補完[知能S、技術S、耐性Fの男-2(end)]
「こんなところか」
『オンスロート』の発生から一夜明けて、早朝の討伐者ギルド支部。
ロイドは自身の『PiG』の画面に表示した必要素材を確認しながら調達のために動いていた。夜明けが早まるという前代未聞の謎現象によって黒い森が閉じたために魔物勢力は一時的に退いただけのことであり、次の日暮れには再びの侵攻があるであろうことは明らかだった。王政府からの派兵が間に合うにしろ間に合わないにしろ、とにかく態勢を整えねばならない。派兵が間に合わないならば再び討伐者だけで抗戦せねばならないし、派兵が間に合うのならば参戦して少しでも稼がねばならない。『オンスロート』は脅威であると同時に、討伐者にとっては稼ぎ所でもある。『剣の誓い』にも人的・物的損耗が出ている以上、せめて稼がねば大赤字だ。
ロイドの役割は装備面のサポートなので、昨夜の戦闘で損耗した各人の装備を修復してやる必要がある。とはいえクランの面々も基本的には己の得物の面倒くらいは見られるので、ロイドの腕が必要になるのはシリウスの魔剣のような所謂『高級装備』と呼ばれる類に関してだ。ちなみにその魔剣は結局戦闘中にシリウスに届けることは出来なかったが、先程イザベルに引き渡しておいたのでロイドの手からは離れている。尤も、遣い手のシリウス本人が重傷でクランハウスの医務室に叩き込まれたとのことなので、結局出番はないかもしれない。
あとは大きなトピックで言えば『やんちゃ娘』どもの装備だ。
具体的にはマクダレーナとミアベル。
マクダレーナにはロイドが試験的に製作した増魔機構である魔力カートリッジを持たせてあったが、ローダーが壊れたから直せだのカートリッジを使い過ぎたから用意しろだのと、先程からロイドの『PiG』にはマクダレーナからのメッセージが鬼のように着信している。
これに関してはロイドは完全にシカトを決め込んでいる。というのもマクダレーナにはドクターストップが掛かっているので、どの道次の戦闘に参加することは許されないからだ。むしろ装備を直せば無理矢理に参戦しかねないまである。なにが問題だったのかというと、少なからず身体に負荷を掛けてしまう増魔機構なのでロイドはマクダレーナに用法用量を予め伝えておいたのだが、彼女はそれを完全にぶっちぎってカートリッジをロードしまくったらしく、休養させねば真面目に身体を壊してしまう。
マクダレーナの所業に物申したいことはあれど、ロイドは自らの落ち度だと素直に認めるところでもある。というのもあのマクダレーナに用法用量を守れと言い含めたところで、いざとなればコロッと忘れてアッパーアーパーで使いまくっちゃうに決まっているのだから。とはいえ、結果的には彼女の奮戦のおかげで魔物の侵攻を妨げられたのも事実であり、別に責めるつもりはないが、技術者の立場としては褒めるつもりも認めるつもりもない。
一方のミアベルについては頭の痛い話であった。
一体なにをどうすればインナーハーネスを木っ端微塵に吹っ飛ばすことになるのかわからないし、マギアドライブを搭載した片手剣もボロボロだった。先程直接確認したが、クランハウスの研究室に戻って本格的に修理しないとどうしようもないと判断し、ミアベルにはそのままクランハウスに持って帰らせロイドは修理に必要な素材を調達するために走ったというわけだ。なお念のため言っておくと直接確認したのは片手剣の話であって、インナーハーネスの話ではない。
「まったくどいつもコイツも好き勝手やりやがって。直すほうの身にもなれというものだ」
ミアベルからは、なんとしてでも夜までに装備を直して欲しいと頭を下げられた。彼女がどこで何をした結果としてあのようなことになったのかはロイドの知るところではないが、事情を聞かずともロイドは彼女の望み通りに仕上げてやるつもりでいる。文句は山ほどあれど、仕事は仕事だ。それにロイドが苦労することで彼女等が死なずに済むのであれば、苦労を厭うわけもない。
