634話_side_Primrose_その辺
・ゲーミングぱんつ。
~"転生令嬢"プリムローズ~
おや。珍しい。
と私が内心思ってしまったのは、端末に着信した新規メッセージが理由だ。悲しいことになんか見慣れてきた感がある『ラーメン同好会』のグループチャットに、例の如く誘いのメッセージが投稿されたわけだが、その送り主が意外なことにユリウスだったのだ。
彼が誘うのが珍しいというよりは、そもそも誘う人間ってほぼほぼルークくんかジークリンデ先輩の二択なので、二人以外が誘うのがそもそも珍しいのだ。ちなみに私とリーフ先輩とミリアム先輩は一度も自分から誘ったことはない。ユリウスはこれが初めてで、これまた意外なことにシスターレイチェルはわりと誘うほうだ。まあシスターの場合は多忙故に参加率が低い人なので、せめて自分が参加出来るタイミングで自分から誘うことにしているのだろう。といっても、そういう事情なので数は多くないが。
ともかくユリウスのメッセージを見るに、どうやらこれから出勤するらしいのでその前に腹ごしらえをしようという意図のようだ。で今日はダブルジャンキーが大人しいので自分から誘ってみたというところだろう。
『LTD:スンマセン。今日は先約が』
成程。ルークくんが大人しいのは予定が入っていたからか。婚約者とデートだろうか。
『MLR:ごめんなさい! お茶会の予定があって』
『SBL:生徒会が長引きそうです』
『LLB:今日は部活が……』
少し遅れて二年生のお姉様がたから立て続けに返信があった。
ミリアム先輩は貴族令嬢らしくお茶会に参加する予定で、ジークリンデ先輩は生徒会の会議。リーフ先輩は放送部の活動があるようだ。
そんでもってシスターレイチェルは普通に仕事中だろう。
私は無言で端末を見つめる。
珍しくユリウスが誘ったと思ったら、珍しいくらいに皆予定があるときた。これは本当に珍しいことで、大抵は一人二人くらいは暇人が居るものだが……。
「あ。私か」
居たわ、暇人。
ん-でもなぁ。これで私だけ参加ってなったらユリウスと二人なわけでしょ?
それってちょっとどうなのかなーと思わなくもないなぁ。
『PFA:エスコートさせてやろう』
まあ行くんですけどね!
いや、だってちょっと可哀そうじゃん。折角初めて誘ったのに誰も来なかったら。たぶんユリウスの性格的に別にそんなこと気にしないんだろうけど、私が気にするのだ。
こう、なんというか、ジャパニーズメンタルがね。
ついでに言えば、ユリウスと絡むと彼のファンから苦情やお気持ちを食らってしまうと最初は警戒していたが、今はもう開き直っているのもある。危惧していたほどの苦情など来なかった、というわけでは全然なくて、むしろ私がどう動こうが関係なく一定数は送られてくるので、わざわざ気にするのが無意味だと理解したのである。
大丈夫。アシュタルテ慣れてる。
『JTE:仰せのままに』
……絶対微笑ましい顔されてるぅ。
◇◇◇
そうと決まれば一度寮に戻って着替える必要がある。
どうせ行先は商業区なのだから学院の制服姿でなんら問題はないが、私の場合は制服から制服に着替えなくてはならないので微妙に面倒だ。
ラーメンを食べに行くならば『転神』しないといけないからね。
私のアヴァターの最新形態である『JKモード』はその名の通り女子高生スタイルの姿をしていて、そもそもプリセットの装備が制服姿であるが、あくまでもアヴァターの一部としての衣服はあからさまに普通とは違うので、流石にそのままの恰好で出歩くには悪目立ちが過ぎる。どう違うのかというと、たぶん私の趣味のせいだと思うが、なんか絶妙にデザインがSFチックというか、近未来の制服っぽいというか、サイバーパンクJK感が漂っているのである。
というわけでアヴァターの制服を脱いで、その体型に合わせて用意した学院の制服に着替える必要がある。まあどうせ着替えるならば必ずしも制服でなくてもよいのだが、結局一番無難な選択肢は制服に落ち着くんだなこれが。
