495話_sideout_こたつ
今日も今日とて赤々とした灼光が眩しい溶岩ドームのど真ん中。小さな岩場に設置されたこたつに潜る少女が一人。
素肌にどてら一枚を纏っただけの竜人少女、『サラマンデルロード』ことドラ子の姿であった。
「う~、さぶさぶ……」
どこをどう見ても三百六十度全周に灼熱の要素しかない空間なのだが、しかしドラ子は今日も寒そうに身を震わせてこたつの虫と化していた。つい半日程前には圧倒的な戦闘力を以て、討伐者達を大いに絶望させた強大な魔物の姿とはとても思えない。尤も、それを言うならばドラ子の風体は容姿や装いを含めてそもそも威厳とは程遠いものではあるのだが。
そんな彼女の正面には、同じようにこたつに半身を埋めている女が居た。こちらはこちらで全く普通ではない見てくれの人物で、肉感的な白い肢体に、黒い骨格をそのまま纏ったような軽甲冑を身につけている。肉を締め付ける黒い骨は拘束具じみていて、背徳感すら漂う濃密な媚態に満ちているというのに、そんな女がお行儀よくこたつに座っている光景はどこかシュールだ。
ドラ子と同じく強力な魔物である『魔公』ベルフェルテだ。
ベルフェルテは一体どこから取り出したのかわからない小振りなミカンを、細く鋭い爪が並んだガントレットの指先で器用に剥くと、その身を一つ口元へと運んだ。
「ベルフェ~、ウチにもちょーだい?」
「ほれ」
「うまうま……」
こたつの机上にダレたドラ子に、正面から腕を伸ばしてミカンを与えるベルフェルテ。甲斐甲斐しく食べさせてやる様子は雛鳥に食事を与える親鳥味がある。
実を食べ終えて残った皮をドラ子の目の前に置くと、彼女は口から『ぷう』と火焔を吐いて、溜息のような火力が一瞬にしてミカンの皮を蒸発させた。なおこたつは非常に熱に強い特別製なので、その机上で業火が焚かれようが焦げ目一つ付いてはいなかった。
「やはりこたつには蜜柑じゃのう」
「そーなん?」
「ほむ。冬の風物詩というやつじゃな」
「ほー……ウチ、冬って知らんなぁ」
「今度、雪国に旅行でもしようか」
「ええなぁ」
ベルフェルテの言葉を聞いているのかいないのか、ドラ子はこたつの机上にだらりと突っ伏したまま、半分眠ったような声音で応じる。ベルフェルテはそんな態度になにを言うこともなく、机上に頬杖をついてドラ子を眺めることに精を出していた。
「なあベルフェ?」
「なんじゃ」
「なんで、今日はおこたに入ろうと思ったん?」
この景観にそぐわないこたつは元々ベルフェルテが用意してドラ子にプレゼントしたものだ。こたつがここに設置されて以来ドラ子の定位置と化して久しいが、時たまこの場を訪れるベルフェルテが一緒にこたつに入ったことは一度もなかった。
理由は単純に、ここが暑すぎるからだ。適温というものがべらぼうに高いところにあるドラ子にとっては溶岩環境ですら寒いくらいらしいのだが、生憎とベルフェルテの適温は人間並みなので、溶岩に飛び込めば死にはしないが熱いでは済まない。
要はただでさえクソ暑い場所でこたつになぞ入っていられるかということだ。
「まあ、最期くらいはのぅ」
「最期かぁ」
思い出作り、とでも言うような口調で告げるベルフェルテに、ドラ子は身動ぎをし、上目でベルフェルテのほうを見た。
「ベルフェ、逝ってまうん?」
「ああ」
「そか」
少しの沈黙が落ちる。近くで煮え立つ溶岩がごぼごぼと音を立てる。
「そちはどうする?」
「んー?」
「これからの話じゃ。またここで惰眠を貪るのか?」
しょうがない子供を見るような眼差しで言うベルフェルテに、ドラ子は安穏と「せやろなぁ」と答える。
「妾はもうおらぬぞ? 誰もそちを起こしてはくれぬ」
「それなら、それでええんよ」
「ほむ?」
「ベルフェがおらんかったら、どうせ起きてても意味ないもん。来世まで眠るえ」
本気か冗談かもわからないドラ子の言葉に、ベルフェルテは微かに目を細めて呟く。
