補完[虹の剣閃-1]
・ユフィお姉ちゃんって実際どないやねんっていう話。
~"騎士の雛"ユーフォリア~
『眷属の一部がそちらに向かった。数は3、学生だけで対処可能か?』
常駐騎士からの連絡に私は今日の戦力を素早く反芻し、答える。
「可能です。こちらで対処します」
『すまん。任せた』
「了解です」
眷属を率いた大型種の突発的侵攻。
それ自体はわりとあることで、然程珍しい事態ではない。今日の即応戦力のまとめ役として待機していた私は、連絡を受けて即座に他の学生戦力に指示を出す。今日のような場合――つまり魔物の侵攻が事前に予測されていたわけでない場合は、執行部と学生戦力から一定の人数を待機として置いて、それを日ごとのローテーションで回すことになっている。
待機中に魔物の侵攻が観測されれば、規模に応じて常駐戦力と連携しつつ対処することになる。
「ブルーノ班は所定通りに迎撃に当たってください。私とブリギットもそちらに合流します。ラッセル班は現状維持。ハロルド君、そちらお任せします」
学生側の戦力は指揮官が私で、以下執行部からは二年生の女子部員ブリギットと三年生の男子部員ハロルド君の二名、学生戦力からはブルーノ班、ラッセル班、そしてクロト班の三つが参戦している。
防衛線を広くカバーするために3つの学生班はそれぞれ別の位置で待機していて、私は魔物の侵攻予測ルートと照らし合わせて一番近いブルーノ班に迎撃を指示し、自らもブリギットを率いてそちらへと向かうことにする。
それから、
「クロト君。貴方の班も迎撃地点に向かってください」
『お、いいのか?』
通信用の魔道具ごしのクロト君の声は嬉しさが滲み出ていた。一番近い班に獲物を譲らざるを得ないと思っていたところに参戦の指示が来たので嬉しいのだろう。
こちらで迎撃を請け負った魔物は三体。戦力的には学生班が一つに私達が加われば充分に討伐可能だろう。通常他の班はバックアップか、あるいは更に魔物の侵攻が観測された場合に備えて即応待機が普通だが、私は敢えてクロト君の班を呼ぶことにした。と言うのも、位置的に迎撃を任せることになったブルーノ班の面子と言うのは戦力的には不足ないのだが、士気の面で心配があると判断したので。
理由は単純で、彼らは自ら志願した戦力ではなく、学院からの要請で戦っている人達だから。
建前上は要請に対してはちゃんと拒否権があり、強制して戦場に立たせるようなことは在り得ないが、とは言えどもこの学院の存在意義と魔法使いの特権に伴う義務を思えば実質徴兵と同義だ。畢竟、志願した学生に比べて士気は低くなる傾向がある。
従って、ただでさえ志願して戦っている学生と要請を受けて戦っている学生にはモチベーションに明確な差があるというのに、後者の元々低いモチベーションが、先の『ヒドゥン種』の一件以来低迷を続けているのだ。あの時最も危機的状況にあったのは私の妹であるリタで、彼女はその時の怪我が原因で今も戦力として復帰してはいない。勿論リタ以外にまったく被害が出なかったなんてことはなく、彼女ほど重症じゃなくても怪我をした者は少なからず居るし、負傷こそなくともあの一件は学生達の心に傷を残して余りある異常事態だった。
大抵の学生はなんとか折り合いをつけて立ち上がってくれているが、だからと言って全く以前と同じパフォーマンスを発揮できるかと考えれば、それが難しい者も居るというのが現実だ。
その点、元から志願者だけで構成された、戦意旺盛なクロト班の信頼度はここにきて非常に高い。クロト班はまさにリタが所属している班であり、ヒドゥン種の一件では最も過酷な経験をした班だと言えるが、そのメンバーはリタを含めて魔物を恐れるようになるどころかリベンジマッチに燃え上がるような人達ばかりで、なんとも頼もしい限りだ。
まあ、戦意が旺盛すぎて命令無視と独断専行に走りがちなのも露呈したので、その点はきっちりと処罰して再発防止を約束してもらったが。
「――撃て撃て!撃ちまくれ!タンクより前には出るな!ぶん投げてくる予兆を見逃すなよッ!!」
怒鳴るように指示を飛ばすクロト君の声を魔道具越しに聞きつつ、戦況を見る。
今回侵攻してきた大型種は『ナックル種』と呼ばれる魔物で、外見は雄牛と猿を合わせたような姿をしている。とんでもなく巨大な猿の骨格に雄牛のような頭を乗っけたと思えば大差ない。筋骨隆々の牛人、とでも言えばいいだろうか。常に前傾姿勢の全高だけでも家屋より大きく、一番の脅威は名前の通り、異常に発達した前腕から繰り出される殴打である。
その殴打には、真面に食らえば全身がバラバラになって即死できるだけの威力がある。
と言うのが、あくまでも大型種の、所謂親玉の話だ。
