513話_side_Primrose_決戦-13
・12月が間近に迫ってきましたが、果たして討伐者偏を今年中に終えるという公約を果たすことが出来るのか…
・怪しくなってまいりましたぁ!
~"転生令嬢"プリムローズ~
「おお姑娘、よく来たのう」
いやそんな孫を迎えた田舎のおばあちゃんみたいな反応されても……。
ベルフェルテの元へと辿り着いた私に、奴が投げ掛けた第一声がこれである。予想通りにベルフェルテは昨日と同じ場所に居て、大きく渦を巻くエーテルの流れの中心で私を待ち構えていたようだ。
黒い骨の如き甲冑を纏い、背後に浮かべた光輪から輝く波紋を広げて浮遊している。
私は全ての端末刃を展開し、うち一つには魔剣も格納したフル装備状態だ。
「貴様としては、私が現れないほうが都合が良かったのではないか?」
「一概にそうとも言えぬ」
煙に巻くというよりは、本当に言葉通りに歓迎しているような面持ちで語るベルフェルテ。
まあ奴の正体が古の聖女サマその人だというのならば、その内心を推し量るだけ無駄だろう。頭聖職者な奴等の考えることなんてわかるわけもない。誰とは言わないが、身を以て教えてくれた人が居るもので。
「さて。そちがこの場に辿り着いたということは、最早そちに妾の手管は通用せぬということじゃな」
「偶然対抗できたに過ぎん。打ち破ったなどとは口が裂けても言えまいよ」
「ふふふ……」
エーテルの扱いに関しては未だベルフェルテに一日の長がある。文字通り、積んできた経験が違うのだから当たり前だが。私の言葉は謙遜ではなく事実のつもりだし、ここでベルフェルテの言葉に頷くことは私のプライドが許さない。
だが、そんな私の返答にベルフェルテは意味ありげに微笑むばかりだ。
相変わらず、孫の成長を見守るような生暖かい視線がどうにも癇に障る。
「なんだ?」
「いやなに。可愛らしいものよと思うてな」
「その物言い。率直に言って不愉快なんだが」
「あい済まぬ。だがそちも悪いぞ。己が真実から目を逸らしてはならぬ」
嗜めるようなベルフェルテの言葉に、私は押し黙る。
意味がわからなかったからではない。
彼女の言葉に、それとない心当たりがあったからだ。しかし私の口からそれを告げるのはどうにも憚られる。私が黙っていると、ベルフェルテは実にあっけらかんとそれを告げた。
「そち……ここで妾に負けるとは全く思っておらんじゃろう」
「…………」
「妾は、もうそちに勝てるとは全く思っておらぬ」
故に、そう。私がベルフェルテの概念励起に抗ってこの場に現れた時点で、この盤外戦闘は既に勝敗を決したのだ。
しかし、しかしである。私の認識は先にも言ったように、私自身は未だベルフェルテに知識や技量で劣っていると考えているのだ。私の経験してきたあらゆる事象が、蓄積してきたあらゆる知識が、私とベルフェルテのリアルな戦力差を弾き出す。
まだ、奴のほうが強い。
これは私の理性が導き出した結論である。
一方で。
理性とは関係ない直感的な部分とでも言えばいいのか。
あるいは本能によるのか。
理屈も理解も及ばないが、私は何故かベルフェルテに負ける気がしていない。
普通に考えればこれは単なる慢心であり、増長だろう。本能が調子に乗ってイキっているのを理性を以てして収めるべき状況だろう。
だがどうしたことか、当のベルフェルテがそれを肯定するではないか。
「先達として、一つ教えよう」
ベルフェルテが言う。
「そちは『偶然抵抗できたに過ぎぬ』と申したな」
「……ああ」
「摂理に、偶然などない」
私がエーテルを行使し、そのおかげでベルフェルテの概念励起の存在に気付き、影響下を脱することが出来た。二つに一つの結果であれど、そこに運の要素などない。だからこそベルフェルテは断じたのだ。私がベルフェルテの術を破ったのは摂理であり、なるべくしてなったこと。
何十回繰り返しても結果は同じ。
つまりそこには、明確な力関係があるということだ。
「まあ、そもそも妾の優位とは無駄に長生きしておることだけよ。長く生きておったぶんだけ、そちよりも多くのことを知っておったというだけ。同じステージに立たれてしまっては、術者としての力量で妾がそちに敵う道理もない」
「何故貴様は私を導こうとするのだ」
