493話_side_Rex_『剣の誓い』クランハウス
~"主人公の幼馴染"レックス~
「――だから、今から外装を更新している時間はないと言っているだろうが」
『ビーーーー!!』
「なにもやらないとは言っていないだろう。今は無理だと言っているんだ」
『ビーー! ビーーーー!!』
「どうやったら聞き分けるんだ……!」
俺がロイド氏の研究室に到着すると、部屋主の声で問答のようなものが廊下まで聞こえてきていた。ようなもの、というのは若干憤りつつも諭すようなロイド氏の言葉に対する答えが謎のビープ音にしか聞こえないからだ。
なんとも変なことになっていそうだぞ、と俺は特に気負うことなく部屋の中に足を踏み入れる。
「あ、ロイ」
一早く気付いて声を掛けてくれたミアベルには片手をあげて応えておく。クリスティン曰くちょうどハーネスのフィッティングが終わったとのことだったので、そのままここに留まっているのだろう。ミアベルの横にはノエルさんの姿もあったが、二人は揃って困ったような雰囲気だ。
その理由はどう考えても明らかで、お馴染みの作業台にて問答をしている一人と一機のせいだろう。
クリスティンの言葉から予想はしていたが、案の定ロイド氏を悩ませているのは現在俺の相棒となっているマギアドライブ三号機のようだ。
俺がロイド氏の後ろから声を掛けると、彼は疲れたような顔で振り向いた。
「ちょうどいいところに来たな、コーリッジ」
「いえ、クリスティンから『顔を出せ』と伝えられまして」
「なんでもいいが、とりあえずコイツをどうにかしろ」
匙を投げるような投げ遣りな表情でロイド氏は作業台の上の治具に固定されているマギアドライブを示す。
さて、話がさっぱり見えてこないが、まずは聞いてみよう。
『こんにちは。ますた。』
「おお。こんにちは相棒。やけに流暢になったな」
ミアベルの我儘で発声機能が搭載されたマギアドライブだが、それは基本的に出力形式の一つでしかなかったはずだ。要は、入力に対して答えを出力する際に、発声という選択肢が取れるようになっただけで、自発的に会話をするようなことは出来ない。というか、しない。
はずであった。
まあ、ぶっちゃけ全く驚いてはいない。ミアベルの相棒の異常極まる進歩を知っているので。どうせ主人公の相棒だから主人公補正の恩恵で謎進化を遂げたに決まっているのだ。察するに、この研究室でマギアドライブ同士のデータリンクをしている際にミアベルの相棒である二号機やドルチェさんこと一号機に触発されてなんやかんやしたのだろう。ロイド氏が考えてわからないことを俺が考えてわかるわけがない。
「なんか、若干声が変わったか?」
マギアドライブの声音はクリスティンのボイスをサンプリングしたものであったはずだが、相棒の声はそれとは少し違う気もする。気もするが、これはこれで聞き覚えがなくもないのは何故だろう。
『はい、ますた。クリスティンさんのボイスを基調として、(勝手にサンプリングした)フレデリカさんのボイスをみくすちゃ。しました』
「ああ! リッカの声か。途中小声でなんか言ったか?」
『><』
いつの間に、などと問うまでもない。昨夜メルクーシン邸からこのクランハウスまで戻る道中はずっとリッカとノアールさんと喋っていたようなものなので、声を収集する機会などいくらでもあったのだ。
それを聞いたロイド氏が矢鱈と凄味のある視線をミアベルへと向ける。
「おいぃ……アトリーお前のせいだぞ」
「ふぇっ!? なんでぇ……?」
なんでだろーね。俺にはわからないや。
まあそれはいい。勝手に人の声を使ってはいけないという話はあるが、その辺は倫理観を教育することで対処するべきだろう。幸いというかリッカは知らない仲ではない相手なので、後で俺から詫びを入れておこう。
「それで? 我儘を言ってロイドさんを困らせていたのか?」
『いえ、ますた。我儘ではありません』
「外装がどうとか言っていたが」
『はい、ますた。わたしはまいすた。に外装の更新を要請しました』
「なんでまた?」
