57話_side_Eu_学生区_商業地区
~"騎士の雛"ユーフォリア~
同級生のクロト君からデートに誘われたのが昨日のこと。
何気ない雑談の中で「ところで明日の放課後お茶でもどう?」と彼が言うのだ。これってクロト君の所謂持ちネタみたいなもので、彼は軽薄な見た目を裏切らず女性関係にもフットワークの軽い男の子なので、異性と見るや冗談交じりにデートに誘うことがままある。
たぶん私が誘われるのは都合39回目くらいだったと思うのだけど、未だに私は彼とデートをしたことがない。
昨日に限って特別な事情があったわけではないのだけど、
「いいですよ」
と、気まぐれで了承してみたり。
袖にされることを疑っていなかったであろうクロト君は一瞬気付かずに、そのまま雑談を続けた。
たっぷり1トーク終わらせた後で、
「え?いいの?」
我に返ったように言うものだから、私はもう一度同じセリフを繰り返す羽目になった。
誘っておきながら了承されたことにこの上なく動揺するクロト君に約束を取り付け、今日、私は晴れて人生初のデートに臨むこととなった。
そして現在。
何故か私はクロト君と一緒に避難誘導に精を出している。
どうしてこうなったのか全然わからない。一晩経って冷静さを取り戻して余裕綽々のクロト君と、一晩経って冷静に考えて緊張してきてしまった私は、始めこそ和やかに学生らしいデートを楽しんでいたのだ。
放課後に制服のまま待ち合わせして、スイーツを食べ歩いたり、カフェでお茶をしたり。たぶん場慣れしてるクロト君のことだから、恋愛ルーキーの私でも楽しめる当たり障りのないコースを選んでくれたのだと理解している。
お陰様で、ちゃんと楽しかった。
そこまでがデート。
さて次はどこに連れて行ってくれるのだろうか、なんてワクワクしながら二人で散策をしていたところ、突然ゴーレムの襲撃を受けたのである。
誰が、何の目的で用意したのかもわからない多種多様のゴーレムが、どこからともなくワラワラと湧き出して、道行く人たちを襲い始めた。積極的に攻撃しているというよりは、人間を捉えて魔力を収奪するのが目的のようだ。
無論、それがわかったところで何の救いにもならない。
むしろ、保有する魔力の少ない非魔法使いの人々にとっては、ほんの少し魔力を奪われただけでも深刻な消耗を招きかねない。幸か不幸かゴーレムは他者の魔力の多寡を判断できるようで、優先的に狙われるのは魔法使いであった。
だけど、私やクロト君のように荒事に慣れている学生はともかく、戦闘の講義も受けていない下級生が狙われたら非常にマズい。
そして勿論、非魔法使いも優先順位が低いと言うだけで、狙われる可能性はある。
状況は不明だけど生徒会執行部として果たすべき役割はわかる。
騎士を志す者としても、とても見過ごせる状況ではなかった。
そうして、クロト君や周囲の学生、警備の人間と協力して避難の誘導やゴーレムの迎撃を行うことになったのだ。
「クロト君、あそこです!」
通りを歩いていた人々はあらかた避難させたので、私とクロト君は遊撃としてゴーレムの討伐を開始した。
走る私の視線の先には、閉め切られた店舗のシャッターに執拗に体当たりを繰り返す獣型のゴーレム。おそらくは中に人が居るのだろう。非常時を察知して屋内に避難することを選んだ人は少なくなかったけど、あまりにもゴーレムの数が多すぎて、結果的に敵中に取り残される状況に陥ってしまった人が多く居た。
