498話_side_Primrose_その辺
~"転生令嬢"プリムローズ~
思う存分ゴーレムを観察してよだれを垂らした私は、満足したので一旦クランハウスに戻ることにした。
この後の戦いに備えて相棒の魔剣を取って来なくてはならない。流石に王子殿下に会う時に魔剣を携えているわけにはいかないし、性質上誰かに預けておくことも難しいので、可哀そうなハイメロートはクランハウスでお留守番だったのだ。
今の私は謎のシステムエラーでアヴァターを纏うことが出来ないので、魔剣を振るならばこのゲスロリぼでーでなんとか頑張るしかないわけだが、実はわりとなんとかなる。頑張るのは私ではなくハイメロートだし、リーチ以外の問題は身体強化で最低限どうにかなる。元の身体能力がクソザコの身体なのでガンガン強化したところで膂力などはたかが知れているのだが、こと魔剣『蝕』においては関係ないのだ。何故って力で斬らずとも刃が触れれば必殺だからだ。
そんなわけで私がこの姿で魔剣を振るうと、身体全体で飛び跳ね回転しながら斬り散らかすしかなくなって、なんかどこぞのジェダイマスターみたいな戦闘スタイルにならざるを得ないのだが、わりとやれるのだ。
『魔剣意思』こと姫様が協力してくれればもうちょっとやりようもあるんだけどなぁ……無理か。私なんかめっちゃ嫌われてるくさいし。
などと考えながら何気なくギルド支部のロビーを抜け、エントランスから外へと向かおうとした私はそこで。
偶然ばったりシスターレイチェルと遭遇した。
「こんにちはミス・アシュタルテ。お久し振りです」
う、うわあああああああ! 狂信者だあああああッ!?
「ごきげんよう。シスターレイチェル」
まあ来てるのは知ってたし、そんなに驚くことでもないか。
欲を言えばもうちょっと心臓に優しい登場の仕方をしてくれると嬉しいのだが。
勿論仲良くお話する間柄でもないので、先を急ぐと告げて私はそのまま立ち去ろうとした。
「……何故ついてくる」
「はい。いいえ、たまたま向かう方向が同じなので」
聞けば、彼女は『教会』の施設に向かうつもりらしい。このロイエンタールの街は広いので、教会の関連施設もいくつかあるはずだが、成程確かにこちらの方角にもそれは所在している。
とはいえ、敢えて一緒に歩こうとする理由を考えれば、なにか話したいことでもあるのだろう。
忌々しいことにシスターは私の歩幅の小ささに当然のように歩調を合わせてくれるので、自然と肩を並べることになる。
「ミス・アシュタルテ。ミス・シュヴァルツとは会われましたか?」
「シュヴァルツ? いや、会っていないが」
あれ、そういえばシスターレイチェルが到着してるってことはキノコちゃんもこっち着いてるんだよな。あの子のことだから着いたらいの一番に連絡してくるかと思ったんだが、未だに『PiG』が着信を知らせる気配は――――いや待てよ?
嫌な予感がして、私はポケットから端末を取り出して起動してみると、案の定キノコちゃんからのメッセージが届いていた。
「Oh……」
「いかがしました?」
「いや、会議の際に『PiG』の通知機能を切っていたのを忘れていた」
会議というか、殿下と会った時のことだが。
流石にね、偉い人と会う時はね。別にゼロ円殿下だけならばそこまで気を遣ったりはしない。顔見知りだし、ある程度人となりはわかっているから。ただ今回は殿下以外の、例えばエーベルヴァイン侯爵みたいな高位貴族が同席している可能性があったので、念のため端末が鳴らないようにしておいたのだ。結局それは杞憂に過ぎず、殿下のところには顔見知り連中しか居なかったわけだが。
んで、そのあと元に戻すことを忘れたままゴーレム見学ツアーに繰り出して今に至る。
チャットアプリにいくつか届いているキノコちゃんからのメッセージは、回を重ねるごとにどんどん悲しげな内容へと変わっていく。なんか、私に迷惑を掛けないように細心の注意を払っているであろうことが窺えて、只管に申し訳ないのだが。メッセージは徒に連投することなく、きっかり三十分ごとに一件ずつ。その内容も『忙しいところごめん』とか『手が空いた時に見てくれればいい』とか『一言だけでも返事くれると嬉しいな』とか、とにかく遠慮がちだ。
ぐおお……こ、心が痛ひ。ごめんよキノコちゃんンッ!