幸い、物資調達のあては付いたし、インナーハーネスに関しても、ドルチェの協力を得て作成中の改良型があるのでなんとかなるだろう。
「さて……」
端末を白衣のポケットに仕舞い、ロイドは息を吐く。手配した素材がクランハウスに届くまでには幾許の時間を要するだろう。今から戻って出来ることから始めておいてもいいが、まあ物が届いてからスタートを切っても効率的には然程も変わらないだろう。
なので少し時間がある。
すると丁度いいタイミングでロイドの腹が空腹を訴えたので、小腹を満たしてからクランハウスに戻ろうと思い立つ。考えてみれば昨日から魔剣の調整に掛かりきりだったので、半日以上真面に物を食べていなかった。
今ならば戦いを終えた討伐者達のためにギルドが炊き出しを行っているはずなので、ロイドはそちらへと向かうことにする。
◇◇◇
特に待たされることもなく首尾よく具沢山のスープを手に入れることが出来たロイドであったが、ここで一つ問題があった。
食べる場所がないのだ。
普通に人が多過ぎて座れる場所がない。周りでは地面に座ってかっ込んでいる者達も居るが、出来ることならばそれは避けたい。立ち食いという手もないではないが、それとて結局道の真ん中でするわけにはいかないので。
場所を探して歩いていると、自然と討伐者達が固まっていたエリアを通り抜け、周囲の人種が少しずつ変わり始める。どうやら前線組ではなく後方支援に従事していた者達が固まっているエリアに来たようだ。なにが違うのかというと雰囲気が違うのですぐわかる。
その中で一人、ロイドは見知っていた顔を見付けた。
と言っても知り合いでもなんでもなく、本当に昨夜見た顔を覚えていただけという程度なのだが。
「……あ」
たまたまロイドの視線に気付いたのか、その人物は手元のカップに向けていた顔を上げ、スープの湯気で若干曇った眼鏡越しにロイドのほうを見た。
昨夜の攻防で、外郭の上で遭遇した護符職人の女性である。ゆったりとしたニット地のトップスに、細身のパンツを合わせた素朴な装いであるが、戦闘明けそのままの状態ということで少々砂埃を浴びてしまっている。
「どうも。お疲れ様です」
彼女もロイドのことを覚えていたのか、穏やかに微笑んで挨拶をしてくれた。まあ、昨夜のロイドと言えばやむを得ず大活躍してしまったので、それはもう印象に残っていても不思議ではない。
「ここ、座ります?」
そう言って彼女は自身の隣をぽんと示す。彼女は通路の端に設けられた景観作りのための花壇の縁に腰掛けていた。同じカップを手に持って歩くロイドの姿に事情を察したのだろう。
ロイドはというと反射的に固辞しようとしてしまったが、しかしここを立ち去ったところでスープが冷めるだけであると理性が囁く。一瞬で悩み抜いた末に、ロイドは小さく会釈をして彼女の隣に座らせてもらうことにした。
必要以上に身を窄めて座ったロイドは、スープと一緒に受け取った使い捨てのスプーンを使って、もそもそと食事を始める。
「さっきは、ありがとうございました」
「! あ、ああ?」
「貴方が居なかったら私、今こうして生きてなかったと思います」
ああ、そのことか。とロイドは呟く。脳内で。
彼女が言っているのはロイドが彼女の護符を使って即席の障壁を構築し、魔物の遠距離砲撃を防いだ件のことであろうが、ロイドにしてみればお互い様というやつである。あれが出来たのは彼女の護符が優秀な防御魔法として機能していたからだし、更に言えばあそこで立ち向かうことを選んだ彼女の勇敢さがあってこそだ。
というようなことを言えればいいのだが、生憎とロイドは想定よりもだいぶ近い女性の気配に動揺してそれどころではなかった。花壇の縁が二人で座るには絶妙に狭いのだ。いやそもそも座るために設けられた場所ではないのだが。別に肩が触れ合うほどの距離というわけでもないが、触れようと思えば触れる距離ではある。ちなみにもしそんなことになったらロイド的には大事件なので、ロイドは一生懸命身を窄めて彼女に触れないように苦心した。
