486話_sideout_『剣の誓い』クランハウス
戦士達にも休息は必要だ。
というわけで一夜明けて戦場から戻った『剣の誓い』の面々は皆それぞれに仮眠を取っていた。夜にはまた戦わなくてはならないので、昼頃まで睡眠をとり、午後からは徐々にコンディションを整えて夜に備えるというのが大抵の場合になるだろう。これは『剣の誓い』に限らず、参戦していた討伐者達のだいたいの傾向ではある。
クランハウスに戻って泥のように眠る者あれば、力尽きたのかあるいは面倒くさがったのかギルド支部の隅っこで雑魚寝を敢行する者もある。ちなみにギルド支部には仮眠室と銘打って討伐者達に開放されているスペースが存在するが、基本的にそれらは女性討伐者に優先使用権が与えられている。野郎どもは地べたに転がしておけばいいが、流石にお姉さま方に同じ真似を強いるわけにはいかない、というギルド側の判断である。これは別に女性優遇とかではなくて、全方向から一番文句が出難い選択肢を取ったらそうなっただけである。要するに棲み分けだ。
そんな事情はさておき、『剣の誓い』に所属するベテラン討伐者であるシビル・ストーンはクランハウスの自室に戻ってからしっかりと休息を取っていた。長年の討伐者生活で培われた体内時計は、つい最近まで王都の学院に外部講師として出向いていた都合上、学生達の規則正しい生活リズムに強制的に合わせられて若干の機能不全を起こしていたのだが、幸いにして今日は正しく仕事をしたようだ。
体内時計の目覚ましで昼前に覚醒したシビルは、自室で身支度を整えて廊下に繰り出し、示し合わせたように同じタイミングで自室から出てきたグレンと合流する。ちなみに示し合わせたわけではなく、同じ体内時計を使っているせいか何故かタイミングが合うだけである。そんなことばかりやっているから周囲からは『早く結婚しろよ』と呆れ交じりに言われて久しい。
「ぉはよ」
「うむ」
これである。
グレンは元々寡黙な性質であり、普段快活なシビルは少々寝起きが弱い。
特にそれ以上の何を語るでもなく、二人は肩を並べてクランハウスの食堂を目指す。睡眠を摂取したので、次は栄養を摂取せねばならない。朝食という名のランチタイムであった。
欠伸を噛み殺しながらふらふらと揺れ動くシビルと、背筋に定規でも入っているかのように淀みない足取りのグレンは非常に対照的だ。ちなみにずぼらが服を着ず歩いているような女性であるシビルは、寝起きの弱さも相俟って半ば下着の如き装いで出歩く常習犯であったわけだが、ここ最近はそれも矯正されつつある。学院で外部講師として働いた経験と、クランに招いた学生諸君の前で格好つけたいプライドがいい感じに合わさって彼女の素行を改善させているのだ。これにはグレンもにっこり(比喩表現)である。
歩いているうちにだんだんと目も冴えてきて、目的地に辿り着くころにはしゃっきりと目覚めたシビルは『今日の献立はなんじゃろな』と期待にお腹をぐーぐー鳴らしながら食堂の扉を開け放ち、
「シビルちゃああああん! たしけてぇ~~~~っ!!」
「えっちょ、ぐわああああ!?」
と、弾丸の如く飛び込んできたサブリーダーのイザベル女史(35)に為す術もなく押し倒されたのであった。
ちなみにグレンは薄情にも受け止めようとする素振りすらなくひょいっと身を躱していた。
◇◇◇
「――で? なにごとですか」
食堂の席に着き、食事をしながら事情を尋ねる。
シビルの隣にはグレンが座っていて、正面にはイザベル。
「それがね?」
イザベルが説明して曰く、話は今朝方、黒い森からギルド支部に帰還した頃に遡る。
◇◇◇
重傷を負ったシリウスとクレメンスを医務室に放り込むように他のクランメンバーにお願いして送り出したイザベルは、ある人物を探してロビーを歩いていた。二人とも重傷だが意識はしっかりしているので、ちゃんとベッドに縛り付けておかねばシリウスは脱走しかねないしクレメンスは仕事をし始めかねないのだ。
