63話_side_Mil_貴族学生寮_サロン
~"もう一人の転生者"ミリティア~
サロンのソファに座って私がどんよりしていると、目の前の机にコトリとマグカップが置かれた。
「差し入れだ」
俯いていた視線を上げるとレックスが立っていた。彼の手にも同じカップが握られていて、薫る香りから察するに中身はコーヒーだろう。
私はカップを両手で持ってちびちびとコーヒーを啜ると、深々と溜息を吐いた。
「応え過ぎだろう」
苦笑気味なレックスの顔を恨めしく見上げる。
「黒歴史だわ……」
「最初はそんなものだ。俺も褒められたもんじゃなかったしな」
つい先程のことだけど。
第五練術場でレックスと一緒に魔法の練習をしていたところ、私達は謎のゴーレムの襲撃を受けた。といっても私達が直接襲われたわけでなく、別の場所で同じく自主練していたらしい上級生が襲撃され、そして難なく返り討ちにした。
謎のゴーレムは再生能力を持っているようで、一度倒されても起き上がってきたのだけど、その頃には周囲の学生達も加わって数の暴力で沈黙させたのである。
誰が操っていたのかもわからないゴーレムの残骸を前に皆で首を傾げていると、そこに届いたのは学生寮からの応援要請だ。
聞けば、同じようなゴーレムが学院内の至る所に無数に出現しているらしい。学究区の外縁の練術場に居たので気付かなかったけど、相当な緊急事態らしかった。ゴーレムは人間から魔力を収奪することを目的にしているとかで、人間が密集している寮や商業地区が集中的に狙われている。
抗う手段を持たない非魔法使いが多く勤めている商業地区の防衛が最優先で、学院の警備などの人員はそちらに回された。学生寮は学生自身で防衛を行うことが可能なので、戦力となれる学生を寮に呼び戻しているということ。
なお、一年生は基本的には保護される立場なので、大人しく寮に戻って待機せよと言われた。
上級生の学生を先頭にして学生区へと向かい、私達が居た練術場から最も近い学生寮である貴族女子学生寮へと、道中のゴーレムを駆逐しながら進行した。
学生寮の外周はもともと防犯用の結界が施された塀で囲われているので、それを最終防衛線としつつ、その外側に上級生がパーティーを組んで展開してゴーレムに対する防衛網を構築していた。遠距離攻撃が得意な学生は塀の内側から援護射撃を行う素敵な布陣である。
私達は外側から包囲を破って防衛戦力に合流し、上級生はそのまま防衛に加わるか、戦力を選抜して他の寮の援護や周辺で逃げ遅れた人達の保護に向かった。私達一年生や戦闘向きでない一部の上級生は寮の中に入って、大人しく待機することになった。
防衛網が崩壊しない限りは私達の出番はない、ということだ。
それで、何故私が落ち込んでいるのかと言うと、やらかしたからだ。
ゴーレムの包囲を破って寮に侵入しようとしたときのこと。戦闘慣れした上級生たちが先陣切って敵勢を切り開いていく後ろで、私達後続もその穴を広げるべくゴーレムに対して攻撃をしていたのだ。
私も当然攻撃に参加して、練習していた光魔法で攻撃をしたのだ。
ちゃんと発動したし、ダメージも与えられた。だけど倒すには至らなかった。それは計算の内で、一撃で終わるとは思っていなくて、牽制になれば良い程度の考えだった。計算外だったのは、攻撃されたゴーレムがもの凄い勢いで突進してきたことだ。砕けた建材かなにかを素材にした見るからに鈍重そうなゴーレムだったのに、予想よりも遥かに速い速度で接近してきたので、つまり私はテンパってしまったのだ。
咄嗟に迎撃しようと魔法を編むもののまったく間に合わず、あわやゴーレムに掴まれそうになったところに、ギリギリ割り込んだレックスに助けられた。それからはレックスが模造刀を使ってゴーレムと削り合いをしていたのだけど、最終的には『さっさと寮に入れ!』と上級生に怒られてすごすごと退散したのである。
