491話_side_Randy_討伐者ギルド
~"討伐者の少年"ランディー~
昼下がり、俺はセラと一緒に討伐者ギルドを訪れていた。俺達には自由時間が与えられている。今夜、再び開かれる『オンスロート』には俺達も勿論参戦するつもりだが、新たに何かを備える程の時間もないので、装備の調整とか、細々としたやることを済ましたら後は基本的に英気を養うくらいしかすることがない。これは俺達が下っ端だからであって、クランの上のほうの奴等は色々と忙しくしているのだろうが。
んで、セラがなにやらギルドに行きたいとか言うので、俺はセラのおまけ的についてきたわけだ。
最近のギルドは男女二人で歩いていると変な奴等に絡まれる危険があったのだが、今この瞬間だけはそういう心配もない。何故なら王都から戦力として派遣された騎士連中がそこかしこに歩いているので、いくら喧嘩っ早い討伐者でも自重するだろうし、自重しなかったとしても秒で鎮圧されるだろうからだ。
『オンスロート』が起こったせいで、むしろ支部の治安が良くなるとは皮肉なものである。
「それで、誰に会いてえって?」
「トーリさんっていう職人さん」
これの人、と言ってセラは首から下げたペンダントを持ち上げてみせる。それはバッヘル領での戦いで窮地を脱するきっかけとなった、俺達にとっての救世主である『にこちゃん』様だ。
セラ曰く、ピンチになると赤く光って教えてくれるらしい。あとめっちゃ熱くなるらしい。いいのかそれ。
なんでも昨日の戦前にセラがスレイとチャットで会話していたら、彼女からの情報で『にこちゃん』の職人がこの支部で活動していることを教えられたらしい。そして今朝のこと、クランハウスに戻ってきたロイドさんがたまたまセラのペンダントに気付いて変な反応をしたので問い質したところ、その職人がトーリという名前の女性であると判明した。
ちなみにその時にミアベルとノエルもそのトーリさんと知り合いであることが判明したが、まあセラは基本的に『にこちゃん』を服の中に仕舞っていたので、これまでは気付く機会がなかったのだろう。
「ロイドさんの話では、今はギルドでお手伝いしてるはずだって……」
「名前も人相もわかってんだ。その辺で訊いて回ればすぐ見付かるだろ」
なお人相についてはロイドさんからは碌な情報が得られなかったが、ミアベル達からの情報提供で判明した。なんでも、眼鏡がよく似合う温和な雰囲気の若い女性で、ゆるふわ系の美人だそうだ。
たぶんロイドさんのやつ、相手が美人だから碌に顔見られなかったんだろうな……。
なんで、まだ『オンスロート』も終結していないこのタイミングで会いに来たのか。戦後に落ち着いてからでもいいのではないか。その意見は尤もだが、生憎とこれは俺達の習性みたいなものだ。
戦後、が必ずしもあるとは限らない。次の戦いで俺やセラが死ぬかもしれない。あるいはトーリさんが死ぬかもしれない。だから今なのだ。明日が必ず来るとは思うな。思い立ったら行動しろ。これは底辺討伐者時代に刻み込まれた俺とセラの行動原理でもある。
「すんません、ちょっと人探してンすけど」
奥手なセラに代わって、その辺を歩いていた職人っぽいおっさんを呼び止める。
おっさんは荷運びの途中だったのか、腕いっぱいの大きさの箱を抱えたまま俺のほうを見て訝しげな顔をした。なので俺は隣のセラの背中を軽く叩いて促す。
「あの、トーリさんという職人さんで、これを作った人なんですけど……」
と、セラが首から下げた『にこちゃん』を見せるまでもなく、おっさんは合点がいったような顔になる。
「ああ、トーリちゃんね。たぶんその辺に居るよ。さっき見かけたし」
