490話_side_Primrose_討伐者ギルド
~"転生令嬢"プリムローズ~
え。なにこの空気。
レオンヒルト殿下が滞在している部屋に辿り着いた私は特に躊躇もなく扉を開けて入室したわけであるが、なんだかやけに静かな室内には異様な空気感が漂っていた。
部屋の中心には歓談用と思われる場所があって、円卓を囲むようにソファが置かれている。
そこに、四人の人物が居る。
まずレオンヒルト殿下。私を呼び出した張本人だし、まあそりゃあ居るだろう。
次にイオちゃん。殿下に引っ付いてこちらに来たのだろう。
それからカーマイン殿下。何故居る。
ついでにクゼくん。カーマイン殿下のおまけだね。
前者の三人がまるで有力者の会議の如く円卓を囲んでそれぞれソファに腰掛けていて、クゼくんだけはカーマイン殿下の背後に立って控えている。円卓上に置かれた茶器などはおそらくクゼくんが用意したものだろう。
で、雰囲気が死んでる。
レオンヒルト殿下とカーマイン殿下が犬猿の仲であるのは広く知られていることだし、だから彼等が顔を突き合わせて仲良く歓談するという間柄でないのはわかるのだが、本当ならそこで間を取り持つ――とまでは行かずともせめて雰囲気を和らげる程度には動くだろうイオちゃんが、なんかトゲトゲした空気を醸し出しているのだ。まあ、イオちゃんっていつかの親睦会のファーストコンタクトからしてカーマイン殿下にはそこそこ隔意を抱いている節があるもんなぁ。
そんなわけで、男二人は互いの不仲もそこそこに、むしろ不機嫌そうなイオちゃんという未知のファクターを刺激しないように黙り込んでいるようにも見える。言うまでもないがクゼくんは無力である。この場では発言力など無いに等しい。
は、はいりたくねぇー……。
このまま引き返して帰っちゃダメかなぁ。
「!」
あ、クゼくんにバレた。
そして彼の反応に続いて連鎖的に他の面子がこちらを見遣る光景には中々の迫力があった。
「アシュタルテ嬢!」
「アシュタルテさん!」
「アシュタルテ!」
「ミス・アシュタルテ!」
わーい。わたし大人気だぁ。
やめてやめて、そんな心の底から『これで勝つる!』みたいな顏しないで。
皆大好きアシュタルテさんはメイン盾どころかサンドバッグなんだけども。ただし牙の生えた口がある。
「やあやあ、待っていたよ!」
「今か今かとお待ちしておりました!」
「待ちわびたぞまったく!」
「ようこそお越しくださいました!」
一斉に喋るな! こっちくんなぁ!
あまりにもシンクロした動作で一斉に立ち上がった彼等の手によって私はあれよあれよと誘導されて円卓を囲む羽目になった。ていうかなんだ今の連係プレー、この私が碌な抵抗をする隙すらなかったぞ。実は仲良いだろお前等ぜったい。
もしかしなくても、こんなに大歓迎されたアシュタルテは侯爵家史上私が初めてなのではなかろうか。
◇◇◇
「――で、何故居る」
とりあえずレオンヒルト殿下には形式的な挨拶を済ませ、私はカーマイン殿下に問い掛ける。
カーマイン殿下は鷹揚に頷いた。
「そこに戦場があるからだ」
『ガルム語はわからないので王国語で頼む』
嫌味で私がガルム語で言い返すと、カーマイン殿下は少し笑った。
「煙に巻こうとしているわけではない。『オンスロート』が起きていて、俺が参戦できる状況だったのに参戦しなかったとなれば、故国の民に失望されてしまう」
「これだからガルム人は。……まあポーズくらいは必要か。ポーズだよな?」
「許されるならば前線に出るつもりだが」
勿論騎士団の方針に従うつもりだ、とカーマイン殿下は真面目くさった顔で続けるが、許されるわけないんだよなぁ。自国内の『オンスロート』に隣国の王太子を引っ張り出した挙句に死なせてみろ、とんでもないことになるで。