「お嬢サマー。下着はお召し替えにならないでもいいんですかぁ?」
着替えを手伝ってくれてるフォノンちゃんが見覚えのない下着を取り出しながら訊いてくる。
なにそれ初見です。
「下着はこのままでいいと思うが……変か?」
「変ではないですけど、なんか光ってます」
例によって、アヴァターのプリセットの下着は若干SFチックなデザインなので、なんか模様が地味に発光してたりする。なんでパンツやブラジャーを光らせる必要があるのか自分でもわからない。所謂『見せる』タイプのデザインなのだろうか。
「魔力を抑えれば光らないから平気だ」
「あ、それ魔法の光なんですね」
「アヴァターだからな」
要するに頭の上の円環と一緒である。魔法を使う際の補助としての出力器官が全身に存在していて、アヴァターのデザイン上それが衣服の恰好をしているというだけのことだ。
説明しながら実際に下着の発光を抑えて見せるとフォノンちゃんは感心したような顔をした。
んで、結局その下着はどこから出てきたの。
「クラ姉が」
あっはい。まあそうだろうと思ったけど。
おかしいなぁ。確かにアヴァター用の衣服を何着か、制服も含めて用意して欲しいとはお願いしたけども、その時にちゃんと下着は要らないとも言ったんだけどなぁ。
クラリスちゃんが喜ぶんなら暇な時に着せ替え人形になるのは吝かではないが。
「いっそのこと交換条件にしたらいいんじゃないですか? クラ姉が選んだ服を着る代わりに、お嬢サマもクラ姉になんか着せちゃいましょうよ」
「フォノン貴様、さては天才だな?」
実際のところ、この学院で生活している限りは私は基本的に制服だし、クラリスちゃん達は基本的にお仕着せなので、着飾る余地も必要もないんだよね。
だからこそクラリスちゃんは矢鱈と下着をプッシュしてくるんだろうけど。
とりあえず手に持った下着を片付けようとしたらしいフォノンちゃんは、なにを思ったのか徐にブラを自分の胸にぴとりとあてた。
流石にサイズが違うので、わりとぶかぶかだ。
「なしてんの?」
「いや、魔がさしたと言いますか、つい出来心でと言いますか……」
照れくさそうに笑う彼女も、年頃らしく自分の体型とか発育とかが気になり始めたのだろうか。
フォノンちゃんは十四歳ということで、まさに成長期の真っ只中なのだからそこまで気にしなくてもよいのではなかろうか。見てる感じ、まだまだ成長しそうだし。
なお、JKモードの私とフォノンちゃんとついでにクラリスちゃんを比較すると、大体年齢通りの並び順になる。
一番背が高いのはクラリスちゃんで、次いで私、それからフォノンちゃん。そんなに大した差はないけどね。
発育についても一番すごいのがクラリスちゃんで、次いで私、それからフォノンちゃん。まあそりゃあ普通に年齢順になるよねっていう。
無論、私の本来の姿は考慮に入れないものとする。
◇◇◇
支度を済ませて商業区に向かい、ユリウスとの待ち合わせ場所に到着すると、ちょうど向こうも着いたところだった。
ユリウスはこれから出勤する前の腹ごしらえが目的とのことだが、そのまま職場に行くわけではなさそうで、騎士服ではなく普段着姿だった。彼らしいシンプルで清潔感のある装いはそろそろ見慣れてきた感もある姿だ。
というか騎士服なんて着てこられた日には遠目にもユリウスであることがもろわかりになってしまうので、ラーメンどころではなくなるかもしれない。そう考えると、騎士服を着なかったのではなく着れなかっただけかも。
制服姿の女子高生と成人男性の組み合わせっていう、字面だけ見たらどう考えても援交パパ活です本当にありがとうございましたって感じなのだが、そういういかがわしさが微塵も漂ってこないのはユリウスの人徳というか、完全無欠にビジュアルの暴力のせいだろうな。
イケメン無罪は本当にあったんだ……!