おっさんはそう言うと首を回して周囲を見渡し、それから先導するように歩き始めたので、俺とセラはその後ろに続く。本当にすぐ近くに居たようで、然程歩くことなくおっさんは足を止め、荷を抱えた腕の代わりに顎で前方を示した。
「ほれ、あの子がトーリちゃんだよ。眼鏡の」
少し距離は遠いが、聞いていた通りの外見を見付けるのは難しくなかった。ニットのトップスに細身のパンツを合わせた装いの、言ってはなんだが討伐者には勿論、ぶっちゃけ職人にも見えない外見の人だ。書店の店員ですと言われたほうが余程しっくりくる。
「さんきゅーな。おっちゃん」
「お兄さん、だ。こいつめ」
いやどう見てもお兄さんっていう外見じゃねえだろ。確かに歳はわりと若そうだけど、若く見られたかったらまずはその髭面をなんとかしろよと俺は言いたい。
「ありがとうございます。おにーさん」
「お嬢ちゃんはわかってるなぁ。いいってことよ」
対するセラのお礼にはわかりやすく相好を崩して、おっさんは機嫌よさそうに去っていった。
まあ、結局のところそういうことなのだ。男というのは。
別に俺が『おっさん』と呼ぼうが『おにいさん』と呼ぼうが、然したる差はない。何故ならクソガキに媚びられても嬉しくないからだ。反面、セラは見た目だけなら可愛いと言えなくもないので、というか別に可愛くなくても女の子に笑顔でお礼を言われればなんとなくいい気分になってしまうものなのだ。悲しいことに。
ちなみに、最初に声を掛けた段階で、セラが居なくて俺だけだったらこんなにすんなりと案内もしてもらえなかったことだろう。
そんな悲しい男のさがは今はどうでもいい。
都合のよいことにトーリさんらしき女性はちょうど小休止のようで、首に掛けた手拭いで汗を拭いつつ手で顔を仰いでいた。支部に出入りしている業者も多くが避難してしまっているので、どこもかしこも人手不足で、あんな見るからにひ弱そうな女性でも荷運び等に駆り出されているのだ。
「すんませーん」
例によって俺が近付いて声を掛けると、トーリさんはきょとんとして「私?」と反応した。
「護符職人のトーリさんっすよね?」
「そうですけど。何かご用、かな」
「俺、ランディーって言います。こっちはセラフィーナ」
適当に紹介をして、セラに場を譲る。というか相手はこんな見るからに優しそうな女なんだし、最初から自分で話し掛けるくらいの積極性を発揮して欲しいところなんですがねセラフィーナさん。
そうしてセラが口を開くより前に、先程おっさんに見せるために取り出したままセラの胸元で揺れていた『にこちゃん』の存在に気付き、トーリさんは目を丸くした。
「あれ。それって……」
「あ、えっと、はい。これ、あなたの作品なんですよね?」
「うん。まあ、作品というか、失敗作なんだけどね」
恥ずかしそうに笑ったトーリさんの言葉に、今度は俺達が目を丸くした。
どういうことかと訊いてみると、どうやらセラの『にこちゃん』はトーリさんが製作した物に間違いはないのだが、商品として売り出したものではなく、失敗作として処分するはずの物だったらしい。
なお何が失敗なのかというと、効果が発動すると赤熱化するのが失敗らしい。やっぱダメなんじゃねえかそれ。
「ちょっと前に、小さな女の子のお客さんにあげたはずなんだけど」
「あっはい! その子から、別の人の手に渡って、最終的にわたしのところに」
ミアベル達がトーリさんと知り合ったっていうのが正しくその現場だ。小さな女の子とやらはどうやらスレイの同僚かなんかみたいで、そいつからスレイの手へと渡り、スレイからセラへと譲渡されたことになる。この短い期間で二回も所有者を変え、ブラッドフォードからバッヘルへと移動しまたブラッドフォードに戻ってくるという大冒険を繰り広げたのである。
