53話_side_Pr_学生寮_プリムローズ私室
~"転生令嬢"プリムローズ~
りんごーん、と呼び出しを告げた内線をクラリスちゃんが受け、少しの遣り取りの後、こちらに視線を向けた。
私は読んでいた本から顔を上げる。
「どうした?」
「守衛室からなのですが、ハイメロートが訪ねてきているそうで」
「ハイメロート?」
別に呼んだ覚えはないが。
というか侯爵領で行動しているはずのヴァイスヤークトが何故王都に現れるのか。
「夜会用のドレスを届けに来たそうですよ」
「ふむ」
学院行事の夜会が開かれるのは半月後の話だ。出席は自由という建前だが、貴族階級の学生はほぼ強制のようなものだ。あくまでも学院行事なのでドレスコードは制服可。着飾るのもまた自由。まあ実態は制服で夜会に赴くなんてアホの所業だし、そんな真似をすれば周囲の笑い者になるのは確実だ。しかし悲しきかな、私の場合はこの矮躯で着飾ったところでそれはそれで失笑を買うだろうから、いっそ制服のほうがダメージが少ないまであるかもしれないと本気で思っている。というわけで私は制服で一向に構わないのだが、例によってクラリスちゃんが大張り切りでドレスを手配してくれたので、それが別邸から届いたのだろう。
理由はわからないがたまたま別邸を訪れたハイメロートが、体よく届け物を押し付けられたとか、そんな感じだろうか。
「そういうのは『おつかいわんこ』の仕事だと思うが」
「いかがします?」
「迎えに行ってやれ」
侯爵家の使用人がドレスを届けに来ただけならば、学院勤めの使用人に渡させてこの部屋まで届けてもらえばいいのだが、ハイメロート本人が訪れたとなればどう考えてもドレスはついでだ。ならば直接用件を聞く必要がある。
畏まりました、と部屋を出て行ったクラリスちゃんを見送り、読書しつつ待つこと暫し、彼女は長身の男を伴って戻ってきた。
「久しいな。ハイメロート」
ソファに埋まったまま私が言うと、その男は無表情のまま「ああ」と返した。
鍛え上げられた長身の体躯を純白の軍装で包み、その上に纏うのは所々が擦り切れて使い込まれたサーコートだ。浅黒い肌に良く映える灰銀色の頭髪と、刃のような輝きを放つ銀の眼光が特徴的な、冷厳な美丈夫である。
物々しい拘束を施された魔剣をその身に帯び、片腕にはアシュタルテ侯爵家の家紋が刻まれた巨大な衣装ケースを抱えている。
「ドレスはどこに置けばいい?」
「また仰々しい梱包をしおって…………クラリス」
「はい。こちらにお願いします」
クラリスちゃんに先導されて別室に荷を下ろしたハイメロートが、肩を解しながら戻ってきた。
「まあ座るといい」
「いや結構」
「茶は飲むか?」
「いただこう」
クラリスちゃんが用意した紅茶を受け取り、立ったまま飲み始めたハイメロートを見ながら改めて変なヤツだと思う。私がしげしげと彼を観察していると、彼のほうもこちらを見下ろして口を開いた。
「制服を着ていると、貴女も学生に見えるのだな」
「見えるもなにも、学生だ」
「どうです?よくお似合いでしょう?」
クラリスちゃんが『さあお嬢様を褒めろ』とばかりに促すが、当のハイメロートは一切表情を変えずに淡々と、
「身の丈に合っていると思う」
「……もう少し何かあるでしょう」
「なにか」
「可憐だとか、美しいだとか」
「服飾に関する審美眼は持ち合わせていない。ローズ自身は美しいと思う」
そりゃどうも。クラリスちゃんもいい加減諦めればいいのに。この男にそういうのを求めるだけ無駄である。
「それで?紅茶を立ち飲みするためにわざわざ来たわけではあるまい」
「俺からの文は受けとっていないか?」
「うん?いつ出した?」
聞くと、どうやらハイメロートが侯爵領の駐屯地を立つ前に先触れを送ったという。日付的にはもう届いていても良さそうなものだが、この学院の内部住所にあてた外からの郵便物の類は、一度集荷されたあとで学内の手によって配送されるので、ちょっとだけラグが発生するのだ。これもまた防犯上のやむをえない都合である。なお裏道はいくらでもある模様。
そう説明すると、ハイメロートは「そうか」と納得した。
「その様子だと、『おつかいわんこ』はまだ現れていないようだな」
「ヴェルメリオ?」
