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輪廻転生って信じる?  作者: Lynx097
二章_Gが大量に発生する話

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65話_side_Mar_第五練術場



 ~"執行部長"マリア~



 間違いなく、一瞬時間が凍った。


 ベリエさんの妹さんが、口とお腹から赤々とした鮮血を零しながら倒れるのがやけにゆっくりと見える。



「り…………た…………?」



 残党の殲滅をほぼ終わらせて戻って来ていたベリエさんの、呆然とした呟きが聞こえた。

 次いで、身を切るような絶叫。



「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?リタぁぁぁぁぁ!!!!」


「ッシューベル!!」


「くそっ!!」



 毒突いたシューベルさんがゴーレムを黙らせるものの、時既に遅しだった。

 転げるように駆けてきたベリエさんが、倒れ伏した妹さんの傍に跪いて、必死にその身体に縋り付く。動転して名を呼ぶことしかできない彼女を半ば押し退けるようにして、妹さんとともにこの場に現れた男子学生――確かクゼ君、が冷静に妹さんの容態を看る。



「まだ息があります!とにかく止血と――」



 慌ただしく動く彼らを、私は呆然と見ていた。

 戦うことしか能がない私では何の役にも立てないからだ。そのくせ、私がちゃんとゴーレムを封じ込めておかなかったから、悲劇が起きた。私が、私だけが防げる場所に居たはずなのに。



「くそっ――――おい、アトリー?」



 そんな中、アシュタルテさんの怪訝な声が響く。

 無意識にその言葉を追ってアトリーさんのほうへと視線を向けると、彼女は倒れ伏した妹さんのほうを、私と同じように呆然と見ていた。

 いや、同じではない。様子がおかしい。



「アトリー!おい、しっかりしろ!!」



 極限まで瞳を見開いて妹さんを凝視し、唇を戦慄かせるアトリーさんのあまりにも尋常でない様子に、アシュタルテさんが近寄って肩を揺さぶる。

 アトリーさんはそんなアシュタルテさんがまるで見えていないかのように、何の反応も示さない。



「あ、ああ……だめ、だめ、だめだめ」



 まるきり恐慌した様子で、アトリーさんは何回も首を横に振りながら、じりじりと後退る。

 引き攣った口元から、譫言のように零れるのは只管な否定。

 焦点があわずにブレる視線は、なにか、別の光景でも見えているかのようで。



「あ、あ、あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 絶叫の瞬間、アトリーさんを起点に凄まじい魔力が吹き荒れた。

 まるで爆発だった。


 私も含めたその場の全員が成す術もなく吹き飛ばされた。

 幸いアヴァターを展開し続けていた私は鉤爪で地面を掴んで堪える。近くに居たシューベルさんとヨシュアさんを咄嗟に爆発の威力からは庇えたものの、彼らは凄まじい風圧に成す術もなく吹き飛ばされてしまった。莫大な密度の魔力が無作為の魔法となって、物理的な嵐となって吹き荒れているのだ。

 アトリーさんを中心とした、暴力的な竜巻が如く。


 ゴーレムを誘引できるほどの莫大な魔力が、制御できなくなって暴走しているのだ。

 直前のアトリーさんの恐慌を鑑みるに、おそらくはベリエさんの妹さんが倒れたことが引き金だ。負傷そのものか、あるいは血か。それとも、死か。執行部の長として活動する以上、黒い森の戦場で、そういう恐慌状態に陥った人を見る機会は幾度かあった。心が平衡を失って魔力を暴走させてしまうのも、珍しい症状ではない。

 ただ、規模だけが桁違いなだけで。

 妹さんが血の海に沈むあの光景が、アトリーさんの中のトラウマでも刺激したのだろうか。


 とにかく、この状況はマズい。

 アヴァターで防御態勢を取りつつ安全圏を探した私は、すぐに気付く。

 この暴虐の嵐の中にあって、先程アシュタルテさんが凍結させた超巨大ゴーレム入りの氷像だけが、まるで時が止まったように静謐を保っている。都合の良い遮蔽物となったその脚の影に、渾身の力で自分の身体を引き摺り込んだ。



「ミス・ヴァンシュタイン……無事でしたか」


「は、はい。なんとか」


「こちらは、なんとか非戦闘員だけでも守ろうとしたのですが」



 そう言うのは息も絶え絶えのクゼ君だ。

 どうやら、優れた風魔法使いであるらしいクゼ君は魔法で衝撃を受け流し、手近な人を庇いながらこの氷像の影に逃げ込めたらしい。彼の傍にはメイドのクラリスさんが倒れ伏していて、どうやらショックで気絶している様子。

 それから、血の気を失って倒れ伏す妹さんと、その傷口を必死に押さえるベリエさん。クゼ君の援護を受けながら、ベリエさんが妹さんを庇ったのだろう。



「あのあの、アシュタルテさんと、ジレ君は」


「おそらく、別方向に吹き飛ばされたのでしょう……技研の方々も?」


「は、はい」



 一人だけアトリーさんの近くに居たアシュタルテさんは、喰らった衝撃も人一倍だったはずだが。まあ、あの強かな少女のことだから、心配する必要もないだろう。

 それよりも、マズいのはアトリーさんと、そして妹さんだ。

 このままでは妹さんを護送することも、治療することもできやしない。彼女の負傷は間違いなく命に関わる。致命傷だ。言いたくないが、いつ亡くなってもおかしくない重傷だ。傷口を押さえながらベリエさんが治癒魔法を掛け続けているが、本職でない彼女のそれでは気休めにもならないはずだ。

