6話_side_Pr_アシュタルテ別邸
~"転生令嬢"プリムローズ~
「大変可愛らしいです!お嬢様っ!」
大袈裟に褒めるクラリスちゃんの言葉を半ば聞き流しつつ、私は姿見の中の自分を睨みつけた。
朝の身繕いを終え、今日から通うことになっている魔法学院の制服に袖を通してみたのだ。
朝に弱い体質はどうやら転生特典で引き継がれているらしく、寝起きの私は出来の悪いカラクリ仕掛けのような有様だと思う。私以上に私のことを熟知して、私がうとうとしているうちに身繕いを済ませてくれるクラリスちゃんの存在は、最早空気と同じレベルで必要不可欠なものとなっている。
「ふぅむ……」
私の矮躯に合わせたオーダーメイドの制服は、文字通り誂えたのでぴったりサイズだ。私専用の仕立て屋に作らせているので特に改めて採寸とかサイズ合わせもしておらず、今日初めて袖を通したのだ。
知っての通り、私の体型は数年前から誤差レベルでしか変化してないもんね!
清潔感のある白いブレザーに、慎み深い紅地に黒のチェックのプリーツスカート。
「コスプレ感は否めんが、見られん程ではないな」
服に着られている感は拭えないけど、比較的可愛らしいデザインのおかげで私のロリボディで着てもそれなりには見られるものになる。
姿見の前でくるくると矯めつ眇めつしていると、興奮気味に褒めそやしてくれていたクラリスちゃんが、少しだけ不満げに唇を尖らせているのが見えた。美人なうえに大変けしからん大人のボディに成長したクラリスちゃんだが、私の前でだけこういう子供っぽい仕草を見せてくれる。
「どうした」
「非常に良くお似合いなのですけれど、あの」
「なんだ」
「スカートが、短すぎやしませんか?」
クラリスちゃんが苦し気に零した言葉に、私は首を傾げる。
もちろん、表情は常通りの不機嫌フェイスだが。
日頃からロングスカートのお仕着せを身に纏っているクラリスちゃんからしたらミニスカートなんて言語道断なのかもしれないけど、生憎と前世のJK連中を見慣れていた私にとっては、全然抵抗感のないスカート丈である。私自身が現役JKだった頃には、もうちょっと控えめだった気がしなくもないのだけど。
「こんなものだろう」
「しかし、これでは少々いたずらな風が吹いただけで、こう」
「パンチラは様式美だよ」
ちなみに私の口調は十年で自然とこうなった。
原作のプリムローズがこうだったからか、この口調が一番しっくりくるのである。私が素の口調で喋ると全く以て貴族らしくないという問題もあるが。
「いけませんお嬢様!お嬢様の高貴なおぱんつを衆目に晒すなど、このクラリスが許しません!」
「さて、私はどこからツッコめばいいのだ?」
「ただでさえ、お嬢様はお子様ぱんつだというのに」
よよよ、と涙をぬぐう振りをするクラリスちゃんに、私は半眼を向ける。
「そうは言うが、私のこの外見で大人びたランジェリーなど身に着けたところで滑稽なだけだろう」
「いいえ、いいえ!そんなことはありません。一流のレディであるお嬢様は、下着もそれに相応しき物を身に着けるべきかと!」
「レディ(笑)」
鼻で嗤う私を一顧だにせず、クラリスちゃんはどこからか白いレースのランジェリーを取り出した。
「というわけで、お嬢様。学院デビューのついでに、セクシーランジェリーもデビューといきましょう!」
「ほざけ。あ、おいこら脱がすんじゃない!」
私の必死の抵抗虚しく、私よりも私の身体を熟知しているクラリスちゃんに抗うことなどできるはずもないのだった。
また一つ大人になったねプリムローズちゃん……!
