635話_side_Rex_商業区_『天塩』の前
~"主人公の幼馴染"レックス~
「で、行きたい店はあるのか?」
ミアベルに問い掛けると、彼女は自信満々の顔で胸を張った。
引っ叩きたい、そのドヤ顔。
「逆に訊くけど、あると思う!?」
「俺が適当に決めていいか」
「うん。お願い」
まあ予想の範囲内である。ラーメン屋初体験のミアベルに行きつけの店なんてあるわけもない。更に言えば、経済的な理由で特待生をしている彼女にとってはそもそも外食自体がわりと縁遠いものかもしれない。
尤も、先日までの討伐者活動のおかげで現在はだいぶ懐が温まっているはずなので、それもあってミアベルは急にラーメンデビューを思い立った可能性もある。本来あの活動は諸経費だけでも赤字前提のもので、しかも結構な部分で『剣の誓い』からの善意の援助があって成り立っているものだったわけだが、最終的にはミアベルの成長速度と実力が普通ではなかったせいでちょっと魔物を討伐しすぎてしっかりと元を取ってしまった。
ミアベル本人が意図したことではなかったかもしれないが、『オンスロート』の際に彼女の時間魔法で夜明けが早まったために多くの命が救われていることを考えれば、むしろもっと報酬を貰って然るべきですらあるだろう。冗談抜きで、ミアベルのアレがなければそもそも『オンスロート』が人類側の勝利で終わっていたかも怪しいのだし。
ちなみに、一応俺もそれなりに魔物を討伐したり、合同の戦果ではあるが『はぐれサラマンデル』を倒したりもしているので、ミアベルほどではないが結構仕事はしたほうだと思う。少なくとも、託されたマギアドライブの『フレイ』の重みに恥じない程度には。
それはさておき、脳内で目的地をいくつか見繕う。
俺は特別ラーメンが好物ということではないとミアベルには言ったが、さりとて嫌いなわけでもない。なんとなく敬遠しがちなのはおっさん時代の名残というやつだ。悲しいことだが、おっさんになればなるほどに、食事や運動には気を遣わざるを得なくなるものなのである。
とはいえそれも今は昔というか前世の話だ。現在の同級生の友人達にはラーメンは人気だし、健全な男子高校生諸君にとっては油ギッシュなほど良いまである。なので俺もスヴェン達とラーメン屋に繰り出すこともあれば、ルークと一緒に行くこともあるので、それなりに店は知っていたりする。ついでに、行ったら行ったでちゃんと美味しく食事をするし、どれだけ油を摂取してもビクともしない若い肉体に地味に感動したりもする。
歳を食うと、ほんとに食べられなくなるから。美味しいかどうかは関係なく。
「『天塩』という店があるんだが、そこでいいか?」
「いいけど、変わった名前だね」
「ラーメン屋はわりとどこもそんなんだ」
こちらの世界でも例によってラーメンは東方の国家が発祥の料理なのだが、それ故に王国で営業しているラーメン屋も『東方の地で修業した店主が開業した』とか『東方から伝わる秘伝のレシピ』とかっていう謳い文句がよく見られる。真偽のほどはさておいて、物珍しさで興味を示す客も居るだろうからある意味言ったもん勝ちというか、言い得というか。
そんな風に東方感を演出しようと試行錯誤した結果、ラーメン屋の店名は非常に個性的なものが少なくない。商業区の一角で営業している『天塩』もその一つだ。店舗の内観やメニューから鑑みるに、女性客を積極的に取り込もうとしている意欲的なラーメン屋という感じなのだが、なにが一番特徴的かというと店名が事故っているところだ。
『天塩』というのは略称で、正式には『天からお塩』である。なおこれはリュウさん達の故郷である大峰の言葉で、王国語で言うならば店名は『テンショー』となる。
リュウさん達との交流で多少大峰言葉を勉強したのでわかるが、たぶんこの店名は本当は『天翔』からきているのだと思う。それが適当な翻訳家を使ったのか、それとも店主が独学で訳そうとした結果なのか、何故かテンショーではなくテンシオになってしまったらしい。いや、勿論わかっていてわざとそうしている可能性もなくはないが、あの看板の意匠――いかにも飛翔しそうなデザイン――を見るに、たぶん天然の間違いだと思われる。
とまあ、そんなわけでちょっと面白いなと印象に残っていたので、今日の目的地として咄嗟に思いついたのである。女性向けのメニューもあるからミアベルにもちょうどよいだろう。
◇◇◇
一度訪れたことのある場所なので道に迷うこともなく、ミアベルと適当にだべりながら辿り着いた『天塩』の前で、俺達は意外な人物と遭遇した。
「……この店に来ると予想外の相手に出会うジンクスでもあるのか」
と、主にミアベルのほうを見遣って苦々しい顔をしているのは誰あろうアシュタルテさんであった。普段の小さな姿ではなく、ミアベルと同程度の背恰好に見える装いをしていた。察するに『転神』のアヴァターだろう。ミリティアさん曰く『渋谷のJK』のようだと噂のアレである。
「こんにちはアシュタルテさん! 奇遇ですねっ!!」
「なにが奇遇だ貴様」
勿論、言うまでもなくミアベルのテンションはバク上がりである。まあ、そもそも彼女がラーメンに目覚めたきっかけが目の前のアシュタルテさんの真似っこからなわけで、そりゃあそうもなる。
