49話_side_Ol_アシュタルテ別邸
~"執事長"オーレンス~
今日も今日とて代り映えのしない業務に励んでいた私の下に、来客の知らせが舞い込む。
王都におけるアシュタルテ侯爵家の活動拠点であるこの屋敷に、関係者の来訪があるのは珍しい話ではないが、普段応対に出ているメイドがわざわざ私を呼ぶのは珍しいことだ。
誰が来たのかを訊いてみると、
「それが、ハイメロート様と名乗っておられる男性の方なのですが、執事長に名前を出せばわかるとしか……」
「ああ。彼か」
確かに彼の名を知っているのはこの別邸では私か、本邸勤めの経験がある一部の使用人くらいだろうから無理もない。
その人物が確かに侯爵家所縁の者であることをメイドに教え、応対を引き継ぐことにする。
どうやら訪ねてきた彼は玄関ホールに仁王立ちのまま待っているとのこと。応対したメイドも身元不明の男を応接間に案内するわけにはいかなかったのだろうが、例え案内されていたところで彼ならば固辞していただろうとは思う。私が苦笑気味に思いつつ玄関ホールへと赴くと、扉の程近くに佇む白い長身が。
「待たせましたな」
声を掛けると、その人物は瞑目していた瞳を開き、低い声で応じた。
「いや……突然の来訪を詫びる」
彼の名はハイメロート。それ以外の名を持たないただのハイメロートだ。
その正体はアシュタルテ侯爵領で活動する特務部隊『ヴァイスヤークト』の部隊長である。アシュタルテ侯爵家が抱える実戦部隊はいくつか存在するが、ヴァイスヤークトはプリムローズお嬢様が自ら設立した最も若い部隊だ。
その長を務めるハイメロートは浅黒い肌と灰銀の頭髪を有する長身の美丈夫である。表向きの経歴は不詳。年齢も不詳だが、見た目だけで判断するならば三十代くらいだろう。ヴァイスヤークトの制服である純白の軍装はお嬢様の趣味らしいが、それにかっちりと身を包み、更に白基調のサーコートを纏っている。
銀の眼光鋭く彫りの深い顔立ちで、いつ何時も大抵は無表情という他者を寄せ付けない冷厳な雰囲気の男だ。
腰の後ろには非常に物々しい刀剣のような物を帯びている。ような物などと迂遠な表現をしたのは、それが拘束具じみた異様な鞘にて厳重に封印されているからだ。聞くところによると所謂『魔剣』らしいのだが、詳しくは知らないし、抜いたところを見たこともない。
「して、何用かな?貴殿が自ら足を運ぶとは珍しい。お嬢様からは特に聞いておらんが」
なんせ普段はアシュタルテ侯爵領――王都から遠く離れた辺境で活動している部隊なのだ。彼らの活動内容は完全にお嬢様の裁量なので、実質的にはお嬢様の私兵に等しく、その行動範囲を侯爵家に制限される謂れも無ければ報告する義務もない。設立当初の最初期は侯爵家の資本で活動資金を賄っていたのだが、今となっては経営的にも独立している。
無論、お嬢様が家族と良好な関係を築けている以上は彼らが敢えて侯爵家に敵対的になる理由も無いので、普通に友好的ではあるのだが。
私はこの男のことを信用できるほど知らないが、お嬢様が部隊を任せるに足ると判断した人物として信頼はできる。
うむ、とハイメロートは一つ頷き、
「最近、この屋敷に『おつかいわんこ』が訪れなかったか?」
「『おつかいわんこ』ですかな?」
首を傾げる。
「いやぁ、来てはおらぬはずですぞ」
「ということは、やはり学院か」
疲れたように溜息を吐くハイメロートの様子に、だいたいの事情を察する。
『おつかいわんこ』とはとある人物を示す言葉だ。ハイメロートの部下でありヴァイスヤークトの古参メンバーでもあるヴェルメリオと言う名の少女。彼女のことをお嬢様が『おつかいわんこ』と呼んだのでそれがそのままニックネームとなったらしい。
そしてヴェルメリオという少女はお嬢様が好き過ぎる。
最早インプリンティングレベルでお嬢様にベッタベタのデレッデレの少女なのだ。その戦闘能力はヴァイスヤークト内でも一目置かれるほどだと言うのに、本人はそんな評価に微塵も興味が無くて、お嬢様に褒められるためだけに生きているような、ある意味純粋な人物である。
「数日前に『あるじさまに会いたい』と言い残して失踪した」
「ああ……では今頃は学院に乗り込んでいる頃ですなぁ」
「だろうな」
この別邸がお嬢様の滞在先だとして立ち寄っているかと思ってハイメロートは顔を出したようだが、生憎と『おつかいわんこ』はお嬢様の足跡を辿って学院まで一目散のようだった。まさか『わんこ』らしく匂いを辿っていったわけではあるまいが、あの少女のお嬢様に対する嗅覚(比喩的な意味で)は常軌を逸していると言っても過言ではないので、まあどんな過程を経てでもお嬢様の元へ辿り着くのは疑いない。
隊員一名を連れ戻すためにわざわざ部隊長が出てきているのは、単にずば抜けた戦闘能力を誇る『おつかいわんこ』を力づくで連れ戻せる存在がハイメロート本人しか居ないからである。