ちなみに、私達が苦戦したゴーレムは上級生の魔法で一撃だった。
「レックスはしょうがないわよ……模造刀だったんだし」
「いや。それ以前の問題だったと思うがな」
そう言って、レックスは腰のホルダーに収めていた模造刀を見せてくれた。
元から激しい鍛錬で傷だらけの物ではあるが、私が良く観察してみると、明らかに刀身が歪んでいることに気付く。
「緊張したせいかな。ゴーレムの攻撃を受け流し損ねた」
「……こんな風に曲がっちゃうのね」
「まあ、実際はそうならないようにあらかじめ魔法を付与するんだが、それすら忘れてたしな」
酷いもんだろ?と言ってレックスは肩を竦めて見せた。
結局のところ、原作知識があって魔物との戦いを知った気になっていて、もっと強大な敵との戦闘を見据えて練習をしていたせいで、足元がお留守になっていたのだろう。頭でっかちで、いざ実戦となるとこのざまなのだ。
「私達、こんなんで本当に魔物と戦えるのかしら……?」
「ミリティアさんはアレだな。挫折を知らないタイプだな」
レックスに言われ、私はきょとんとする。
「最初から上手くできたら練習なんて要らないし、反省はしても落ち込む必要はないと思うが」
「そりゃあ、そうかもだけど」
「むしろ、最初の実戦がここでよかったと思わないか?」
周囲には味方である上級生がいっぱいいて、すぐに逃げ込める場所もあって、敵はただのゴーレムだ。
これが黒い森で、敵が殺意満々の魔物だったらと思うと、それであんな風にテンパってしまったらと思うと背筋が凍る。
「欲を言えば外の防衛に参加させてもらいたいが、流石に上級生が許してはくれないだろうな」
「外がピンチになれば否応なしよ」
「だったらここでお茶飲んでたほうがマシだな」
他の学生達も、ここの寮生は自室に籠るかしていて、レックスのようになし崩しにここに留まっている学生は玄関ホールから外の様子を伺ったり、サロンで友人と集まってひそひそと会話していたりする。学生だけでなく使用人もそれなりに居るけど、彼らはそんな学生に給仕をしたりして気を紛らわしているようだ。
私も自室に引っ込んでもいいのだけど、そうするとレックスと会話できなくなるし、流石に周囲に多く人が居る中で彼を自室に引っ張り込むのは気が引けるので。
「ミアベル達、大丈夫かしら……?」
「どうだろうな。ノエル嬢とマルグリット嬢が一緒だから、滅多なことにはならないと思うが」
「ミアベルへの信用はゼロなのね」
「幼馴染だからな」
口ではそんなことを言っているレックスだけど、実際は幼馴染であるが故の信頼の現れなのだろう。
実のところ、主人公であるミアベルがこの程度の事態でどうにかなるとは私も思っていないわけだが。
「ミリティアさん。この事態は原作通りなのか?」
近くに会話を聞いている者が居ないことを確認して、レックスが訊いてくる。
私はため息交じりに答えた。
「だとしたら、私がこんなにテンパってると思う?」
「わりと思う」
「…………」
「あたっ、いやすまないつい、いてっ」
無言でレックスの脛を蹴ってやると、彼は全然反省してない顔で詫びてきた。
今日のこの事態は原作で描かれていた展開ではない。
勿論、原作ではカットされていただけで実は起こっていたという可能性は否めないけど、流石にこれだけ大ごとになっていたら何の描写も無しとは考え難い。
「実のところ、ゴーレムの正体は見当ついてる」
「そうなのか」
十中八九、技研のマッド研究者ことシューベル博士の発明した『SBメタル』だろう。
