56話_side_Rit_学生区_商業地区
~"騎士の卵"マルグリット~
「ヴェルちゃん。美味しい?」
「ん。おいし」
喋る子犬ことヴェルちゃんはどうやらお腹が空いていたらしい。ヴェルちゃんが何者なのかはさておいて、とりあえず旅猫屋に取って返してテイクアウトしてきたお菓子を与え、気持ちいい食べっぷりを発揮するヴェルちゃんを皆で眺めて癒される。パタパタする尻尾がラブリィ。
可愛いは正義なのである。
現在地は旅猫屋の横の路地だ。なおヴェルちゃんの分のお菓子代は、一番懐に余裕のあるフォノン持ち。侯爵家の関係者はやっぱメイドでもあたしなんかよりお金持ってるんだねってちょっと虚しい。
「じゃあ、ヴェルちゃんはその『かりす』っていう人を探しに来たの?」
「んーん」
ミアベルの問いかけにヴェルちゃんは首をふるふると横に振った。
「べるは、あるじさまに会いにきたの」
「ご主人様と、かりすさんは別の人なの?」
「ん」
こくり、と頷く。
あたしは隣で思案気にしているノエルに「どう思う?」と訊いてみる。
「たぶん……魔獣、なのかなぁ?」
「まあ、昼間だし魔物ではないだろうけど。喋るってことは相当強力な子だわ」
魔獣とは早い話が魔法使いの動物版である。魔法を使える人間を魔法使いと称するように、魔法を使える動物を魔獣と総称する。強力な魔獣ほど知性も高く、人間並みかそれを凌駕する知性を有し言語を操る例も珍しくはない。この学院でも運搬用の魔獣とか、あるいは戦闘用の戦騎獣とかを飼育しているはずだけど、ヴェルちゃんはどう見てもそういう類ではない。
ヴェルちゃんにどこから来たのか訊いてみると「とおく!」と返ってきた。ヴェルちゃんは普段何をしているのかと訊いてみると「べるは『おつかいわんこ』」とのこと。幼い知性から察するに、生まれて間もない魔獣の類なのだろうか。
所謂『血統書付き』の魔獣であろうヴェルちゃんを使役している存在となれば、十中八九高位貴族か、それに準ずる影響力を有する個人ないしは組織だ。
「てことはその『あるじさま』は魔法使いで、『かりす』とやらは従者かな」
「ん。かりすは、ぽのみたいなふくきてる」
「アタシみたいな服ってことは、メイドですね」
ヴェルちゃんの登場で帰るタイミングを失った感のあるフォノンが言う。先ほどもヴェルちゃんはフォノンの衣服に関心を示していた様子だったので、メイド服を見てフォノンを『かりす』だと思ったのだろう。
となると、もしかして『あるじさま』はミアベルに似ているのだろうか。
「こういう場合ってどうするべき?」
「管理棟に届け出るか、警備の人に知らせるか……かなぁ?」
主らしき人物も見当たらないし、ヴェルちゃんに訊いても要領を得ないし、見た目子犬中身も子供のヴェルちゃんを放って立ち去るのはどうしても不安である。
とりあえず管理棟に行ってみようか、とミアベルに提案しようとした時のことだ。
「なんか……表が騒がしいね」
「そうね」
ノエルが眉を顰めて路地の出口のほうを見遣る。あたし達が歩いてきた表通りは学生が多く若い喧騒に溢れていたが、今聞こえてくるのは賑やかさとは少し趣が違う、どちらかと言うと切迫したような……。
「これって悲鳴じゃないの!?」
ミアベルが声を上げて立ち上がり、駆け出そうとするのを制してあたしは路地の出口からこっそり顔を覗かせる。自惚れでもなんでもなく、この面子で最も荒事に慣れているのはあたしだからだ。
旅猫屋の家屋の影から表通りを見ると、まるで何かに追い立てられるような人の流れがあった。大学区方面から離れようとする方向に走る通行人と、中には流れに逆らってそちらに向かう者も居るようだ。