どうして私に自覚を促そうとするのか。
敵に塩を送るどころの騒ぎではない。ベルフェルテは私に負けたがっているようにしか思えない。
いや、もしかしたら本当に負けたがっているのかもしれない。彼女は自らの目的を『佳き死を迎えること』と言ったのだ。ならば己に死を齎すものとして私を見出し、理想の形に近付けるために私を導いているとでも言うのだろうか。
私のこの予想は、おそらく半分だけ当たっていたのだろう。
「そちが迷うておるからじゃ」
「……迷える子羊とでも言うつもりか? 生憎と私には貴様に述懐することなどない」
少なくとも私はこの場でベルフェルテを討伐することに対して、彼女の不可解な振る舞いに対する疑問こそあれど、迷いはない。
するとベルフェルテは「そうではない」と告げる。
「迷うておるのは、そちの『在り方』じゃ」
「在り方、だと?」
「昨日、妾がそちを救わんと告げたのは、そちの在り方があまりにも見ておれぬ有様であったからよ。憐れみすら覚える程にな。そこで妾は傲慢にも、自分が救ってやらねばなるまいと考えた」
覚えている。確かに昨日の戦いの最中、ベルフェルテはそのようなことを言っていた。ただ、その後の戦いの中で、私は私なりの表明をして、ベルフェルテは何らかの得心をしたように見受けられた。
「妾が余計な世話を焼かずとも、そちは自ずから『在るべき姿』へと至るであろう。その迷いもいずれは晴れるであろう。だが、今一時、時間が足りぬ。そちの運命は、決断を待ってはくれぬ」
「運命……」
「そう。故に、妾の最期のお役目じゃ。そちの迷いは妾が冥府へ持っていこう」
余計な色のない、とでも表現すればよいのだろうか。透明な表情でそう告げたベルフェルテの姿に、私は本質的な理解を得た。彼女の司る概念は『受容』――――受け、容れるとは、つまりこういうことなのだと。
理屈ではないし、理由もないのだ。理由を求められるから言葉を尽くさねばならないが、本来はそれすら不要なのだ。
「そちが語らぬのであれば、代わりに妾の話を聞いておくれ」
ベルフェルテの言葉に、私は頷いていた。
「妾は『佳き死』を求めてこの場に臨んでおる。妾にとっての『佳い』とは、即ち『在るべきものが、在るべきところに在る』ということよ」
「それが貴様の信仰ということか?」
「ある意味で、そうじゃ。しかしこれは妾が信ずる教えではなく、妾自身の矜持。主への信仰が濁らぬように、妾が妾自身に課した教えである」
ベルフェルテの述懐とともに、彼女の身体を覆う黒骨の甲冑が霧散していく。代わりにその身体を覆うように集束するのはエーテルの碧であり、そしてそれは昨日も目にしたベルフェルテの決戦装束を織り上げた。
この世の物質ではあり得ない透明さと柔らかさを有した白い羽衣。
正しさの極致にして、天使の紛い物。
天使に限りなく近く、しかしそのものではない。それが彼女流に表現すれば『在るべき姿』なのである。
背の光輪を戴くように広がった三対六翼は、荘厳という言葉では表現しきれない圧倒的な威容を放っていた。
「夜も闌じゃ。幕引きとしよう」
未だ、一度も砲火を交わすことなく、ベルフェルテは決着を望む。
あらん限りに魔法を尽くした昨夜の戦いとはまるで対照的だが、その実、なにも変わってはいなかった。昨夜は互いの技法を以て、そして今夜は互いの意思を以て、本気のぶつかり合いをするだけ。
「妾は此れよりそちを撃つ。今宵は『あやつ』も助けてはくれぬぞ」
少しだけ懐かしそうな、そして寂しそうな声音だった。
ベルフェルテの前方の空間にエーテルが集まり、碧い輝きを放つ砲身を形作っていく。見覚えのある砲撃魔法であった。私が先程行使した疑似共鳴魔法とでも言うべきものは、元々はベルフェルテのこれを参考にしてモデル構築したものだった。
即ち、技術的には同等の、エーテルを媒介にした魔法行使だ。
しかし、一目見ただけでわかる。やはり完成度がまるで違う。ベルフェルテのこれに比べれば、私のあれは児戯に等しい。
真っ向からの撃ち合いで、私は勝てない。
それが摂理だからだ。
「そちに必要なものは全て示したつもりじゃ。妾は導きはすれど、決断するのはそちじゃ。荒療治で済まぬが、ここでその在り方を定めるか、さもなくば死ぬがよい」
