補完[アシュタルテ家の優雅な人々-1]
・タイトル通りです。補完的な話。
・135話時点で書いているので、前話から読むと違和感あるかも。
~"転生令嬢"プリムローズ~
十歳のある日のこと。
私はクラリスちゃんを伴って本邸の廊下を歩いていた。季節は冬。王国最北端に位置するアシュタルテはもともと寒冷な気候で、通年で気温は低めだが、やはり本格的な冬の冷え込みは格別だ。
今日の空は良く晴れていて、燦燦と降り注ぐ陽光のおかげで比較的暖かく、過ごし易い日と言える。
お部屋に籠ってぬくぬくしていたいところだが、こうして私が廊下を歩んでいるのはお母様に呼び出されたからだ。
用件はお茶のお誘い。
実の母親からの誘いを断る理由も特にないので、一路お母様の元へと向かっているわけだ。ウチの家族はそれぞれ個性がとんがっている輩ばかりだが、こう見えて家族仲は悪くない。悪くない、というのはつまり良くもないということで、基本的には仲良く団欒をするような気風ではないのだ。
大抵は全員が全員好き勝手に過ごしていて、何か用件があればコミュニケーションを図ることを厭わない程度には良好な家族仲、って感じ。
なのでお母様からお茶に誘われることも結構珍しいのだが、まあ意図は説明されずともわかる。
当家の次男、つまり私の下のお兄様は現在王都の魔法学院に通っている。今はまさに冬季の長期休暇中であり、それを利用してアシュタルテ侯爵領の実家に戻ってきているのだ。休暇が明けるのはまだしばらく先だったはずだが、なにぶんアシュタルテ領から王都への道のりは相当遠い。余裕をもって王都に戻るために、下のお兄様は明日にも実家を発つ予定らしいので、その前に触れ合いを持とう、とそういう意図だろう。
お母様はプライドが滅茶苦茶高くてヒステリックな性格の面倒くさい人だけど、アシュタルテ家の出身ではないので普通の人情を持っている人だ。まるでアシュタルテ出身者が人でなししか居ないみたいな言い草だが、それは全く以て否定不能な事実である。私含め。
それはともかく、お母様は普通に母親らしい愛情は持っている人なので、また暫く会えなくなる息子と思い出を作っておこうと考えるのは不思議なことではないのだ。なお、私含めて家族全員が下衆すぎるので、相対的にお母様が真面に見えるが、場所が場所なら地雷女であることは言うまでもない。お父様曰く、そこが可愛いのだ、らしいけど。
お母様が待っていると伝えられた部屋を目指して足早に歩いていると、前方に人影を認める。ちなみに足早なのは寒いからだ。
こちらとすれ違うように歩いてきたその人物が片手を挙げて挨拶をくれたので、私は目礼を返した。
「やあプリム。良い日だね」
「こんにちは。お兄様」
噂をすれば影が差す――ではなく、長男である上のお兄様だ。
白銀に輝く艶やかな銀髪を腰まで伸ばし、垂れ目気味な端正な面立ちに淡い微笑を浮かべる色男然とした佇まい。貴公子という表現がぴったりな端麗極まる容貌を、瞳の輝きだけが裏切っている。酷薄な爬虫類のような眼光が不穏な、危険な香りの漂う美丈夫である。
昔から幾多の女性との間に浮名を流す節操のない人であったが、こうして成熟して落ち着くどころか、むしろその色気にはますます磨きが掛かっているように思えてならない。
「そんなに急いでどこへ行くんだい?」
「お母様からお茶の誘いを受けております。お兄様もご一緒にいかが?」
わかっていて訊くと、案の定お兄様は苦笑して辞退を告げた。
理由は単純で、上のお兄様はお母様のことが苦手だから。嫌悪感があるとか馬が合わないとかではなくて、実の母親というお兄様の魅力が通用しない女性だから苦手意識がある、という非常にこの人らしい意味不明な理由なのだが。
