561話_side_Primrose_講義棟周辺
~"転生令嬢"プリムローズ~
シオン少年の姿を見失ってしまったことに気付いた私達は慌てた。
購買の周辺は学生で賑わっていて、最早彼がどちらの方向に歩き去ったのかすらわからない。
仕方がないので魔法力でごり押しすることにした。具体的には時間を停滞させて魔法端末を散開させて彼の姿を探すっていう。贅沢すぎる無駄を極めた魔法の乱用プライスレス。
んで無事に発見したシオン少年のもとに小走りで向かうと、丁度彼の姿を視界に捉えたくらいの時点で、小さな悲鳴のようなものが聞こえた。
「きゃあっ」
と、女性の声だ。
見れば、身を隠した私達の視線の先に居るシオン少年の、更にその視線の先の出来事だった。
地面に座り込んでいるメイド服の少女と、その前方に立っている二人の男子学生。メイドのほうは学院勤めの所謂学院メイドのようで、まだ少女といってもよい外見や草臥れていないお仕着せから鑑みるに、見るからに新人さんといった印象。
対する二人の男子学生のほうは制服の家紋を見るに貴族階級の学生のようだ。
「も、申し訳ございませんっ! 申し訳ございませんっ!!」
ぺこぺこと頭を下げて平伏するメイドさんの傍らには一抱えほどの紙箱が転がっていて、周囲には丸めた紙束のようなものがいくつも散乱していた。察するに新人の仕事として学内の掲示物の貼り替えなどしていたのだろう。剥がして処分するものを箱に詰めて運んでいたら、荷物が大き過ぎてバランスを崩したのか、あるいは視界不良だったのか、とにかく男子学生にぶつかってしまったということらしい。
気の毒な話だが、ああなってはメイドさんは平謝りするしかない。私は衝突の瞬間を見たわけではないので、どちらに非がある状況だったのかはわからないが、仮に学生達のほうが悪戯で足を引っ掛けたのが原因であっても、粗相したメイドのほうが悪い。往々にして、身分とはそういうものだ。
「チッ……気を付けろ!」
結局男子学生は舌打ちを零して、悪態を吐きつつ立ち去って行った。連れ立っていたもう一人も、友人の悪態を止めることもなければ、当然メイドさんがぶちまけてしまった荷物を拾ったりもしない。
床に落ちたものを拾うなんて貴族のやることじゃないし、そもそもそんな発想すらないのだ。
さておき、もしかしたら早速執行部の出番が来るかもしれないと考えていただけに、私は少々拍子抜けである。立ち去った男子学生達の態度はまあ褒められたものではないが、実のところかなり穏便で理性的なほうである。悪態だけで済んだなら授業料としては安いものだ。
そんな少年ABのことはどうでもよくて、私達が気にするべきは座り込んだまま項垂れているメイドさんと、そこに歩み寄るシオン少年である。
というかシオン少年、あの男子学生達が立ち去る前に動き出してたから、もしかしなくても割り込むつもりだったのか。
「手伝います」
「え?」
シオン少年はメイドさんの傍で徐にしゃがみ込むと、散らばった紙束を拾い始める。
メイドさんがきょとんとしている間にさっさと集めきって、転がっていた箱に入れ直して持ち上げる。シオン少年の制服にも家紋が刻まれていることに気付いて、またしても貴族相手に粗相をしてしまったとメイドさんが顔を蒼くする暇すらないくらいの早業である。
「これ、どこかに持っていくんですか?」
「え、ええと……」
「というか、立てますか? すみません両手塞がってて」