「『天塩』で構いませんか?」
「いいよ!」
ユリウスにしても私のアヴァター姿など見慣れているだろうから、特に何を言うでもなく自然と肩を並べて歩き出す。目的は言うまでもなくデートなどではなく単なる腹ごしらえなので、場所はぶっちゃけどこでもいい。強いて言うなら同級生が少ないほうが都合がいいので、その点であの怪しい店名のラーメン屋はいい塩梅だろう。
歩き始めて少しもしないうちに、ユリウスが「そういえば」と口を開いた。
「貴女に訊いてみたいことがあったのですが」
「なんじゃも」
「いえ。シスターレイチェルとは結局、和解をしたのですか?」
なにを訊くかと思えば、と私は素できょとんとしてしまった。
そんなの――
「したわけないじゃん」
「そう、なのですか? 最近はこの同好会の活動もありますし、彼女とわりと打ち解けているように見受けられたのですが」
そうだなぁ。まあこの『ラーメン同好会』に限って言えば、シスターレイチェルと一番仲が良いと言えるのは間違いなく私だろう。単純に、そもそもシスターと最も多くの交流があったのが私だからだ。シスターを同好会に誘ったのも私なのだし。いや、こんなことになるなんて微塵も思ってなかったけども。
とはいえ。
とはいえ、なのだ。
「私が『アルファ』の姿をしてヤツの前に現れれば、その時はあの光剣が抜き放たれるだけだろう。一切の躊躇なくな」
「どうしようもないのですか?」
「ないし、別に構わんだろう。貴様も知っての通り、見えてる地雷さえ踏まなければ彼女は非常に善良で愛すべき少女だ。なにより、魔物と相対するには得難い戦力でもある」
ブレザーのポケットに手を突っ込んだまま歩きつつ、私がそう説明するとユリウスは何とも言えない微苦笑を浮かべて見せた。
「貴女の豪胆さには驚かされます。自らの命が脅かされる可能性があるというのに、私だったらそこまで寛いではいられませんよ」
私は小さく鼻を鳴らした。
知っての通り、私とて最初からこうだったわけではないし、長いことシスターレイチェルを警戒し続けてきたし、今だってその警戒心がなくなったわけではない。
だが私にも紆余曲折あったのだ。
端的に言えば、より強大な脅威がちらつき始めたせいで、シスターばかりにかまけていられなくなったというか、むしろ部分的には協力出来る余地のあるシスターにはその方向で舵を取らないと首が回らなくなってきたというか。
私の判断を後押しした最大の理由は、先日のシスター本人からのカミングアウトである。
即ち、彼女の目的は私と同じ。
魔王の復活を妨げるために教国から送り込まれた刺客であるということだ。
「これは例え話なんだが」
大事な前置きをしてから、私はユリウスに問い掛ける。
「強力な魔物の出現が事前に予測できたとすれば、貴様ならばどうする?」
「広くそれを知らしめ、戦力を結集し、可能ならば先手を打てるように行動するでしょうね」
だろうな、と私は頷く。
では次。
「広く知らしめられない何らかの事情があったとすれば?」
「声の届く範囲で可能な限りの戦力を集め、私自身が討伐に乗り出すでしょう」
ノータイムで揺ぎ無くそう答えられるところは流石である。
無論、口だけではなく実際に行動に移すのだろう。
ならば、だ。
「事情があって貴様自身は動けないし、多くの戦力を動かすことも叶わないとすれば?」
「最も信頼している誰かに、すべてを託すしかないかと」
「…………だよなぁ」
結局詳しいことは訊けていないし、教えてくれないだろうが、シスターレイチェルは教国の最高指導者である教皇から直々の命を受けてこの王国に赴いたらしい。
現在の教皇はベネディクト一世。あのベルフェルテの後輩とも言える当代聖女と結託して、教国に巣食う老害どもと大喧嘩を繰り広げているファイティングじーちゃんという印象の人物である。この辺のすったもんだは公には知られていないが、所謂『知る人ぞ知る』という話だな。
ともかく普通に考えれば、彼は何らかの理由で『宵の魔王』の復活を予期していたが、老害こと『枢密院』の妨害を受けて自由に動くことが出来ない状況なので、せめて手持ちの駒の中で最強の個体であるシスターレイチェルを現地に送り込んだ、となる。
そんなことは一切説明せず、私は話題を切り上げる。
「つまりそういうことだ。あとは察しろ」
「ふむ……『強力な魔物』ですか」
ユリウスは少し考えたようだが、すぐに先程と同じ微苦笑を見せた。
「やはり、貴女の豪胆さには驚かされます」