なお、王国辺境であるアシュタルテ領から王都まで普通は間違っても数日で踏破できる道のりではないが、ヴァイスヤークトの面子は普通という言葉に喧嘩を売っている輩しか居ないので今更な話である。あのお嬢様にしてこの私兵ありだ。
「部隊のほうは放っておいて良いのですかな?」
「無論、良くはない。が、俺が居なくとも運用できる程度の人員は揃っている」
「左様ですか」
「それよりも、ローズの手を煩わせるほうが問題だ」
「時既に遅かった感がひしひしとしますがな」
ハイメロートは頭痛を堪えるように額に手を当てて項垂れた。
辺境から身一つで駆け付けたのが徒労に終わった彼の心情は推して知るべしである。しかも、悪い方向に終わったのだから尚更だ。
「ときに、お嬢様にはお知らせしておるのですか」
「俺が発つ前に文を飛ばしたが、文よりも『おつかいわんこ』が着くほうが早いかもしれん」
などと言いながらも、ハイメロートはそそくさと踵を返して立ち去る姿勢を見せた。
「学院へ行かれるのかな?」
「無論だ。かくなる上はあの犬の首根っこを引っ掴んで持ち帰るしかあるまい」
「ならばちょうど良かった」
怪訝そうに向き直ったハイメロートに、少し待っていろと告げてメイドを呼び、指示を出す。
暫ししてメイドが二人がかりで持ってきたのは大きな衣装ケースだ。
「これは……?」
「お嬢様のドレスだ。今度の学院での夜会用に仕立てたものを届けておくれ」
近いうちに使用人を使って届けさせるつもりでいたが、ハイメロートが学院に赴くというのであれば渡りに船だ。ついでに言えば、経歴不詳の不審者であるハイメロートが学院に入るためにもそれらしい理由があったほうがスムーズだろう。
彼がプリムローズお嬢様の関係者であることはちゃんと証明できる品を持っているのだろうが、だからと言って何の用もなく訪れた者をすんなり通すほど学院の警備は甘くない。
無論、その甘くない警備程度で『おつかいわんこ』の侵入を阻止できるとも全く思わないわけだが。
「……学校でまで着飾らねばならんのか。貴族も大変だな」
「本当に大変なのはそれに付き合わされる平民諸君だと思いますがな」
「違いない」
声だけで笑い、ハイメロートは衣装ケースを片手でひょいと持ち上げた。苦労して運んできたメイド達が息を呑むのが聞こえたが、彼が腰に負っている拘束具付きの魔剣の重量に比べれば何ほどのものでもあるまい。
ケースが嵩張るので少々持ち辛そうではあるが。
「そもそも、ローズに新しくドレスを仕立てる必要はあるのか?」
「うん?」
「どうせ一ミリも成長しちゃいないだろう。あの人は」
身長的な意味で。
それを言うならば、お嬢様は社交の場に出ることが基本的になかったお方なので、そもそもドレスをあまり持っていないのだ。他家の令嬢に比べれば相対的に、という意味であり、咄嗟に困らない程度には定期的に仕立てさせている様であるが。おもにクラリスが勝手に。
まあ、お嬢様の体躯であれば去年仕立てたドレスどころか、五年前の物でも手直し無しで着られてしまうのであろうが。
「例えそうだとしても、その時々で流行の最先端を捉えた装いをせねばならんのが貴族というものなのだよ」
「仕立てたドレスを一度も着ずに処分するわけか」
「消費期限があるのでな」
「ローズ自身は『無駄の極みだ』くらいに思っていそうな話だな」
「流石に良くわかっている。思うどころか口に出して仰られたよ。一言一句違わずな」
そこはそれ、金を使うのも貴族の務めだとして割り切るしかない。
貴族の散財のおかげで成り立っている職業だって決して少なくはないのだから。
「相変わらず難儀なことだ…………では、俺は行く」
「ああ。お嬢様によろしく」
衣装ケースを担いで危なげない足取りで去っていったハイメロートを見送っていると、ドレスを運んできてそのまま流れで居座っていたメイド達が口々に問うてきた。
「結局、何者なのですかあのお方」
「お嬢様を愛称で呼ぶだなんて。使用人ではないのですか?」
若いメイドである彼女らはこの王都で雇い入れた人員で、侯爵領の本邸には訪れたこともない。畢竟、ヴァイスヤークトの存在すら知らないのだろう。そんな彼女らにハイメロートの立ち位置を伝えるとすれば、と考える。
同じメイドという立場上、彼女らもお嬢様の御傍付であるクラリスのことは知っていて敬意を払っているので、
「クラリスがお嬢様の右腕だとすれば、もう片方の腕はあの男だろうなぁ」
「まあ……!」
「それほどの人物なのですか」
あるいは、クラリスが表の忠臣であれば、ハイメロートは裏の忠臣といったところか。
見た目からして只者ではないが、その実、能力面でも非常に優秀であることはこれまでの働きでよくわかっている。
むしろ、私としては。
「齢十の時分にあれほどの男を手懐けた、お嬢様の底知れなさこそが改めて恐ろしいですなぁ」
一体どうやったのやら。
2021/7 細部の描写を修正。