◇◇◇
私がベルフェルテの概念励起に対抗したということはどういうことかというと、つまり私の司る概念はベルフェルテのそれに対して優越しているということだ。
概念同士の関係性に強弱という指標が正しいのかはわからないが、簡単に言えば私のイデアは彼女のイデアよりも強いということだ。私が、私の意識がそれを認識してしまった、意識したということは大きな意味を持つのだ。
なので単純に、私と彼女がぶつかれば、私が勝つ。
しかし今、私はベルフェルテの砲撃に対抗出来ない。
砲撃同士でぶつかれば、私が負ける。
何故か。
それは前提となる条件で負けているからだ。
私は人間で、ベルフェルテは魔物。
魔法という土俵で勝負した時、術理的生命である魔物が物理的生命である人間に負ける道理がない。私が真っ当な人間と言えるかはだいぶ怪しいところだが、魔物と人間のどちらに近いかと言われれば、一応人間に分類されるだろう。
だから、ベルフェルテが発破をかけて私になにをさせようとしているのかはわかっている。
私も、私がどうするべきなのかはわかりきっている。
転神せよ。
アヴァターを纏え。それで条件はイーブンなのだ。
人間の身体では魔物に比肩出来ないが、アヴァターならば話は違う。
そして条件がイーブンならば、私が負ける道理はなくなる。
しかし、昨夜の戦いの最中に原因不明のアヴァター強制解除を経験し、それ以後、私はアヴァターを纏うことが出来ていない。
実は、私は既にその根本原因に見当がついている。
基礎に立ち返り、そもそも『転神』とはなんなのかを考えよう。
これは魔法使いにとってのハイエンドと呼ばれる技法であり、魔法使いの人口においておよそ百人に一人程度の発現率と言われ、それなりに希少なものだ。
転神を発動した魔法使いは『アヴァター』と呼ばれる術理的な肉体へと変化する。術理的な肉体とは私が術理ゴーストと呼称しているものと同一であり、三界理論で言うところの『魔法界』に属する肉体である。更に言えば、これはスケマティックと呼ばれる魔法モデルの集積体である魔物の成り立ちと根本的には同じものだとも言えよう。
魔法使いのアヴァターとは、その魔法使い当人のパーソナリティを具現化したものだと言われている。アヴァターを見れば大体の人となりというか、性質の傾向的なものが判断出来ると言っても大袈裟ではないのだ。
例えば、グラハム卿。
国家を守護する堅牢な盾であり、同時に侵略者を排撃する最強の矛としての強大なアヴァター。
あるいは、ジークリンデ先輩。
おそらくは東洋系の血筋であっただろう前世の系譜と、その苛烈かつ果断な性質が形となった妖のアヴァター。
それに、マリア。
嘘を暴き、嘘を嫌い、嘘を纏う、幾重にも交錯し矛盾した、当人すらも解明不能な複雑怪奇な影なるアヴァター。
ここで言うところの『魔法使いのパーソナリティ』とは三界理論における最上位、『意識界』に属するものである。物理的な肉体から術理的な肉体に変化すると、よりパーソナリティに近しい形態を得るということは、つまり昇位によってより意識界に近しい存在へと変わっているからだ。
次に、私が『転魔』と名付けた独自の技法について考える。
これは転神によってアヴァターを纏った状態での人格交代――即ちパーソナリティの意図的な変動によってアヴァターの性質を変化させるものだ。
敢えて言うまでもないことだが、真っ当な技などではない。何故なら真っ当な人間は己の中に複数の人格など持っていないし、必要に応じてそれを切り替えたりもしないからだ。
率直に言って、私の状態は既に重度の精神病と判断して然るべきものだ。
私が常用している人格である『アンジュ』から、闘争のために意図的に生み出された人格である『プリムローズ』へと交代しているため、転魔後のアヴァターは戦闘に特化したものとなる。これは私が人格をそのように使い分けていたのでパワーアップのような作用をするだけで、厳密には『転魔』という技法はアヴァターを強化しているわけではなく、あくまでも交代しているだけだ。
そうして結論に至るわけだが。
何故、私が急にアヴァターを纏うことが出来なくなったのか、である。
まず一つ言っておくと。