「だから、わたしその、お礼を言いたくて」
「おれい?」
たどたどしく、セラが経緯を説明する。俺にしてみればいつもの癖でついつい口出ししたくなるくらいにはセラの説明は覚束ないし、全然事情を知らないトーリさんには更にわかり難かっただろうが、それでも急かしもせず嫌な顏一つせず、トーリさんは優しげな表情でセラの話を聞いてくれた。
滲み出る善人オーラをまったく裏切ることのない、底抜けの良い人だなこれは。
全部を聞き終えて、トーリさんは少しだけ困ったように小首を傾げた。
「私の護符が役に立ったのならそれは嬉しい、かな。でも、私がお礼を言われるようなことでもない気もするよ」
まあ、ぶっちゃけバッヘルの件はトーリさん本人には殆ど関係がない。何故って、仮にスレイがセラに手渡したのが別の何かだったとしても、おそらく結果は変わらなかったからだ。客観的に見れば、だが。
俺はそうは思わないし、勿論セラも首を横に振った。
「そんなことないです。これをわたしにくれた人は、こう言いました。これは『貴女に足りないものだ』って」
「あの頃のお前、マジで態度悪かったもんな」
「うっさい」
俺達の遣り取りにトーリさんは不思議そうな顔をする。
セラは護符を顔の横に持ち上げて、並んでにっこりと笑って見せた。
「『にこちゃん』です。トーリさんのこだわりなんですよね」
「あ……うん。私の、っていうより、お母さんの好きだったデザインなの」
同じく護符職人だったらしい母親の、遺したデザインを継承し、刻み続けているのだ。
母の遺したもの、というのが孤児の俺達には実感としてわからないが、それが尊く価値のあるものだというのはわかる。トーリさんとおふくろさんの関係性を含めて、だ。
「だからわたしは、トーリさんにありがとうを言いたいんです。あなたが……、あなたの優しさが、わたし達を救ってくれたから」
セラがぺこりと頭を下げるので、俺も倣ってちゃんと頭を下げる。
全てはこの人の優しさから始まっているのだ。トーリさんが母親のデザインを大切にして『にこちゃん』を護符にしたからこそ、スレイはそれをセラに渡そうと考えたし、そもそもトーリさんが幼いお客さんにサービスで護符をあげてしまうような優しい人だったから、『にこちゃん』はセラの元へと辿り着いたのである。
そして俺達は同じタイミングで顔を上げ、そして同時にギョッとした。
トーリさんが無言ではらはらとボロ泣きしていたからだ。大慌ての俺達を、彼女は泣きながらも笑みを浮かべて制した。
「ごめ、違くって。なんか、嬉しい、かな」
「えっ」
「すんっ、……自分でもね、時々、馬鹿みたいだなって思ってたんだ。こだわりを捨てれば、もっと売れるだろうって、周りにもたくさん言われたし……でもどうしても、これは捨てられなかったんだ」
トーリさんが言うのは、彼女の護符の特徴的なデザイン、つまり『にこちゃん』のことだ。
実用の護符なのだからデザインよりも性能が大事なのはその通りだが、さりとて例えば大の男が持つのに抵抗がないデザインかと言われると、まあそういうことである。
「だから私からも、ありがとう、かな」
「いえっ、そんな! わたしのほうがありがとうですよ!」
「ううん。私の護符を役立ててくれて、大切にしてくれてありがとう、だよ」
どちらの感謝がより大きいか、などという微笑ましくもアホらしい遣り取りをし始めた二人を眺めて、俺は小さく嘆息する。
丸く収まったというか、お互いに嬉しそうでなによりだと思ったのだ。
と、そこで俺の肩を、後ろからちょんちょんとつつく感触があった。
「ん?」
なんぞや、と俺は背後を振り向き、素っ頓狂な声を上げそうになった。
