492話_side_Rex_『剣の誓い』クランハウス
~"主人公の幼馴染"レックス~
昨夜発生した『オンスロート』の裏側で、軟禁状態にあったリッカをひっそりと連れ出すことに成功した俺達は、ノアールさんの提案で『剣の誓い』のクランハウスへと戻ってきた。メルクーシン邸の地下へと続く坑道をそのままにしておくわけにはいかなかったので、相棒にもう一働きしてもらってわざわざ元通りに埋めてきたのだが、これが意外と時間を食った。
結局俺達がクランハウスに帰還したのは夜が明けてからで、黒い森が閉じて『オンスロート』が一時的に収まった頃であった。
リッカはすぐにでも活動することを主張していたが、夜通し歩き詰めだった俺達には休息が必要だとノアールさんに諭されて、渋々とベッドに入った。今後のことを思えば今は少しでも体力を回復しておくべきなので、ノアールさんの判断は妥当だろう。代わりにと言ってはなんだが、俺とリッカが休んでいる間にそのノアールさんが外に出て情報を集めて来てくれた。彼女は休む必要がないのかというと、身体的な事情で常人よりもずっと体力があるので平気なのだとか。まあ彼女の来歴を考えれば本当のことなのだろう。
「どうやら、女帝殿が凶刃に倒れた様子」
俺達が目を覚ます頃に一度戻ってきたノアールさんは、そんな一報を持ってきた。
動揺するリッカを諫めつつ詳しい話を聞いてみると、女帝は『オンスロート』の最中、クランの司令部に居るところを内通者の手引きで侵入した男に背中から刺され、重傷を負ったとのこと。現時点では命に別状はないようだが、ただし今夜の戦闘に参加するどころか今後の戦線復帰すらも絶望的という見立てらしかった。
ノアールさんが説明するにあたって念を押したのは、これはあくまでも彼女が普段の活動で培った隠密スキルを駆使して収集した情報を繋ぎ合わせて導き出した推論であり、全てが正確な情報であるとは限らないということだ。
「女帝殿は今、どこに?」
「不明です」
首を振ったノアールさんに、俺は内心で『そりゃあそうか』と納得する。
ここのところ加速度的に多方面からのヘイトを稼いでいる女帝のことだから、というか今回刺されたのもそれが原因くさいし、療養先の情報など明かすわけがない。おそらくは『赤原同盟』の中でも上層部に位置するほんの一握りの、女帝からの信頼篤い人物によってその身柄は隠されているのだ。
その事情は理解するが、しかし家族のリッカにまで秘密というのは些か寂しい。言いたくはないが容態が悪化してそのまま……という可能性だってあり得るのだから、せめてリッカにだけは直接会わせてやってほしいものだ。
「一応訊いておくが、リッカのほうに連絡は?」
「んーん。なにも」
リッカが自宅から持ち出せたものは殆どないが、羽織った外套に突っ込んであった『PiG』は手元にある。そこに関係者からの連絡でもないかと僅かに期待したが、それもなさそうだ。
単にそこまで気が回っていないのか、あるいは敢えてリッカには伝えないようにしているのか。
「だがまあ、見方を変えれば、少なくともこれで女帝殿の企みはなんであれ頓挫したんじゃないか?」
「でしょうな。この負傷は女帝殿にとっても不慮の事態でありましょう」
女帝が命を繋いだのは、どこかのだれかがなにかやらかした結果、時計が早回しになって夜が早く明けたからなのだ。つまり、誰にも予想出来ないその異常事態がなければ女帝は既に死んでいた可能性が高く、流石にそこに作為はないだろうと予想出来る。
しかしそう考えるのは俺とノアールさんだけだったようで、リッカは思案気な表情を崩さない。
「私は、そうは思わないなー」
「女帝殿が、意図して負傷を演出したと?」
「あっ、ううん。じゃなくて。たぶん、刺されたのはおばあちゃんにとっても予想外だったんだと思うよ?」
私が違うと思うのは、とリッカは確信めいた瞳をする。
「あの『赤原の女帝』が、死にかけたくらいで止まるはずがない。おばあちゃんは、あの人は死ぬまで止まらない人だよー」
「「…………」」
死んでも止まらない、ではなく、死ぬまで止まらない。
前者は覚悟だ。死んでも止まらないという覚悟。