それから、ミアベルがこの店に近づくにつれて何やらソワソワしだしていた理由が分かった。時間魔法の持ち主同士は互いの存在を感じ取ることが出来るらしいので、ミアベルにしてみればアシュタルテさんが同じ店を目指して近付いていることはわかっていたのだろう。逆にアシュタルテさんもわかっていたのだろうが、彼女にしてみればミアベルがラーメン屋に来るとは思っていなかったので、たまたま近くに居るだけだと思っていたらこの通り、という感じか。
アシュタルテさんは単身ではなく一人の男性と連れ立っていた。
カジュアルな恰好をした金髪緑眼のイケメンは俺も知っている人物というか、普通に有名人だ。
ユリウス・テオ・エーベルヴァイン。
この学院に常駐している騎士団の次席を務めている天才騎士であり、先の『オンスロート』ではブラッドフォード派遣軍にも参加し、司令部付きの部隊を率いて『ハーピィロード』と互角の激戦を繰り広げた御仁である。
騎士志望の俺にとっては偉大なる先輩というべき人物で、もう一つ、原作『夜明けのレガリア』的な意味で言えば彼は所謂『ヒーロー』の一人であり、ポジション的には主人公を教え導く大人の男性枠なのだそうな。
デートだと言われても納得のバランスが取れた美男美女カップルであるが、どうやらそんな事実はまったくなくて、アシュタルテさんが最近結成したらしい『けったいな同好会』の活動中なのだろう。ルークも参加している例のアレだ。
で、アシュタルテさんはこちらを無視してさっさと店内に入ろうとしていたのだが、相方のユリウス卿は律儀に俺達に挨拶をしてくれたのでそうもいかなくなった。
互いに簡単な自己紹介を済ませたあたりで、ミアベルが何やら非常にもの言いたげな雰囲気でアシュタルテさんとユリウス卿に視線を往復させていることに気付く。
ミアベルのことだから、折角会えたアシュタルテさんと一緒に食事をしたいが、それを自分から言い出さない程度の常識は持ち合わせているので無言のアピールをしているのだろう。単純に、向こうのほうが圧倒的に地位が上だから、誘ってもらうならばまだしも、こちらから誘うことなんて出来るはずもないのだ。
ちなみに、俺としては彼女達と一緒になっても構わないというか、むしろ大歓迎だ。折角というならばその通りで、アシュタルテさんの人となりを観察することが出来るまたとない機会であるからだ。
アシュタルテさんとしては勿論ミアベルのアピールなど鼻で笑って無視する気満々だったようだが、例によって律儀なユリウス卿が気を利かせてしまう。
「もしよろしければ、ご一緒にどうですか?」
その瞬間、ミアベルは瞳を輝かせ、そしてアシュタルテさんは平手でユリウス卿の背中をどついた。
「あいたっ」
「おい貴様、空気を読め」
何故叩かれたのかわからない、という風に困惑するユリウス卿に、アシュタルテさんは何故か俺のほうをそれとなく示しながら言う。
「青少年に気を遣えと言っているのだ」
「ええと…………?」
アシュタルテさんが何を言わんとしているのか俺もよくわからなくて、同じくわかっていない様子のユリウス卿と一緒に頭を悩ませてみて、ハッとなった彼とたぶん同じタイミングで俺も思い至る。
あ、もしかしてこれ、俺とミアベルがデートに来たと思われてるヤツか。
つまりアシュタルテさんにしてみれば、今の俺は超絶鈍感なミアベルとのデートにやっとのことで漕ぎつけたレックス少年に見えているわけだ。
ユリウス卿も言われて事情を察したようで、非常に申し訳なさそうに眉尻を下げている。目の前でそんな遣り取りをされても案の定なにも察していない様子のミアベルは今更なので置いておくとして、俺としてはそんな風に申し訳ない顔をされるとむしろ逆に申し訳ないくらいだ。言うまでもなく、俺とミアベルがデートをしている事実などないのだから。
それにアシュタルテさんはそもそもカーマイン殿下を応援している立場ではないのだろうか。だとすれば俺とのデートはむしろ邪魔して然るべきなのでは。
というわけで俺は口を開く。
「俺は構いませんよ」
「む、いいのか?」
「ええ。勿論そちらがよければ、ですが」
ミアベルも喜んでいますし、と続けるとミアベルは我が意を得たりとばかりに猛烈に頷いていた。
ミリティアさんから聞いている原作レックス少年のキャラクター的に考えても、ミアベルが喜ぶ選択肢を優先するという行動は然程おかしいものではないはずだ。アシュタルテさんが俺の正体に気付いていないとしたらだが、この行動で中身が違うとバレるようなことはないと思う。
というか、この程度で露見するならばもうとっくの昔に気付かれているだろう。
「騎士を志す者として、有意義なお話が聞けそうですし」
申し訳なさそうなユリウス卿へのフォローも兼ねてそう告げると、彼はこちらの気遣いすらも察した様子で苦笑しながらも、「そういうことなら、喜んで」と快諾してくれた。
「おいちょっと待て、しれっとアトリーを私に押し付けるんじゃない貴様」
「アシュタルテさんっ、女の子は女の子同士で仲良くすべきだとわたし思います!」
「ええい、貴様は貴様で誤解を招くようなことを言うんじゃない!!」
「???」
きょとん顔のミアベルに俺は苦笑しか出ないわけだが、困ったことにユリウス卿もミアベルと全く同じリアクションをしていた。