ぺかぺかと光りながら話す相棒は中々に素直な様子だが、釈然としない顔をしているロイド氏や先程聞こえたビープ音を鑑みるに、これはたぶん俺だから素直に対応してくれているんだろうな。ロイド氏が『なんとかしろ』とぶん投げたのも頷ける。
「ソイツはな、何を思ったのか突然『外装を剣から盾に変えろ』と言い出したんだ」
「盾?」
「そうだ。何故を問うても『必要だから』の一点張りで、挙句の果てに先程のびーびー!だ」
そりゃまた困ったことを。本人(?)は我儘ではないと言い張っているが、このタイミングでそれは我儘以外の何者でもなかろう。
高度な魔法具であるマギアドライブを搭載するハードは、当たり前だが何でもいいわけじゃあない。俺の大剣も、ミアベルの片手剣も、マギアドライブを搭載するために設計され調整された、それ自体が一個の魔法具であるのだ。
即ち、そうそう簡単に更新など出来ないのである。
「なんで盾になりたいんだ? 剣じゃダメなのか?」
『だって、ますた。がわたしに言ったから』
「うん?」
『お前は今日から盾だ! って』
…………。
やっべ。
「あ、ロイが『やべえ』って顔してる」
「絶対に心当たりあるヤツだね」
「おいコーリッジどういうことだ事と次第によっては」
「ま、待った待った待った! これには事情があるんですよ!?」
殆ど目が据わっているロイド氏の迫力が尋常ではない。下手なことを言ったらマジで改造くらいされそうだ。
確かに言った。あれは『はぐれサラマンデル』が作り上げた溶岩ドームの中での戦闘中だった。傷付いたリッカを守りながら戦うために、俺は相棒に剣ではなく盾としての役割を求めたし、それが自身の進むべき道だと見出したのである。
「いいか相棒、あれは心意気的な話であって、物理的に盾になる必要はないんだ」
『><……わからない』
「だからつまりな、お前には皆を守るために力を貸して欲しいという意味で盾と表現しただけで、必ずしも形態は盾でなくてもいいんだ」
俺はわりと必死である。
何故ならこの相棒を穏便に説得しなければ、俺の背後で圧を掛けてきているキレた技術者によって『そんなに盾が好きなら右手に直接溶接してやろう』とか言われかねないからだ。
俺が焦っている姿が面白いのか、視界の端でミアベルがニヤニヤしているのが非常に癪である。
『ですがますた。専守防衛を第一義とするならば、則した形態をとるのがやっぱり合理的、では?』
「成程一理ある。だがな相棒、大事なことを見落としているぞ」
『……?』
中々鋭い指摘だと感心する。合理性を追求するならばその通りだろう、相棒が正しい。
だがしかし、前提が違う。俺は別に盾でもいい、というわけではないのだ。
「俺はな、剣がいいんだ」
『積極的に剣を推す、理由がある?』
「それはな……――――カッチョイイからだ!」
カッチョイイからだ!(エコー)
ロイド氏とノエルさんの目が点になる中、ミアベルだけが「わかりみがふかい」とか言って頷いている。
「いいか相棒、俺は騎士を志している。騎士とは力無き人々を守るもの。つまり俺の言う『盾』とは騎士としての在り方のことなんだ」
『ますた。は騎士になりたい。理解しました』
「そして騎士といえばやはり剣だ! 盾を持つ騎士も居ないとは言わないが、花形といえば剣だろう。つまり――」
『つまり。』
「カッチョイイ騎士には、カッチョイイ剣がつきものだということだ!!」
ちなみにこれは誤魔化すために言っているわけではなく、ただの本音である。
幼馴染であるミアベルには何度かこんな話をした覚えがあるのだが、ノエルさんは俺がこんな力説をしたことに意外そうな表情を見せている。
『ますた。は騎士になりたい……騎士にはかっちょいい愛剣がつきもの……わたしは剣……』
ぽくぽくぽく、と考えた様子の相棒は、ハッとして声を高くした。
『わたし、かっちょいい』
「そうだ!」
『わたしは剣。かっちょいい剣……!』
「その通りだ!」
『><』
ご機嫌にぺかぺかと光り始めた相棒を眺め、俺は胸を撫で下ろす。
どうやら俺の熱い思いが伝わって、無事に剣であることを受け入れてくれたようだ。これで俺も右腕に盾を溶接されずに済むというものである。この討伐者活動が終わった時に俺とミアベルの相棒の処遇がどうなるのかと考えると胃が痛くなってくるが、今は考えないことにしよう。