そちらは当然プロの常駐騎士たちが相手取ってくれるので、学生が対処することはない。私達に任されたのはその『ナックル種』の眷属のほうだ。ちなみに魔物種の分類名称に関してはルールとして眷属とその主で呼称のしかたが決まっている。主のほうには名称に『ロード』の文字が付くので、正確には今回の大型種は『ナックルロード』で、眷属を含む種族名が『ナックル種』だ。同じように、先日の『ヒドゥン種』も正確には『ヒドゥンロード』であるが、侵攻してきた種族そのものを指すときは主と眷属を併せて種族名『ヒドゥン種』で正しい。
種族の中で特別に力を持ち、他を率いる能力を得た個体を『ロード』と呼ぶのだと考えればいい。ただし、魔物の生態的に小型種が成長して『ロード』になるのか、『ロード』が小型種を生み出すのかは正確なところはわかっていない。どちらの場合も確認されているので、きっと種族によって異なるか、常にどちらの場合もあるのだろうとは言われている。
話を戻してナックル種の眷属であるが、端的に表現すればロードのサイズを半分にしただけの魔物だ。
つまり小型種と言いながらも個体ごとの大きさは人間のそれを大きく上回る。だいたいが成人男性の二倍くらいの全高を誇る。当然一番の脅威である前腕の太さもスケール相応であり、殴られてもロードのように即死するほどの威力は(当たり所が悪くない限り)ないと思って良いが、それでも人間の骨くらいは簡単に砕かれる。
一応言っておくと、これは然るべき装備をして防御を整えた上での話で、当たり前だが無防備のままに食らえば小型種の一撃でも簡単にヒトは死ぬ。
そのため発達した前腕による殴打を最も警戒して立ち回らなければならないが、逆に言えば警戒すべき点は多くないということ。
前腕の異常発達に割を食ったのか短足な魔物なので機動力は高くない。知能も高くないので、ロードと分断されれば碌に仲間同士の連携も取らないし、大抵は近くの敵に見境なく愚直に殴りかかろうとするだけだ。稀に地属性魔法で生成した岩塊を投擲してくることもあるが、予備動作が大きいので予兆を見てから防御が充分間に合う。
一番安全な対処法は地形的なトラップに嵌めて遠距離から一方的に嬲り殺しにすることであるが、それは事前の準備なしには難しい。よって次善の手段として防御に長けた者を前衛において魔物の攻撃を受けてもらいつつ、その後方から遠距離担当が魔法で削るという作戦を取った。
頭数はこちらのほうが圧倒的に多いので、数にモノを言わせた複合防御と飽和攻撃で殲滅する構えだ。
私とブリギットは指揮役として後ろから戦況を見ているが、それぞれの班長であるクロト君とブルーノ君の指示だけで事足りるくらいには安定している。ナックル種との戦闘経験はそれなりにある学生が多いので、改めて私達が口出しする必要もなさそうだった。
ただし、ナックル種の巨躯は伊達ではなく分厚い毛皮と筋肉という自前の鎧に守られた肉体は堅牢だ。特筆して耐久力が高いのが奴らの一番の武器となる両腕であり、生半可な攻撃は腕の一振りで掻き消されてしまう。二本の腕で迎撃できる量には限りがあるので少なからず腕以外にヒットした攻撃がダメージを蓄積させているが、討伐までにはしばしの時間を要するだろう。
私達も攻撃に参加すればもっと早く片が付くとは思う。自惚れながら執行部員の肩書は伊達ではないので、私とブリギットの単体戦闘能力は学生班の誰よりも優れているのは純然たる事実だ。
だけど、今回は安易に力を振るうわけにはいかない。クロト班の頼りになる戦闘狂たちはともかく、ヒドゥン種の襲撃のショックを引き摺って士気低下を招いているブルーノ班に今なによりも必要なモノ、それは自信だ。自分達は勝てるのだということを、当たり前に知っていたはずのことをもう一度思い出してもらわなくてはならない。
当たり前と言えば当たり前のことだが、彼らは学院から優秀さを見込まれたので戦力となることを要請されているのだ。つまりは個々人の実力自体は志願の学生よりも高い人のほうが多いくらいなのだ。力を正しく発揮するコンディションさえ整えば。
だから、私は内心ハラハラしながらも表面上は冷静に、彼らがその手で魔物を殲滅せしめることを祈るのだ。
「――岩投げてくるぞ!!防御態勢!!」
三体のナックル種の内の一体が魔法で人間大の岩塊を作り出し、投擲体勢に入る。数えて四度目の投擲予兆である。前線で防御魔法を維持しているタンク役の学生を超えて、性懲りもなく工夫もなく後衛を狙い撃つつもりだ。