というか声上げるところだったんだけど、それよりも早く、その相手に口を塞がれてしまったのだ。俺が落ち着いたのを確認してから腕を放してくれたので、俺は小声でその相手の名を呼ぶ。
「ロルフニキ! なんでここに」
「よう」
にやりと男くさい笑みを見せたのはロルフさんという討伐者で、ここに来る前のバッヘル領で俺が一時的に所属していたクロードパーティーの一員だ。ゴリゴリにマッチョで大柄な男性で、俺の将来像に少なからず影響を与えた人でもある。こんな風になりたい、とまでは言わないが、当面の目標とすべき人であった。俺と同じデミなのに、魔法使いのパーティーメンバーから信頼されて肩を並べられるという姿に、なんというか俺が目指すべきものを見たような気がするのだ。
ニキがここに居るということは、と俺が視線を巡らせると案の定、彼の所属するパーティーの面々が近付いてくるのが見えた。
相変わらず線の細い女顔のイケメンはパーティーリーダーのクロードで、剣技に魔法と『転神』まで使いこなす実力者。隣のクリーム色っぽいローブを纏った優男はヴェルナー。剣も使うクロードとは異なり純粋な魔法専門でパーティーの最大火力。それから、やたらとぴちぴちな服装を着て背には大剣を背負っているブロンドの女はレベッカ。俺が抜けた時に入れ替わりにパーティー加入した奴なのでよく知らないが、なんかイザベルの後輩らしい。
「あれ?」
誰か足りないな、と思って誰かと思ったらクレアが居ない。
俺の疑問を察したロルフニキが指をさすので、その先を見ると、中途半端な位置に所在無げに立っているクレアの姿があった。彼女は俺やセラと最も年齢が近かったメンバーで、俺達が加入するまでは紅一点で同性が居なかったのもあってか、それはもうセラのことを可愛がっていた。セラを可愛がった分だけ俺に敵意を向けてくるので、とにかく俺とはそりが合わず、喧嘩別れすらせずに最初から絶縁状態みたいな関係性である。
バッヘル基準では結構露出大目に見えたクレアの軽装だが、この支部だとわりかし丁度いい塩梅に見える。
てか、なにしてんだアイツ。あんなとこに突っ立って。
「愛しのセラ嬢ちゃんの姿を見付けたんで、少しばかり茶目っ気を出して驚かせようと思ってこっそり近付いたら、思いの他割り込み難い雰囲気であることに気付いて二の足を踏んでいる……っていう状態だな。哀れなことに」
「ああ……」
トーリさんボロ泣きしてたもんなぁ。流石のクレアも空気を読まざるを得なかったってことか。
すると、俺達の遣り取りに気付いたらしいトーリさんが気遣わしげな視線を向けてくる。セラは背中を向けているので気付いていないが、そのセラと話していたトーリさんからはこっそり近付いてくる不審者の姿がよく見えたのだろう。
クレアがあまりにも不審者なのでトーリさんもどうしていいか迷っていたようだが、俺がニキと話しているのでどうやら知り合いであると理解したみたいで、彼女は自然な所作でセラとの会話を継続させた。
いや、いい人すぎるだろマジで。
俺からすればただの不審者でしかないクレアを不憫に思ったのか、彼女のお茶目な試みが成功するように、わざわざお膳立てしてくれているのだ。クレアにもそれが伝わったらしく、彼女は決意を新たに表情を引き締め、抜き足差し足でセラの背後へと忍び寄る。俺もニキも、いつの間にかすぐ近くまで来ていたクロード達も、全員が固唾をのんで見守る。いやレベッカだけはどうでもよさそうに片手のネイルを眺めていたが。
暢気に雑談しているのはセラだけで、よく見ればトーリさんの表情にも微かに緊張感が滲む。
あと三歩。
二歩。
一歩
「っ――!」
今だ! と思わず内心叫んでしまう絶好のタイミングで、トーリさんとセラの会話が一段落したほんの些細な隙間に、クレアは背後からセラに飛び付いた。弾むように、跳ねるように、その両腕をセラの首に回し両掌で背後から目を隠し、お馴染みの台詞を――