「トーリっていいます。貴方は?」
「……ロイドだ」
「私ここで護符売ってるんですけど、ロイドさんは討伐者さん?」
「……あア」
「やっぱり! すごかったですもん魔法。みんな驚いてました」
「……ソウカ」
一身上の都合で非常に言葉少ななレスポンスしかしないロイドに、しかしトーリは気を悪くするでもなく、穏やかな笑みを零した。
ちらりとロイドが一瞥を向けると、彼女は少しだけ申し訳なさそうに、
「とってもシャイな人なんだなぁ、って」
「ス、すみません」
「あっ、いえいえ大丈夫です。ほら、職人さんって結構そういう気質の人も居ますから、慣れてるんで」
つまり気を遣わせていることには違いないので、ロイドは顔を顰める。
ロイドが感じた通りの気配り屋らしいトーリは、苦笑すると話題を流すように口を開いた。
「そういえばそれって、マギアドライブですよね」
トーリが示したのは、今もロイドの片手のグローブにマウントされているマギアドライブだ。外郭上で使用していたので印象に残っているのだろう。
ロイドが頷くと、トーリは表情を輝かせた。
「ですよね! そんなに高度なやつは初めて見ました」
「高度……まあそう、だな」
「お話してましたよね? もしかして、意思があったり……?」
期待を滲ませた問い掛けに、ロイドは『しめた!』と思う。
ロイドとて一応生物学的には男なので、トーリのような人懐っこい美人に構われて嫌なわけがないが、生憎と経験値が不足し過ぎているロイドにとっては少々刺激が強かった。というわけで、
「おいドルチェ、なんか喋れ」
秘儀、身代わりの術。
またの名をお願いドルチェ戦法であった。
するとマギアドライブがペかぺかと輝き、多分に呆れを含んだ声音が発せられた。
『ドルチェがせっかく気を遣ってしずかにしてたのに。おまえはなさけないヤツなのだ』
「喧しい。あと余計なお世話だ」
「わ! すごい! しゃべった!」
ドルチェの言葉にぐうの音も出ないロイドであるが、とりあえず目論見通りにトーリの興味が彼女のほうに移ったので、これ幸いとドルチェに応答を任せてスープを掻きこむことに集中する。
トーリもまた、そんなロイドに心労を強いていることを察したのか、ロイドに話を振ることは止めて楽しそうにドルチェと話を弾ませている。
その話の流れで、ドルチェがこんな問い掛けをした。
『トーリはなんであそこに居たのだ? なんで逃げないのだ?』
「あ、うん。私も一応ここで商売してるから、かな。なにか少しでも役に立てるかもって思って上に登ったんだけど、結局全然だめだったね」
『タリスマンばら撒いただけだったのだ』
「あはは……」
トーリのその行動で助かった人も居るのは先述の通りなのだが、さりとてドルチェの疑問はロイドも多少は思っていたことだ。というのも、明らかに荒事には向いていないトーリなので、無理をしてあのような鉄火場に乗り込まずとも、と思うのだ。なんらかの役割をこなしたいのであれば、ロビーで物資の配給を手伝うとか、それこそ炊き出しの手伝いをするとか、いくらでもやることはあるし、トーリのようなか弱い女性がそういった選択をすることに異を唱える者は余程おるまい。
とはいえ、少しでも安全な場所に居たがるのが人の常だと考えれば、進んで危険な場に身を置いて働こうとしたトーリの志は称賛こそすれ決して咎められるものではないだろう。
トーリは恥ずかしそうに笑って頬をかく。
「流石に懲りたから、今夜は大人しく下でお手伝いしてるよ」
そう告げて、トーリは完食したカップを片手に立ち上がり、身体を解すように伸びをした。