お母様もそれがわかっているので、敢えて誘わなかったのだろう。
「そう言えばアイツは明日にも発つと言っていたな」
「ええ。ですからその前に、ということのようで」
「なるほどね。母様らしい」
ちなみにお兄様はいつ頃?と私は訊いてみる。
上のお兄様は当然ながら既に就職していて、王宮に役職を持っているのだ。下のお兄様と同じく休暇を利用して帰省しているのだが、道中に掛かる時間を考えれば彼もまた遠からず王都へと戻るのだろう。
「俺は今暫くここに居るつもりだが……まあ今週いっぱいくらいがいいとこだろう」
「そうですか」
「ははは、プリムは淡白だなぁ。愛しのお兄様との別れをもっと惜しんでくれていいんだよ?」
「愛しくないし惜しくもないし一刻もはやく消えてくださってかまいませんが」
なにせ、この人は女性の敵だ。害悪過ぎる。
具体的には一刻でも早くクラリスちゃんに手の届かない場所へと隔離したい。王都で馬車馬の如く働いて、どうぞ。
「プリムが餞別をくれると言うのなら、それも吝かではないよ。具体的には、」
「やです」
「そのメイドを一日貸してくれないかな」
「おことわりです」
「一晩でも構わないが?」
「ねごとはねて言え」
「わかった!小一時間で我慢しよう。なぁに俺の腕ならそれで充分、」
「くたばれくそが」
これである。
そもそも廊下ですれ違おうとした私にわざわざ声を掛けてきたのも、私の後ろに控えているクラリスちゃんが目当てに違いない。我が兄ながら、女性に対する節操のなさと無駄な熱意はどうにかならないものか。ならないのだろう(諦め)。
当たり前だが微塵も妥協する気のない私のセメントな対応に、お兄様は拗ねたような顔になる。
「元はと言えば、それは俺が連れてきたメイドだと思うんだけどな」
「だから、わざわざことわりを入れてゆずり受けたでしょう」
「それは、そうだが」
「いまさら返せと言うのはナシですよ」
確かに、最初にクラリスちゃんを見初めて当家に連れ帰ってきたのは他でもない上のお兄様である。ただ、当時のクラリスちゃんはお兄様の相手をするには幼過ぎて、気まぐれなお兄様はすぐにその存在を忘れて放り出してしまったのである。
で、そこに私がすかさずおねだりをして彼女の所有権を譲ってもらったのである。具体的にはその年の私の誕生日のお祝いに、お兄様がプレゼントをくれるというので、何が良いかと訊かれてクラリスちゃんの身柄を所望したのである。
歳の近いメイドが遊び相手に欲しいとかなんとか適当なことを言った覚えがあるが、その時既に別の女性に興味が移っていたお兄様は即決で快くぽんと譲ってくれたわけだ。
そういう経緯があったのだが、ところがどっこい。見ての通り非常に美しく豊満に成長したクラリスちゃんの姿を目にして、手放したことが今更惜しくなってきたのか、たまに未練がましくこういうことを言ってくるのだ。
お兄様のことだからメイドのことなんて愛玩動物か性処理道具くらいにしか考えていないので、彼の感覚的には妹の『お気に入りの玩具』を少し貸して欲しいくらいの気軽さでクラリスちゃんの身柄を要求してくるのだが、冗談ではない。
「いやぁ、なにも寄越せとは言ってないだろう。貸してくれるだけでいいんだ。ちゃんと壊さずに返すからさ」
「お兄様、私はどくせんよくが強くてけっぺきしょうなのです。自分のものを他人にさわられるのは例え家族でもがまんならない」
「うーん、どうしてもダメかい?」
「ダメです。ましてやこれは、私が手塩にかけて私好みにそだてたものです。手放すつもりはありません」
あんまりクラリスちゃんをモノ扱いしたくはないけど、ウチの家族が相手となればこういう物言いをしたほうが話が通じやすいのである。遺憾ながら。ちなみにとうのクラリスちゃんはそれこそ人形のように無表情で沈黙を保っている。
