636話_side_Rex_帰り道
~"主人公の幼馴染"レックス~
というわけで、特に何事もなくラーメンを食べ終えたわけだが。
本当に何事もなかった。そもそも他の客も少なからず居る『天塩』の店内でそうそう何かが起こるわけもないし、変に特別な会話を出来るわけでもないので、なるべくしてなった平和な食事会であったと言えよう。
ミアベルという少女は好き嫌いのない健啖家なので普通にラーメンを一人前ペロリと平らげていたし、アシュタルテさんは食べるために『転神』したのだと豪語するだけあって、アヴァターの性能を存分に見せつけていた。たぶん世界で一番贅沢かつ無駄なアヴァターの使い方だと思う。影響されやすいミアベルが真似し始めないことを祈るばかりだ。
俺はというと騎士の先輩であるユリウス卿から普通に有意義な話が聞けてわりと満足している。俺の将来のルートについては未だこれと決めたものはないが、とりあえずリッカとの約束を守るために大学部に進学して、その後は当初の予定通り騎士を志そうかと漠然と考えている程度だ。
でまあ、意外と言ったら悪いかもしれないがアシュタルテさんが予想外にノリがよくて、食事の席では会話が弾んでしまった。別にテンションが高かったりやたらと喋ったりするわけではないけど、彼女は話を振ればちゃんと応じてくれるし、自分から会話に加わることも少なくないのだ。当たり前のことに思えるかもしれないが、高位貴族においては全然普通のことではない。高位貴族と一緒に食事をすると、最悪の場合は接待を通り越して精神的拷問になったりもするから。その点、アシュタルテさんもユリウス卿も、この王国では上から数えたほうが圧倒的に早いような地位に居ながら非常に気さくで接しやすい人物であった。
最初は難色を示していたアシュタルテさんだが、いざ一緒の卓につけば特にミアベルを邪険にすることもなく、これにはミアベルさんも大変ご満悦である。
いやぁ。実にいい経験だった。
とても有意義な放課後の使い方だった。
何事もないまま、このまま寮に帰ることが出来れば、であるが。
「では、ミス・アトリーは私がお送りしますので、そちらはレックスにお任せします」
「わかりました」
(白目)ってやつだな。
時間的に少々早い夕食を済ませたことになる俺達は、これから出勤するのだというユリウス卿に合わせて解散することになった。そして今の台詞の通り、ユリウス卿はミアベルを平民女子学生寮まで送っていって、俺はアシュタルテさんを貴族女子学生寮まで送っていくこととなる。
この辺は当然のマナーというやつだな。俺などより遥かに強いアシュタルテさんの帰り道に一体何の危険があるのかっていう話だが、そういうことではないのだ。
なんでこの組分けになったのかというと、単純に女子寮の立地の問題だった。常駐騎士団の駐屯地である騎士館に戻るユリウス卿は平民寮ならば帰り道のついでに送っていけるが、貴族寮は遠回りになる。逆に、男子貴族寮に帰る俺は女子貴族寮も方向的には同じなのでアシュタルテさんと途中までは同じ道中になるというだけのことだ。
俺はちらりと横を見る。
そこには俺が思わず白目になりたくなる原因が居る。
いや、勿論アシュタルテさんなのだけど、その彼女が未だかつて見たことがないくらいに笑顔なのだ。なんか異様にニコニコしてるのが、異様に怖い。
顔が良すぎるせいで、笑顔が怖い。
「じゃあねロイ、ちゃんと責任もってアシュタルテさんを送るんだよ!」
「お前こそユリウス卿に迷惑かけるなよ?」
いつもの遣り取りをしてミアベルと別れる。ユリウス卿と連れ立って歩いて行った彼女は、去り際にこちらに大きく手を振ってくれた。おそらく俺にコンマ5割くらいで、残りはアシュタルテさんに向けた動作だろう。
恐ろしいことに、アシュタルテさんはちゃんとミアベルに手を振り返していた。
小さくだが、例によってニッコニコの笑顔で、だ。
流石のミアベルもアシュタルテさんの様子の異様さには気付いていたので、これは明日の朝一にでも鬼のような事情聴取が来るやつだな。最後のほうは見るからに『なにしたんだお前』みたいな顔で俺を見ていたし。
「さて」
アシュタルテさんはにっこりと俺を見た。
「貴様人生二回目だな?」
ッスゥー…………。
今ッかつてないほどに、俺のポーカーフェイス力が試されている……!
