55話_side_Io_学生区
~"黒髪令嬢"イオ~
「私達もなにがなんだか……。あれ一体だけじゃなかったのよ!」
「一緒に居た先輩達が引き受けてくれて、その隙に助けを呼ぶために逃げてきたの。でも、追い掛けられて」
助けた二人の先輩方に話を聞いてみると、どうやら事態はまだ解決していないようだ。
彼女らは仲の良い先輩達と一緒に商業地区でお茶をする予定だったらしいのだが、その途中で先程のゴーレムに襲撃されたらしい。話によるとゴーレムは五体居て、魔物との戦闘経験のある先輩達を中心にして迎撃し一体を撃破することに成功したのだが、あの銀の流体が一瞬で修復してしまった。
先輩達はこれが尋常の相手ではないと判断し、戦い慣れしていない後輩二人を逃がすために自分達が囮になってゴーレムを引き付けたのだ。
そうして彼女達は警備に助けを求めようと詰め所を目指したのだが、一体だけ追ってきたゴーレムから逃れるためにこちらに来ざるを得なくなり、そして偶々出会ったわたくし達に助けを求めて今に至る、と。
「あの、後輩にこんなこと頼むのアレなんだけど……」
「貴女達強いのよね?だったら、」
「心得ております。先輩方がゴーレムと交戦中の場所をお教えください。救援に参ります」
自惚れながら、ここで彼女らと遭遇したのが自分達で良かったと思う。
もしこれが荒事の経験のない一年生だったりしたら、状況はむしろ悪化していただろう。
お礼を言う先輩方と別れ、わたくし達は教えてもらった場所へと移動し始める。先輩方にはそのまま学生寮を目指し、寮監に事情を話すようにお願いしておいた。寮には学生戦力として活動している先輩方が居るかもしれないし、寮の管理室からは守衛や警備の詰め所に内線で連絡が取れるので救援要請も可能だ。
身体能力を強化して駆けると、然程も掛からず目的の場所に辿り着く。
少し前から交戦中と思わしき音や声が聞こえてきていたが、それだけでも学生側が劣勢であることはわかる。
「誰か!誰か来てッ!!」
漸く交戦中の学生の姿を認めた時には、既に幾許の猶予もない状況だった。
負傷したらしく頽れる女子学生を庇うように立ちはだかった他の学生達が、必死にゴーレムを押しとどめようとしている。だが、岩石からなる重量級のゴーレムの質量に圧され、最早限界の様相だった。
一際巨大な一体のゴーレムが、助走をつけて突進する。間違いなく、学生達の防御魔法を撃ち砕いて余りある威力だろう。
「レキ!ソシエ――」
わたくしが二人に声を掛けて一足飛びに乱入しようとした矢先のこと。
それよりも刹那早く、学生達とゴーレムの間に人影が躍り出た。
白いサーコートをたなびかせる長身の男性だった。
その人物は学生達の防御を破ろうと群がっていた三体のゴーレムを一息に蹴散らすと、その後ろから迫っていた巨大な一体の突進に相対して手を翳す。
「!!」
すると、ゴーレムの巨体がその場で不自然に停止し、しかも地面から僅かに浮き上がった。ゴーレムは逃れようと四足をばたつかせるが、地面から離れているせいで虚しく空を掻くだけだ。
おそらく、風属性の『妙なる戒め』。不可視のバインドを発生させる拘束魔法の一種だ。
本来は対人や対小型魔物用の軽荷重拘束魔法のはずだが、あれほどの巨体の突進を難なく受け止め、しかも持ち上げるとは、尋常でない出力だ。
バインドを維持するその男性に最初蹴散らされた三体が体勢を立て直して襲い掛かろうとするので、改めてわたくし達三人で割って入ってそれぞれに一体ずつ殲滅する。
わたくし達が先程の教訓を生かして、破壊されたゴーレムから滲み出る銀の流体を入念に霧散させるようにして沈黙させると、その様子を眺めていた男性は低い声で「なるほど」と呟くと、バインドを維持する腕とは逆の手で拳を握る。
前方の巨大ゴーレムを見据えて、叩き付けるように拳を振り下ろすと、不可視の一撃が巨大ゴーレムよりなお巨大な鉄槌となってバインドごと圧し潰した。凄まじい質量が叩きつけられた衝撃が地を揺らすが、音も風圧も然程伝わってこないのは、この男性が卓越した風魔法使いであるからだ。
地面以外に威力を逃がさぬ不可視のプレスでゴーレムが圧壊する。
「……そこか」
そして湧き出した銀の流体を再びバインドで捕えて一纏めにすると、闇魔法で跡形も残さず消滅させてしまった。
実に鮮やかな手腕。まるで感慨も無さげな様子から見るに手慣れているのだろう。
負傷した学生の応急処置とそれ以外の彼女らからの簡単な事情聴取をレキに任せ、周辺の斥候に出たソシエを見送ると、わたくしは謎の男性に向き直った。