やんちゃな親父共に手を焼かされてやれやれと思いつつも、それが嬉しくもあった。なんにせよ、生きて帰ってくれたということなのだから。
彼等は精一杯戦ったし、頑張った。だけど彼等のことだからまだまだ頑張り足りないと言い出すに決まっているので、イザベルはそれを見越して行動に移していた。
「あ、居たいた」
ロビーの片隅で目的の相手を見付けたイザベルは、軽く呼び掛けながら歩み寄る。
すると、呼び掛けられた彼女――スレイは接近に気付いて視線を向け、それからふにゃりと笑んでみせる。
「はぁいベルさん。お疲れ様」
「うん。スレイさんもね」
「とりあえず、お互い生きてたことを喜びましょうか」
そう言ってスレイは疲労の滲んだ顔を緩める。
無理もないとイザベルは思う。ともすればシリウス達以上に、先の戦場で獅子奮迅の働きを見せていたのが目の前の彼女なのだ。スレイの腰には戦場で振るっていた魔剣が鞘に納められた状態で提げられているが、今の彼女の顔を見る限りは、あの時魔剣の影響で崩壊し始めていたアヴァターにはとりあえずの応急処置を施したようだ。
「旦那さん大丈夫だった? だいぶ派手にやられてたみたいだけど」
「死ぬような怪我じゃないよ。本人も『負けた悔しいィ!!』とかいって喧しいからクランハウスに強制送還したところ」
安静にしていれば死ぬような怪我ではないのは事実だが、逆に言えば安静にしていなければ命にかかわる傷である。本人は結果に納得がいっていないのかしきりにリベンジを叫んでいたが、戦闘を行うなどもってのほかなコンディションであることは言うまでもない。
「そういうスレイさんは大丈夫なの?」
「くっそ疲れてるけど、平気。ただこっちはこっちで魔公を仕留め切れなかったわ」
「そっか……」
「まあ、ウチのボスが間に合ったから、後は任せよっかなって感じよ」
そう言ってスレイが指で示した先には、なんだかこの場に矢鱈と似つかわしくないゴシックドレス姿の少女がいた。そういえばクレメンスが言っていたな、とイザベルは思い返す。スレイのボスと言えばあのアシュタルテ侯爵家のご令嬢であり、つまり彼女は侯爵家の私兵であると。
ということは、淡雪色の長髪が印象的なあの美少女こそが、スレイのボスである侯爵令嬢か。彼女は『PiG』を片手に通話中のようで、イザベル達の遣り取りに気付いた様子はない。どうやらイザベルは運の良いことに、通話待ちをしているスレイが手持無沙汰なちょうど良いタイミングで話し掛けることが出来たらしい。
というか、なんとなく噂話で聞いたことがある気もするが、少々容姿が幼過ぎはしないだろうか。イザベルの息子であるルークと同級生とはとてもではないが思えない。そうしてイザベルが眺めていると、少女は通話を続けたまま歩き始め、周囲で同じく待っていたのであろう者達――たぶんスレイの同僚――が後を追っていく。
「あ、行っちゃうよ?」
「ええ。クランハウスに戻るだけだろうから、別に大丈夫よ」
それよりも、とスレイはイザベルの顔を覗き込む。
「ベルさんは、なんか用事があって来たんじゃないの?」
「ああ、うん。そうなんだけど……」
どうやら用件を聞くために残ってくれたらしいスレイに促されて、イザベルは少し悩む。元々スレイに頼みがあって姿を探していたわけであるが、見るからに疲れ果てている彼女にこれ以上の負荷を強いるのは気が引ける。しかし同時に、侯爵令嬢に後を引き継ぐことでスレイがこれ以上戦わずに済むのであれば、むしろこっちのお願いを聞いてもらえる余裕があるかもしれないという打算もある。
訊くだけ訊いてみよう、とイザベルは口火を切った。
「実は、スレイさんにシリウスの治療を頼めないかと思って」
イザベルが脳裏に思い浮かべたのは、学生時代の後輩であり最近再会したレベッカの姿だ。バッヘル領での戦いにおいて、瀕死の重傷を負ったレベッカを、殆ど全快に近い状態まで回復させたのが他でもないスレイであった。
