615話_side_Chloe_某所
~"爆炎令嬢"クロエ~
フランが泣いた。
私はフランの笑顔が好きだ。彼女にはいつだって笑っていてほしいし、彼女を泣かせる奴は例えそれが自分でも許さない。
フランは叩かれてしまったのだ。
ジュリアをいじめている奴等に食って掛かって、返り討ちにされて、頬を張られた。今もガーゼが痛々しいけど、叩かれてすぐの時はもっと本当に酷い状態だった。魔力を籠めて叩かれたのだろう。フランの頬は赤黒く腫れあがってしまって、口も片目も開けられない有様だった。
ここが魔法学院という施設でなければ、魔法治療に秀でた医者が常駐していなければかなり危険な傷だった。逆に言えば、魔法で治療しても完全には治せないくらいに酷い傷だったのだ。
勿論、フランだって相手を魔法で攻撃しようとした。相手のほうが圧倒的に多勢だったとはいえ、乱闘の結果だから向こうが一方的に悪いとは言えないのかもしれない。
だけど私は、正直、フランを叩いた奴のことは殺そうと思った。
なんで私がその場に居なかったのか、とても悔やんだ。
とりあえず首が真横に一回転するくらいの勢いで叩き返して、相手の首がねじ切れるまで叩き続けようと思った。
でも、やめた。
それでは何も改善などしないし、何よりきっと、私がそれをすればフランをもっと傷付ける。
叩かれて、頬を腫らせたフランは泣いていたのだ。
だけどそれは痛かったからでも、怖かったからでも、怒っていたからでもない。
――アタシがもっと強ければ、ジュリを助けてあげられるのに!
フランは悔しくて泣いていた。
返り討ちにされた自らの不甲斐なさに涙を流していたのだ。
いつかの夜会で、勘違いからベリエに威嚇されて泣いてしまったフランは、私に対して『仕返し』を望んだ。
今回、フランは私に何も言わなかった。
やり返してほしいとも、慰めてほしいとも、何も。
ただ自らの弱さを恨み、自らを責めて、責めて、責め続けていた。
私はフランの笑顔が好きなんだ。
彼女にはずっと、どこでも、いつまでも、天真爛漫に笑っていてほしい。
そんな風に、色々なものを押し殺したみたいに、歯を食いしばって泣かないでほしい。
フランは言った。
嗚咽混じりに。涙まみれの声で。
もっと強くなりたい、と。
私は違うと思った。
だってフランは弱くなんてない。
強さって、腕っぷしのことだけじゃない。むしろ、腕力や暴力なんて、強さの中では最も価値の低いものだとすら思う。
友達のジュリアのためを想って怒り、勝ち目のない人数差にもかかわらずいじめっ子たちに挑みかかったフランの行動は、間違いなく彼女の強さの象徴だ。
フランは弱くなんてない。
暴力なんかより、ずっと素敵な強さを持っている。
だから。
「そういうのは、私の仕事」
やっぱり私にはこれしか出来ないから。
いや。
ちょっと違う。
私が、そう在りたいのだ。
フランの笑顔を守りたい。
故に私は、そのための一振りの刃でありたい。
◇◇◇
「 た の も う 」
高位貴族向けの高級ラウンジでお茶をしていた目当ての人物を見つけて、私はそう告げた。
すると彼女は従者と二人揃って『きょとん』と目を丸くして私を見た。
そのまま、あまりに反応がないので、私は声の掛け方を間違ったかと内心首を傾げた。いや、私の目的と相手の出自を考えれば、これであっているはず。
「ええと……妾に言ってる?」
「ん」
その名を現した紅玉の瞳。ツーサイドアップにした金の髪。
小柄な体躯ながらも、気品を醸し出す佇まい。
スカーレット・ペタ・ガルム王女殿下。
隣国ガルムの第二王女にして、今期からの留学生でもある彼女に、私は希望を託すことにした。ジュリアをいじめている奴等の元締めは侯爵令嬢のクレインワースだ。家格で彼女に対抗出来るのは同学年ではレムとアシュタルテだけで、その二人には頼れない。レムは家格こそ同じでも貴族としてのパワーが違い過ぎるし、アシュタルテは執行部員になったので言えば助けてくれると思うけど、逆に特定の学生に表立って肩入れするわけにはいかない立場になった。
そこでスカーレット王女だ。