「とりあえずドーンッ!!」
私の示したゴーレムを視界に捉えるや否や、クロト君が魔法をぶちかます。
誘導能力のある火焔の弾丸が複数、連なるように飛来する。まるで弓兵隊の掃射の如き密度と数。一瞬にしてそれだけの魔法を編み上げるのはマジックジャンキーであるクロト君の面目躍如である。
って、そうじゃなくて。
「街中ですよ!?」
「知ってるけど」
ゴーレムに次々と着弾する魔法が火焔の花を咲かせていく。小規模な爆発が連続して、衝撃でゴーレムを建物から引き離す。一応、周囲への被害が出ないように弾道と爆風の範囲を最低限は配慮しているみたいだけど、建物の中に居るであろう人は気が気でないだろう。
なにせ、ゴーレムの体当たりに続いて、謎の連続爆発音だ。
私はこれ以上ミスタージャンキーを楽しませないためにも、ゴーレムに向かって加速する。
最早呼吸と同じレベルで身に付いた身体強化を駆使して、最高速で踏み込む。
右手には既に魔法を発動させている。
七色の輝きが織り成す魔力のレイピア。私の愛剣の形状を象ったものだ。今日はデートなので流石に帯剣していないのだけど、使い慣れた愛剣の形状であれば実物がなくとも即座にトレースできる。
「チェストぉッ!!」
クロト君の爆撃でだいぶ傷だらけになっていたゴーレムの表面を割るようにレイピアを叩き込み、斬撃とともに魔力を解放する。レイピアそのものを形成していた魔力が威力に変じ、巨大な光の傷を刻む。
一太刀で真っ二つになったゴーレムの断面から、ぞるりと銀色の流体が、
「ひゃっはー!てめぇは消毒だぁー!!」
と。憎らしいくらいに完璧なタイミングでミスタージャンキーが放った火球が、銀色の流体を焼却して黙らせる。
ここまで何体ものゴーレムを討伐しているので、対処法もバッチリだ。
「……中の方、ご無事ですかっ?執行部です!救援に来ました」
半壊したシャッター越しに声を掛ける。
ゴーレムが執着していた以上、中に人が居る可能性は高い。壊れる寸前のシャッターは、おそらくゴーレムのせいだと言い張りたいところだが、残念ながらどう考えてもミスタージャンキーの至近爆破の余波ダメージは少なくない。呼び掛けて少し待ってみても反応がなく、もしかして動けない状況なのかもしれないと考え、私はシャッターの隙間から中に入ってみようかと試みる。
大きく拉げて亀裂が入ってしまっているので、クロト君に押し広げておいて貰えば、私ならばすり抜けられそうだ。
と、思った矢先、内側からシャッターが開かれた。
開かれたというか、破られたという感じだったけど。
「あっ!?」
不意を突かれた私が咄嗟に飛び退くと、中から出てきた家主らしい男性が、必死の形相で私を押し退けるようにして走っていった。明らかに動転している様子だ。
「ちょっ、おっさん待った!あぶねえぞ!!」
「もうっ!クロト君が脅かすからですよ!」
「いやゴーレムのせいっしょ!」
ミスタージャンキーと言い争っている場合ではない。
まだ周辺にはゴーレムが残って居ないとも限らないのだ。
私達は言い合いをしながらも駆け出し、逃げた男性を追い掛ける。
後ろから落ち着くように声を掛けるも、動転している男性には聞こえていないようだった。少し手荒だが、力づくでも大人しくさせるべきかとも考える。無秩序に逃走されるよりかは幾分マシかも……――っ!?