かくいうイザベル自身もその時にスレイのおかげで命を拾っているわけであるが、あの時のレベッカの傷は今のシリウスのそれと比較しても断然酷いものだった。言葉を飾らずに言えば、むしろ死んでいなくてはおかしい状態だったのである。
それを一瞬で回復させたスレイの手腕。彼女の力があれば、今日の夜までにシリウスを完治させ、参戦させることが出来るかもしれない。
ただでさえ死にかけているシリウスをもう一度酷使することになるが、イザベルは真剣だった。英雄伯の伴侶として、真剣にこれが、これこそが必要なことだと判断して動いている。
「うーん」
対するスレイは困り顔だ。
勿論イザベルとて、無償でなどと虫のよいことは考えていない。スレイの求める対価を用意するつもりがあった。だがスレイの様子を見るに、どうやらそういう話でもないようだった。
「私の一存ではできないんだ。それ」
「……上の許可がいるってこと?」
「そ。これまではボスが近くに居なかったから、事前に与えられた権限を拡大解釈した裁量の範囲内でわりと好き勝手にやれてたわけなんだけど」
「あー、ボスがここに来ちゃったから」
「訊ける状況で訊かずに判断することはできない。要は、ボスが許さなければ私は動けないし、逆に言えばボスが命じれば私は従うしかないのよね」
つまり。
「私じゃなくて、ボスをなんとか口説いてちょうだい。がんばっ」
スレイはにっこり笑って、イザベルの肩にポンと手を置いた。
◇◇◇
「――というわけで私、アシュタルテ侯爵令嬢さんと交渉しないといけないんだっ!」
がん、と机上に身を乗り出して言うイザベルに、シビルはとても白けた半眼を向けた。
「いや、いうて相手ルー坊とタメでしょう? なんで自分の子供と同い年の女の子相手にビビり散らかしてんのさアンタ」
「わかってない! シビルちゃんはわかってないっ!!」
「なにがすか」
たむたむと食堂のテーブルを叩き、イザベルは呆れ顔のシビルから、その横で食事を進めていたグレンへと水を向ける。
「一応貴族のグレンさん! 教えて差し上げて!」
「まあ、アシュタルテ侯爵家の風聞を考えれば、気が引けるのも理解できなくはないな」
「ふーん……でも侯爵家はそうだとしても、あのお嬢様本人はそんな悪い子じゃないと思うけど」
シビルがなんとなしに呟くと、劇的に反応したイザベルがビシっと指をさしてくる。
「そうそれ! そういうの!」
「はい?」
「ほら、シビルちゃん達って学院で先生してたじゃん? てことは彼女の講義も受け持ってたわけじゃん?」
「まあそうすね」
「どんな子? ねえどんな子!? 攻略情報プリーズ!!」
ああ成程、とシビルはようやくイザベルの奇行の理由を半分くらい理解する。
要するに交渉の席に着く前の準備として、少しでも相手の情報を仕入れておこうと考えたのだろう。そんなのそれこそルークに訊いたほうが早いのではないかという気もするが、それはこの後にでも訊くのだろうたぶん。
「てか、そういうことならグレンさんがよく知ってるでしょ。仲良しだし」
シビルが言うと、グレンは曖昧な笑みを見せ、イザベルの目が点になる。
「仲良し? え、誰と誰が?」
「だから、グレンさんとアシュタルテちゃん。愛称で呼び合う仲だもんね?」
「呼び合うというか、向こうが呼び名を指定してきただけだぞ」
などと供述しているグレンであるが、彼が何気に件の少女を甚く気に入っていることなどシビルにはお見通しであった。というか、そうでなければ仮に相手から愛称呼びを指定されたところでこの堅物はそう易々と呼びやしないだろう。
ちなみにグレンに気に入られる条件は非常に単純で、優れた力量とそれに相応しい知啓を示せばいいだけだ。このおじさんは実力者に敬意を払う武士ムーブを地で行くおじさんなので。なお単純だが決して簡単ではない模様。
「講義の後とかもたまに喋ってるじゃん」
「あれはヤツが勉強熱心な学生だからだ」
「グレンさんってば顏が怖いから学生が寄り付かないもんね。内心アシュタルテちゃんが構ってくれて嬉しいくせに」