パッと見、逃げているのは使用人や学生区で働いている平民などの非戦闘者、向かって行くのは上級生の学生や騎士などの戦闘者のようだ。
「なんかが暴れてるみたい……で、皆逃げてるんだ」
「なんかって……?」
よく目を凝らすと、戦闘中らしき魔法の輝きと、遠くで蠢く大きな影。それも複数、かなりの数だ。
「ゴーレム……か?」
あれがなんであれ、物騒な何かには違いない。となればここも安全とは言えない。道沿いの店舗の客や従業員もさっさと逃げ出すか、店を閉めて閉じ籠って様子見に徹しているようだ。路地でヴェルちゃんにお菓子をあげていた自分達だけが取り残された状況である。
まずは避難しようと告げようとし、路地に引っ込んで友達のほうへと振り向いたあたしは目を剥いた。
おそらく屋根の上を伝ってきたのだろう。上空から飛び降りてきた人間大の植物のようなゴーレムが、まさにミアベルに襲い掛かろうとしていた。
「ミアベル!!」
叫びながら、あたしは右腕を翳して光の槍を放つ。
使い慣れた魔法なので、咄嗟でも問題なく発動できる『輝く槍火』だ。ただし、威力は籠めた魔力量に比例するので、これでは直撃したところで牽制にしかならない威力だ。
ミアベルの頭上を狙って放たれた槍は植物ゴーレムの胴体に着弾して弾き飛ばしたが、案の定大したダメージにはなっていない。追撃をするには位置が悪い。あたしとゴーレムの間にはミアベルとフォノン、ついでにヴェルちゃんが居る。
ならば、とあたしは即座に魔法で身体能力を強化し、路地の壁に向かって踏み切る。強化された跳躍力で壁を蹴り付け、跳ねるように飛び上がってミアベルの頭上を越え、落下した植物ゴーレムに躍りかかる。
普段は剣に付与している斬撃強化の魔法を蹴り足に纏わせ、渾身の飛び蹴り!
「チェストぉ!!」
あたしの蹴りはゴーレムを両断し、胴体?らしき部分で上下に真っ二つに分ける。
着地したあたしは異常な感触に顔を顰める。
植物を蹴り付けた感触じゃなかった。もっと硬質な、まるで金属のような、
「リタすっごい!――ってうわぁ!」
ミアベルの歓声が驚愕に変わる。
真っ二つになった植物ゴーレムの断面から銀光りする金属のような液体が湧き出し、切断面を瞬く間に修復してしまったのだ。ゴーレムは身体を修復しながら、あたしの存在を無視してミアベルへと突進する。
咄嗟に追撃をかけようとしたあたしよりも、ミアベルの反応のほうが速かった。
驚愕に丸くなっていたエメラルドグリーンの瞳が、キッと鋭い光を宿す。
退くどころか一歩を踏み込んだミアベルが、その右手に桜色の業火を燈す。力強い踏み込みから放たれるのは彼女らしい正々堂々真っ向勝負の右ストレートである。
「どっせぇーいっ!!」
パガァンッ!と小規模な爆発を伴って、ミアベルの一撃がゴーレムの上半身を消し炭に変えた。若干火力過剰だったミアベルの魔法はゴーレムの背後に突き抜け、咄嗟に躱したあたしの肩を掠めてぶち抜いていった。
「うわぁ!ごめんっ!」
「いや、ナイス!」
とにかく逃げるよ!と声を掛けたあたしは先陣切って路地を飛び出す。ミアベルに半身を消し飛ばされたゴーレムはそれでも動いていた。銀の液体が滲み出てワキワキしているが、上半身を消し飛ばされたので修復するための材料がないのだろう。あれがなんなのかは定かじゃないが、少なくとも友好的ではないし、仲良くなれるようにも見えない。
状況についていけていないノエルの手を、意外なくらいに冷静なフォノンが引っ張ってあたしに続く。最後尾にミアベルが片手でヴェルちゃんを抱えて走る。とりあえず大学区の方角から離れる方向に進む。
「そこらじゅうにうじゃうじゃ居るっぽい!?」
「何なのコイツら!?」