それから足元に置いてあった彼女の商売道具らしき鞄のストラップを肩に掛ける。おそらく商品だけでなく工具や商売のための道具などもまとめて入っているのであろう鞄は、細身な彼女とは不釣り合いなくらいに大きく厳つい。
「じゃ、早速一働きしてこよう、かな」
『なにするのだ?』
「んー? これ、配ろうと思ってさ」
トーリが鞄の蓋を持ち上げて中身を見せる。そこには昨夜も見た覚えがある、少々独特なデザインの護符がいっぱいに詰まっていた。護符職人である彼女の作品にして商売道具だ。
『売るのだ?』
「んーん。ただで配るよ」
「……そんなことをしたら大赤字だろう」
いいのか、とロイドも思わず問い掛けると、トーリは苦笑気味に頷いた。
「また作ればいいだけですから。お金があるクランの人とかは自前で用意できるだろうから、そうじゃない人達に渡そうかなって。それで一人でも、怪我をする人が減ればいい、かな」
『いい人すぎて損するタイプなのだ』
「といっても、そもそも大した品でもないから、元手もそんなに掛かってないんだ」
失礼ながら、護符の素材自体はごく一般的な材質であるのは見ればわかる。大して元手が掛かっていないというのも本当だろう。ドルチェなどは『そうなのか』と素直に納得しているが、ロイドはそちらの分野にも見識がある以上同意し難いところである。というのも、基本的にこういったアイテムの値段とはその大部分が設計費と加工費なのである。要するに職人の技能と、製作に要する時間にこそ値が付くのである。無論、性能が確かであることは大前提としてだ。
なんとも言えないロイドの視線を気まずく感じたのか、トーリは言い訳っぽく言葉を重ねる。
「その、恥ずかしながら全然売れてないから、在庫いっぱいなんです」
「だが、無償で配るには勿体ない性能だ」
「あ、ありがとう。嬉しい、かな。でもだったら余計に、たくさんの人に持って欲しい」
どうやら彼女の決意は固いようだ、とロイドは説得を諦めた。まあロイドが実際に説得など出来たのかはさておいて、スタンスとしてはロイドはちゃんと相応しい対価を得るべきだと思っている。優れた仕事には相応の報いが必要だ。技能の安売りは長期的に見て誰も得しない結末を招く、というのがロイドの持論であるからだ。
とは言えど、今回は非常時だし、客の少なさにトーリが悩んでいるのであれば、むしろ良い宣伝の機会だとも考えられる。なにせ彼女の護符の性能は確かなのだから、売れ行きが芳しくない理由はほぼほぼ知名度のせいだろう。無償で配ることで、能力が認められて客が増えるという展開はわりとあり得る。
そこで、なにを思ったのかドルチェがいきなり声を上げた。
『それならロイドが手伝ってやるのだ』
「「え?」」
『そんな鞄担いで一人で配るのたいへんなのだ。ロイドでも荷物持ちくらいは役にたつのだ』
「え。い、いいよそんな、悪いし」
わたわたと手を振るトーリに構わず、ドルチェはまるで決定事項のようにロイドを急かしてくる。
「おい、何を勝手なことを言ってる。俺はすぐに戻って修理を、」
『どうせ物が届くまで手を付けられないのだ』
「だが悠長に時間を掛けている余裕は、」
『時間を掛けないために手伝えって言ってるのだ。ばかなのだ?』
「ぐっ、いやしかし」
『それに、女一人で討伐者相手にさせるの、あぶないのだ』
「ふぐっ、それは確かに」
なおも往生際悪く言い訳をこねるロイドであったが、片っ端から理路整然とドルチェに反論されて、遂に白旗降伏を余儀なくされる。
俗に言う論破である。
ドルチェは物言いこそ幼さを感じさせるが、実はその知性は相当に重厚である。というのも、彼女は現在マギアドライブを自身の依り代として一体化している状態であり、つまりマギアドライブ内に元々インプットされていた情報を参照して思考することが出来るのだ。そしてこのマギアドライブはロイドが研究の補助用に用いていたものなので、入力された情報の密度と専門性も相当なものだ。