「おっさん、避けろ!!」
逃げる男性の横合いから飛び出したゴーレムの姿に、クロト君が悲鳴染みた警告を飛ばすが、気付いてすらいない男性に避けられるはずもなかった。不幸中の幸いで、それほど大きなゴーレムでなかったので、体当たりを食らった男性は足を縺れさせて転倒するだけで済んだ。
だが、当然、転んだ男性をゴーレムが見逃す筈もなく、魔力を収奪すべく襲い掛かる。
「くっ」
かくなる上は、と魔力を編んだレイピアを投射しようとする私の目の前で、ゴーレムの背後に影が差した。
文字通り、ゴーレムが地面に落とした影が不自然に立ち上がったのである。
それは巨大な漆黒の腕となり、ひょいと摘むようにしてゴーレムを持ち上げた。それほど大きくないとはいえ人間大くらいはあるゴーレムが掌に収まるほどの巨大な腕。サイズ感がわからなくなる光景に、私もクロト君も、たぶん男性も身動きを忘れて絶句する。
黒い腕は不定形に蠢くと、今度はゴーレムを掴んだまま竜の咢へと変じた。
掴んでいたゴーレムを飲み込むように咢が開き、そしてバキバキと噛み砕いて飲み込んでしまった。銀の流体とか再生能力とか知ったこっちゃないとばかりの雑な暴力であった。
しゅるしゅると地面に吸い込まれるように影が縮んだその場には、私達が良く知る姿が。
ふわふわの赤毛に、小柄な体躯。優しげというよりは気弱そうな容貌の女学生。
「部長!」
「まじか!部長キタ!」
性格以外のステータスは見た目の印象を百八十度裏切るこの人は、泣く子も黙る公爵令嬢にして、生徒会執行部を束ねる立場であると同時に最高戦力として数えられるマリア・ヘイゼル・ヴァンシュタイン部長である。
彼女は数少ない転神の技能者であり、先程の影が変じた巨大な腕や竜は彼女のアヴァターの一部なのだ。今も転神を発動中の彼女の肉体は、およそ半分が不定形の影となって蠢いている。
マリア部長は私達に向かって何故か申し訳なさそうにぺこりと会釈すると、呆然としている男性へと声を掛けた。
とんでもなくおっかなびっくりと。
「あ、あのあのっ……大丈夫、ですか?」
その言葉で我に返った様子の男性は、しかし、
「ひ、ひぃぃぃ!?」
転神状態のマリア部長のアヴァターを目にして、顔面を引き攣らせて後退った。
引き攣ったような悲鳴に、マリア部長がびくりと肩を揺らした。
「こ、来ないでくれぇ!」
「あ…………」
「ば、バケモノ!うわぁああああ!?」
這う這うの体で逃げ出した男性を引き止めるようにマリア部長は手を伸ばすが、すぐに力なく俯いてしまった。
「おいこら!待てやおっさん!!」
苛立った様子のクロト君が怒号を上げて男性を追い掛け、少し離れた場所で羽交い絞めにして大人しくさせているのが見える。私はそちらをクロト君に任せて、マリア部長へと近寄った。彼女のアヴァターは肉体の半分が影と変じていて、その内側では得体の知れない獣が唸りを上げている。近寄った私を、影の中から赤黒い眼光が睨みつけてくるが、その程度で怯む私ではない。
しゅんと俯いた部長に、極力穏やかにを心がけて声を掛ける。
「助かりました。ありがとうございます」
「あ……えっと、あのあの、はい」
見るからに落ち込んだ様子のマリア部長に、私の心が痛くなる。
助けたはずの相手にあんな態度を取られれば無理からぬ話だ。
だけど、ただでさえ動転していたところに、マリア部長のアヴァターの迫力は確かに刺激が強いので、一概にあの男性を責めることも出来ないのが難しいところだ。正直なところ、ビジュアル的にはゴーレムよりも余程怖いのだし。
でもそれはあくまでも見た目だけの話であり、私達はマリア部長が優しくて頼りになる人だと知っているのだ。
知っていれば怖いはずなどないが、知らない者にまでそれを求めるのは難しい。
「彼も気が動転していただけですよ。あまり気になさらないで?」
せめてもの慰めを口にすると、マリア部長は肩をびくつかせ、一層悲し気に俯いてしまった。
その唇が小さく動く。
「……―――そ、ばっかり」
「え?すみません、なんて」
私が訊き直すと、マリア部長はふるふると首を横に振った。
それから、いつものほわほわした表情で顏を上げた。
「なんでもないです…………えっと、間に合って良かった、です」
・2021/8 細部の描写を修正。お姉ちゃんは淑女なのでジャンキーにもミスターを付けます。




