る。
「もう、帰ってしまうのか?」
「っ、だ、騙されませんよ!もう騙されません」
「なんだつまらん」
被った猫を速攻で脱ぎ捨てると、流石のユーフォリアちゃんも口元をひくつかせた。
「仕事も済んだので、私はお暇します。お大事に!」
意趣返しのつもりか、『仕事』という単語をめちゃくちゃ強調して告げた彼女に、私はあっけらかんと言う。
「ああ。お見舞いありがとう」
非常になにか言いたげな顔になったものの、根性で飲み込んだらしいユーフォリアちゃんはそのまま退室しようとする。扉の傍に控えていたクラリスちゃんが先んじて案内しようとすると、ユーフォリアちゃんは「見送りは不要です」と言った。
で、立ち去るのかと思いきや、彼女は寝室の出入り口のところで一度立ち止まり、ベッドの上の私のほうへと振り向くと、その場で深々と頭を下げたのだ。
「本当に……ありがとうございました」
私が目をぱちくりとしているうちに、ユーフォリアちゃんは頭を上げて今度こそ立ち去ったのだった。
いや、居住まいを正してお礼を言われるなんて思ってもみなかったものだからさぁ。
扉の脇に控えたまま、私と同じようにきょとんとしているクラリスちゃんに、恐る恐る訊いてみる。
「バレてはない、よね……?」
「……おそらく」
・2021/9 細部の描写を修正。




