61話_side_Eu_学究区_道中
~"騎士の雛"ユーフォリア~
「ハァ!?増えるゴーレムが脱走したァ!?」
「あはは、良いねソレ。増えるゴーレム。センセーショナルじゃないか」
目を剥いて叫ぶクロト君の言葉に、技研の研究者だと言うシューベルさんがへらりと笑う。
一年生のアシュタルテさんが保護していた二人の技研職員。そのうち片方はクロト君の兄御であり、ジレ男爵家の次男であるヨシュアさん。もう一人はその同期の研究者でミヒャエル・グラハイト・シューベルさん。
そしてこのシューベルさんこそが、この大事件の元凶であった。
なんでも、黒い森における対魔物防衛戦力のここ最近の消耗具合を懸念した学院の依頼で、シューベルさんはメンテフリーで活動可能なゴーレム兵器の研究開発をしていたらしい。
シューベルさんのことは知らなかったが、ゴーレムの戦力化の話くらいは私も聞いたことがある。あくまでも、そういう案が出てるらしい、くらいの信憑性ではあったのだが。
若くして優秀な研究者であるシューベルさんは求められた役割を完全に遂行可能な画期的なゴーレム兵器である『SBメタル』を開発し、自身のラボで稼働試験を行っていたのだそうな。これは自律行動する一種の魔法生物であり、私達が討伐したゴーレムの内部から湧き出した銀の液体の正体である。
大気中の低濃度の魔力を糧に活動可能で、纏まった魔力と材料さえあれば自己を複製し増殖することが可能。また自己の再生能力と友軍の修復能力を有し、例えば魔法使いが術者として魔力を注げば――つまりはより多くの魔力を用いれば性能を底上げすることすら可能。
そして外的な魔力供給以外の全てを基本自律で行い、場合によってはそれすらも自律で賄うのだ。
外部から魔力を収奪するという形で。
その性能が確かであれば、魔物に対する全自動の防衛網を構築するのに申し分ない発明と言えるだろう。
ラボを脱走して人々を襲う災害と化していなければの話だったけど。
余談だが『SB』はシューベルの略らしい。シューベルさんは最初は恥ずかしげもなく『シューベルメタル』と呼称していたようだけど、ヨシュアさんがなんとか軌道修正させて「せめてイニシャルとかにしておけ」と説得したとか。
「僕の考えでは『SBメタル』はあくまでも使命を遂行しようとしているだけだ」
「……魔物を撃退する防衛網を構築するため、ということですか」
「そう。頭数を揃えるために手っ取り早い手段として魔力を奪っているんだろうねぇ」
魔力と生命力は密接に関係しているので、外部から無理矢理魔力を奪われれば体調に異常をきたしかねない。枯渇するまで根こそぎ奪われれば衰弱死もありえる。だが、『SBメタル』の自律思考には論理構造上の制限が課せられているらしく、そもそも人間を故意に殺害することはできないのだ。ただし人型の魔物に対処不能になる事態を避けるために危害を加えることは出来る。
だから、ゴーレムが人間から魔力を収奪するために無力化する際も、必ず命に別状がない程度の損傷にとどめる。
実際、今のところ怪我人は夥しい数にのぼるだろうが、死者の報告だけはない。
「それで人間と敵対してたら意味ねぇんじゃないっスか?」
「『SBメタル』にはまだ善悪の概念を教えていないからね。最も効率の良い手段を実行しているだけさ」
「つうかお前よォ。『SBメタル』が無限に増えないようにリミッター掛けるとか言ってなかったか?」
「掛けるつもりだったけど、その前に逃げちゃったし。まあリソースには限りがあるから、絶対数は無限には増えないよ」
ジレ兄弟が口々にツッコミを入れるものの、シューベルさんは平然としている。
彼の不注意がこの大惨事を引き起こしたというのに、まるで悪びれる様子もない。
大人しく会話を聞いていたマリア部長も信じられないものを見るような眼をしている。
「殺害行為が禁則事項と言うのも眉唾物だがな」
不機嫌そうに口を挟んだのは、シューベルさん達を保護する羽目になったアシュタルテさんだ。
彼女の呟きを拾ったクロト君が思い当たったように言う。
「そういやさっき、普通にちびっこ踏み潰そうとしてたよな。絶対死ぬだろあんなん」
「ああそれは簡単だよ。『SBメタル』はまだ物理と術理の区別がついていないのさ」
簡単だよ、と言われても私達にはそれがどういうことかわからない。
ただ、アシュタルテさんだけは理解できた様子で「お粗末な話だな」と腐していた。
「言っただろう?まだ教示途中なんだよ」
「なあ兄貴、どういう意味だ?」
「つまりだな、」
「つまり私が結果的に死んでいないのが答えだ。そんなことはさて置き、結局聞きそびれていたが、貴様らは何のためにノコノコ出向いてきたのだ?」
弟の疑問に答えようとしたヨシュアさんの発言を遮って、アシュタルテさんが問い掛ける。
ちなみに現在地は彼女らと合流した場所から程近いとある広場だ。アシュタルテさんが凍結させた巨大ゴーレムのせいで周囲の気温が下がって寒かったので、とりあえず情報交換のために場所を移したのである。