すったもんだの後、家族へ制服姿をお披露目し、心温まる(笑)朝食と団欒を終え、ついに学園に向けて出発する時間となる。
アシュタルテ侯爵家のイカれたメンバーは、どうやら私の入学をお祝いするためにわざわざ王都の別邸であるここに集合してくれたらしいのだ。お母様とお父様は遠い領地からわざわざ来てくれたし、二人のお兄様も既に王宮務めで忙しくしている中、普段は滅多に家には帰ってこないというのに。
いやほんと、家族仲は悪くないんだけど、人格がなぁ……。
余談だが、私の制服姿を見て両親は素直に祝いの言葉を下さったのだが、上のお兄様には失笑され、下のお兄様には嘲笑された。
え?アンタ達、私を笑うためにわざわざ帰ってきたの?と言いたいところだが、生憎とこれがアシュタルテ侯爵家伝統の交流なのである。
私が今日から通う学び舎にして、漫画『夜明けのレガリア』の舞台である王立エンディミオン魔法学院は全寮制だ。自宅から登校するのは今日だけで、次の長期休暇までは基本的に帰ってこない。
寮の部屋割りは既に決まっていて、私物の類は事前に送ってある。私はこれまで家庭教師に勉学を教わっていたので、今世で学校に通うのはこれが初めてだ。と言っても、前世込みで精神年齢四十代ともなれば、今更緊張する可愛げなどありはしないが。
爵位持ちの家の子息令嬢は、学院生活において身辺の世話をさせるための従者を二名まで同伴できる。私の場合はクラリスちゃんが来てくれるのは当然として、というかクラリスちゃんだけで充分なのだけど、そうは問屋が卸さないのが貴族社会の面倒なとこ。
貴族にとっては時に命よりも大事なのが見栄とプライドである。
要は、侯爵家の令嬢のくせに御付きが一人しか居ないとか許されまじ、ってことだ。
というわけで私がクラリスちゃんを伴って屋敷の玄関ホールまで行くと、見送りの使用人とは別に、私の鞄を持って待っているメイドの姿があった。
「お嬢サマ!おはよーございまあすっ!!」
うむ、元気があって大変よろしい。
満点の笑顔で挨拶をくれたこの子はフォノンという名のメイドだ。私よりも二つ年下で、今年で十四歳になるらしい。明るい橙色のショートカットと、地で日焼けしたみたいな小麦色の肌が特徴的な、元気が取り柄の女の子。
元気しか取り柄がないとも言える。
「こらフォノン!そのような格好でお嬢様に御目通りするとは何事ですか!」
「え?アタシなんかおかしい?」
早速クラリスちゃんの叱責が飛び、フォノンちゃんはくりっとした瞳を丸くして首を傾げている。
たぶん、その大胆不敵な寝ぐせのことだとお姉さんは思いますよ。
クラリスちゃんが常備している櫛でフォノンちゃんの寝ぐせを撲滅しにかかるものの、筋金入りの寝ぐせは倒れる気配を見せない。のほほんとしているフォノンちゃんはともかく、大慌てで泣きそうになっているクラリスちゃんが不憫なので、私は少しだけ手伝うことにする。
口元に片手をやってフッと微かに息を吐くと、にわかに周囲の空気がひやりと張り詰める。
フォノンちゃんの頭髪がしっとりと潤いを帯びて、頑固な寝ぐせがついに櫛の攻勢に屈服したようだった。
「ああああ、あろうことかお嬢様の御手を煩わせてしまうなんて……!」
「寝ぐせ一つで大袈裟だな」
なんかますますクラリスちゃんが涙目になってしまった。あかんかったか。
私の言葉にこれ幸いと「ですよねー」とか言って乗っかっているフォノンちゃん、キミはもう少し恥じろ。
いやていうか、たかが寝ぐせ一つ直すために魔法使うとか褒められた行為じゃないから、周りの使用人さん方も「おお……」とかって感心しないで欲しい。恥ずかしいから。
そんなこんなで、このお気楽メイドのフォノンちゃんこそが、クラリスちゃんとともに私の学生生活をサポートしてくれる存在なのだ!
……言いたいことはわかる。
ぶっちゃけクラリスちゃんだけで足りてるので、もう一人は屋敷に置いておいても役に立たないおまけを連れて行くことにした……というわけではない。ほんとだよ?