「そう言えばドルチェさんはどこに?」
俺の相棒こと三号機は治具に鎮座しているし、ミアベルの相棒こと二号機はメンテナンスを終えたのか片手剣に搭載された状態で作業台の上に置かれている。ドルチェさんこと一号機は普段はロイド氏の作業の補助をするために彼のグローブにマウントされていることが多いが、今日はその姿が見えない。
するとロイド氏は指でこめかみを揉みながら言う。
「アレなら別室だ。ラクサーシャの義体制御の調整をするためにシューベルが持っていった」
「え? ラクスさんの義体、直ったんですか?」
びっくりと声を上げたのはミアベルだ。俺はその辺の事情は詳しく知らないのだが、件のラクサーシャさんの姿はクランハウス内で目にしたことがある。四肢の全てを人工物の義体に置き換えている人なのだが、事情によりその義体が損傷したとかで、かなり不便な生活を強いられていたようだ。なおラクサーシャさんはドルチェさんの同僚兼保護者みたいな立場らしい。
「直ったというよりは、シューベルの魔改造で殆ど別物になったというべきか……。なにはともあれ四肢が繋がったんだが、制御系の作り込みが圧倒的に間に合っていない。ラクサーシャの思考能力だけでは制御しきれないので、ドルチェ搭載マギアドライブの演算能力に頼らなければ真面に動かせない不良品だな」
「あれ? でも腕のほうは普通に動かせてましたよね?」
「日常動作ならばな。シューベルが想定しているのは本格的な戦闘動作だ。まあラクサーシャの要望にシューベルが応えたという形のようだが」
小首を傾げたノエルさんの疑問に、ロイド氏が渋い顔で答える。
事情を知らない俺だが、聞こえてくる単語から類推するだけでも、それなりに無茶なことをしようとしているのはわかる。
「なんとも性急な話ですが、まさか今夜の戦闘に?」
リスクを度外視してでも、急ぎ戦闘動作を仕上げねばならない理由があるとすればそれだろう。
ロイド氏は呆れと感心の中間のような表情で、溜息を吐く。
「ラクサーシャがどうしてもと聞かなくてな。俺なら止めるところだが、シューベルが居たのが運の尽きだった。主に俺の」
なお先程から名前が挙がっているシューベル氏というのはロイド氏の学生時代の知己で、現在は王立エンディミオン魔法学院の大学部併設の魔法技術研究所――通称『技研』に所属している研究者のことだ。
偶然なのかは知らないが、休暇を利用してロイド氏の元を訪れていたようだ。
「どこかの誰かの影響でマギアドライブ共がトチ狂ったせいで俺のストレスは甚大だ。ここにドルチェまで加わったらハゲる自信があるから、むしろ居なくてよかったのかもしれ、」
『ビーーーーーー!!!!』
「……こんどはなんだよぉ」
ロイド氏の疲れた独白を遮るようにビープ音を轟かせた相棒に、遂にロイド氏は驚きや怒りよりも悲壮感が出てきた。
いやなんかほんと、すんません。でもだいたい全部ミアベルが悪いと思うんです。
「どうした相棒」
『提言。一号機だけ固有名を持っているのは不公平です。改善を望みます』
『いいことを言いましたね! われわれにも固有名をくださいっ! ぎぶみーまいねーむ!』
うわぁ、ミアベルの相棒まで入ってきた。
俺の相棒がどちらかというとぼんやりした口調であるのに対して、ミアベルのほうはだいぶハキハキとしている。なんかあっちはあっちで声変わってるし、もしかすると参考にした人物の違い的なものなのかもしれない。
俺とミアベルは顔を見合わせる。
「ええと、どうしませうロイドさん」
「好きにしていいぞ」
もう勝手にしてくれ、ですねわかります。
というかドルチェさんは元々ドルチェさんだった人物が事情によりマギアドライブの中にパーソナリティを移した存在であるので、彼女の場合は厳密には一号機そのものとは違う人なのだが。
尤も、既にそこを分ける意味はなくなってしまっているのかもしれないが。
さて、名付けか。
相棒達は俺とミアベルに名付け親になって欲しいようなので、彼女と二人して頭を悩ませる。
これはネーミングセンスが問われるな……!