「来世、か」
「?」
「いや、ならば来世でまた巡りあえるよう、主に祈っておこうかの」
敢えておどけるように言ったベルフェルテに、ドラ子は嬉しそうに笑む。
それから、静かな空気を楽しむように暫しの時間が流れ、不意にベルフェルテが口を開く。
「ドラ子よ」
「うん」
「妾とそちが顔を合わせるのは、この場が最後じゃ。故に、今のうちに言っておく」
神妙な切り出しに、ドラ子は不思議そうに首を傾げて続きを待つ。
「もし、次の戦いでそちの前に妾が現れたら――」
その時は、
「躊躇なく、滅ぼすがよい」
雰囲気は真剣に、しかし少しも気負った様子もなく平然と自らを滅ぼせと告げたベルフェルテに、ドラ子は大粒の瞳をしぱしぱと瞬かせた。ベルフェルテの言葉の真意を読み取ったのか、あるいは読み取るまでもないと判断したのか、ややあってドラ子は常通りの、気の抜ける笑みを見せた。
「うん。そーする」
ドラ子はやはり気負うことなく請け負い、ベルフェルテは満足そうに頷く。
それから再び言葉がなくなり、緩やかな空気が流れる。ベルフェルテもドラ子も、共に過ごす時間を噛み締めるように、瞳を閉じて、互いの息遣いを感じていた。
「――――ん」
ふと、ベルフェルテが片目だけを開けて虚空を見上げた。
「無粋じゃのう」
嘆息気味の呟きと殆ど同時くらいのタイミングで、ベルフェルテが見上げていた空間に一筋の線が奔る。それは鋭く微かな白い剣閃であった。最初の一筋に続いて連続した剣閃が三角を描き、それが空間をくり抜くようにして、内から一人の男が降りてきた。
黒い甲冑と闇のマントを纏った長身の男。『魔公』フェンリスだ。
脚を覆う鉄靴で硬質な金属音を立てて着地した彼は、片手に持っていた白い細剣を鞘に納めると、闇の中に沈ませるようにマントに放り込む。
フェンリスの来訪に気付いたドラ子が、怠そうに片手を挙げて歓迎する。
「おぉ、フェンくんや。おひさー」
「よおドラ子。ついでにベルフェ」
「そちは相変わらずじゃの。当たり前のように次元を斬るでない」
「こうでもしねえと来れねえだろ、こんなところ。俺はお前等みてえに飛べねえんだ」
ちなみにこの『竜の巣』の内部で通常の転移魔法を使うことは出来ない。複数の『サラマンデル種』が犇めき、それらの『熱域操作』の効果が重畳しているこの空間は、外部からの転移先進魔力を受け入れるキャパシティがないのだ。なのでベルフェルテが毎回そうしているように外縁から溶岩海の上を飛んでくるか、今のフェンリスのように反則技を使うことでしかドラ子の居城に辿り着くことは出来ないのである。
軽装とはいえ甲冑を着込み、マントまで羽織ったフェンリスは、しかも全身黒一色だ。その装いを、ベルフェルテは辟易した表情で眺める。
「しかも、なんという暑苦しい格好じゃ。見ているだけで息が詰まる」
「そういうお前等は、相変わらず服を着る気がなくて安心するよ」
「これ、ドラ子を不埒な目で見るでない!」
「えへー」
「ドラ子も見せるでないっ!」
恥じらいもなくどてらを御開帳しようとするドラ子の蛮行を防ぐべく、ベルフェルテはこたつの中から彼女の足を引っ張って、ドラ子を首までこたつに引き摺り込むことに成功した。
きゃーきゃー言いながら伝統のこたつむりスタイルに移行したドラ子を、微妙な眼差しで見ていたフェンリスへと、気を取り直したベルフェルテが問い掛ける。
「して、何用じゃ」
「用っつーか、まあ強いて言えば挨拶だな」
「挨拶とな?」
どことなく白々しく不思議そうにしているベルフェルテに、フェンリスは呆れ顔だ。
「あのな、いくら俺でも最低限の義理立てくらいはするぞ。知らねえ仲でもねえし」
「もしや、そち、妾に別れを言いに来たのか?」
「おう」
「わざわざ?」
「おかしいか? てかわかってて言ってるだろお前」
フェンリスが憮然とした顔を見せると、ベルフェルテは小さく笑みを零す。