ヨシュアさんが一風変わった魔法具でどこかに――おそらく技研だと思うが――連絡を取って、現在のゴーレムの進行状況と戦況を問い合わせているので、その回答を待ちながら少々の休憩である。ちなみに学院の敷地内の連絡手段は基本的に有線で、私達が普段黒い森での行動中に用いているような小型の無線通信用魔法具は、学院の敷地内だとノイズの影響が大きくて使えたものではないのだ。これは魔法教育機関であるが故に、普段からそこかしこで魔力の発露が発生している弊害と言える。ヨシュアさんが使っているそれは特殊な見た目にそぐわぬ特別製なのだろう。
「それは勿論『SBメタル』を見に――」
「止めるためだ。だろ?」
シューベルさんの発言に被せるように慌てて行ったヨシュアさんに、シューベルさんは肩を竦めて見せて、アシュタルテさんは胡散臭そうな視線を向けた。
「その男がそんな殊勝な目的を持っているようには微塵も見えんが……まあいい。具体的には?」
「『SBメタル』は理論上は魔力と材料がある限り永遠に増殖するけど、現時点で一つだけ外していないプロテクトがあるのさ。いわば最終安全装置だねぇ」
なにが楽しいのか笑顔で説明するシューベルさんに対してそれぞれ思うところはありそうだけど、とりあえず話を聞く。
「『SBメタル』は自己を複製するけど、同一性の問題を回避するために必ずメインとサブの関係を構築する。本来の想定ではメインの個体が修復不能なレベルで破壊されれば自動的にサブの一体がメインへと昇格するようになっているんだけど」
「メインとサブはなにが違うんだよ?」
「基本的にはなにも違わない。ただし、複製過程の都合上、メイン個体からサブ個体を辿ることが出来る。どういうことかわかるかい白いお嬢さん」
「トレーサビリティというわけか」
「その通り。これはメインが一度でも入れ替わったら途端に意味をなさなくなるのだけど……ここまで言えば僕が言うプロテクトの内容がわかるんじゃないかな?」
シューベルさんはそう言って一同に視線を向けるが、同じ研究者であるヨシュアさんはともかくとして、私達にはさっぱりな内容だ。そもそも何を言っているのかよくわかっていない。
ただ、やはり一人だけ会話に付いていっていたアシュタルテさんが仕方なさそうに口を開く。
「要するにメイン個体の交代を許していないということだろう?」
「それがゴーレムを止めることに繋がるのか?」
クロト君の質問に、アシュタルテさんは『何故私に訊くんだ』というような顔になるものの、なんだかんだで答えてくれる。
なお、開発者であるシューベルさんに訊かないのは彼に『理解させる』という気がないのが明らかだからだろう。尤も、私達に理解できない内容を後輩に尋ねると言うのも情けない話ではあるが。
「メインの交代を許していないということは、最初にラボから脱走したとかいう一体が今も変わらずメインを張っているということだ。そして増殖した個体全てがソイツに紐づけされていることになる」
「つまり、現段階で学内に蔓延しているゴーレムは全てが見えない糸で繋がっているのさ。メイン個体を掌握して停止命令を流すことが出来れば、ツリーに従って全てのゴーレムが停止する。これは『SBメタル』の構造上避け得ない弱点だね。勿論、ポジティブな活用法もあるから使い方次第ではあるけどねぇ」
「なあちびっこ。全部のゴーレムが繋がってるんなら、その辺のやつ適当につかまえて停止命令とやらを流せばいいんじゃねえの?」
確かに、とクロト君の言葉に私は内心で同意する。
「だから何故私に……その場合は、その命令を流した一体から複製された分だけは止められるだろう。だがツリー頂点のメイン個体を保護するためのシステムが存在しないわけがないから、おおかた停止命令を受けたツリーを切り離して終わりだろうな。だからこそ複製不能な、切り捨てられないメインを捉える必要がある」
「すまん!わからん!」
「……指が凍傷になったら切り落とせば済むが、頭が凍ったら死ぬだろう」
アシュタルテさんの言葉を借りれば、ゴーレムを停止させる命令を流すにしても、指に話し掛けても意味が無いので、頭を見付けて言い聞かせる必要があると。そんなところだろう。
そこでふと、疑問に思った様子のマリア部長が控えめに口を開く。
「あのあの……メイン個体が、既に破壊されている可能性は、ないのでしょうか」
それもそうだ。構造上避け得ない弱点であるというのなら、ゴーレム側もそれを後生大事に残しておく必要がない。
だって、シューベルさん曰くメインとサブに違いはないのだから、無くなったところで、ということだ。
そんなマリア部長が熱心に視線を向けているのは当然と言うかアシュタルテさんだった。彼女は『貴様もか』みたいな辟易した表情を見せながらも、やっぱりちゃんと答えてくれる。