シスターに一言断ってから急いで端末を操作し、詫びのメッセージを送ると秒で既読がついた。もしかしなくてもずっと画面見ながらお返事待ってたんだろうな。まじですまんかった。
私が彼女にアンジュ名義で送った手紙には滞在先として『ホワイトファング』のクランハウスを書いているので、今キノコちゃんはとりあえずそちらに向かっているらしい。都合のいいことに私も戻るところなので、クランハウスで落ち合うことにする。
「ふぅ……」
「仲が良いのですか?」
一段落して端末を仕舞っていると、徐にシスターがそんな問いを発する。
「うん?」
「ミス・シュヴァルツが貴女をとても慕っていることは道中で聞き及んでおります。貴女のほうはどうなのでしょうか、と単純な興味本位の質問です」
ふむ。なんでそんなことに興味を示すのかはよくわからんが、まあ私というかアシュタルテ家の風聞を知っていれば意外に思うのは頷ける。
「仲が良いかは知らんが、得難い友人だとは思っている」
「そうなのですね。私にはそういう間柄の相手が居ないので、とても羨ましいです」
「なんだシスター、貴様友達が居ないのか」
「居たことはあります」
「余計に悲しくなることを付け足すんじゃない」
闇が深いのよ。
こう言ってはなんだが、この子に友達が居ないと聞いて、私の素直な感想は『だろうね』である。
シスターレイチェルって信仰が絡まなければ凄い良い子なんだけど、それはそれで良い子過ぎるというか、清廉潔白過ぎるというか、善人過ぎて人間味がないというか。
私とは真逆のベクトルで、人間性が友達作りに致命的に向いていない。そこを行くと私にキノコちゃんとかマリアとか、あと一応シャルのような友人が出来たことは率直に言って奇跡だろう。ただ奇跡だろうがなんだろうが事実は事実なので、私はここぞとばかりにシスターレイチェルに友達マウントを取りに行こうとしてやめた。怖いから。
「一体なにがいけないのでしょうか」
「私が思うに、貴女は相手を尊重しすぎる」
「? それはいけないことなのですか?」
「無償の奉仕を友情とは呼ばんのだ。普通はな」
シスターレイチェルに親しい間柄の相手が出来ない理由の一番はそこだろう。有り体に言えば、正し過ぎるので一緒に居て楽しくなさそうなのだ。むしろ気を遣われ過ぎて一方的に申し訳なくなりそうでもある。
「『友愛』を説く教会のシスターに友達が居ないとはな。皮肉か……あるいはギャグかな?」
「面目次第もございません……」
「まあ気長にやることだ。友人など無理して作るものではない」
ほんとにね。友達を作ることそのものが目的になってしまうと辛いで。これおばさんの実体験な。
じゃあこうして会話をしている私が彼女の友人になれば丸く収まるのかと言うと、それも難しいねんな。私個人がシスターレイチェルに対して思うところを置いておくとしても、流石にアシュタルテ侯爵家の人間が教会のシスターと仲良しこよしとはいかない。
いや、別に実家の方針として禁止されているわけではないし、お父様は微塵も気にしないだろうけど、外野が喧しいのだ。ただでさえ、政治と宗教の云々かんぬんで高位貴族が教会と懇意にすることはナイーブな話題なので、サンドバッグ・アシュタルテがそんなことしてみろ袋叩きやぞ。私自身は外野が何を言っていようが「はいはいノイズ」で終わらせるが、シスターのほうはそうはいかないでしょうし。
「ところで、話は変わるのですが、ミス・アシュタルテは休暇中はずっとこちらで活動を?」
「いや、東部で活動はしていたが、常にここに居たわけではない」
「そうですか」
もしご存じでしたら、と前置きをしてからシスターは言葉を続けた。
「クロスという名の修道士を見掛けましたか?」
「ここのギルド支部に出没していたらしいな。部下から報告を受けている」
「彼が今どこに居るかご存じですか?」
「知らん」
地獄じゃね?
すっとぼける私だが、シスターレイチェルから奴に関して訊かれるのは予想出来たことだ。
何故って、そもそも奴の名前を使ってシスターをこの地に呼び出したのは、この私だからである。
「貴様とは、黎明機関の同僚ということになるのか?」
「はい。ですが彼のほうがだいぶ先輩ですし、彼は基本的に単独行動の方ですので、直接お会いしたこともありません」
「ふーん」
その辺の事情もドロシーから聞いている。シスターレイチェルにしてみれば、会ったこともない先輩からいきなりお手紙が届いてさぞ困惑したことだろう。不審さが極まっているというのにそれでもシスターがこの場に現れたのは、手紙に記載した内容――聖女とか魔公とかのお話――が決して軽視出来ないものであったのと、手紙自体は間違いなく修道士クロスからのものであると判断出来たからだ。
黎明機関はその組織性質上、内部のみで通じる特殊な情報伝達手段を確立している。それ自体は珍しい話でもないし、私の『ヴァイスヤークト』でも実施している。ウチの場合は暗号化された情報媒体と、解読キーを保有した『おつかいわんこ』をセットで運用することで、秘匿度の高い情報を伝達する際のセキュリティとしているわけだ。なお黎明機関でどういう様式を使っているのかは私も知らない。なので知っている人間に任せた。