「ご協力に感謝致します」
「礼には及ばん」
素気無く言う彼は、氷のような無表情だ。
年の頃は三十台くらいだろう。浅黒い肌と、灰銀色の頭髪、そして刃の如き銀の眼光が特徴的な男性である。見たことのない意匠の白い軍装とサーコート、なにより存在感のある物々しい拘束具付きの魔剣らしきもの。
常駐騎士団の制服ではないし、ましてや警備員や教員ではあるまい。
「失礼ながら、外部の方でしょうか?」
「とある貴族の私兵のようなものだ」
「申し遅れました。わたくし、イオ・キサラギ・フレンネルと申します。お見知りおきを」
「ハイメロートだ。育ちが悪いので、礼節には目を瞑ってくれ」
手短に情報交換をすると、どうやら彼は雇い主である貴族に届け物をしに訪れていたようで、帰りの道中で事態に遭遇したとのこと。彼からは先のゴーレムについて尋ねられたが、わたくしどもとしても不測の事態であると告げると、「そうか」とだけ返された。
「ここに至るまでにも、数体似たような物を消し飛ばした」
「まぁ。ということはここだけの話ではないのですね?」
「そこら中に居るようだ。おそらくは高魔力体を狙う習性でもあるのだろう」
そのタイミングでソシエが戻ってきた。
強化した健脚で走り寄ってきた彼女は少しだけ息を整えると、少し焦燥気味に報告する。
「夥しい数のゴーレムが、そこら中で人間を襲っているようです。状況から見るに発生元は大学区方面、人間を襲う習性があるようで、人が密集している商業地区に群がっています!」
「なるほど……ハイメロート殿、彼奴らが高魔力体を狙うと推察された根拠は?」
「その辺の通行人に襲い掛かる個体が居たが、商人や使用人より学生を優先的に狙い、更に学生よりも俺の優先度が高かったからだ」
ハイメロート殿が高い魔力を有する魔法使いであることは、先のバインドの出力を見ればわかる。つまりは非魔法使いよりは魔法使いである学生を狙い、より多くの魔力を有する個体が現れればそちらを優先的に狙う。
その説を裏付けるように、学生らに事情を聞いてきたレキが会話に加わる。
「彼女らの推測も含みますが、ゴーレムの目的は人間を害することではなく、接触して魔力を収奪することのようです。ただ、かと言って人間を傷付けないように配慮することもなく、まあそこまでの知能がないのでしょう。システム的に決まりきった行動指針に従っているような印象を受けます」
「なるほど……正しく人形ということですね」
状況は逼迫している。
わたくし達の取る道は決まっている。商業地区に向かい少しでも多くのゴーレムを早急に排除するべきだ。この件が事故なのか故意なのか、終息させるためにどうするべきか、そういう対応はプロに任せて、わたくし達がすべきは現場で実働戦力として動くこと。
ならば、この眼前の男性に助力を乞わない手はない。
「ハイメロート殿。貴方の雇い主様の許可を得れば、お力を貸していただくことは可能ですか?」
「……許可が出ればな」
悠長に許可を取りに行く暇はないので、事後承諾を得るしかないわけであるが、こういう時に家の力を使わなくてどうするというのだ。フレンネル家の格で黙らせることのできる相手ならば良し。そうでなくとも、四大貴族の一角であり王国貴族のバランサー的役割を担ってきたフレンネル伯爵家は、どの貴族、どの派閥に対してもそれなりの影響力を有するので、いくらでもやりようはある。
多少両親に迷惑をかけるかもしれないが、わたくしの両親はむしろこの場で手を尽くさなかったことこそをお怒りになる方々だ。
「わたくしが交渉しますので、雇い主様の家名をお教えください」
「――その必要はない」
応える声は女性のものだった。
ヒョウ、と冷たい風が吹き抜けた。
突風が巻き上げた砂塵に一瞬視界を奪われ、咄嗟に閉じた瞳を見開くと、わたくしはそこに良く見知った姿を捉える。
まるで、風が運んできたかの如く唐突に、軽やかに、淡雪色の姿があった。
「プリムローズ様……?」
見間違えようもない。わたくしの敬愛する少女である。
相も変わらずの可愛らしい体躯に似合いの制服を纏った彼女が、相も変わらずの勿体ない仏頂面で、メイドを引き連れて歩み寄る。この開けた場所において誰にも気づかれることなくこの距離まで如何にして接近したのであろうか。彼女だけならばまだしも、しずしずと付き従うメイドの存在にすら、声を掛けられるまで気付かなかったのだ。
