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輪廻転生って信じる?  作者: Lynx097
八章_笑顔

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補完[宿業]

・残酷な表現があるヨ! 苦手な人は覚悟して読んでね!



 一日の業務を終えた桜庭(さくらば)は、帰路につく前に一服することにした。帰りの運転で居眠りなどやらかしたら目も当てられないので、休憩所に立ち寄って自販機で缶コーヒーを購入する。

 桜庭が配属されたばかりの頃は喫煙スペースだった休憩所は、時代の流れというやつで灰皿が撤去されて久しい。

 休憩所のしなびたソファに浅く腰掛け、スマートフォンでネットニュースなどに目を通しながら桜庭がコーヒーを啜っていると、同じく帰り支度を済ませた顔見知りが現れた。



「お疲れ様です。先輩」



 後輩の新井(あらい)であった。彼はたまたま通り掛かった休憩所に桜庭の姿があるのを見て取って声を掛けてきたようだった。

 桜庭はスマホを持った手を軽く上げる。



「やあ。今帰りか? 随分と遅いじゃないか」



 自分のことは完全に棚に上げて桜庭が言うと、新井は案の定呆れたような顔を見せた。



「自分はあれです、部下の尻拭いってやつ」


「ああ。例の新人くんな」


「まあ先輩の果たすべき義務だと思って諦めてますよ」


「お前も俺の苦労を知ってくれたようでなによりだ」



 暗に新井の新人時代を揶揄ってやると、彼は気まずそうに「その節はどうも」と返した。



「先輩こそ、こんな時間までなにしてたんですか?」


「ちょっとね……」



 桜庭は誤魔化すように言葉を濁したが、自分の思考が煮詰まっていた自覚があったので、気分転換も兼ねて少し新井の意見を聞いてみようという気になった。



「例の被疑者を今、取り調べ中なんだけどね」


「アレ挙げたの先輩でしたっけ」


「ああ。安久来(あぐらい)って男なんだが……コイツがどうにも妙なんだよ」


「といっても、ストーカーのサイコ野郎って話でしょう? そりゃ普通じゃないと思いますけど」


「そうなんだが、そうじゃない」


「というと?」


「……腑に落ちないというか、不気味なものを感じる」



 職業柄、サイコパス的な人間とも多く接してきた桜庭であったが、今回の被疑者はどうにも、これまで見てきたものとは性質が異なっているように思えてならないのだ。人間性というよりは、その背景が、とでも言うべきか。

 率直に言えば、安久来という男がどこから来たのかわからない。

 桜庭が言うと、新井は剽軽に肩を竦めた。



「まさか先輩の口から『不気味』なんていう言葉を聞くとは思いませんでした。泣く子も黙る鬼の桜庭が、まさかまさか」


「よしてくれ。言っておくけど、他の連中に比べれば俺は温厚なほうだからな」


「はいはい」



 さて、事件の概要としては暴行殺人であった。

 被害者は逆崎(さかざき)杏珠(あんじゅ)という女性、二十七歳。日本人の父親とロシア系ハーフの母親の間に生まれたクォーターだ。職業は設計業務を行う会社に勤めるメカニックエンジニアであった。

 犯人の安久来は仕事帰りの被害者を待ち伏せし、拉致監禁。暴行の末に殺害、という痛ましい事件だ。



「安久来は自宅の自室に逆崎を連れ込んで、およそ一月もの間、執拗な暴行を加えた……ということになっているが」


「違うんですか?」


「あれを暴行と呼ぶのかは意見がわかれるところだな。俺に言わせれば拷問か……あるいは実験だね」


「……自宅って、普通に住宅街なんでしょう? よく一月も露見しませんでしたね」



 新井は暗に、自宅で他者を拷問などすれば普通は近所の人間が悲鳴などの異常に気付くと言っているのだ。それは確かにその通りで、実際逮捕の決め手となったのは近所の住人からの通報であり、その内容は『異臭』であった。