「ちょっとなにいってるかわからないですね」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………無理?」
「無理だな」
だよなぁ。笑顔を放り投げていつもの仏頂面に戻ったアシュタルテさんにバッサリ切り捨てられ、俺はガックリと肩を落とした。
絶対確信してる訊き方だったもんな。
まあ、バレたものは仕方がない。と俺は気を取り直す。そもそも既にバレていてもおかしくないというか、そうでなくとも時間の問題だとは考えていたのだし。
予定通りアシュタルテさんを送り届けるために、俺達は貴族女子寮を目指して歩き始めた。
「ちなみにいつ気付いたんです?」
「今日。てかさっき」
「うん?」
ということはラーメン食べてる間に何かやらかしていたのだろうか。俺は自身の行動を思い返してみるも、アシュタルテさんが確信を抱くようなことは言っていないはずだった。
そんな俺に、アシュタルテさんは軽く呆れたような目を向ける。
「まあ、貴様にしてみれば無自覚だろうから仕方のないことではある」
「というと?」
「貴様、いくらなんでもアトリーに対する態度が保護者過ぎるだろう」
…………。
「え、そんなにわかりやすかったか?」
「ああ。少なくとも同い年の異性を見る目じゃないぞ。他人ならばまだしも、あれだけ親しい距離感で」
なんてこった、と俺は天を仰いだ。
ということは俺の間違いはミアベルと二人でアシュタルテさんの前に立ったことか。そんなところから看破されるとは流石に予想だにしていなかった。
おそらくだが、そもそもアシュタルテさんの観察力が優れているのと、彼女は経験としてその可能性を知っているから余計に違和感を覚えたのだろう。つまり、目の前の人間の見た目と中身の年齢が一致していない可能性がある、という。他でもない彼女自身がそうなのだから。
「といっても、貴様が『レックス』じゃなければ気付かなかったかもしれんがな」
「あー……」
それもそうか。
原作を知っている人間からすればレックス少年は幼馴染のミアベルに惚れているはずなのだから。
「そうは言っても、俺にしてみればミアベルは自分の娘よりも年下の子だしなぁ」
「おっと。子持ちということは人生の先輩だったか」
結局、バレるべくしてバレたということか。
仮に俺がミアベルへの態度を演技で取り繕ったとしても、どう頑張っても十代の瑞々しさなんて出せるわけがないのだ。要するに俺がおっさんな時点で詰んでいたということだな。うん。
「それで? 俺のことも排除しますか?」
暗に『花告祭』の時のミリティアさんへの対応を示しながら問うと、アシュタルテさんは「いや」と短く否定した。
ちなみに俺は冷静なわけではなく、開き直っているだけである。ここで俺がどんな抵抗をしたところでアシュタルテさんに勝てる確率なんてゼロなんだよ。何故ってこの人、時間止められるから。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、アシュタルテさんは「結果論だが、」と言葉を続けた。
「あの時、ハートアートを処分しなくてよかったと今は思っている。私だけでは先日の『オンスロート』を乗り切ることはできなかったからな」
「あらゆる意味でルークのファインプレーということだな」
「違いない」
しかし、そうなるとアシュタルテさんの目的はなんだろう。
単純に疑念を確信に変えたかっただけだろうか。
「念のために確認しておくが、貴様はハートアートと協力関係にある転生者だな?」
「そうです」
「目的もハートアートと同じ?」
「基本的には。ただ俺は色々と疎いので、どちらかというと彼女を手伝う立場ですね」
状況的に既に詰んでいる以上、ここで変に隠し立てしても意味がない。
本当に秘匿すべき内容以外は素直に答えておくことにする。
逆に、アシュタルテさんが何を言わんとしているのかにも興味があるからだ。
「ハートアートの目的とは最終的にアトリーを勝たせることだな?」
「最初はそうでしたが、今は少し違います。貴女も含めた誰もが生き残れる道を模索することですよ」
「原作通りに私とアトリーが雌雄を決することになったならば?」
「ミアベルを勝たせるために動きます」
淀みない質問に答えながらも、俺は少々困惑していた。
念のための確認と彼女は言ったが、どこまでが何のための確認なのだろうか。今の問答の内容は基本的にはミリティアさんが既に話している内容と大差ないだろう。