言うまでもなく、王女ならばクレインワースにも対抗出来る。というか、クレインワースの派閥の奴等がどれだけ馬鹿でも、流石に隣国の王族相手に喧嘩を売るような真似はしないだろう。そんなことをしたら、賢いクレインワースはそいつらを守るどころか即座に切り捨てることが目に見えている。
「クロは、おまえに決闘を申し込む」
私が言うと、スカーレット王女は「へえ?」と興味深そうに瞳を細めた。
たったそれだけの遣り取りでも私と彼女の格の違いというものはわかる。威圧的なわけではないけど、妙な迫力があって、私の掌が汗ばむ。
生まれながらにしての王族とはこういうものなのだ、きっと。
「クロが勝ったら、友達をおまえの派閥に置いてほしい」
それはジュリアであり、レムであり、当然フランのことでもある。それぞれに立場というものがあるので、スカーレット王女の臣下になるというわけにはいかないが、ただ単に、彼女の在学中の『お友達』というポジションが得られれば充分なのだ。
勿論、スカーレット殿下にはこの決闘を受ける理由がない。
私に勝ったところで彼女にはなんの得もないし、王女である彼女の目に適うような対価を私なんぞが提示出来るわけもない。
「なんで妾がお前などと戦ってやらねばならないの? お前にその価値があるとは到底思えないわ」
ふん、と小馬鹿にした笑みを浮かべて、スカーレット王女は私の申し出を一蹴した。彼女の隣に居る従者の――確か、カレニーナ? も当然というように頷いている。
なので私も頷いた。
「ん。わかった」
白昼堂々決闘など挑んでおきながら諦めが良すぎる私の反応に、スカーレット王女とカレニーナは肩透かしを食らったような表情になるが、私だってわかっているのだ。王女がすんなりと決闘に応じてくれるわけがないし、その理由もメリットもないことなんて。
でも大丈夫。
だってこの人、ガルム人だから。
「負けるのが怖いってこと――」
「ムカっチィーーーーんッッッ!!!! 今なんて言ったのかしらぁ?」
「ん。おまえ臆病」
「イッチばん言ってはならないことを言いましたわねぇ!?怒り心頭絶許案件ですわ! かくなる上は決闘よ決闘!!!!」
「うけてたつ」
よし。勝った。
いやまだ勝ってないけど。
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって吠え猛るスカーレット王女に、彼女が紅茶のカップを零さないようにさりげなく避難させていたカレニーナが囃し立てる。
「いよっ、流石は姫ちゃま煽り耐性ゼロの女! この瞬間湯沸かし器!」
と、その瞬間スカーレット王女がいきなり回し蹴りを繰り出した。
惚れ惚れするような一撃は吸い込まれるようにカレニーナの腰というか尻のあたりに直撃し、まさかいきなり蹴り飛ばされるとは思っていなかったらしい彼女を綺麗に吹き飛ばした。
彼女は私が立っているほうに飛ばされてきて、そのまま地面に倒れ込みそうになったが、すんでのところで何とか両手をついて堪えることに成功した。
主君に蹴られて四つん這いにさせられてしまった彼女は、目を瞬かせる。
「どぅえっ…………え?」
恐る恐る振り向いた彼女と、普通に立っている私がスカーレット王女のほうを同時に見やると、王女は傲岸不遜に両手を組んで笑みを浮かべていた。
これ全然余談なんだけど、実は私はそもそもこの王女の人が結構好きだったりする。なんというか、そこはかとなくフランに似てるから。雰囲気とか、なんかこう、ちょこまか感……?
「というわけでカレン、相手してあげなさい」
「へぇ!? いや、なんで私が! 姫ちゃまが勝手に喧嘩売ったんでしょ?」
……だとしても主君の露払いをするのが臣下の務めなのでは。
「この人に勝ったら、おまえがクロと戦ってくれる?」
とはいえ、相手が変わっても私のやることは変わらない。
王女への挑戦権を得るために従者を倒さなくてはならないのなら、望むところである。
私が問い掛けると、王女は笑いながら頷いた。
「よろしくてよ。――――勝てたら、ね」
ちなみにカレニーナは『どうしてこうなった』みたいな顔してた。