――私はあと一回、転魔を残している。
まあ、順序から言えば変身というより回帰といったほうが正しいか。
何故ならば、私が常用していた『アンジュ』というアヴァターは、そもそも転魔後の姿であるからだ。
つまり、私には『アンジュ』でも『プリムローズ』でもない、第三の人格が存在している。そして私がその人格を認識出来ていないということは、構造上その人格が上位であり、私が下位であるということだ。
即ち、その第三人格こそが、むしろ私のネイティブとでも言うべき存在なのだ。
最初のきっかけはキノコちゃんだ。
彼女の『ソウルジャック』で私の魂を観測した時、そこには『アンジュ』と名乗る女が存在したらしい。聞く限りでは前世の私と同じ容姿をしたこの女の存在は、キノコちゃんの知る限りでは初めて遭遇した事象であったらしい。
この時点では私はこの女の正体を掴みかねていた。というのも魂という領域は私にとって未知なので、そういうこともあるのかと納得するしかなかったからだ。前世の記憶を有するという、私の特殊な出自が影響しているのかもしれない、と。
私はそこで一旦、それについて考えることを止めていたのだが、つい最近、次なるきっかけがあった。
修道士クロスの存在である。
ブラックピッグ等の調査によって私に伝えられたかの修道士の所業は、私にとってあまりにもクリティカルだった。
どうしても、どうしようもなく、前世で私の命を奪った男を彷彿とさせる。
故に、クロスの所業を知った時、私の内から憎悪に満ちた瞋恚が湧き出してきたのは、なにもおかしなことではなかった。
おかしいことがあるとすれば、とうの私がそれを他人事のように感じていたことだ。
あまりにも強い感情の発露に応じて、私はようやく気付いたのである。
これは私の怒りではない、と。
怒りを覚えているのは私ではなく、私の中の誰かである、と。
思えば、それ以前にもしばしば、私は周囲の者から『情緒がおかしい』と指摘を受けることがあった。生憎と私は自分が真面であるとは少しも思っていないので聞き流していたが、違ったのだ。何故って、それを言ったうちの一人はハイメロートであった。私が狂っていることなど知り尽くしている彼をして、わざわざ口に出すほどに私は傍目にもおかしかったのだ。
つまりそれは、表層に出ている私という人格と、奥底から現れる感情の発露、その齟齬から来る違和感であったのだろう。
しかし、その時の私はまだ私がオリジナルの人格であると考えていたので、私の中に居る人格はデザインペルソナである『プリムローズ』と同じものだと考えた。つまりは日常生活の妨げとなる前世の凄惨な記憶を担う人格を作り出して隔離し、精神の保全のためにその存在を意図的に忘れたのだと。過去を司る私はどんな些細な記憶でも忘れることがない。厳密には、忘れたことをなかったことに出来る。逆に、意図的に忘れたままにしておくことも出来るのだ。実例として己の意思で望む人格を作り出している私にとって、その推論は決して荒唐無稽なものではなかった。
事実、ある意味でそれは正しかった。
間違っていたのは順序だけだ。
私がアヴァターを纏うことが出来なくなった理由とは、この内なる人格が目覚めたからだ。
キノコちゃんとの交流がそれを促したのか、それともクロスの存在が起爆剤となったのか、定かではないが最近の私の情緒の乱れはそれが原因であった。決定打となったのは昨夜の戦闘であり、テオスさんとやらの介入であり、意識界の産物であるエーテルに触れたことであろう。
そして何故、内なる人格が目覚めることでアヴァターを纏えなくなるのか。それはこの人格のパーソナリティが『アンジュ』や『プリムローズ』よりも優越しているからだ。
要は、『転魔』の原理でアヴァターはとっくに切り替わっているのに、それに気付かず『アンジュ』を纏おうとしているから上手くいかないのだ。そんな間抜けな事態が起きるのは、偏に私が作られた人格であり、下位の存在であるからだろう。言うなれば上位の情報を閲覧する権限がないのだ。
そして、解決手段。
至って簡単。
人格を交代すればいい。
魂の奥底から目覚めた、オリジナルに。
在るべきものを、在るべきところに。
成程、確かに。
「出番よ……私」