道はもちろん、店舗間の路地や、果ては屋根の上からも、統一性のない人型が夥しく湧き出している。先ほどのような植物型も居れば、土を捏ねたようなもの、石を積み上げたようなもの、更にはなんの冗談か店舗の看板やベンチが変形合体したようなものまで居る。
大きさも様々で、小さいものは子供サイズだが、大きいものは建築物の屋根すら超える。
そこかしこで学生や警備員が魔法で応戦しているようで、怒号と悲鳴が入り混じって聞こえてくる。注意喚起の声も聞こえてきて、どうやらこのゴーレムは触れた者の魔力を奪うらしい。
「だから皆必死に逃げてるのか」
魔力と生命力は密接に関係している。外から強引に魔力を奪われれば体調に影響が出るし、枯渇するまで奪われたりすれば生命活動にすら影響が出かねないのだ。
つまりは、人間の魔力を糧とするために襲い来る、魔物と同質の脅威であると言える。
「ノエル!ゴーレムの対処法は!?」
「えーとえーと、核を破壊するか、術者を止めること!」
「ソレどこ!?」
「どっちが!?」
「どっちも!」
「えっと、どっちもわかんないよっ」
ミアベルとノエルが走りつつもなんとなく気の抜ける遣り取りをしているが、たぶんノエルの言う定石はこの場合当て嵌まらない。
このゴーレム群の統一感の無さや数の多さ、先程の植物ゴーレムを動かしていた銀の液体を鑑みれば、ごく一般的な意味でのゴーレムとは似て非なるなにかだ。おそらく見えているゴーレムは全て端末だ。ノエルの言うところの『核』がどこかにあって、それが全てのゴーレムを、あの銀の液体を媒介に動かしていると考えるほうが妥当だと思う。
そして術者は考えるだけ無駄だ。どうせアタシ達程度の実力ではゴーレムを捌きながら術者の居場所を特定するなんて出来っこない。
というかこれ、もしかして。
「ゴーレムで軍隊つくろう、とかって話あったよね……?」
魔物に対抗する手段として技研がそんな研究をしている、なんて言う話を聞いた覚えがある。
尤も、その話をしてくれたのは適当さに定評のあるクロト先輩なので、真偽のほどは定かではなかった。ただし、姉にその話を知っているかと訊いてみたらやんわりと誤魔化されたので、おそらく本当にそういう計画があるのだ。このゴーレムの群れとその軍隊構想計画が同じものだったとすると、もしかして事故って暴走でもしたのだろうか。
だって、まさにその技研のある大学区のほうから湧いてきたみたいだし。
「っ……考えるのはあとあと!」
とにもかくにも数が多すぎる!
ほんの少し前まで影も形もなかったのに、いくらなんでも唐突に湧き過ぎると思ったら、理由はすぐに知れた。奴等、触れた傍からあの銀の液体で侵食して手当たり次第に同胞を増やしているのだ。きっと、そのための燃料として魔力を奪うのだ。最初に商業地区に入り込んだのは一体だけだったかもしれないけど、そこからねずみ算式に増えて、この有様だ。
しかも、どうやらゴーレムどもはあたし達に狙いを定めてきている。他に逃げている人達には殆ど目もくれず、あたし達を取り囲むように包囲を狭めてきているのだ。
ゴーレムと言えば鈍重というイメージがあるがそれは先入観だ。岩石や金属を素材にした重いゴーレムは確かに鈍重だが、細い植物や砂礫を素材にした軽いゴーレムは人間などより余程俊敏に動くこともあるし、それが四足獣を模した形態だったりしたら猶更だ。屋根伝いに追ってくる個体が居るように、奴等は壁面だって平気で登ってしまう。
「ねえリタ!こいつら、なんかわたし達を狙ってる!?」
「わけわかんないけど、そうみたいね」
「じゃあ、このまま逃げちゃダメだ!」
言うが早いか、最後尾のミアベルが足を止めてその場で振り返って構える。