先にそれを気にするべきだったとでも言いたげなシオン少年は、今にも抱えた箱を置き直してメイドさんに手を差し伸べそうな雰囲気だったので、メイドさんは大慌てでその場に立ち上がった。とりあえず、転んだ拍子に怪我などはしていなさそうでなによりである。
小柄なメイドさんが持ち運ぶには少々難儀する荷物だと思ったのか、シオン少年は代わりにそれを運んであげるつもりみたいだ。実際にそれで先程のアクシデントが起きたのだろうし、メイドさんに任せるのは不安がある。
しかしながら、メイドさんはメイドさんで『じゃあ宜しく』と頷けるはずもない。
「貴族様のお手を煩わせるわけには、」
「え? これそんな遠くに持っていくんですか?」
「え? あ、いえ、裏手の焼却炉に捨てに行くだけですけど……」
「じゃあ大丈夫。大したことないですよ」
天然っぽい遣り取りを経て、シオン少年は我が意を得たりと歩き出す。勿論荷物は自分で持ったままである。
メイドさんは慌ててその背を追い掛けようとして、ふとその場に購買のパンの袋が落ちていることに気付き、それを拾ってから早足で歩いていった。
いやシオン少年よ、代わりに自分の昼食を地面に忘れていくのはどうなんだ。
◇◇◇
小さな善行を積んだシオン少年は、恐縮してお礼を言うメイドさんから忘れ物のパンを受け取ると、再びどこかを目指して歩き出した。私達もひっそりと後をついて行く。なんかもう先程の一件だけで少なくとも彼が善良な性格であることはわかったので、もうとっとと勧誘に移っていいのではないかと思わなくもないのだが、まあその判断は班長のブリギット嬢に任せよう。
とりあえずブリギット嬢はもうしばらく様子を見るつもりのようだ。
そうしてシオン少年が講義棟の中庭に差し掛かったあたりだ。
「――――な!な!か!い!めェッ!!」
なんか非常に聞き覚えのある声音で、謎の怒号が聞こえてきたではないか。七回目?
シオン少年も驚いたように足を止め、声のほうを見遣る。
するとそこには怒号の主であるマルグリットちゃんと、その隣で苦笑している主人公ちゃん。そして――
「ぅわ」
思わず呻き声が出てしまった。
あすこにおわすは誰あろう、頭がどうかしていると全ワタシの中で評判などうかしてる先輩ことジョナサン・ドゥ・カシテル伯爵令息ではありませんか。
なんだそのポーズ、なめとんのか。
「アンタのその台詞聞くの、七回目なんだけどォ!? あと何回断れば、アンタ自分がフラれたっていう事実に気付いてくださりやがるのかしらアアン!?」
「リタぁ、どうどう……」
おお、あれはベリエ男爵家に伝わる一子相伝の伝統芸能『メンチビーム』ではないか。
というのは冗談だけど、マルグリットちゃんのガンの付け方は最早完全にやくざのそれである。
そうなった理由はわかるので、無理もないところではあるのだけど。
流石はカシテル先輩、まだ主人公ちゃんのことを諦めていなかったのか。なんか前期の最後のほうは姫殿下がどうとか熱弁してなかったかあの人。定期的にアタック対象が主人公ちゃんに戻ってくるのはなんなの? 原作の強制力かなにかなの? で七回目って、そりゃあマルグリットちゃんでなくてもキレるわ。
「あのー、わたしからも、ごめんなさいっ! そろそろ諦めていただけるとぉ……」
出来た人間である主人公ちゃんが非常に穏便にお帰り願おうと試みるのだが、甘いぞ主人公ちゃん!