なお殿下が言った『民に失望される』云々はガチである。ガルムという国において最も忌むべき風評は『臆病者』であり、そのレッテルは王族の支持基盤すら揺るがしかねないと実しやかに言われているほどだ。一応補足しておくと、参戦云々はあくまでもこれが魔物相手の戦場であるからだ。如何に友好国とはいえ流石にリヒティナリアがガルム以外の他国とことを構えているところに王太子が勝手に乗り込んだりはしない。魔物とは全人類共通の敵なので、参戦するための正当性を用意する必要がないわけだ。
ちなみにカーマイン殿下は王宮でのパーティーに出席していて、そのままレオンヒルト殿下達と共にこの街にやってきたらしい。クゼくんはとある事情で殿下よりも遅れてガルムから発ったようだが、新学期に備えて学院に向かうつもりが『ちょうどいいところに!』と殿下に拉致られて今に至る。ガルム王都からリヒティナリア王都を経てロイエンタールまでぶっ通しの強行軍である。流石に同情を禁じ得ない。
「そういえば、アトリーには会ったか?」
「いや会ってない……というか、居るのか?」
「んむ」
私が対外的に知り得る程度の主人公ちゃん情報を語ると、カーマイン殿下は悩むような素振りを見せた。
てっきり彼女が居るから無理くりついてきたのかと思ったが、そうでもなかったらしい。本当に戦うために来たのかこの男。脳筋なのか? 脳筋だったわ。
「しかし、俺が不用意に会いに行くわけにはいくまい」
「貴様の後ろの男はなんのために居るんだ」
クゼくんはカーマイン殿下から見えていないのをいいことに苦み走った顔になる。まさしく『少なくともそのために居るのではない』とでも言いたげだ。しかし殿下がくるりと後ろを振り返った瞬間には完璧な従者スマイルに戻っているのだから抜け目が無い。
「まあ、戦後にでも顔を見せておけ。距離を縮めるチャンスかもしれんぞ」
「……だが、どの道すぐに学院で会えるのではないか?」
真面目な顔でそんなことを言うカーマイン殿下には、私のみならず背後のクゼくんと円卓の向こう側のイオちゃんまでもが一斉に溜息を吐いた。
「な、なんだというのだ」
動揺する殿下に、イオちゃんが言う。
「お言葉ながらガルム王太子殿下、学院で会えるのは誰でも同じです。だからこそ事前に会うことで自らに利せよとアシュタルテさんは仰っているのです」
「う、うぬ。だがアトリーも困るだろう、急に」
「成程。お相手を気遣うのは大事なことですわ。しかしわたくしの目には、今の貴方は単なる尻込みをしているだけのように見える」
「そう刺してやるなイオ。どうやら殿下の勇猛果敢さは恋愛方面には発揮されないらしい」
暗に『臆病者』であると私が論ってやると、カーマイン殿下はあからさまにムッとした。前述の通り、ガルム人が一番言われたくない言葉である。尤も、私は言っていないので、それでも伝わるってことはつまり殿下自身にも自覚があったってことだ。
私はスカートのポケットに入れていた『PiG』をこれ見よがしに取り出すと、ニヤニヤとカーマイン殿下を見遣る。
「なんなら呼んでやろうか、ん?」
まあ主人公ちゃん、自分の端末持ってないんだけども。
「結構だ。自分でなんとかする」
「……なんとかするのは私なんだけどなー」
「クゼ、何か言ったか」
「いえなにも!!」
そこでちゃんとぼそりと要らない一言を言うあたり、クゼくんは本当に出来た従者だよ。紅茶も美味いし。
さてカーマイン殿下を揶揄うのはこのくらいにして、次は、
「それで、イオはなにをそんなに不貞腐れているんだ」
ちょっとマシになってきたけど、私が部屋に入って来た時とかすごい空気醸してたもんな。あんなわかりやすく不機嫌なイオちゃんとか初めて見たわ。
私の問い掛けに、イオちゃんはしぱしぱと両目を瞬いて、それからスッと目を逸らした。
「だって」
え、なにイオちゃん。今度はそういう方向で私を殺しに来たの?