あれ?ちょっと不愛想だけど、なんか普通に良い子だこの子。公爵家のマリア部長はともかく、男爵家のクロト君も邪険にしたりしないし。悪名高いアシュタルテ家、というだけでちょっと身構えちゃったけど、やっぱり噂ってあてにならないんだなぁ。
「それはない。先ほどその男が言った『同一性の問題』があるからな」
「あ、あのあの……それがよく、わからなくて……ごめんなさいぃ」
「簡単に言えば、自分が二人居ることに耐えられんのだ。例えば貴女の目の前にもう一人の貴女が居て、そのもう一人は『自分が本物のマリアです』と言っているとしよう。だがそれは貴女から見れば偽物が本物を騙っているだけに過ぎない」
「えっと、はい」
「だがもう一人の貴女も当然貴女を見て同じことを思っている。本物が二人存在するという矛盾を回避する手段は、貴女が居なくなるか、あるいは目の前のもう一人を排除するかだ。システマチックに処理をするならば互いがまったく同じなので判断も同じ。前者を選べば二人の貴女は同時に自殺するし、後者を選べば自分同士の殺し合いが始まり、やはり相打ちになる」
アシュタルテさんは単純にマリア部長からの質問だから彼女を例に話したのだろうけど、自分同士が殺し合いをするなどと言われた部長は複雑そうな顔で俯いてしまった。
それを見てアシュタルテさんが顔を顰める。
「む、済まない。無神経だったな」
素っ気ない謝罪であったが、マリア部長はほわほわと嬉しそうに笑った。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。次からはシューベル氏を例えに使うことにしよう」
「ちょっと待った、コイツなら自分が二人居ても意気投合しそうだぞ」
「胸が躍るシチュエーションだねえ」
ヨシュアさんの冗談と、シューベルさんのたぶん本気の呟きのおかげで少しの笑いが生まれ、場の空気がちょっと和む。
アシュタルテさんの説明のおかげで私にもなんとなく理解が出来た。つまりはメイン個体の交代というのは、先の例で『自分が本物だ』と互いに宣言する二人のシューベルさんのうち、片方が自動的に本物と認定され、もう片方は自分が偽物であると納得することで矛盾を避けるシステムなのだ。
「偽物が偽物であると自己認識するためには、必ず本物が必要になる。故に全員が偽物という状況もまた矛盾を招く。メインを交代できない状況でメインを喪失すると、論理上の衝突が起こって残されたすべてのゴーレムが自壊するか機能停止する……まあ、そんなところだろう」
「うん。だいたいあってるよ。だから今もゴーレムが活動しているということは、必ずメイン個体は現存している」
「んで、『SBメタル』の知性はまだ未熟だから、現状ではごく原始的な戦術しかとり得ないはずだ。敢えて人目に付かない場所にメイン個体を潜伏させるとか、そういう搦手はまずない。メイン個体は重要だから守りを固める……精々がそんなところだろうな」
なのでゴーレムの分布密度が高い場所を虱潰しに探せばそのうち見つかるはずだと考えて走り回っているうちに、間抜けなことにゴーレムの餌になりかけて、そこをアシュタルテさんに救われたというのが顛末らしい。
「ん?待てよ?ゴーレムどもはその辺の材料を使って自分を複製するんだろ。自分を構成する材料が違うのに、さっきの、同一性の問題?とかってのが起こるのか?」
「ゴーレムにとっては中核の『SBメタル』とやらが本体で、肉体はただの容器だからな」
「だから、身体が違うんだったら別人だろ?人じゃねえけど」
「どこからを付帯と見做すかというだけの話だ……制服を着ている貴様と寝間着を着ている貴様は別人と言えるのか?」
「おお!なるほど!マジで頭良いなちびっこ」
感心するクロト君にアシュタルテさんは鬱陶しそうにひらひらと片手を振ってみせているが、実際アシュタルテさんの知性は相当凄いと思う。本職の研究者の会話に付いていけるだけでも凄いのに、内容を噛み砕いて学生に説明して納得させることが出来るということは、彼女が間違いなくシューベルさんの研究内容を理解しているということなのだから。
「てかさ、だったら停止命令とかまどろっこしいこと言ってないで、メイン個体が居そうな場所に範囲魔法でもぶっこんで潰しちまえばいいじゃねえの?」
クロト君らしい発言だが、言っていることは御尤もだ。
メイン個体を破壊することで残存の全ゴーレムを無力化できるというのであれば、それが一番簡潔なはずだ。
それに対して、シューベルさんは嫌そうに顔を顰めた。
「そんなことをしたら、折角の実戦データが無駄になってしまうじゃないか」
「は?データ?」
「そうとも。不測の事態とは言え、学院の戦力を相手に『SBメタル』がまたとない実戦経験を積んでいるんだよ。メイン個体を確保できなければそれが全てパァだ」
あまりにも当然のように告げられた言葉が理解できず、私は唖然とした。
・2021/9 細部の描写を修正。




