52話_side_Fo_学生区_旅猫屋
~"新人メイド"フォノン~
最近お気に入りの喫茶『旅猫屋』で寛いでいると、見知った顔に声を掛けられた。
アトリーさんとノエルさんだ。傍らには初見の女子学生の姿もあって、赤みが強いプラチナブロンドを結い上げた、活動的な佇まいのご令嬢だった。ご主人が関わる可能性のある貴族の家紋はクラ姉にスパルタで詰め込まれているので、なんとか記憶から引っ張り出してみたところ、たぶんベリエ男爵家の人だろう。
折角なので、と相席を申し出たアトリーさんに、アタシは快く席を勧めた。
お茶を片手に一人で寛ぐのも良いが、お友達とお喋りするのもまた良しだ。……お友達呼ばわりは少し勇み足だったかもしれない。
「うーん!美味しいっ!ここのお店はアタリね」
「うん。お値段もリーズナブルだし、いい場所を紹介してもらったね」
「さっすがクラリスさん!かんぺきっ!」
甘味を食べて表情を綻ばせる少女達からクラ姉の名前が出てきて、アタシは小首を傾げた。
「クラ姉の紹介で来たんです?」
「うん。さっきそこで会って、このお店教えてくれたんだ」
ああそういえば、とアトリーさんが思い出したように、
「フォノンさんを見かけたら伝言を頼まれました」
「ほぇ?」
「『サボりは程々に!』だそうですよ?」
何故ばれたし。
じゃなくて、別にサボっているわけではない。やるべき業務はちゃんとこなしていて、余暇の時間をこうして過ごしているだけなのだ。アタシ達の職務ってご主人の傍に居る間は常に勤務時間になっちゃうから、ご主人も『私の見ていないところで適当に羽を伸ばせ』って言ってくれてるし。
「いやいやいや!お仕事サボって来てるわけじゃないですよ?お仕事終わらせたから来てるんです!」
「早く帰って来いよ、ってことなんじゃないの?」
「クラリスさんも『程々に』って言ってたもんね」
ベリエさんとノエルさんに言われ、アタシは口を尖らせる。
だって帰ったらクラ姉に余分な仕事振られるし。クラ姉は『お嬢様のために!』をスローガンに無限に仕事を錬成しようとする悪癖があるので、付き合って居たら身がもたないのである。
それにそもそも、
「だってクラ姉だけずっこくないですか!?お嬢様のために~とかって言いながら職務中にお菓子食べに行ってるんですよ!?」
「いやお嬢様のためなら、職務でしょうよ」
「アシュタルテ様にお菓子を作って差し上げるため、って言ってましたよ?」
それは知ってるし、理解してるし、なんならアタシも恩恵に与かっているし、勿論ご主人も許可してるし、この学院に来てからクラ姉のお菓子スキルがメキメキ上がっているのも事実だけど!
それでもなんとなくズルいと思ってしまう。
ちなみに、アタシは勿論クラ姉もお菓子代は自腹である。職務の一環であるなら経費でいいんじゃないかなと思うのだけど。尤も、ご主人の『御傍付』という役職持ちのクラ姉はかなりの高給取りなので、菓子代くらいへでもないだろうが。そもそもアシュタルテ侯爵家はめちゃくちゃ金払いが良いので、アタシのようなザコメイドでも実家に給料の大部分を仕送りしてなお、普通に自活できる程度の金額が手元に残るのだ。
余談だが、侯爵家の給金が良いのは、そうでもしないと悪評のせいで全然人が来ないからであり、そうやって集めた使用人も大抵はすぐに辞めてしまうか解雇されていなくなるので万年人手不足だからだ。
「フォノンさんもアシュタルテさんにお菓子作ればいーじゃん。メイドなんだし」
「そんなのはクラ姉が許しませんっ!」
アタシはクラ姉から料理を習っている段階である。今のところは素人よりは少しマシ程度のスキルだと思う。なお、仮にアタシの料理スキルがクラ姉に比肩するときが来たとしても、ご主人の食事を用意する役目は死んでも譲ってくれなさそうな気がする。
「侯爵令嬢が満足するレベルのお菓子作れるってのが凄いわ。舌も肥えてるでしょーに」
うちのメイドじゃあ逆立ちしても無理ね、とベリエさんが言うが、それは正直どうなんだろうと思う。ベリエさんちのメイドがではなく、クラ姉のスキルのことだ。ついでにご主人の舌も。
「クラ姉確かに料理上手いけど、でもやっぱりプロの料理人とかパティシエと比べたら全然ですよ」
「そりゃあ……そうでしょ?相手プロだし」
「そういうプロの料理を普段から食べて育ったのが、お嬢サマですよ」
だから舌が肥えてるのは確かなんだろうけど。
「そーゆー高級な料理とかお菓子を一通り味わって、んで結局クラ姉の手作りが一番好きって言うんですよあの人」
「クラリスさんのお嬢様ラブもすごかったけど、アシュタルテさんも大概ねソレ」
「仲良し主従なんですね」
仲良しというか……ラブラブ?