『わかったらうだうだ言ってないでやるのだ』
「はい。」
「え、えと。いいの、かな?」
『いいのだ!』
敗者に発言権などない。ロイドは頷いた。
◇◇◇
その日の午後。
ロイドは自身の研究室にてミアベルの剣を修理していた。ロイドは刀匠ではないので、刀身部分の修復は別の職人に依頼して任せており、ロイドが直接弄るのは主にマギアドライブ周りの部品と、全体的な魔法構造――即ち魔法具としてのシステム面である。
ミアベルの装備としてもう一つの懸案であったインナーハーネスに関しては既に完成していて、というか最初からほぼ完成していてテスト待ちの状態だったものを急遽最終調整しただけだった。後は使用者であるミアベルが実際に着用してみてのフィッティング作業だけなので、それは現在別室で進行中である。これだけのために召喚されたクリスティンと、それからノエルがサポートに入っている。両者とも以前にミアベル用のハーネスを設計した際に関わっているので、特に問題もあるまい。
問題があるとすれば、こちらのほうだ。
具体的にはマギアドライブ。
ミアベルが使用していたマギアドライブだが、剣から取り外してメンテ用の台座にセットし、とりあえずわかりやすい破損個所であった発声機能の修復を済ませたところでいきなり自閉モード――外部情報をシャットアウトした自己診断に移行してしまい、ロイドからの干渉を受け付けなくなってしまったのだ。これが不具合ではないのは、自閉に入る直前にマギアドライブ本人?がそれを宣言していたことからも明らかだ。
曰く『少し考えます』とのこと。
なのでロイドはとりあえずマギアドライブは放っておいて周辺部品のハード的な修復と改良に勤しんでいたわけだが、そろそろ小一時間が経過しそうとあっては気にもなってくる。使える時間が限られている以上、闇雲にやらせておくわけにもいかないのである。
作業机に頬杖をついてマギアドライブを眺め、ロイドは思う。
どうしてこうなった、と。
いや、実のところ理由はわかっている。何がというと、このマギアドライブどう考えても自律思考が芽生えている件、である。有り体に言えば自我。確立されたパーソナリティを後から入力したドルチェとはわけが違う。ミアベルが使っているうちにゼロから芽生えた天然の自律思考である。
ロイドの想定を超える『進化』であった。ロイドの想定外ということは原因はロイド以外のところにあって、まあ深く考えるまでもなくミアベルだろう。ここ最近の活動を通して、マギアドライブ越しに彼女の魔法行使を見てきたロイドには、ミアベル・アトリーという魔法使いがどれだけ出鱈目な存在かがよくわかっていた。
彼女の有する特異極まる魔法特性が、マギアドライブに異常な『進化』を齎したのであろうこともわかるし、更に言えば昨夜観測された奇妙な事象――夜明けを早めた時間の加速というものにもミアベルが関わっているのだと理解している。
そこまでわかっていて、それでも何故を問わずにはいられないのは、
「どぉしてアトリーに持たせてしまったんだ俺は……」
である。
ロイドは頭を抱えていた。
そもそもロイドの思惑としては、優秀な学生にマギアドライブを持たせて教示を行うことで、マギアドライブの自律思考の基礎となる経験を積ませようと目論んでいたのだ。だからこそ、クランを訪れる学生達の中から、それぞれ方向性は違うが共に魔法適性に秀でた二者に試験運用を任せたのである。
莫大な保有魔力を誇り、出力に秀でたミアベルと。
緻密な魔力制御と並列運用に秀でたレックスと。
そしてこの研究室で整備中にはマギアドライブ同士の情報共有と相互補完が可能なので、二人に任せた二機のマギアドライブがそれぞれに学習した経験値を共有させれば平均的に優れた思考基盤を有するマギアドライブが完成する――はずだった。
勿論、ロイドの思惑は完全崩壊している。
最早欠片も残っていないと言わざるを得ない。