「ほんに、相変わらずの男じゃ。そちはいつもそう」
「言ってろ。今度こそ、だ」
互いにしか通じない会話を繰り広げる両者の間に視線を往復させたドラ子は、なんとなく一段落したタイミングを察して言葉を挟む。
「フェンくんフェンくん」
「あ?」
「フェンくんは、ベルフェを手伝ってくれへんの?」
わかりやすく期待に満ちた視線を向けるドラ子の内心はわかりやすく、この後の戦いでフェンリスにも戦線に加わって欲しいのだろう。ただ単純に、親しい相手を遊びに誘おうとするような無邪気さと能天気さがそこにあった。
無論、フェンリスにはその気がないからこそこのタイミングで別れを告げに来たのだと、ドラ子も理解はしていた。
そしてその想像の通りに、フェンリスは「わりぃが、」と断りを入れる。
「ちょいと野暮用があってな」
「ふふ、そちほど野暮用に恵まれた輩は他におらぬな」
「どこぞの聖女に絡まれたらすぐに思い出せるように、いついかなる時でも野暮用をストックしてあるんだよ」
こたつに口元まで潜りつつも、ドラ子は不満げな視線をフェンリスへと注ぐ。やはりその内心はわかりやすく、『大したことない用事ならこっちを優先してくれてもいいのに』と目で物語っていた。
「そんな目で見んな。てか文句ならベルフェに言え」
「なに?」
「今回の野暮用は元はと言えばお前が蒔いた種だからな」
どういうことなのか、と疑問を乗せた二対の視線を浴びて、フェンリスは面倒そうに言葉を続ける。
「ベルフェお前――――アスタルにスメラギのこと教えただろ」
「教えたのう」
アスタル、とはフェンリスとベルフェルテ共通の知人で、彼等と同じく魔公の一角をなすアスタロトという魔物のことだ。
実にあっさりと肯定したベルフェルテにとってそれは、そういえばそんなこともあったな、という程度に覚えている出来事であった。
「ほむ……ということは、よもやあの娘はアスタロトの目に適ったのか?」
「いや、そうじゃねえ。てかアスタルがその気になってたら既に終わってるだろ」
「違いない。しかし、ならばそちの野暮用とはなんじゃ。アスタロトを歓迎することではないのか」
「アスタル本人が来るこたねえだろうが、配下のチンピラにサンプルを回収させる程度はするだろ、アイツは。そいつをちょっくら邪魔してやろうと思ってな」
ちなみにアスタル本人が来るなら俺は逃げる、と真面目くさった顔で補足するフェンリスの言葉には、ベルフェルテもまったく同感だったので特に笑ったりはしなかった。
「要するに、かの娘を守るためにアスタロトの手勢を排撃するということか」
「まあ、そうとも言う」
「随分と入れ込んでおるの?」
ベルフェルテが知るところのフェンリスという男の性質を鑑みれば全く以て全然意外ではない話なのだが、それを加味してもフェンリスの入れ込みようは少々過剰にも思えた。
するとフェンリスは気まずいと気恥ずかしいの中間みたいな顔になって、闇のマントから細剣を取り出した。
「なんつうか、ほっとけねえんだアイツ等は。母娘揃ってな」
言い訳がましく若干早口で言うと、フェンリスは徐に抜刀し、ここに現れた時と同じように空間を斬りつけ、割り開く。
「じゃあなベルフェ。達者で死ねよ」
置き土産のように言うだけ言って、ベルフェルテやドラ子の反応を待つことなくフェンリスは空間の亀裂に身を躍らせ、闇色の残滓を微かに残してこの場から消失した。
斬撃痕は自然と塞がり修復され、一瞬の後には跡形もない。
その様を見て、ベルフェルテは嘆息を一つ。
「まったく、ついでのように言いおって。律儀なのか適当なのかわからんやつじゃな」
「でもそんなフェンくんが好きやんな」
「……」
雄弁なノーコメントを貫き、ベルフェルテはいそいそとこたつに潜り直し、机上に身を預ける。
ドラ子もまたのたのたと身を起こし、最初の姿勢に戻る。
「さて、今暫くのんびりするかの」
「せやなぁ」