クラリスちゃんはもともとアシュタルテ領の貧民街の孤児院出身なのだけど、フォノンちゃんは孤児ではないものの同じ街の出だ。彼女には弟が居るらしいのだが、両親の稼ぎでは家族四人が食っていくだけで精一杯で、子供達を学校に通わせるなんて夢のまた夢。そこでフォノンちゃんはせめて弟だけでも学校に通わせてあげたいと一念発起してお金を稼ぐことにしたのだとか。
以前から交流があったらしいクラリスちゃんが話を聞いて、採用基準が劇的に緩いことに定評があるここのメイドの仕事を紹介した、という流れなのだが……
残念ながらこのフォノンちゃん、メイドの仕事に致命的に向いていない。
なんというか、遺伝子レベルで大雑把なのだ。
掃除も洗濯も礼儀作法も、どれもこれも『だいたいでオッケー』みたいに済ませようとする。めちゃくちゃ素直な良い子なので教えれば真面目に聞いてくれるのだが、実践ができない。彼女基準で『綺麗』『完璧』『満足』は他の従者基準で言うと完全無欠に落第点なのである。
学習能力がないわけではないので、少しずーつマシにはなってきてるんだよ。ただ、どこまで行っても本人のお気楽っぷりが抜けない限りは、劇的には変わらないだろうなぁ……って感じ。
私個人としては『だいたいオッケー』で全然構わないのだけど、少なくとも侯爵家には要らない。
弟さんを学校に行かせてあげたいという動機は健気だし応援してやりたいものだが、仕事ができないならばクビだ。
だけどなぁ……
「?なんですかお嬢サマ」
能天気なフォノンちゃんを眺め、私は溜息を吐く。
可愛いんだよなぁ。すごく。
超美人に成長したクラリスちゃんの知り合いだからっていうわけでは当然ないのだろうが、フォノンちゃんもかなり尋常じゃない美少女である。小麦色の肌のエキゾチックな美貌はこの国のトレンド的には美人の基準を若干外れるかもしれないが、それでも文句なしに美しい。
小麦色の肌色はアシュタルテ侯爵領とは真逆に所在する南方の地域に特徴的なものなので、顔立ち的にもたぶんそちらの血が入っているのだろう。
若いエネルギー溢れる健康的な肢体と、年齢に比して発育の良いボディラインが彼女の魅力を後押しする。
私と、それからたぶんクラリスちゃんが何を危惧しているのかというと。
この素直でおバカのくせに無自覚美少女であるフォノンちゃんを下手に放り出すと、あっという間に悪い輩に騙されて悲惨な目に遭うであろうという確信めいた予感があるのだ。
怪しさ満点の『実は耳寄りな話がありまして――』的な誘い文句にも、この子なら純真な瞳でほいほい付いて行ってしまうであろうことは想像に難くない。それを危惧したからこそ、クラリスちゃんも自分の目の届く場所で働かせようと骨を折ったのだろうし。
侯爵家としてはフォノンちゃんを雇い続ける理由はほぼ皆無なので、今の彼女の立場は私の個人的なメイドみたいなものだ。
要するに、御傍付であるクラリスちゃんの、更に補佐的な立ち位置。
フォノンちゃんは元気だけはいっぱいなので、鞄持ちとかちょっとしたお遣いとか、所謂パシリ的な仕事にはすごく役に立ってくれる。まあクラリスちゃんと二人一組で仕事をさせるぶんには、適材適所で丁度良いのではなかろうか。
「貴様は悩みがなさそうでいいな」
「お嬢サマってば酷いんだあっ!アタシにも人並みに悩みくらいあるんですから!」
ほう?と私が促すと、フォノンちゃんはバツが悪そうに「一日以上続いたことがないんですけど」と照れ笑いした。
どんな悩みもぐっすり眠れば綺麗さっぱりとは、なんて羨ましいメンタルなんだ。
「あ、それとお嬢サマ!」
「うん?」
「その制服、すっごい似合ってます!超可愛いですっ!」
キラキラとした瞳でそう言ってくれたフォノンちゃんは、直後にクラリスちゃんに頬を引っ張られて口調を矯正されていた。お嬢様に対してなんたる口の利き方!とクラリスちゃんがキレてて怖い。
ただ、まあ。
フォノンちゃんの素直な誉め言葉に、私の頬が少しだけ緩む。
「そういうところは外さないヤツだ」
彼女が原作に登場したキャラかどうか、実のところ私にはもう判断できない。
もとより『夜明けのレガリア』の熱烈なファンというわけでもなかったし、私の主観で言えば前世はもう十六年前の記憶なのだ。実際に原作を読んだ時代までなら更に十年を遡る。原作の内容なんて細部は記憶の霧の彼方である。
流石にストーリーの流れとか主要キャラクターとかは覚えているけれど。
そして、そう。
今日がそのストーリーがまさに始まる日なのだ。
2021/5 フォノンの描写を微修正。いくらなんでもアホの子っぽすぎるので。