私が手塩にかけてクラリスちゃんを育てたと言うのは強ち的外れな表現でもなくて、少なくとも彼女の身を護るためにかなりの労力を割いたことは厳然たる事実だ。それは執事長を巻き込んで、まさにこのお兄様が原因で量産されたメイド擬きを駆逐したのもそうだし、クラリスちゃんを私の傍に置いておく理由を作るために、執事長に頼んで『御傍付』という役職を用意してもらったのもそうだ。
なお、メイド擬きの駆逐はつい先日ようやく完了したところであり、御傍付の役職は元々存在していたのだが、知っての通りのアシュタルテ家なので活用されることもなく埃を被っていた制度を復活させたのである。
そういう意味では、お兄様が欲求の捌け口にするためのメイド擬きを私が一掃してしまったので、余計に鬱憤が溜まっていてこれほど食い下がってくるのかもしれない。尤も、私は悪いことをしたとは微塵も思っていないし、むしろお兄様が片付けせずに散らかしていった玩具をわざわざ片付けてやったのだとすら思っている。無論、恨まれる筋合いなどない。
「言っておきますが、私にないしょでこれを拝借しよう、などとは思わないことです。もしそんなことをすれば、例えお兄様でも」
脅しの意味も込めて魔力を編む。ただでさえ寒い廊下の気温が俄かに低下し、お兄様の息が白く濁る。
敢えて言うまでもないが、私は本気であるし、本気でやる。
もしお兄様が私の目を盗んでクラリスちゃんを手籠めにしようなどと画策しようものなら、氷漬けにして黒い森に捨ててくる気満々であった。流石に兄妹なので、お兄様も私が本気であることは重々承知の様子で、降参とでも言うように両手を挙げた。
「おお怖い。プリムを怒らせたら俺ではどうにもならないのはわかってるよ」
「では」
「大人しく諦めるよ」
わりと未練がましい表情でそう言って、お兄様はひらひらと手を振りながら歩いていった。おお寒い、などと言いながら腕をさすっている後ろ姿が嘘くさくて、若干シュールであった。
お兄様が本当に諦めたとは微塵も思っていないが、良くも悪くも移り気な人なので、実家に居るうちにチャンスがなければけろっと忘れて王都に戻るだろう。
私もまた止めていた歩みを再開し、影の様に背後に付き従うクラリスちゃんに背中越しに声を掛ける。
「……クラリス」
「はい」
「念のため、お兄様が居なくなるまでは私のそばをはなれないでね」
「私は貴女様の御傍付でありますれば――くちゅんっ」
クラリスちゃんの淀みない言葉に可愛らしいくしゃみが混じり、私は思わず振り向いてしまった。
見上げたクラリスちゃんの顔が真っ赤なのは、まあ気温が低いからというだけの理由ではないだろう。
「も、申し訳ございませんっ。とんだ醜態を、」
「ごめんねクラリス。さむかった?」
考えるまでもなく私のせいなので、気遣いを籠めて言うと、クラリスちゃんはますます恐縮してしまった。
せめて、と思ってクラリスちゃんの身体に正面から抱き付いてみるが、私の矮躯で与えられる熱量なんてたかが知れてるかもしれない。むしろクラリスちゃんの身体が暖かくて、私だけが良い思いをしているような気すらする。
「お、お嬢様……?」
「クラリス。もしお兄様になにかされたら、すぐに私をよびなさい。ぜったい助けてあげるから」
私の手を煩わせるから、などと変な遠慮をされるほうが困る、と重々言い含めておく。ちゃんと言っておかないと、クラリスちゃんは絶対我慢してしまう性質だから。
脅しておいたにもかかわらず、お兄様がクラリスちゃんに手を出すようなことがあればその時は、
「あれのイチモツがくさり落ちるまで、氷づけにしてやるんだから」
「恐れながら、淑女としてその発言はどうかと思いますよ?」