しかしながら、やはりアシュタルテさんにとっては意味のある確認だったようで、彼女は納得気に頷いていた。
「本当はハートアートに訊こうと思っていたことなんだが、ちょうどいいから貴様に尋ねよう」
「……なんでしょうか」
「貴様とハートアートは、何故アトリーに原作の内容を教えていないんだ?」
勿論、彼女が何を問うかなんて俺には少しも予想出来ていなかったが、それにしてもその質問は予想外だった。何が予想外かって、ここまでの問答との関連性がまったくわからないところだ。
とりあえず回答をしようと思って俺は口を開きかけるが、それよりも先にアシュタルテさんが言葉を続ける。
「もしアトリーが原作の内容を教えられていれば、ヤツは態度に出るだろうしそれに応じた行動を取るだろうから、そうでないのは見ていればわかる。同時に、少なくとも貴様が本気でヤツを大事にしているのは今日の遣り取りからでもわかるし、アトリーが貴様に向ける信頼感も疑いようがない」
「それは――」
「初期の頃ならばわかるぞ。貴様等の目的が最終的にアトリーを勝たせることであるならば、原作の内容をヤツに教えるのは足枷にしかなるまい。ヤツの人間性ならば、私と自分のどちらかしか生き残れないと事前に知ってしまえば、ほぼ間違いなく自分が犠牲になるほうを選ぶだろうからな。貴様等はむしろ、どうやってアトリーを戦わせるかに苦心したはずだ」
アシュタルテさんの考察は殆ど正確に当時の俺とミリティアさんの遣り取りを見抜いていた。それこそ初期の頃の『レクティア会議』で話し合った方針がまさしくそれだ。
ミアベルを戦わせる、などと言うと聞こえが悪いが、要は俺達はミアベルに生きる道を選んでほしかっただけだ。その結果として、他の誰かが犠牲になるとしても。
俺達は、ミアベルが自分を犠牲にするために邁進してしまうことこそを恐れた。
「だが今となっては状況が違う。貴様の言うようにハートアートの第一目的が私を含めた全員の生存――即ち至上のハッピーエンドを目指しているのであれば、アトリーに事情を説明して協力を仰がない理由がむしろ存在しない。私にとっては甚だ不本意極まりないし、正直どうしてこうなったのかわからないが、何故かアトリーはやたらと私に懐いているから、私を救うためというお題目があれば全力で協力してくれることだろう」
改めて訊くぞ、とアシュタルテさんは一呼吸置いて、
「何故、貴様とハートアートはアトリーに原作のことを教えない?」
俺は答える。
「ミアベルにそれを教えれば、彼女は貴女を助けるために自分を犠牲にしてしまうからですよ」
「………………?」
アシュタルテさんは俺の答えに対して訝し気に眉を顰めたが、俺は俺で彼女の問い掛けを不思議に思っていた。
彼女は自分の質問に対する答えを自分で言ったではないか。なのに何故、俺に同じことを問うのだろうか。
「……だから状況が変わっただろう?」
「そうですね」
「状況が変わったのに、何故貴様等の対応が変わっていないのかと訊いているつもりなのだが」
「ですから、それをするとミアベルが貴女を助けるために自分を犠牲にしてしまうからですよ」
何故か急に物分かりが悪くなった気がするアシュタルテさんに奇妙なものを覚えなくはないが、俺が持ち合わせている回答はこれしかないのだから、それを伝え続けるしかないだろう。
すると今度はアシュタルテさんは黙り込んで何かを考え始めた。気付けば俺達は足を止めていて、現在位置はちょうど貴族学生寮の男子寮と女子寮に向かう分かれ道であった。俺はアシュタルテさんを送っていくために女子寮の方面へと足を進めようとしたが、アシュタルテさんは動く気配を見せない。
「そういうことか」
アシュタルテさんがぽつりと呟く。
そして彼女は俺に向き直る。
「ここまでで結構だ」
「え?」
「ではごきげんよう」
俺の反応を待たずにさっさと告げるだけ告げると、彼女はカーテシー擬きの礼を小さくしてから、次の瞬間には姿を消していた。
たぶん時間を停滞させて移動したのだと思うが、勿論俺は何の反応も出来なかったし、彼女がその気になれば何の抵抗も出来ずにやられていただろうという事実が再確認出来ただけであった。
俺はしばしその場で間抜けのように立ち尽くし、
「…………帰るか」
空しく呟いて、帰路につく。
ミリティアさんにどうやって釈明したもんかと考えを巡らせながら。