「ちょっと!?」
「このままだと、わたし達がゴーレムを引き連れて行っちゃう!」
逆に言えば、あたし達がこの場に留まってゴーレムを引き付ければ、非戦闘員の人達が逃げる猶予を稼ぐことができる。強い意志を籠めた瞳でゴーレムを見遣るミアベルの勇敢さは美徳だが、あたしは頭を抱えたくなる。
ミアベルの魔法資質がとんでもないのは良く知ってるし、先程の路地での動きを見れば度胸もあるのだろうけど、でも戦闘の素人には違いない。ノエルは言うまでもないし、フォノンに至っては魔法使いですらない。
あたしは一瞬だけ逡巡する。
おそらく、ゴーレムどもが執拗にあたし達を狙ってくるのは、ミアベルが居るからだ。正確には、ミアベルだけが狙われているのだと思う。こいつらの行動目的が人間から魔力を収奪することだとすれば、類稀なる魔法資質に見合った莫大な内在魔力を有するミアベルはさぞかし美味しい獲物だろう。
ミアベルの誘引率が高いのであれば、彼女を囮にしてフォノンとノエルを逃がす手もある。あたしがこの場に残ってミアベルの援護をすれば、あたし達二人だけならなんとか捌ける脅威だとは思う。
「いや、」
推測に仮定を重ねただけの方針だ。やっぱり危険すぎるか。
それで万が一逃がしたほうのフォノンを狙われたら、たぶんノエル一人では守り切れないし、ノエル自身の身も危ない。元より持久戦にはならないのだ。何故ならこれだけの騒ぎに学院側が対応しないはずはないから、すぐにでも、というかたぶん既に常駐騎士団や執行部が投入され、駆け付けるであろうことがわかっているから。
なら、多少危険でも戦力を集中して短時間を乗り切るべき、だけど。
「ミアベル、立ち止まるのはナシ。囲まれたら物量に潰される」
「でも!」
「わかってる。人が居ないほうにゴーレムを誘引しながら移動するしかない。学究区方面に行こう」
「おっけー!」
目指すならば、放課後のこの時間、一般の学生が寄り付かない場所が良い。
むしろ、魔法や身体の鍛錬に励む学生の溜まり場である練術場なんかがお誂え向きだろう。
上手くすれば、引き連れたゴーレムを迎撃してもらえるかもしれない。
「フォノン、悪いけど付いてきてもらうよ」
「うん。ここからアタシ一人で逃げるのは無理だってわかってるから……足手纏いだけどごめんね」
「いいって。ノエルは守りに徹していいから、フォノンとヴェルちゃんを守ってあげて!」
あたしの言葉にノエルが緊張した面持ちで頷く。この場で最も危ういのは、魔法使いでなく自衛の手段も持たないフォノンだ。そういう力無き人々を守るのが、魔法使いの務めなのだから。
フォノンにヴェルちゃんを任せて、進行方向を学究区外縁の練術場方向に修正する。こういう時に一番足を引っ張るのは取り乱す奴だ。そこを行くと、一番不安だろうに屹然としているフォノンの冷静さが有難い。
最も出力の高いミアベルが先頭に立ち、進路を塞ごうとするゴーレムを薙ぎ倒して進む。あたしは殿に立ち、襲い来るゴーレムの脚部を狙い、擱座させてせめてもの妨害工作をする。
「やっぱ普段から帯剣しよっかな……」
徒手空拳はあまり得意じゃないけど、実家で一通り仕込まれていはいる。
木偶人形に後れを取るような柔な鍛え方はしていない。
と言ってもやっぱり、剣があるのとないのでは効率が段違いだ。姉なんかは特殊な魔法で魔力の剣を即座に作り出せるのだけど、あたしがそのレベルに達するのはいつのことになるやら、である。
「無いものねだりしてもしゃーなしか」
あたしはゴーレムを蹴り飛ばした反動で駆けながら、ぺろりと唇を舐めた。
・2021/8 使い魔→魔獣に変更。似たような設定はどっちかあればええねん。