ほっぺたぷっくりで『だって』とか可愛過ぎて私が死んじゃうからやめようよ。
都合のいいことに、何故か私の片手には『PiG』が握られていたので、とりあえず激写してレキちゃんソシエくんに送っておく。♯本日のイオさま。
「折角プリムローズ様とご一緒できると思いましたのに、余計なものが……」
「……おいレオンヒルト殿下、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」
「いや僕の台詞だからねそれ。フレンネル嬢も僕だけならなんとか我慢できたみたいだけど、空気の読めないどこかの誰かがついて来ちゃったからねぇ」
カーマイン殿下が居心地悪そうに身動ぎする。
てことはなにか、イオちゃんは私と二人きりで戦場デート出来ると思っていたら、急にお邪魔虫が増えてしまったので不機嫌になっていたのか。彼女の役目は私と同じくレオンヒルト殿下の傍付だろうから、一緒の戦場と言えなくもない。なお殿下は背景と見做すものとする。で、カーマイン殿下が参戦されるとなれば、敢えて護衛対象の場所を分散させる理由もないから、結局レオンヒルト殿下と同じ場所になるんだよな。
というか、あれ、よく考えたら。
「ふと思ったんだが」
「うん?」
「これ別に、私が殿下の傍に居る必要はないんじゃないのか?」
レオンヒルト殿下の傍に私やイオちゃんを配置しようとしたのはエーベルヴァイン侯爵らしいから、その狙いはおそらく万が一の場合に殿下の身を守ることと、もう一つは初陣の殿下が逸った時に諫める役割を期待してのことだろう。
そもそも実力的にはイオちゃん一人で充分なのだ。レオンヒルト殿下自身も腕が立つし、聡明なのだから、本当なら傍付など要らないくらいだ。ただ立場上必要なのは理解する。そこにカーマイン殿下も加わったわけでしょ。カーマイン殿下は同じく護衛される側の人間だけど、それはクゼくんが居るのだし。私は常から彼のことを脳筋と揶揄しているが、頭の出来が悪いとは微塵も思っていない。性格的にあるいは民族性的に腕力に訴えがちなのでそう称しているだけで、彼の知性に関しては学院の試験結果からも窺えるように非常に優秀である。つまりは不用意に両国関係に罅を入れるような真似をする男ではないので、この場合はむしろカーマイン殿下の存在がレオンヒルト殿下を慎重にさせる方向に働くだろうし、カーマイン殿下もそのように動くだろう。
考えれば考える程、私が要らない件。
「な、なんということをっ!?」
「うわびっくりした」
急に立ち上がらないでよイオちゃんステイ。思わず義務みたいなびっくり出ちゃったじゃん。
「プリムローズ様、それはあんまりにございます! このイオをお見捨てになるのですか!」
「なんの話?」
「このような場にか弱いわたくし一人を残して行かれるなど、無体です!」
「貴様そろそろ不敬になるぞ」
私に言われたら終わりだぞイオちゃん。
だがまあ、彼女の言うことにも一理はある。男ばかりの空間に乙女が一人というのは不安だろう。しかも周囲の男は自分よりも位の高い者達と来たら尚更だ。といっても、あくまでも殿下の一番お傍に控えるのがイオちゃんであるというだけで、その周囲には当然のように護衛の騎士達が居るだろうし、殿下の代理という体で指揮を執るエーベルヴァイン侯爵だって近くには居るはずだ。これは戦況次第ではあるが。
女性騎士だって居るだろうし。いやイオちゃんが本気でそんな心配をしているわけでないのはわかってるけどさ。
でもなあ、ベルフェルテの相手をしなくてはならない私は、結局いつまでも後方に居るわけにはいかないのだ。一応最初は相手の出方を見るつもりだけど、ベルフェルテの動き次第ではすぐに飛び出すことになる。
「プリムローズ様は、わたくしのことなどどうでもよろしいのですね……しくしく」
「いや、だからな」
「ああ可哀そうなフレンネル嬢。こんなにも不安がっているのに」
くそっ、ここぞとばかりにゼロ円スマイルが乗っかってきやがった!