「安久来が何で生計を立てていたか知ってるか?」


「あー、確か、配信者とかでしたっけ」


「今はやりのなんとやらだ。奴の自室は防音仕様に改装がされていて、中で悲鳴をぶちまけても外には一切聞こえない」



 安久来は所謂ゲーム系配信者という奴らしく、流行りのゲームのプレイ動画や実況、攻略などの動画を配信していた。腕がいいのかキャラがいいのか若い世代を中心に結構な人気だったようで、動画の収益もそれなりだった。とはいえ専業ではなく、かつては一般企業で働きながら趣味で配信を行っていて、退職してからはアルバイトをして生活費を稼いでいたようだ。自室を完全防音に改装出来る程度には蓄えもあって、わりと安定した生活を送っていたようなので、フリーターというよりはクリエイター系の自営業と評したほうが近しいライフスタイルだ。

 尤も、完全防音で音漏れは防げても出入り時に臭いが漏れるのはどうしようもなかった。あの現場の凄絶な光景を思えば、一月隠し通しただけでも努力したほうなのだろう。



「安久来と逆崎は同じ大学の出身で、在学当時、安久来は逆崎に対してストーカー行為を働いている」


「らしいですね。今回の事件もそのストーカーの延長なんじゃないですか?」


「俺はそこがどうにも気に掛かるんだ」



 飲み終えたコーヒーの缶を回収箱に放り込みつつ、桜庭は険しい表情で言う。

 対する新井は不思議そうに眉を上げた。



「なにがです?」


「こう言っちゃあなんだが、大学時代の安久来はまだ可愛いほうのストーカー野郎だよ。やったことも待ち伏せ、盗撮、付き纏い……その程度だ」



 勿論、だから良いというわけではないが。凶悪犯を相手取ることも珍しくない桜庭の職業柄、比較的マシだという逆方向のバイアスが掛かっていることは否めない。だが、事実として安久来のストーカー行為は禁止命令で沈静化したのだ。そこで思い留まる判断が出来る程度には冷静だったわけだ。

 そして以後、今回の事件までのおよそ七年間、安久来は逆崎に関わっていない。先述の通り動画配信者として活動し、昨今の界隈のレッドオーシャン振りを思えばわりと成功を収めている部類だ。実際に彼が配信した動画の内容や、リスナーの評判だけを見ていれば、とても過去にそんな問題を起こした人物だとは思われないだろう。

 実際、彼の動画を視聴してみた桜庭も同じ感想を抱いた。

 つまり、動画で喋っている安久来と、取調室で目にしている安久来が、同一人物に思えないのである。ありとあらゆる科学的根拠が、同一人物であると示しているにも関わらず。



「で、それがいきなり、火がついたように思い立って、数年越しに再び逆崎に接近し、今度はストーカーどころか拉致監禁暴行殺害ときた」



 一体なにがきっかけとなって安久来にそうさせたのだろうか。

 表面上は大人しくしていただけで、内心は執着し続けていたという可能性もなくはないが、それにしてもやはり唐突だ。まるで、記憶喪失の人間がある日いきなり過去を取り戻したかのような変わりようですらあった。

 あるいは、ある日唐突に全く別の人間が乗り移ったかの如く、である。



「そして困ったことに犯行に至った動機がわからない」


「性欲とかではなくて?」


「これは取り調べの供述内容からもわかることだけど、そういうのが不自然なくらいにない。ストーカーにありがちな色欲、支配欲、劣等感、諸々を感じさせない」


「あとありがちなのは、興味本位、知的好奇心あたりですか」


「それが一番近そうだが……」



 認めつつも、桜庭はそれも違う気がしていた。いや、違うと言い切るほどの根拠もなく、だからこそ腑に落ちないのである。



「ちなみに、取り調べではなんて供述してるんですか?」


「一言で言えばお話にならないが……要領を得ない中で、奴の供述に頻出する言葉が二つあるんだ」



 それが『記録』と『図書館』である。



「図書館? 図書館って、あの図書館」


「俺はそれ以外の図書館は知らないな。ちなみに安久来、逆崎ともに特筆して図書館と関わりがあるという事実はなかったね」



 勿論、安久来にはその言葉の意味するところを問い質してはいるが、彼の説明を要約すると、『自分は逆崎杏珠という人間をつまびらかにした。それは図書館に記録するためである』ということになる。