シューベル博士は原作においては主に続編とかで『偉大で傍迷惑な発明家』として至る所でちょくちょく名前が出てくる人物だが、実際にストーリーに絡んできた描写はなかったと思う。要は、作者都合における便利な舞台装置みたいな人だ。ちょっと時代背景にそぐわない先進的なご都合設備とかが出てきたら、『これはあのシューベルの発明だ』『なら仕方ないな』って説明を放棄するための存在。
『SBメタル』は魔物相手の防衛線を構築するためのゴーレム兵器だ。自己複製と相互修復によるメンテフリーの兵器というのがコンセプトで、原作続編の時系列においてはわりとお馴染みのアイテムではあった。
実戦投入されたのはもう少しあとの時期だったはずなので、まさに現在試験運用を行っていたとして時期的にはおかしくないのだけど。
「では、それが何らかの原因で暴走したと?」
「たぶんね。大学区のほうから発生したって聞いたでしょ?たぶん技研が発生源だわ」
「なるほど。対処法はあるのか?」
それが問題なのだ。
私の知る『SBメタル』と同じものだったとすれば、たぶん明確な対処法はない気がする。勿論、アクシデントに備えて安全装置的なものは備わっているのだろうけど、原作ではそんな情報には触れてないし、現時点でそれが機能しているのならこんな騒ぎにはなってないだろう。
『SBメタル』そのものの性能は原作で説明されたし、読んだ覚えはあるんだけど……、
「実は、理系の専門用語?みたいの多くて私あんまり理解できなくて。結局ほとんど読み飛ばしてたっていう」
「そうなのか」
「まあ……私ってほら、前回はまともな教育も受けてないから」
自嘲気味に言うと、レックスはなんとも気まずそうな顔になった。
「ミリティアさんの弱点ということだな」
「バカでスイマセンねー」
「そう腐らないでくれ。得手不得手はあると言いたかっただけだ」
私がぷくーと頬を膨らましてレックスを睨むと、彼は微笑ましそうな顔になる。
子供扱いされてるなぁ、と思いながらも、わりと嫌ではないんだよなぁ。
「それにしても……」
レックスが思案気に呟く。
「とうとう、本格的に原作とは乖離してきたのかもしれんな」
「そうね」
来るべき時が来た、というべきかもしれない。
少なくとも今回の一件に関しては私の知識は殆ど役に立たない。『SBメタル』自体は原作に登場しているので厳密には原作知識が役に立つはずなのだけど、そこは触れないで欲しい。
今後、こういう機会が増えてくるのかもしれない。
原作と違う展開になった理由を探るのは最早無意味だろう。細部を見れば既に色々と違い過ぎて、どれがどう影響しているのかわからない。
「でも、悪いことばかりじゃあない」
「だな」
だって、必ずしも原作をなぞらないということが実証されれば、リタの死を回避できる証左となる。
リタの脚は既に完治していて、学生戦力として復帰するのも遠くないだろう。
少なくとも、彼女のリハビリがてら一緒に鍛錬しているレックスの見立てでは、ブランクや後遺症のような陰りは少しもないと言う。
今からおよそ半月後には前期の中間試験がある。そしてそのすぐ後の夜会。この二つのイベントが乗り切れれば、流石にリタの死亡フラグは折れると思う。いくらなんでも、前期の中間まで来て『学院生活に慣れてきた矢先』とは描写しないだろう。
だけども、逆のことも言える。
必ずしも原作通りに進まないことが証明されたということは、原作の死亡フラグを回避したから絶対安全とは言えないのだ。
もしかしたら、今この瞬間にも、ゴーレムに襲われて窮地に陥っているかもしれない。
私達だって一歩間違えていたら、叱ってくれた上級生の援護がなければ、もしかしたらどちらかがゴーレムにやられていたかもしれないのだ。
「どうか……無事に終わりますように」
私は、小さく友達の無事を祈った。
・2021/9 細部の描写を修正。