「語弊があるが……まあ否定はしない」
などと話していると、イザベルから期待の篭った視線が浴びせられていることに気付いたグレンは、ふむと一息置いてから言う。
「とはいえ、俺が知っているのは学生としての姿と、まあ戦士としての姿だけだ。貴族としての姿は知らん」
「あー、イザベルさんから交渉を持ち掛けたら、向こうは貴族として対応してくる可能性があるのか」
「イザベルは英雄伯家なのだから、むしろどうあがいてもそういう話になると思うが」
そう言われて、シビルも遅蒔きながらイザベルがこんな感じになっている理由がわかってくる。
要は息子のルークの同級生云々はこの際関係なくて、相手の出方次第ではダンクーガ家とアシュタルテ家の交渉になる可能性がわりとあって、そしてイザベルはなんとかその方向を避けたいのだ。
というか普通に考えれば大人のイザベルと子供のプリムローズが対等な交渉の席につくのがまずおかしい。イザベルに相対するならばプリムローズを窓口としてアシュタルテ侯爵夫人が出てくるのが通常の流れだろう。
家同士の交渉になるならば、であるが。
「てかさぁイザベルさん。なんか先方と交渉するのが決定事項みたいに言ってるけど、まずそのアポを取るところから始めないといけないんじゃないの?」
「そうだな。しかもタイムリミットは今日の日暮れだろう。こんなところで泣き言を言っている暇があるのならむしろこちらから訪ねていくべきなのでは?」
シビルとグレンに口々に言われ、イザベルはというと、
「あ、それは大丈夫。この後くるから」
「「は?」」
「午後からそのアシュタルテさんがウチに来ることになってるの。だから時間なくて焦ってるんじゃないかぁ」
イザベルの言葉を聞いたシビルは、思わずグレンと顔を見合わせた。
午後から。
今何時?
正午。
そして数瞬かけて、認めたくない事実を認めざるを得ないことを理解し、そして猛然と立ち上がった。
「いやいやいやいや!! 来ることになってるぅじゃないでしょーが!? 準備は!?」
「へ、じゅんび?」
「侯爵令嬢をここに迎えるための準備だ!」
「こ、心の準備てきな?」
「ちっがぁーう!! 四大貴族のお嬢様お迎えすんのよ!? いつもみたく適当な部屋に通して適当なお茶出してオーケーなわけないでしょうが!!」
「あ……そういえば、そうかも?」
理解したようで理解していない反応をするイザベルを他所に、どうしてこうなったとシビル達は考え、苦もなく真実に辿り着く。
あまりにも簡単すぎる話であった。
普段、常にそういった手回しを一手に引き受けているクレメンスが居ないからだ。
「だぁもう! クレメンスさん居ないとダメダメじゃないのっ! 午後からって具体的には!?」
「ご、ごごいち……」
「すぐじゃないか!? 飯食ってる場合じゃないぞ!」
グレンは懐から『PiG』を取り出して医務室のクレメンスをコールする。怪我人を酷使するのは気が引けるとか言っている場合ではないので、とにかく最低限の体裁を整えなくてはならない。おそらくクレメンスが備えている接待品などがクランハウスのどこかにはあるはずなので、その在処を訊き出さねばならない。
その隣でシビルはやはり『PiG』を取り出してルークをコールする。時間的にもういつ侯爵令嬢が襲来してもおかしくないので、ここは同級生で交流のあるルークとマルグリットあたりをエントランスに置いておいて、時間を稼いでもらう作戦である。
決して大袈裟な慌てようではなかった。何故って、最低限のもてなしも出来ないようであればそもそも交渉の席にすらついてもらえない可能性が高いからだ。相手はこの国でも最高ランクの貴族なのだ。それこそお茶の一杯だって下手な安物を出そうものなら機嫌を損ねてしまうかもしれない。
そんなシビル達に、とっても肩身が狭そうなイザベルが、小さな声で訊いてくる。
「あ、あの……ベルさんは何をすれば」
「「心の準備でもしてろ!!」」
「はいぃ!」