「ああ。あの犬が数日前、ローズに会いに行くと言い残して失踪したので、俺が追って来たんだ」
おつかいわんこ、ことヴェルメリオはハイメロートと同じくヴァイスヤークトのメンバーである。あの子は私を良く慕ってくれているので、私が王都の学院に通うから暫く会えなくなると告げた時には、それはもう泣かれたものだ。
結局、休暇になれば会いに行くからとなんとか宥めすかして領地を離れた私であるが、どうやら彼女は休暇まで待てなかったらしい。
辺境の領地から王都まで数日でやってくるハイメロートの機動力は人外じみているが、ヴェルメリオのそれは更に上を行く。ただし、それは人目のない荒野や森林を駆け抜ける場合に限る。
なお、尋常の手段でアシュタルテ侯爵領から王都まで移動しようと思えば、大抵は半月程度は掛かるだろう。尤も、魔法という便利な技術がある以上、やりよう次第でかなり短縮できたりもするわけだが。本人が魔法使いでなくても金銭次第でいくらでも。
「出来ればローズに知らせることなく回収したかったのだが」
「それって、回収しても結局また失踪するだけだと思いますけど……」
「ヴェルメリオは学院内に居るのか?」
「門を超える際にヤツの『首輪』を感じた。学内に居るのは確かだ」
ヴァイスヤークトのメンバーは『首輪』と呼ばれる特殊な魔法道具を身に着けていて、メンバーが相互に所在を確認できるようになっている。ハイメロートが身に着けているぱっと見チョーカーにしか見えない装飾も『首輪』の一種である。
ただ、学院の敷地内は他の魔法道具が数多く存在し過ぎてノイズが酷く、正確な所在までは掴めないとか。秘匿性を重視した『首輪』の出力では無理からぬ話だ。
「ふむ……ならば、放っておいてもそのうち現れるか」
「かと言って放っておくわけにも……」
思案気なクラリスちゃんの言うことは尤もだ。『おつかいわんこ』が真っ当な手段で学院を訪れていない以上、紛うかたなき不法侵入である。万が一警備員や常駐騎士なんかに捕縛されたら非常に面倒くさいことになる。
しかたない、と私は立ち上がった。
「とりあえず、ハイメロート。貴様は帰れ」
「しかし、」
「しかしじゃない。貴様のような不審者に学内をうろつかせるわけにはいかんのだ。大人しく別邸に戻っていろ。ヴェルメリオをそちらに向かわせるから持って帰れ」
どの道首輪は役に立たないのだし、だとしたら私が適当にぶらついて『おつかいわんこ』のほうから出て来てもらったほうが話が早い。というかあの子もハイメロートに見つかれば連れ戻されることなどわかっているだろうから、彼が居ると逆に出てこなくなる気がする。
ハイメロートは若干憮然としていた(無表情だが雰囲気が、である)が、ごねても仕方がないと悟った様子で「わかった」と頷いた。
彼を半ば追い出すように帰らせ、私はクラリスちゃんを伴って寮を出た。学内に侵入した『おつかいわんこ』がどうやって私に接触するつもりだったかと言うと、十中八九私の匂いを辿ってくるだろう。私以外にクラリスちゃんの匂いも覚えているだろうから、私とクラリスちゃんで手分けしてその辺を歩いていれば、まあどちらかのほうに現れるだろうという算段だ。
寮の前でクラリスちゃんにそう説明すると、彼女は何故か煮え切らない顔をしていることに気付く。
「どうかしたのか?」
「あの……つかぬことを伺いますが、『おつかいわんこ』とはヴェルメリオのことですよね?」
私は頷く。今更なにを訊くのか。
ちなみに、何故『おつかいわんこ』なのかというと、今でこそほぼスタンドアローンで活動しているヴァイスヤークトであるが、設立当初は規模も小さく方針も定まっていなかったので、私が逐一行動の指示を出していたのだ。その際、領内の各所で活動するヴァイスヤークトと、侯爵邸に居る私の間の連絡係を担っていたのが件のヴェルメリオなのだ。
つまりは連絡事項を伝える『おつかい』をする『わんこ』である。
「いえ、お嬢様もハイメロートも、先程からあの子のことをまるで本当の犬のように仰るものですから」
「うん?」
私は一瞬きょとんとして、それから気付く。
大事なことを伝え忘れていたようだ。というか、当然クラリスちゃんも知っているものとばかり思っていたが、そういえば彼女は少女の姿をしたヴェルメリオにしか会ったことがなかったかもしれない。