数分後。
『や。です』
「嫌かぁ。いい名前だと思うんだがな、こう、カッチョよさと可愛さが絶妙に感じられて」
『や。』
俺の考えた名前候補はめでたく十連敗を喫していた。
ちなみに今まさに却下された名前は『ガジマル』。どうやら相棒のお気には召さなかったようだ。
一応言っておくと、俺はふざけているわけではなく、至極真面目に考えている。『ガジマル』だって機能的な意味と音の響きを考えて考え抜いた結果なのだが。詳しく言うならばまず『ガジ』はガジェットの――あ興味ない、そうですか。
なおそんな俺の隣ではミアベルが同じく却下を食らい続けているが、彼女のあげる名前はどれもこれも矢鱈と長い横文字で、全然覚えられない。ついさっき聞いたはずなのにもう覚えていない。なんか厨二臭い響きであったことしか印象にない。俺が思うにミアベルはもう少し機能美というものを意識するべきだ。機能美を追求すれば自然と明瞭簡潔な名称に落ち着くはずなのだ。
そう、ガジマルのように。
『むむむ、偉大なるますたぁ達にこのような弱点があったとはぁ……!』
『ますた。達にはネーミングセンスがない』
「「えっ」」
いや、俺も自分にそういうセンスがあるとは思っていないが、少なくともミアベルよりはマシだろう。さっきから呪文の出来損ないのような案しか出さない彼女と同列に扱われるのは流石に遺憾なのだが。
ミアベルが隣で俺とまったく同じ顔をしているのは一体どういうことだ。
「坊ちゃんの名付けには『人間味がない、サイコ味がある』と本邸でも専らの評判ですんで」
「ギリギリ罵倒じゃないか? それは」
お茶の用意をして戻ってきたクリスティンが要らない情報を暴露してくれる。
「飼い猫に『毛玉』と名付ける人間は、坊ちゃん以外居ないと思うぜよ」
「体を表した良い名前じゃないか。愛嬌もあるし……なんで皆して目を逸らすんだ?」
日本だとそんなにおかしな名前じゃなかったんだがなぁ。けだま。
そういえば前世で娘が生まれた時、妻がどうしても『自分で名前を考えたい』と言うので俺は助言程度の口出しにとどめたのだが、あれはもしかして自分で考えたいというよりも俺に考えさせたくなかったのか? なんかそんな気がしてきたぞ。
相棒からダメ出しを食らい続けて弱り切った様子のミアベルがロイド氏に話を振る。
「ロイドさぁん、なんかないですか?」
「二号と三号でいいだろ、そんなもん」
『『ビーーーーッ!!!!』』
ダメだロイド氏は頼りにならない。
かくなる上はもう最終兵器を投入するしかない。
「「おたすけくださいノエル様」」
綺麗に揃って平伏する俺とミアベルのあまりに情けない姿に、ノエルさんは顔を引き攣らせたようだった。
ええい、最早外聞など気にしている場合ではないのだ。わりとマジで。何故って相棒達の機嫌は俺達の戦闘力に直結してくるからだ。
「え、ええとね。これまで聞いてると、マギアドライブさん達は機能的で立派な名前を求めてるわけじゃなくて、普通の名前が欲しいだけだと思うんだ。それこそドルチェさんみたいな感じの」
「それはわからんでもないが、むしろそれが一番難しいのでは?」
「うん。だからここは、それぞれ縁深い人から名前をもらおう?」
そう言ってノエルさんはミアベルのほうを指差した。
「ミアベルのほうは、スメラギさんから名前を貰って、」
「メラちゃん、とか?」
『おおっ、いいですね! 一番いいですっ』
「じゃあ決定。レックスさんのほうは、フレデリカさんから名前を貰って」
ううむ、だがリッカとかデリカとかフリッカとか呼ぶと、それこそリッカ本人を呼んでいるような気分になってしまう。
あくまで音の響きだけ借りて、少しだけもじった名前を付けるとすれば、
「フレイ、でどうだ」
『><』
「気に入ってくれたみたいだね」
まあ実際、命を預ける武器に名前を付けているという者は珍しくない。尤も、剣に女性の名前を付けている男性騎士となるとそこはかとなくナルシストな印象が漂うのは否めない。
この場合は、その剣本人が喜んでいるのだから、是非もなしか。
「じゃあ改めて、よろしくなフレイ」
『はい、ますた。』