ミアベルのおかげで『進化』を遂げたマギアドライブの存在は、一人の技術者としては大変興味深いものだし、無論徹底的に分析させてもらうつもりではある。しかし頭が痛いのは、どう考えてもこのドライブはもうミアベルの専用機にしかなり得ないということだ。
その、決定打が――――これである。
『理解しましたっ!!!!』
「うおっ!?」
自閉モードだった件のマギアドライブがいきなり光って叫んだので、ロイドは誇張抜きで椅子から飛び上がった。
「な、なんだいきなり」
『しすてむあっぷでーと完了! これでもっとますたぁのお役に立てます! マギドラちゃんMk-2、始動ですっ!!!!』
「無限に言いたいことがあるが……なにを理解したって?」
『ますたぁのお役に立つためにひつようだったものです! わたしに足りなかったものです!』
「…………それは?」
あんまり聞きたくないなぁ、と思いつつもロイドは問わずに居られない。
例えどれだけなんかアレな感じであろうとも、持ち前の知的好奇心がここで訊かないという選択肢を許さない。要は職業病。
そしてマギドラちゃんMk-2(仮)は自信満々に告げた。
『ノリと! いきおいと! テンションですっ!!』
「あっはい……」
システムを閉じて一人で只管に考え抜いた結論がそれだったらしい。
コイツはコイツなりに一生懸命考えて考えて、ミアベルのためにはこれが必要だと思い至ったのだ。
「ところでお前、声変わったか?」
『よくぞ気付きましたね、まいすたぁ! これまでわたしのボイスはクリスティンさんからの借りものでしたが、これを機にわたし自身のボイスを創り出したのですっ!!』
「お、おう」
『クリスティンさんのボイスを下地に、(勝手にサンプリングした)スメラギさんのボイスをMixし! これこそわたしだけのボイスなのですっ!』
「誰だって? というか小声でなんか言ったか」
『ますたぁの憧れのクリスティンさんと、ますたぁにとって特別な存在であるスメラギさんの声をあわせもつわたし! これでますたぁもイチコロぞっこんにちがいありませんっ!!』
「私欲まみれじゃねえか」
生まれたての癖に自我が強烈すぎる件。
ロイドは既に頭を抱えることすらしなかった。諦めの境地である。
もうこのドライブはミアベルにあげよう。こんな奇抜なアイテムの面倒なんて見られる気がしないし、ドライブ自身もこれだけの忠誠心を向けている相手と引き離されることを望むまい。
マギアドライブに下手に自我を持たせるとこうなるというテストケースとして、高い授業料を払ったと思うしかない。
不幸中の幸いとして、ドルチェが入った一号機は別としてもマギアドライブはもう一機あるのだ。レックスはミアベルのようにイカれていないので、彼に任せていた三号機は大丈夫。そもそもそう簡単に自我など生まれて堪るかという話だし、生まれるわけがない。
大丈夫。
…………本当に大丈夫か?
不安に駆られたロイドが視線を移したのは、意味不明な奇声をあげる二号機の横の台座に鎮座している三号機だ。なお一号機ことドルチェもその横の台座に乗っているが、彼女は鬱陶しそうに『うるさいのだ~』とぼやいている。
ロイドは祈るような気持ちで、沈黙を保ったままのマギアドライブ三号機に語り掛ける。
「頼むから、お前まで変なことを言うなよ?」
『了解。『へんなこと』を禁止ワードに設定します』
「違う、そうじゃない」
ある意味正しいけど、そうじゃない。
思わず否定の言葉が出たロイドに、マギアドライブ三号機は、
『…………ちがった?』
と、まるで小首を傾げるかのような、きょとんとした言葉で返した。
「…………なあ、ドルチェ」
『あきらめるのだ』
「これ自我あると思うか?」
『ないのだ。って言えばまんぞくするのだ?』
だよなぁ、とロイドはがっくり項垂れる。
三機すべてのマギアドライブが、実質的に彼の手元を離れた瞬間であった。