 何度訊いてもその一点張り、というよりは安久来自身それ以外に説明のしようがないとでも言いたげな様子だった。なお安久来は薬物を常習的に使用しているジャンキーではないし、精神病を患っているわけでもなければカルトに傾倒しているわけでもない。大学時代のストーカー行為を除けば、今回の事件を起こすまでは至極真っ当な人間であったと言えよう。まあ、若干出不精でバーチャル以外はコミュ障気味であったのは職業病か現代病の類だろうが。



「それで、先輩は被疑者の動機がわからないのが不気味だったんですか?」


「いや、それは腑に落ちないのほうだな」



 桜庭が不気味さを感じたのはそれではなく、もう一つの不可解な点だった。



「安久来は逆崎を拉致監禁したおよそ一月の間、逆崎の身体を徹底的に『解体』している」


「解体……」



 新井が『うへぇ』と嫌そうな顔をする。

 残念ながらご想像の通りである。



「眼球、頭髪、爪、臓器に至るまで、一つ一つを丁寧に摘出し、まるでコレクションか標本のように室内に並べていた」


「きっつ」


「ああ。しかも奴は配信用の撮影機材を用いて、それらの処置の様子をすべて映像に残していた」


「ひー、てことは先輩、それ見たんすか?」


「そりゃあね」



 悲しきかな、職業柄そういうものを見慣れてしまっている桜庭を以てして、目を背けたくなる光景というのはああいうものを言うのだろう。

 その行為自体は、まさしく安久来の供述通りなのである。

 彼は逆崎という人間を物理的につまびらか(・・・・・)にして、それを記録したのだ。

 調理のために魚を捌くのとはわけが違う。人間一人を解体するのだ。並大抵の労力ではないし、並大抵の精神力で出来ることではない。更に言えば、更に奇妙なのは、



「安久来は、何故そんな真似ができたんだろう?」


「そりゃあ、イカれてるからでしょう」


「違う。もっと根本的な話だ」



 安久来の精神性は一先ず置いておくとして、そもそもおかしな点があるのだ。



「人間を解体する手順、なんて知識を奴がどこから得たのかがわからないんだ」


「!……順当に考えれば、ネットですかね?」


「真っ先に疑って洗っているけど、今のところそういった情報にアクセスした形跡も、そういう手合いと知り合った形跡もない」



 ちなみに当人は『知らないし、調べてもいない』と述べている。しかし彼自身が記録した映像を見ている桜庭には、その手並みが決してぶっつけ本番や一朝一夕に身につくものではないとわかっていた。

 昨今、ネットを使えば大抵の情報が調べられてしまう時代だ。この際、安久来がどこから知識を得たのかは考えないとしても、知っていたからとて簡単に出来ることではないはずなのだ。さりとて事前に『練習』などすれば何かしらの痕跡が残ってもおかしくないが、その気配もない。



「なるほど、それは確かに不気味ですね」



 新井が神妙に言うが、桜庭はそれに対して溜息で答えた。



「まだあるぞ」


「え?」



 これ以上なにを言うつもりだ、という顔をしている新井に、桜庭はとっておきの情報をプレゼントする。



「俺を含めた警察官が安久来の自宅に押し入った時、奴の自室には奴本人と逆崎の二人が居た。部屋には異臭が充満していて、逆崎は既に人間の形をしていなかったが、生きていた」


「は? ガイ者、生きてたんですか? てことは生きたまま解体されてたってこと?」


「そうだ」


「っていや待って、おかしいですよ。そもそも碌な医療設備もない場所で、どうやって生きたまま人間を解体できるんですか」



 そう。安久来は逆崎を約一月の間監禁(・・)しているのである。殺して死体を持ち帰り、それを損壊したわけではないのだ。なお逆崎は突入の瞬間にはまだ生きていたが、その後応急処置をする間もなくすぐに息を引き取っている。その場で最期を看取ったのは桜庭自身であった。