「セ~ラちっ!」
「わっ!?」
「「いやそこは『だ~れだ?』じゃないんかいっ!!?」」
隠れた意味がねえじゃねえか、という俺のツッコミは図らずもヴェルナーと完全に唱和した。ダンッと足を踏み鳴らす音まで完璧にシンクロして、打ち合わせでもしたのかっていうレベルだったけど完全な偶然である。
それもこれも、あれだけ緊張感を高めておいて一瞬で台無しにしたクレアが全部悪い。
当然、セラは背後の人物がクレアであると一瞬で気付いたようだった。というかアイツのことを『セラちー』という愛称で呼ぶのは未だかつてクレアのみなのだから、わからないほうがおかしい。
「ちっ、違うし! これは仕方のないことだし!? セラちへの想いがちょっと先走っただけ――」
「クレアさんっ!!」
「お”ッ」
往生際悪く言い訳なのかむしろ自白なのかわからないことを口走っていたクレアに、振り返ったセラが真正面から抱き着く。クレアに会えたのが余程嬉しかったのか、一切躊躇なしの全力ハグである。
というか大丈夫かクレア。今ものすげー声出したぞ。
「クレアさんっ、クレアさんだぁ!」
「おっ、お”お”……お”お”お”」
「なあクロード、大丈夫かあれ。クレア死にそうな声出してんぞ」
嬉しさを全身で表現するセラに対して、抱き締められたクレアはまるで万力で締め付けられたかのような壮絶な形相で壮絶な呻き声を発している。いくら俺でも心配になるし、トーリさんなんか心配を通り越して若干ビビってる。
「大丈夫ですよ。いつもどおりです」
「え”ぇ……?」
「今、彼女は自分との戦いを繰り広げているのさ。信頼が試される……!」
「え”ぇぇ……?」
訳知り顔のクロードとヴェルナー曰く、あれはクレアの平常らしい。そう言われてみればそうかもしれない。そう言えばアイツやばいヤツだったわ。
ちなみにクレアの両腕は非常に微妙な高さで硬直していて、何かを探し求めるように指をわきわきさせている。もしかしなくても、どさくさ紛れにセラの尻を鷲掴みにして撫でまわさないように辛うじて自制しているらしい。
アイツ、なんか知らんけどセラの尻めっちゃ好きだったもんなぁ……。
「すんすん……」
「せ、セラち?」
「えへへ、クレアさんの匂いだぁ」
「あ”ァお!?」
あ。逝った。
◇◇◇
機能不全に陥ってレベッカに介抱されているクレアを他所に、俺はクロード達に何故ここに居るのかを訊いてみた。
「バッヘルに滞在する理由はなくなってしまいましたからね。元々、レベッカさんが復調したら移動するつもりだったんですよ」
「まあ、そうだろうけどさ」
「ここは東部最大の支部だからねぇ。行先を決めるにしても、一度ここで情報収集したほうが効率がいいのさ」
「つーわけで、本当は立ち寄るだけのつもりだったんだが、幸か不幸かちょうどいいタイミングで辿り着いちまったな」
ロルフニキの言葉は、言うまでもなく『オンスロート』のことだろう。発生の報を聞いてからバッヘルを発っていたら今頃はまだ道中だっただろうから、騎士団が辿り着いて反撃に転ずるこのタイミングでここに辿り着けたのは、本当に偶然としか言いようがない。
たまたま、丁度いいタイミングでレベッカが回復したらしい。
「てことは、クロードさん達も参戦するんですか?」
「それは勿論。僕達とて討伐者ですし、これだけの規模の戦いは今後一生無いかもしれませんから」
「参戦するだけでも勲章ってモンよ」
「生き残れば、だけどねぇ」