無論、ドロシーである。
彼女が黎明機関に属していたのは昔の話だし、その頃からはセキュリティが更新されているかもしれないが、それはそれで真相を確かめる必要に駆られるだろうから良いのだ。要は、シスターレイチェルをこの場に召喚出来て、尚且つ私達の関与が露見しなければなんでもいいのである。
「とりあえず、この街の教会を統括している施設を訪ねてはみたのですが、どうやら修道士クロスは少し前に一度訪れたきりだとかで、行方知れず」
「なので目撃証言のあった討伐者ギルドに顔を出してみた、といったところか」
私の言葉にシスターは頷く。それでも会えないので、あとは点在している小さな施設を巡って手掛かりを探すしかない、ということだ。
どんだけ探しても会えることはないんだ。すまねえな。
唯一の手掛かりといえば生き残っているシスター達の存在があるが、彼女達は『剣の誓い』に匿われているし、そもそも彼女達はクロスの私兵であり、公式にはとうに亡くなっている人間でしかないので、本人達が名乗り出ない限りは教会の関係者であることすらわかるまい。
当然のことではあるが、修道士クロスがこの街に滞在していた際に利用していた宿や、そこに残された私物等に関してはシスターラクス等の協力のもと、既にドロシーが綺麗さっぱり隠滅している。尤も、クロス本人の隠蔽気質が功を奏して、敢えて消すほどのものもなかったようだが。
というわけで不毛な人探しに臨むシスターの今後を影ながら応援しつつ、私は彼女と別れてクランハウスへと戻ってきた。私一人であれば時間を停滞させてパッと戻って来られるのだが、大部分をシスターと一緒に歩いたせいで思ったより時間が掛かってしまった。
んでクランハウスの手前には、待ち合わせの様相でぽつんと佇む少女とメイドの姿があった。
勿論キノコちゃんとそのメイドのアイリスちゃんである。『オンスロート』下の現状、殆どの一般人は避難しているという事情を鑑みるまでもなく、遠目からでもキノコちゃんであると一目でわかる特徴的な髪色だ。とはいえ、最近体調が改善しつつあるとチャットで語っていた通り、学院の頃よりもこころなしか、頭頂部のほうには元々の髪色である緋色部分が増えたように思う。
アイリスちゃんのほうが先に私の存在に気付いて、彼女に促されたキノコちゃんがこちらを見て、わかりやすく表情を輝かせた。
おうおう、可愛い奴め。
私は思わず頬を緩めつつ、彼女等に合流するために歩を進め、キノコちゃんは待ちきれないとばかりにこちらに向かって歩いてくる。そのまま歩けばすぐにでも手を取り合える距離でしかないのだが、何故か、キノコちゃんはその半ば程で足を止めるではないか。
「?」
そして更に何故か、彼女は立ち止まったその場で瞳を閉じたではないか。
なんの意図があっての行動なのかはよくわからないが、とりあえず私はそのまま近付こうとして、
――バッ!
「!?」
目を閉じたまま、何故かキノコちゃんが身構えたので、私は面食らってしまう。
え。なにこれどういう状況?
――じり、じりじり
「!!?」
目を閉じたまま、何故かキノコちゃんがこちらににじり寄ってくる件。
ちょっと待って理解が及ばない。何が起きてるの?
「お、おいシュヴァルツ……?」
「だいじょうぶ。あたしに任せて」
「いや、なにを……?」
「だいじょうぶだから」
どう見ても大丈夫じゃないビジュアルなんですがそれは。
大丈夫botと化したキノコちゃんが話にならないので、私は彼女の傍らに寄り添っているマゾ、もといメイドに視線を向けた。
おい! おいこらアイリスちゃん! これは一体どういうことだってばよ!?
私の視線を真っ向から受け止めたアイリスちゃんは、真剣極まりない表情で、大きく頷いて見せたのだ。
「…………!」
ちがうちがうちがう!
コクリ……! じゃねえから!
それで何かを説明した気になっているんじゃない。何一つわからんぞ。
そうこうしている間にもキノコちゃんは少しずつ私との距離を縮めつつあった。
「あしゅたるて……あしゅたるて……」
私の名を呼びながら、両手を前に彷徨わせて、よたよたと歩む様はさながらゾンビである。
役に立たないマゾが何をしているのかというと、そんなキノコちゃんの横から進路の指示を出している。
真っすぐですお嬢様、あちょっと右、あ行き過ぎ、ってな具合に。
あ、なに私スイカ?
パッカーンされるの?
転生したらスイカだった件?
というかもしかして、キノコちゃんは『ソウルジャック』が発動しないように目を瞑っているのだろうか。私とキノコちゃんはもう仲良しなので、魂の波長も合いがちで、視線を合わせればすぐに『ソウルジャック』が発動してしまう。別にそれで私が困ることはないが、キノコちゃんのほうは魂の中で得た情報量が過多になるとその場で意識を失ってしまうことがままあるので、それを避けるためにそもそも『ソウルジャック』を発動させまいとしているのかもしれない。
「えーと……」
これさぁ。
私が目を閉じるか、それか私がキノコちゃんのほうに行けば解決する話じゃね?