 尤も、あの有様ではどんな治療も無意味だっただろうし、正直に言えばそもそもあれで生きていたことがまずおかしいのだ。



「『記録』を見る限りでは確かに安久来は逆崎を死なせないように考慮していた形跡がある。その知識や手並みもまた疑問の種ではあるんだけど、問題は、いかに奴が生命維持のために手を尽くしていたにしろ、碌な設備もない、衛生環境もない、では限界があるってことだ」


「一応訊きますけど、安久来に医療系の知識とか経験は?」


「ない。普通科の高校を卒業し、大学は逆崎と同じ理工系に通っていた。卒業後は新卒で一般企業に入社しているけど、そこは電子機器を取り扱う商社だった」



 そして本人も『そのような知識はない』と述べている。知らないはずのことが何故出来るのかという問いには、やはり要領を得ない回答が返ってくるだけである。客観的な捜査の結果としても、安久来がそのような知識を身につけている可能性は低いと言わざるを得ない。

 学歴を見ても、経歴を見ても、周辺からの人物評を鑑みても、あり得ないのだ。

 知らないはずの知識を有していて。

 持ちえないはずの技能を振るっている。

 安久来がその道のプロを雇っていたわけではなく、彼自身の手で全てを行っていることは彼の撮影した『記録』が証明している。


 最早、こう考えるしかない。

 安久来は、生まれたその瞬間からそれらの知識技能を持っていて、今まで隠していた。

 もしくは、ある時唐突に何らかの理由でそれらの知識技能がインストールされたか、だ。


 無論どちらも荒唐無稽。まるで現実味がない。

 だと言うのに桜庭はそこに――特に後者の仮説に奇妙なリアリティを感じてしまっている。要は、過去に同一の人物にストーカー行為を行っていたという経歴が過去と現在の安久来を結び付けているように思われるが、実のところ、過去の安久来と現在の安久来は別人なのではないか。

 正確に言えば、同一人物だが、中身が違う。


 とまあ、そんな妄想が現実味を帯びてきてしまう程度には、桜庭の思考は疲れていた。

 だが、もし仮にその妄想仮説が正しかったのだとしても、もう一つ、解決出来ない疑問が残ってしまう。安久来が知識を持っていたとしても、だからとてあの場で逆崎を生かし続けるのは設備的に不可能だったということだ。



「先輩……それってもしかして、ガイ者のほうに原因があるんじゃ」


「ああ……当然、そう考えるよな」



 新井も桜庭と同様の考えに行きついたらしい。

 こうなると、もう一つの可能性を考えなくてはならない。


 つまり『腑に落ちず、不気味な存在』は安久来だけではなかったとしたら。


 そう、逆崎があの状態で生き続けていたのは、安久来が何かをしたからではなく、逆崎自身に理由があるとしたら。

 今回は流石に状況が状況なので逆崎の遺体は司法解剖に回されているが、今のところ彼女の身体からはこれといって異常な点は見付かっていない。その事実こそがなによりの異常に思えてならない。



「逆崎は普通の手段では殺せないか、極度に死ににくい人間だった……?」


「だとすれば安久来が執拗にガイ者を解体したのは、どこまでやれば死ぬのかを試していた……とか、はは、そんなまさか」



 まさかと言いつつも新井の表情は引き攣っていた。

 そんなことがあり得るものかと常識が叫んでいるが、その荒唐無稽さこそが妙に嵌るのも確かだった。






 ――この事件は最終的に不起訴となって幕を閉じることになる。

 理由は被疑者死亡の為。

 留置場の安久来が原因不明の突然死に至ったのは、桜庭と新井がこの会話を交わしていた、まさにその裏での出来事であった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか、どっかのイカレ神父がやりそうなこと、、、、、 序章のところは殺されただけの一文だったけど、裏でこんな事あったとは。流石に、異常なほど生への執着心があるのもおかしくないっか。 …
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