当然それを見逃す彼らではないので、クロト君から即座に指示が飛び、投擲体勢のナックル種に攻撃が集中する。呆れるほどにタフな魔物であるナックル種の行動を中断させることは叶わないが、それは想定内だ。テレフォンパンチならぬテレフォンスローの着弾地点を予測するのは容易なので、奴らが投擲体勢に入ったら狙われている後衛は防御に徹し、他の学生は投擲の隙を狙って砲火を集中すると事前に決めているのだ。
投擲の威力は油断ならないが、防御に徹して防げない程ではないし、防げない程度の学生はこの場には居ない。実際、これまで三度の投擲は危なげなくやり過ごし、そのたびに集中砲火で腕以外を狙い堅実に魔物にダメージを与えている。
だが、ここで私はおかしな違和感に気付く。
ナックル種のわかりやすい視線から誰が狙われているのかは明らかで、学生達は事前の取り決め通りに、自らが狙われていないと判断して攻撃に移っている。その一体感の中で激烈な異物感がある。
だから、つまり、明らかに狙われている当人だけがその流れに乗れていないのだ。
「おいユノ!!何してるっ!お前が狙われてるぞ!!」
同じくそれに気付いたブルーノ君の叱責が飛ぶ。
呼ばれた女子学生――ユノさんはその声が聞こえていないかのように魔法を唱え続けている。
ように、ではない。本当に聞こえていないのだ。
おそらくは、ユノさんは自身が攻撃している魔物しか目に入っていない。普段から冷静だったはずの彼女の表情はいつも通りに冷静で、しかしよく見るとその口元はこわばり、視線には隠しきれない緊張があった。
一種の恐慌状態だ。
ヒドゥン種の一件がトラウマになって蘇ったのか、想起される恐怖故に相対した魔物から目を離すことが出来なくなってしまう、ルーキーにありがちなパニック症状だった。ユノさんは三年生で、実戦経験も豊富で、他の面子からも頼りにされる人物である。そうであるが故に、彼女の内心の失調に私を含めて誰も気付いていなかったのだ。
通信越しに皆に呼ばれてようやくハッとした様子の彼女は、ようやく投擲体勢の魔物に狙われていることに気付き、防御魔法を唱えようとする。
だが、それはあまりに遅い。
彼女の近くに展開していた学生がフォローに入ろうとするも、やはり遅い。
結果的に一手先んじる形になったナックル種の投擲が放たれる直前、誰よりも速く動いた者達が居た。
「タナカぁ!!」
「任せろ!!」
叫ぶようなクロト君の呼び声に答え、前線でタンク役の一角を担っていたタナカ君が振り向きざまに魔法を飛ばす。彼が唱えたのはごくありふれた防御障壁を展開する魔法であったが、それを遠隔で、即座に狙った座標に展開するのは歴とした高等技能である。
タナカ君はリソースの無駄をある程度無視して過大な障壁を展開することで座標のズレを雑に吸収し、間一髪でユノさんを狙う岩塊を相殺気味に防いで見せた。
防御技術に秀でたタナカ君の面目躍如であった。彼の魔法適性は実のところ防御に特別向いているわけではないらしいのだけど、本人に並々ならぬ拘りがあるのか、あるいは相方のクロト君との役割分担か、彼は入学当初から一貫して防御魔法を磨き続けているのだ。
しかしそのタナカ君の隙を見逃す魔物ではない。投擲をした個体とは違う、タナカ君から最も近くに居たナックル種が、背後へと振り向いているタナカ君へと肉薄し強打を叩き込まんとする。
雄牛の頭部が歯を剥きだしにして、筋肉が隆起した剛腕から繰り出される渾身の一撃が、掬い上げるような軌道でタナカ君へと迫る。
周囲が警告するまでもなくタナカ君自身もそうくることは予想していたようで、前方へと向き直りつつ、新たな防御魔法を展開した。その反応速度と構築速度は驚嘆に値するほどだけど、それでも急造の魔法で跳ね除けられるほどナックル種の拳は軽くなかった。
耳を劈く異音を響かせて障壁が木っ端微塵に砕け散る。
「おぅふ!」
抜けるような呼気を漏らして、タナカ君の身体が宙を舞った。
あからさまに大袈裟なくらいに鮮やかに背中から吹っ飛ぶその挙動に、私は彼がやったことを理解する。タナカ君は急造の防御魔法で防ぎきることは最初から不可能と割り切って、敢えて障壁を固定しなかったのだ。
固定した障壁で殴打を受け止めれば十中八九壁ごと叩き潰されるので、敢えて吹っ飛ぶことで威力を殺しつつダメージを逃がしたのである。
「いけないッ!」
だけど、威力を逃がすために仕方がなかったとはいえ、強烈な殴打に押し飛ばされる形で宙を舞ったタナカ君はかなりの勢いで高く打ち上げられてしまった。これで地面に叩き付けられたらタダでは済まない。
前後不覚で吹き飛ぶタナカ君に自力での着地を期待するのはあまりに酷だ。
この位置と機動力ではどうあがいてもフォローが間に合わないので、近くの学生が彼を助けてくれることを祈るしかない私の、
「――ッ!?」
その時、上空で光が弾けた。