驚くわたくし達とは対照的に平然としたハイメロート殿が、無表情を少しだけ柔らかくして瞳を細めた。
「随分と芝居掛かった登場をするじゃないか」
「気に入ったなら真似しても良いぞ」
軽口の応酬をして、プリムローズ様はわたくしへと視線を向けた。
「イオ。わかっていると思うが非常時だ。前置きは省く」
「は、はい」
この期に及んでハイメロート殿の雇い主が誰かなどというつまらないことを訊くなということだろう。それはともかくとして、突然のプリムローズ様の襲来に音を立てる心の臓をなんとか宥めつつ彼女の言葉を聞く。
「ハイメロート。イオに協力して事態の収拾に当たれ」
「俺のような不審者に学内をうろつかせていいのか?」
「貴様は不審だが、正規の手続きを踏んで入場している以上緊急避難の言い訳も立つ。が、ヴェルメリオはそうはいかん」
「ゴーレムがヴェルメリオを狙わぬ道理無しか」
「そうだ。あれの存在が露見する前に事態を収拾せねばならん」
彼らの話を聞く限りでは、おそらくプリムローズ様とハイメロート殿の共通の知人のヴェルメリオなる人物が、正規の手続きを経ずに学院内に侵入しているらしい。そしてその人物は高魔力体――つまり優秀な魔法使いであり、ゴーレムの攻撃対象となり得る。従って彼らの危惧は、ゴーレムに襲われたヴェルメリオなる人物が応戦した結果、侵入が露見することだ。
故にそうなる前に事態を収拾するか、あるいはそうなる前にヴェルメリオなる人物を隠密裏に回収するか、である。
ハイメロート殿がわたくしに一瞥を寄越す。
「ところで彼女は信用できるのか?」
「わかっていて訊くな。私の数少ないお友達だぞ。信頼できる」
あまりにもプリムローズ様が何気なく言うものだから、驚くタイミングを逃した。
わたくしの意識が飛んでいることに気付いたレキがこっそり背中を叩いてくれたので、なんとかプリムローズ様の言葉に対応することが出来た。
「イオ。貴様のことだから察したろうが、そういうことだ。……ああ、ゴーレムについては知らんぞ」
「はい。心得ております」
「ハイメロートを好きに使っていい。詳しい事情はコイツに訊いていいし、訊かなくてもいい」
事情を聞かずに無関係を貫いてくれても構わないという心遣いだろう。
なにせ、どう考えてもタイミングがマズい。このゴーレム騒動がもし外部犯の仕業だった場合、同タイミングで不法侵入しているヴェルメリオなる人物に嫌疑がかからないと考えるほうが難しい。
もし、その存在が露見してプリムローズ様に疑いの目が向いた時、わたくしが巻き込まれることを厭うてくださっているのだ。
事情を知れば共犯者だが、事情を知らなければ嫌疑を免れるだろう。何故なら、表向きはわたくしとプリムローズ様には何の交流もないのだから。
だと言うのに、最初から黙ったまま協力をさせず、わざわざ眼前でハイメロート殿との遣り取りを見せて事情を教えてくださったのは、きっとプリムローズ様のお言葉が真実であるが故の誠意なのだと思う。
つまり、わたくしを『お友達』として信頼してくださっているからこそ、わたくしに選択肢を与えてくれた。
「プリムローズ様、お一つだけ」
「なんだ」
だから、わたくしが問うのは一つだけでよい。
「お困りですか?」
「……ああ。猫の手も借りたい」
彼女の言葉に、わたくしはにっこりと笑みを浮かべた。
「委細、承知致しました」
「……では私は行く。クラリス」
「はい」
影の様に控えていたメイドに声を掛けて、踵を返したプリムローズ様を取り巻くように冷たい旋風が吹き荒れる。
ヒョウ、と再び風が鳴った時には、既にメイドごとそのお姿は見えなくなっていた。
それを見送るまでもなく視線を切ったわたくしは、まずレキとソシエに告げる。
「先輩方を安全地帯まで護衛しなさい。その後は独自にゴーレム掃討と被害者の救助に当たるように」
「「畏まりました」」
少し離れた場所で負傷者の手当てをしていた先輩学生達のことを二人に任せ、わたくしはこの場に二人きり残されたハイメロート殿へと向き直る。
「では、参りましょう」
「道案内は任せる」
「道中、詳しい事情をお聞かせ下さいましね?」
わたくしが敢えて踏み込むと、ハイメロート殿ははっきりと意外そうな顔をした。
「なにか?」
「いや……ローズに貴女のような真面な友人が居ることに驚いている」
彼のその言葉に、わたくしは衝撃を受けた。
「なんて羨ましい呼び方っ」
「…………そこに食い付くのか?」
・2021/8 細部の描写を修正。