後者はそうではない。ただの事実だ。
なので、むしろ後者の方が凄味があった。女帝は死ぬまで止まらないという、ただの事実をその孫娘が語っているのだ。
と、そこに突然の闖入者が現れた。
「――――話は聞かせてもらったッ! ブラッドフォードは滅亡する!!」
俺達三人しか居ない部屋の扉を外から豪快に開け放ち、謎のキメ台詞と共に現れたのは誰あろう、ダリオである。
あまりにも唐突な変態の襲来にリッカは「ひゃわっ」と高い悲鳴を上げ、一方ノアールさんは接近に気付いていたのか白けた半眼で眺めていた。俺はというとダリオの存在にはまるで気付いていなかったが、驚きはしなかった。耐性があるので。
「おはようございます。坊ちゃん」
「もう昼だがな」
入ってきた時のテンションが嘘のように、すんっ……とフラットに戻ったダリオの温度差について行けず、リッカはリアクションに困っておろおろしているが、これはもう慣れるしかない。これはそういう生物なのだ。
「で? 滅亡するのか」
「いえ。それは決まり文句というか、構文というか、それ系のあれなので深く気にしないでいただけると」
状況的に不謹慎を通り越して洒落にならないんだが、ダリオが不謹慎でなかったことなどないし、洒落にならない変態なのは今更な話だ。
それはともかく、ダリオが今までどこで何をしていて何故この場に現れたのかというと、実は俺も知らない。というのも、基本的にダリオに指示を出すのはクリスティンの仕事になっているので、この活動中は俺が彼に直接指示を出しているわけではないのだ。とはいえ例外もあって、少し前にリッカのために『赤原同盟』の末端メンバーを探ってもらったような、ダリオの力が必要になる場合には俺から命じることもある。
なので、クリスティンの指示のもと、普通にパーチの維持管理のために働いているものと思っていたが、この様子を見る限りそうでもないようだ。
「実はこんなこともあろうかと、『赤原の女帝』周辺の動向を俺なりに調べていたのですが」
「えっなんで?」
ノアールさんが素で『何言ってんだコイツ』という顔をしているが、気にしても無駄である。どうせダリオのことだから、俺とリッカの仲が良いことから勝手に邪推して、ちん、ちん、ぽーん!みたいなダリオ式三段活用で理解不能な結論に達しただけなのだ。
ダリオは変態だしトラブルメーカーだし意味不明だが、なんだかんだで忠義に篤い男であるし、なんだかんだで俺が最も信頼している一人でもある。
なので俺はダリオの行動に意味を求めることはやめているのだ。なんか知らんけど俺のためなんだろう。たぶん。
「俺の調べでは、どうも女帝が再起不能の重傷というのは虚報のようです。重傷には違いなくとも、立って動ける程度であるとか」
「えっえっ?」
「成程、だとすれば先程のリッカの言葉もますます信憑性を帯びてくるな」
「そうだねー。偽の情報を流すあたりがいかにもって感じだねー」
「ちょちょちょ! 待って待って?」
なんだか一人で大慌てなノアールさんに、俺とリッカは同時に首を傾げる。
キャラが崩壊してノアールさんからノアに戻りつつあるが、そんなに慌てるようなことがあっただろうか。
「なんでお兄ちゃんの従者の人がそんなことまで調べられるのよ? しかもこんな短時間にっ」
「それもそうだな。ダリオ、どうやったんだ?」
「いつものですが」
あっはい。察し。
というかそれ以外にあるわけがないとわかっていたことだが。
要するに、おそらく女帝が刺された現場に居合わせたとかの『赤原』メンバーに近付いて、得意の悪魔的な魔技(意味深)で篭絡してちょめちょめして聞き出したのだろう。こんな短時間で、とノアールさんは言ったが、逆に言えば女帝側にも情報封鎖を万全にするだけの時間も余裕もなかったということである。
これはダリオが諜報面で特段に秀でているとかではなくて、単に専門分野の違いである。自分自身が姿を隠すことで巷に流れる情報を広範に収拾するノアールさんの技法に対し、ダリオのそれは完全無欠に対人特化でしかも異性限定だ。いやコイツのことだからその気になれば同性でもイケるのかもしれないが。