 そしてアトリーさん。このまま魔力が暴走し続ければ冗談抜きで学院が更地になりかねない。無論、魔力を吐き尽くしたアトリーさんもまた無事では済まなくなる。

 ジレ君とアシュタルテさんはおそらく遠くへと吹き飛ばされ、無事かどうかもわからない。ついでにシューベルさんとヨシュアさんも。

 ベリエさんは妹さんの傍を離れられない。アシュタルテさんが生み出した氷像を遮蔽物とすることで暴風の直撃こそ免れているが、防ぎきれない余波ですら今の妹さんには致命だ。ベリエさんが少しでも防御を緩めたら、忽ち妹さんの命の灯は消えるだろう。

 クゼ君はここに至るまでの逃走劇で魔力・体力ともに限界を迎えている。最早彼自身の身を護るだけで手一杯だろう。暴走の瞬間に咄嗟に他の人達を守ってくれただけでも、充分に頑張ってくれた。


 あとは、私だけだ。

 もう、私しか居ないのだ。


 暴走を収めるにはアトリーさんを正気に戻せばいい。だけど暴風に遮られて声など届かないし、触れることも出来ない。この暴風はただの風ではなくて、暴走する魔力が引き起こした拒絶の魔法だ。私のアヴァターの性能があれば無理矢理接近することは出来るだろうが、容易ではないし、近付いたところで何ができるとも思えない。

 初対面の私が言葉を掛けた程度で正気に戻るならば、そもそも暴走などしていない。



「リタぁ……いやよ、だめ、がんばって……!」



 涙混じりのベリエさんの祈る声が虚しく響く。

 クゼ君の焦る声が伝えるのは、妹さんの脈がどんどん弱くなっているという無情な事実。

 加速度的に窮まっていく状況が、私の思考を細く先鋭化させていく。



「……すぅ、はぁー」



 一つ、深呼吸をして私はきっぱりと顔を上げた。

 アヴァターに魔力を流して影を沸き立たせ、侵食率を上げる。魔法使いのアヴァターは個人によって千差万別だが、私のそれは特別珍しいタイプだと言われる。なにせ、不定形なのだ。体積や形状、質量はかなりの融通が利くし、肉体のどの部位をどれだけ変質させるのかも思うがまま。私はその比率のことを侵食率と呼んでいる。普段は私の肉体のおよそ半分を影と化しているアヴァターだが、人ならざる部分が増えるほど、異形に近付くほど私の転神(デヴィライズ)は強くなる。


 殆ど肉体を黒く染めた出力全開のフルボルテージ。


 私の身体が地面に落とす影すらも取り込んで、一体化し、沸き立ち、先鋭化する。


 赤黒い瞳で見据えるのは、暴風の中心に微かに見える小さなシルエット。



「どうするつもりですか……?」


「アトリーさんを、止めます」



 彼女を鎮静化させないことには、助けを呼ぶことも出来ない。

 この場で妹さんの治療を行えない以上、一刻も早く医療体制の整った場に護送するしかない。



「……どうやって?」



 問い掛けるクゼ君のほうを私は見ない。

 どんな目を向けられているのか知るのが、怖くて堪らないから。



「どうやってでも、です」



 声を掛けてダメならアヴァターでぶん殴る。それでもダメなら噛み付いてやる。それでダメなら、手足の一本くらいへし折ってでも。

 痛みで無理やり正気に戻すしかない。きっと私自身も無事では済まないだろうけど、この身が傷付く分には仕方がない。だって誰かを傷付けるのに自分だけが傷付かないなんて不条理だし、なにより傷付くのは慣れっこだ。

 結局、私にはそんな遣り方しかできないのだ。

 自分も相手も傷付けることでしか生きられないのだ。

 所詮私はそういうものなのだ。



「だとしても……!」



 そんな私にもなけなしの矜持と意地がある。


 嘘を吐かれるのは怖い。


 人と関わるのは怖い。


 異形のこの身を見られるのは怖い。


 そんな私が、それでも執行部の部長なんて立場に居るのは、誰かに強制されたからじゃない。この身のアヴァターが誰からも忌避されるのがわかっていても纏い続けるのは、戦い続けるのは。

 人と関わり続けることを選んだのは、私自身の意志だから。


 公爵令嬢と言う身分故に押し付けられた立場ではあった。自分に向いているとは思わない。でも、最終的にそれを引き受けたのは私の意志だ。

 これは自分で選んだ道だから、



「ごめんなさい、アトリーさん…………少し、痛くします」



 死なせてはならない、と強く思う。

 これで妹さんが亡くなってしまえば、例えアトリーさんが助かったとしても彼女は自身を許せなくなってしまう。

 妹さんだって、間違ってもアトリーさんを絶望させるために庇ったわけじゃないはずだ。


 覚悟を決めて踏み出そうとした、その時。






「ちょおぉぉぉっと、待ったぁぁぁぁぁぁっ!!」






 声が、降ってきた。



・2021/9 細部の描写を修正。

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