どうかしてる先輩にそんな迂遠な絶縁状が通用するはずないじゃん。
「フッ……俺の辞書に『諦め』の文字はない!!」
「不良品だァ!! 今すぐ買い替えろゴルァアアアアッ!!?」
おお、マルグリットちゃん様が荒ぶっておる。
カシテル先輩の場合はもう頭開いて脳みそに直接書き込むくらいしないとダメだと思うの。
とまあ、そんな悲劇なのか喜劇なのかわからないどうかしてる劇場を目撃してしまったシオン少年は、やや考えるような素振りを見せたものの、すぐに主人公ちゃん達のほうへと歩き出した。
近付いてきたシオン少年に最初に気付いたのは主人公ちゃんだ。
「あ、シオン君」
普通に気安い感じの反応だけど、そう言えば特待生同士だし面識があってもおかしくないか。
シオン少年は荒ぶるマルグリットちゃんから若干距離を取りつつ、主人公ちゃんに問う。
「なんかトラブル? 俺が手伝えることある?」
「あっ、えとそういうわけでもなく……ないかな?」
「えっ、どっち?」
「気持ちだけ貰っとくわ! でもアタシには秘策があるから大丈夫!」
バッと手を振り翳して会話に入ってきたマルグリットちゃんが、カシテル先輩(なんか一人でポーズ決めてる)を威嚇しながら、徐に叫ぶ。
「ルーーーーーーク!! おいルーク出てこい!! アンタの連れでしょ回収しろォ!!」
「はいはい。ほら先輩、噛まれる前に退散しようぜ」
まさかの婚約者召喚に、当たり前のように現れたルークくんがカシテル先輩の首根っこを引っ掴んで強制連行する。
「な、なにをするか貴様ぁ! 舎弟の分際で邪魔立てするつもりかッ!?」
「はいはい。それ後で聞くから」
「はなせ! はなさんかぁーーーーッ!!」
「はいはい」
手慣れてるなぁ……。
大剣ぶん回して魔物を両断するルークくんに、カシテル先輩如きがいくら抵抗したところで敵うはずもない。最後まで喧しく去っていった先輩を見送り、結局何もすることがなかったシオン少年が気まずそうに頬をかく。
「ええと、解決したっぽい?」
「うん。ごめんねシオン君、ありがとう」
「いや、なにもなくてよかった」
シオン少年はそう言うと、主人公ちゃん達と別れて再び歩き出した。
そして一連の流れを遠巻きに観察していた私達がその後ろをコソコソ追い掛ける。
「…………?」
主人公ちゃんこっち見んな。
◇◇◇
紆余曲折ありつつシオン少年が最終的に辿り着いたのは、講義棟の陰にあるひと気のないベンチであった。
ここを通り掛かるのは奥に用事がある人間だけで、それって環境整備に従事している使用人くらいなので、つまり基本的に学生は訪れない場所である。私達は建物の角からトーテムポールよろしく顔を突き出し、ベンチに一人腰掛けるシオン少年を観察する。
ちなみに上からブリギット嬢、マリア、私の順番である。
「昼食を食べるのに、なんでわざわざこんな場所に……?」
「静かに食べたいから……とかでしょうか」
「足取りからして通い慣れている風だったな」
ひそひそと会話しながら、私達は訝しむ。
旧き良き伝統の校舎裏ではないが、昔からよからぬ輩がよからぬことをする際にこういう場所にたむろしがちだ。ここまでのシオン少年の姿から、彼が非行に走っているとは考え難いが、それ故に余計に不思議なのだ。
彼を含む勧誘対象への事前調査の資料には、あくまでも入学後の成績の記載が主で、そこに教員などからの簡単な人物評が添えられているという感じだ。こうして私達が隠れてシオン少年の姿を窺っている最大の理由とは、つまり資料に出てこない彼の素の姿を知りたかったからである。表面上は優等生でも、人目のない場所ではフィーバーしていたっていう前例もわりとあるみたいだし。
するとシオン少年は購買で買ってきたパンを包みから取り出してもそもそと食べつつ、もう片方の手で制服のポケットから何かを取り出した。
否応なしに私達の関心も高まり、三人して思わず身を乗り出す。
シオン少年が満を持して取り出した物。それは――――
単 語 帳
覚えたい内容が記載された複数枚のカードがリングに繋がれている例のアレである。受験生御用達のヤツ。
「…………勉強か」
「…………自主勉です」
「…………真面目ですぅ」
つまりなに、単に静かに勉強出来る場所を探した結果のこの場所なわけ?
もしかしなくても、ただの模範生なのでは……?
「…………勧誘、するか」
「…………ですぅ」
「…………じゃ私、行ってきますね」