当事者から直接情報を引き出せるダリオの強みがここでは活きたということだ。
「それにしても『お兄ちゃん』ですか。流石は我が主、坊ちゃんの魅力は幼気な少女までも虜にしてやまないということだな!」
「すまないノアールさん。こういう奴なんだ。慣れてくれ」
ノアールさんは非常に納得がいかなそうな表情で黙り、リッカは苦笑している。前述の件があるのでリッカはほんの少しだけダリオの変態性に耐性があるのだろう。
「それで、リッカはどうする?」
今の話を聞いて、彼女はどのように動くつもりなのか。女帝を、というより自身の祖母を止めようとするのは変わらないのだろうが、リッカがそのためにどのような判断をしたとて俺は力になるつもりでいる。乗りかかった舟というのもそうだが、ミアベルも、ミリティアさんも、皆それぞれの戦いに身を投じている中、俺の戦いはきっとここなのだろうと思う。
「私はクランに戻るよー」
「女帝殿はいいのか?」
「よくはないけど、クランも放っておけないから。まずは目の前のことからやってみる」
虚報を流して女帝が行方を晦ませた今、『赤原同盟』にはリーダーが居ない。女帝不在の際に代行する者は組織上存在しているのだろうが、それはあくまでも代行でしかない。というのも、かのクランは現状どこまでいっても『女帝』というカリスマの御旗に集った者達で構成されたワンマンクランという性質が強いからだ。
女帝が倒れた今、クランの統率を取り戻すことが出来る存在といえば、血縁であるリッカをおいて他には居ない。
「急速に大きくなり過ぎた『赤原同盟』は、きっとこのままじゃすぐに分解してしまう。今、手綱を握らないとしっちゃかめっちゃかになって、取り返しがつかなくなる。私におばあちゃんの代わりが務まるとは思えないけれど――」
それでも、と。
「『赤原同盟』は、おばあちゃんが創り上げたクランで、パパとママが必死に守った場所で、私の大好きな家だから」
◇◇◇
早速クランに戻るというリッカを見送るために、エントランスまで共に歩いていた俺は、横合いの通路から飛び出してきた人物に呼び止められた。
「ああ、坊ちゃんよいところに」
「ん?」
声を掛けてきたのはウチに仕えるメイドであるクリスティンだ。確かロイド氏の手伝いでミアベルの新型ハーネスの調整に駆り出されていたはずだと思ったのだが。
どうやらちょうどそれが一段落したところで、クリスティンは小休止のためにお茶を用意しようと食堂に向かうところだったらしいが、その途中で俺を見掛けたので声を掛けたということだった。
「いえね? ほら坊ちゃんの剣ちゃんがいるじゃござんすか」
「ああ。今はロイドさんのところだな」
気になったのかとりあえず一緒に話を聞いているリッカは頭上に『?』を浮かべているが、クリスティンの話し言葉の癖が強いのは今更の話である。ちなみにこれは『坊ちゃんが使っている剣があるじゃないですか』という話題提起である。
というか先程のダリオにしてもそうだが、もしかしてコーリッジ家の使用人は変なやつしか居ないのか。あいや大丈夫だ、シモンが居た。アイツには是非ともダリオを反面教師にして真面に育って欲しいものである。
話を戻して、俺がクランから借りているマギアドライブ式の大剣は現在ロイド氏の研究室に返還しているはずだが。昨夜のリッカ救出作戦では例外的に使用許可が出ていたが、基本的に黒い森に出向く時以外はロイド氏の手元で保管するという条件なので。
「まあ、自分で見たほうが早いと思うので。ちょっと顔出したってください」
「? よくわからんが……」
リッカは非常に気になるという顔をしていたが、流石にこれ以上時間を浪費するわけにはいかないので、見るからに後ろ髪を引かれていそうな面持ちの彼女とはここで別れる。俺は彼女の力になると決めているが、クランの問題に口を出すのは違うだろう。それはリッカの戦いだ。
なので俺は、リッカが俺の力を必要とした時にはすぐに応じられるように、こちらはこちらで態勢を整えなくてはならない。
エントランスへと向かうリッカの見送りを買って出たクリスティンに任せ、俺は入れ替わりのようにロイド氏の研究室へと向かうのであった。