にかりと笑ったニキは相変わらず豪快だし、要らない一言を付け加えたヴェルナーは相変わらず皮肉屋だ。コイツ等と一緒に活動していたのはそんな昔の話でもないというか、むしろつい最近ですらあるのだが、ここのところの日々が初めての連続で鮮烈過ぎたせいか、やけに懐かしく感じる。俺でそうなのだから、パーティーとして確かな絆を育んでいたセラには感動も一入だろう。
「ところでセラフィーナさん、こちらの女性は……?」
「あっ、護符職人のトーリさんです。えっと、ごめんなさいトーリさん、なんか済し崩しで巻き込んじゃって」
主にクレアのせいでな。
だが人の好いトーリさんは全く気にした様子もなく、むしろ俺達の会話を興味深そうに聞いていたくらいだった。
俺達がトーリさんと共に居た経緯をセラが簡潔に説明すると、クロードは得心がいったように頷いた。
「成程。ということはつまり、我々も貴女にお礼を言わねばなりませんね」
「へっ? えっ?」
「僕達の窮地を救ってくれたのはセラフィーナさんですが、それは巡り巡って貴女のおかげでもあった、ということですよね?」
「いや、そんな、私は別に」
ついさっきも見たような遣り取りだが、まあクロードならこういう反応になるわな。
むしろセラもわかっていて説明した節がある。
顔を赤くして慌てるトーリさんに、半ば面白がっているヴェルナーと、意外と気配り屋なロルフニキまで口々に礼を言い始めると、彼女はとうとう目頭を押さえて弱弱しい声で呟くように言う。
「困る、かな……今、わたし涙腺緩いのに……」
涙声だけど嬉しそうなトーリさんの姿に男連中とセラで揃ってほっこりしていると、そこに空気の読めない闖入者が現れる。
「閃いたしっ!!」
うわうるっさ。
いつの間に復活していたのか、戻ってきたクレアがまた意味のわからないことを考えたようだ。
そしてクレアが猛然と肉薄した相手は、何故かトーリさんであった。
「私にも護符を売って欲しいし!」
「えっ?」
もう何度目になるかもわからないが目を白黒させているトーリさんを、押し倒さんばかりに詰め寄るクレアをロルフニキが「どうどう」とか言いながら引きはがす。襟首をむんずと掴んでぞんざいに引っ張る遠慮のなさである。
ニキの腕に半分ぶら下がるような状態のまま、クレアはしたり顔をしていた。非常に滑稽である。
「この人の作った護符を持てば、自然とセラちーとお揃いのアイテムを持てるって寸法だし」
「おや、クレアさんのわりには考えたね」
「自分の思考が冴えすぎて怖いし?」
渾身のドヤ顔を披露しているとこ悪いが、クレアの野望が成就することはないのだと俺は知っている。
というのも先程、彼等が現れる直前にトーリさんとセラが話していた内容を聞いていたからだ。
トーリさんの商売道具である護符は今、
「あの、無いです」
「し?」
そうなのだ。この人、本当にどこまで人が好いのか、戦いに臨む討伐者達の死傷率が少しでも下がればと、自らの商品であるはずの護符を無償で全部配ってしまったというのだ。
申し訳なさそうに説明するトーリさんに、クレアはぷるぷると震えだし、そして叫ぶ。
「予約するし! この戦いが終わったら、私のために護符を作るし! もちろんセラちのとお揃いのデザインでっ!!」
「あ、じゃあ僕もお願いしようかな」
「デザインの注文は受け付けているのかな?」
「折角だから俺にも一つ頼むわ!」
「アタシ、イヤリングにして欲しいなぁ~」
これ幸いと便乗して口々に注文を付け始めるクロードパーティーの面々に、トーリさんは「えっ、えっ?」と慌てるしかない様子だ。
若干名怪しいやつは居るけれど、クロードやニキのことだから冷やかしではなく本当に製作を依頼するつもりなのだと思う。
「まあ、繁盛してよかったんじゃね?」
俺が呟きつつ隣を見ると、セラは胸元の『にこちゃん』とお揃いの表情を浮かべていた。