アタシがご主人にお仕えし始めたのって今から二年前のことだから、それ以前の二人のことは殆ど知らないんだけど。アタシが侯爵家に来た時にはもう既にラブラブだったからなぁ。
「十年も仕えてればああなる……のか?」
「十年!てことは、アシュタルテさんがほんとにちっちゃい頃から一緒に居るんだね」
「てかあの人そもそもいくつ?」
「クラ姉?えーっと、たしか今年で二十三歳かな」
クラ姉はもともと捨て子で、孤児院に預けられたときの外見から予測しただけの年齢なので、実際はわからないらしいけど。
「二十三で十年前ってことは十三歳か……まあ珍しくもないか」
「そですね。アタシも十二の時からお仕えしてますし」
これから十年間ご主人にお仕えしたところで、今のクラ姉のような関係性にはなれる気がしないアタシである。やっぱり、ご主人が幼い頃から一緒に居たっていうのが大きいのかな。
「あ。ということはフォノンさんもそれなりに長いんですか?」
「んーん。まだ二年くらいですよ?」
「ん?てことは……ウソ!フォノンさんて十四歳?」
「そですけど。なにか?」
「うわぁ。わたし普通に年上だと思ってたよぉ」
えぇ……?アタシそんなに老けて見えるかなぁ。アトリーさんはともかくとして、ノエルさんに視線を向けてみると、やんわりと苦笑で「実は同い年くらいかと……」と言われてしまった。
「老けててすいませんねー」
「いやあのちがくて!わたしよりもしっかりしてるから、年上かなって思っちゃっただけで!」
「ほんとですかぁ?」
「でも、そもそも珍しいよね。年下の使用人連れてくるなんてさ」
それは確かに、と思う。他家の使用人なんかを見れば一目瞭然なのだが、基本的にはどこの家もそれなりに場数を踏んだベテランの使用人を子供に付けるのだ。それは親心だったり貴族的なプライドだったりするのだろう。ついでに言うと使用人の力量だけでなく見た目というのも重要なステータスなので、見栄っ張りな貴族ほど、見た目が良くて優秀な使用人を連れてくるらしい。
ただしこれは女子学生に限った話。男子学生には使用人を侍らせる文化がそもそもないので、使用人自慢もなく、普通に裏方とか雑用に徹する下男とかを連れてくることが多いみたい。執事のようなのを連れているのは余程高位の貴族だけだ。
使用人自慢的な観点で行くと、クラ姉は文句なしの合格。
十年選手であるクラ姉も、二十年三十年と経験を積んでいる本当の意味でのベテランに比べればぺーぺーみたいなものなのかもしれないけど、それを補って余りあるアドバンテージがある。要するに若くて美人という点だけど。歳食った使用人が優秀なのはある意味当たり前なので、若くて優秀というのはそれだけで自慢なのだ。
アタシ?文句なしの不合格でしょ常識的に考えて。
そんな感じで小一時間お茶とお菓子を楽しんで、アタシ達は『旅猫屋』を後にする。
なんか、結局一緒にお茶しちゃったけど、アトリーさん達はそれで良かったのかな。アタシ思いっきり邪魔だったんじゃ。いやでも相席したいって言ったの向こうだし。
などと内心悶々としながら店舗前でアトリーさん達と別れようとすると、不意に鳴き声が聞こえた。
「あれ、わんちゃんだ」
見れば、一匹の子犬がきゅんきゅんと鳴きながら近寄ってきていた。学院の敷地内に野良犬は居ないでもないが、首輪をしているので普通に飼い犬だろう。ただ、周囲を見ても飼い主らしき人物の姿はない。
そのまま子犬はアトリーさんの足元まで来て、すんすんと彼女の匂いを嗅ぎ始めた。
「うわぁ……!かわいいなぁ」
感激したアトリーさんがしゃがみ込んで子犬の頭を撫でようとすると、嫌がるでもなく素直に撫でられているあたり、人馴れしてそう。ノエルさんと、意外と言っては失礼だがベリエさんも瞳を輝かせて、突然の闖入者に夢中だ。
アタシも近寄って見てみる。片手で抱えられそうな大きさの、橙に近い茶色の毛並みだ。ところどころに赤色が混じっていて、まるで燃え盛る炎みたいな特徴的な色彩をしている。もっふりした毛並みに半分埋まっている首輪にはタグが付いているが、ここからでは内容は読めない。
アトリーさんに撫でくり回されながらも鼻をひくひくさせていた子犬は、ややあって『きゅーん』と鳴くと、今度はアタシの足元に寄ってきた。お仕着せのスカートの裾を熱心に嗅ぎ回り、挙句の果てにはスカートの中に入ってくる。
「こらこら」
「この子、飼い犬だよね?どこの子だろ」
アタシが一歩下がって避けると、アトリーさんがひょいと子犬を持ち上げた。
「ミアベル、首輪にタグが付いてるみたい」
「ほんと?何か書いてある?」
「どれどれ」
アトリーさんが抱えたままの子犬に顔を寄せ、ベリエさんが毛並みに埋まったタグを確認する。
「ヴェル、って書いてる。この子の名前かな」
「ヴェルちゃんはどこから来たのかなー?」
アトリーさんがあやすように顔を寄せると、ヴェルちゃんはやっぱりアトリーさんの匂いをすんすんと嗅ぎ、ぺたんと耳を倒した。
それから、おもむろに、
「かりす、じゃない……」
「「「「…………」」」」
アタシ達は無言で顔を見合わせた。
「「「「喋ったああああ!?」」」」
「きゅぅーん……うるしゃい」
ヴェルちゃんは喧しそうにぼやくと、器用に前足で耳を塞ぐのであった。
・2021/7 細部の描写を修正。