カーマイン殿下は呆れたような顏こそしているが、先程の仕返しなのか援護してくれるつもりは少しもなさそうだ。
「きっと僕が変なことばかり言うせいで、フレンネル嬢は一人で苦労する羽目になるんだろうなぁ」
「貴様が変なことを言わなければいいだけの話だと思うのは私だけか?」
「あはは。やだなあアシュタルテ嬢……僕だよ?」
こんなに説得力がある『僕だよ?』は初めて聞いたよクソが。
レオンヒルト殿下は大変性格がよろしい人なので、それはもう一人にされて膨れるイオちゃんを慰めるどころか嬉々として煽り散らかすことだろう。イオちゃんのストレスがマッハで危ない。
わざとらしい泣き真似をしていたイオちゃんが、片手で口元を隠しながらあざとい所作で私の目を覗き込んでくる。
「うるうる」
「ぐっ」
「うるうる」
「くっ、くぅ……!」
「きゅぅん……」
「ぐっはぁ!?」
ば、ばかな、ただでさえ破壊力が高いうるうる攻撃に加えて、まさかの『きゅーん』だと!?
この私が主にヴェルメリオの同じ攻撃に連戦連敗の記録保持者であると知っての狼藉か。
「わ、わかった。わかったから、それはやめろ」
「本当ですか!?」
「ほんとうだ。ほんとうだから」
「ではプリムローズ様はわたくしのお傍に居てくださるということですね!」
「一応、僕の傍付ってことなんだけ、」
「なにか?」
「いえ」
なんか早まった気がしないでもないが、仕方がない。私如きがイオちゃんに勝てるわけがなかったんや。
冗談はさて置くとしても、方向性は違えど不安に思っているのは事実だろう。これだけの規模の戦いなのだし、イオちゃんのみならず殿下達だってまだ十代半ばの子供でしかないのだ。ここはそっち方面で経験豊富な、しかも精神的年長者である私がフォローしなければなるまい。
特に一番、プレッシャーを感じているのは……
私がチラリとカーマイン殿下を一瞥すると、彼は視線に気付いて片眉を上げた。
それに対して私が口元だけで微笑むと、彼は不本意そうに顔を顰める。
一番プレッシャーを感じているのは、言うまでもなくレオンヒルト殿下だ。この戦いの総大将という立場だし、しかも初陣なのだ。如何に彼が優秀だろうと一個の人間だ。これで緊張しないのは最早人間ではないなにかだ。
思えば、私がここに入室した際に空気が異様だったのは、レオンヒルト殿下が本調子ではなかったからだ。何故って普段の彼ならばイオちゃんが不機嫌で膨れていたら嬉々として煽りにいくだろうから。そしてカーマイン殿下はイオちゃんが不機嫌なので気後れしていたのでなく、ライバルのレオンヒルト殿下が本調子でないのを感じ取っていたのだろう。
現に、イオちゃんと結託して私を追い詰めたことで少しだけ調子を取り戻してきた様子のレオンヒルト殿下――イオちゃんと雑談という名の嫌味の応酬をしている――の姿を眺めて、カーマイン殿下は『やれやれ』とでも言うように微かに笑っていたのだ。
なんというか、本当に出会った時の態度が嘘みたいに、だいぶ大人っぽくなったなこの子。
やっぱりアレかな、恋は人を成長させるてきな。
「あ、カーマインがアシュタルテ嬢と意味深な目配せをしてる!」
「なんですって……?」
「いや、待て、誤解だ」
いやぁ仲が良いことはいいことだなぁ。
あとイオちゃん怖すぎ。今の『なんですって……?』には私をして震え上がるくらいの迫力があった。微かに両目を赤く光らせるんじゃありません。
なんかカーマイン殿下が助けを求めているような気がするが、生憎と私は忙しいのだ。
「おいオセロー、茶」
「は、ただいま」
「待て誤解を解け! クゼもまずはこっちをなんとかしろ! ちょっ」
「お覚悟ぉ!!」
「ぬわーっ!?」
お茶がうまい。