「クラリス。ヴェルメリオは『転神』の技能者だ」
「はい?」
「だから、ヤツのアヴァターは『犬』なのだ」
ハイメロートを凌ぐ機動力があり、単身連絡役をこなせるのもアヴァターの恩恵である。
ヴァイスヤークトはそもそも、ほぼほぼ私の私兵集団だ。帝国からの団体客を歓迎するために私が必要に迫られて設立した部隊。なにせウチの腹黒お父様と来たら、秘密裏に侵攻してくる帝国軍の特殊部隊とかの情報を掴むだけ掴んで、「なんとかしてごらん?」と私にぶん投げてくるのだ。
出来ませんと言えば許してもらえるが、その代償として私は発言力を失う。お父様の人形として使われる未来を避けるためには、私自身の手管でなんとかするしかなかったわけで。
そんなわけでお父様がくれる情報をもとに、ヴァイスヤークトは只管領内の主に国境付近を駆けずり回っていたわけだ。私が同行することも珍しくなかったけど、その場合は私が単身でヴァイスヤークトに合流していたので、クラリスちゃんはお留守番であった。
なので、クラリスちゃんが知っているヴァイスヤークトのメンバーは、リーダーとして私の元を訪れることの多かったハイメロートか、連絡役のヴェルメリオくらいのはずだし、ハイメロートはともかくヴェルメリオとは数えるほどしか会ったこともなかったかもしれない。
「ヤツのアヴァターはある程度サイズの調整が利くが、おそらく目立たないように小さくなっているだろう」
ヴェルメリオはわんこだが腐っても特務部隊の実働戦力の一人なのだから、隠密行動もお手の物だ。そもそもそれなり以上に厳しい警備を敷いているこの学院に難なく乗り込んできている点でもそれは伺える。
ただ、育った環境のせいか物騒な方面には鼻が利く癖に、それ以外ではまるきり子供のような感性をしている。
「というわけで、私か貴様の匂いを感じ取ればどうせすぐに出てくる」
「はあ……」
「ヤツの髪色とまったく同じ毛並みをした犬だから、見ればわかるだろう」
「それなら、一目で解りそうです」
私があの子に『ヴェルメリオ』と名付けた理由でもあるが、あの橙と赤が入り混じった炎のような見事な頭髪は他ではそうそうお目に掛かれない。
「?…………お嬢様、なにやら向こうが騒がしくありませんか?」
「うん?言われてみれば」
学生区の中心街である商業地区のほうから、遠く喧騒が聞こえてくる。周囲で道行く学生や使用人達も、どことなく訝しげに商業地区のほうを伺っている。今日は特に行事もなかったはずだが。
「なにかあったのでしょうか……?」
クラリスちゃんの言葉と同時くらいだった。
私達の前にその『なにか』が顔を出した。
というか、道端の木が、よっこらせと根っこを引っこ抜いて歩き始めたのだ。
「「…………」」
私達も、周囲の人々も皆思わず無言になって歩く木の様子を見守った。
流石は魔法学院である。ただの木ですら歩くことが出来るとは。
木は緩慢に進み、何故か一直線に私に向かってくる。よくよく見れば、木がそのまま動いているというよりはちゃんと不格好ながら人型っぽい形状を取って二足歩行をしている。
「こちらに来ますね……――流石はお嬢様。たかが路傍の木にもお嬢様の溢れる魅力が伝わっている様ですね!」
「そういうのいいから」
眼前まで来た木くんは枝葉をわさわさと鳴らしながら腕らしき部分で私に掴みかかろうとしてくるので、私はフッと息を吐いた。
文字通り一息で凍結した木くんを注意深く観察してみるが、どうやら動く様子はない。
「なんだこのお粗末なゴーレムは」
「向こうの騒ぎも、もしかして」
かもしれんな、と言ってる間にも商業地区の喧騒は徐々に規模を増している様だった。
予想外の事態というのはいつも徒党を組んで襲ってくるから嫌になる。
ヴェルメリオの件がある以上、寮に引きこもって嵐が過ぎ去るのを待つわけにもいかない。状況的に、この粗末なゴーレムが私個人を狙ってきた可能性も無くはないので、クラリスちゃんだけを寮に残しておくのもそれはそれで不安だ。
ハイメロートを帰らせたあとだったのは運が良かったのか悪かったのか。
「仕方ない……予定通りヴェルメリオを探しに行くぞ。クラリス、私の傍に居ろ」
「畏まりました」
・2021/7 細部の描写を修正。




