補完[修験者系眼鏡男子]
・インテリ風の細マッチョってカッコイイよね。
~"モブ転生者"タナカ~
「クロト、そっち持ってくれ」
「おうよ」
せーのっ、と声掛けをしながらクロトと協力して荷物を持ち上げる。
新入生の身体能力測定を終えた後片付けである。準備と片付けのみならず、測定中の記録や誘導のためのスタッフとして俺達学生戦力が駆り出されたわけだが、一応建前上は教員の指導の下、学生側の責任者として執行部が居て、その下の兵隊が俺達だ。
執行部の面々は立場上は学院側の人員として義務で働いているが、俺達については雇われのスタッフなので働いた分の給料――と言っては大袈裟だがお小遣いくらいはもらえる。今日受けるはずの講義は別の日に振り替えることが許されているし、それほど悪い待遇ではない。たまに自身の測定結果に満足がいかない貴族学生が難癖をつけてきたりするので、そういうのに当たらなければ、であるが。
学生戦力は比較的位の低い貴族や平民で構成されているので舐められやすいが、基本的には俺達のほうが上級生だし当たり前だけど腕っぷしも強いので、考えなしに絡んでくるやつは相当空気が読めない愚か者か、あるいは偉そうなだけでなく本当に偉い貴族だけだ。なおその場合は教員か、あるいは公爵家である執行部長(を盾にした副部長)が対応するので隙はない。
尤も、今年は大したトラブルもなく平和に終えて、後片付けを残すのみ。片付けは別に楽しい仕事でもないので早く終わらせて撤収したい気持ちが出てくることは否めない。
「くそ重いなこれ」
「もう一人くらい呼ぶか?」
ぼやくクロトに提案すると、彼はやせ我慢っぽい表情で返した。
「いやでもよ、流石にこれを三人がかりってのは、見た目ダサくね?」
「荷物運びにスタイリッシュさを求めてどうする」
俺とクロトがえんやこらと運んでいるのは仮設テントの骨組みだ。バラされて折り畳まれたそれは金属製で、そもそもテントがデカいだけあって骨だけでもかなり重い。俺達は身体強化の魔法を使ってなお、二人がかりで運ぶのがやっとだ。
「それによ、仮にも女子が一人で運んでんだから」
「あれは例外だろう」
そう言って二人して横目で眺めるのは執行部の部長の姿である。
学生ながらにして転神の遣い手であるヴァンシュタイン部長は、その不穏極まるアヴァターの能力を存分に発揮して、影の腕を背中から生やして、仮設テントの骨組みをひょいと持ち運んでいる。しかも一つではない。同時に四つだ。無造作に振り回すだけで雑多な魔物なら撲殺できそう。
やってることはすごいのだが、どうにも見た目がアンバランスと言うか異様で、率直に言って不気味だ。
信じられるか?あれ公爵令嬢なんだぜ……?
今回使用した仮設テントの数はかなりのものなので、準備の際にも部長は大活躍であった。というか、彼女が居なければ時間内に準備が終わらなかった気すらする。
そんなわけで俺達のノルマは彼女に比べれば大したことない。今運んでいるこれを終わらせたら、後一つで終わりだ。
「はぁ……もう一往復するのかよ」
「ぼやくなクロト。しんどくなるだろ」
「俺もう腕パンパンだぜ?」
「俺もだ」
間違いなく筋肉痛になるなコレは。
と、そんな俺達に声を掛けてくる者が居た。
「あれで最後ですか?」
細身の眼鏡がトレードマークの銀髪男子は、執行部の副部長であるギリアム・ホーキンスだ。片付ける物品の個数をチェックしているらしく、片手に抱えた分厚いバインダーには関連の書類が挟まっている。
彼が指さすのは俺達がもう一往復して運ぶ予定の最後のテントだ。
「おう、あれで最後だ」
クロトの返事を訊いた副部長は書類になにやらチェックを書き込んで頷いた。どうやら個数は過不足ないようだ。尤も、小物の備品とかならともかく、仮設テントが紛失することはそうそう起こり得ないだろうが。
「ところでギリ公、暇なら代わりに運んでくれてもいいんだぜ?」
「これが暇なように見えますか?」
最後のテントを副部長に押し付けようと冗談交じりに告げるクロトに、彼は呆れを隠さず手元のバインダーをトントンと手で叩いて見せた。
「とはいえ、まあ片手は空いてますので、ついでに持っていきますよ」
「「は?」」
言うが早いか、副部長は俄かに魔力を纏うと、置いてあった最後のテントをあろうことか片腕で軽々と持ち上げた。重心が狂わないようにバランスを取るのに苦心した様子はあったが、そのまま荷物を肩に担ぐと危なげない足取りで運び始めた。
俺とクロトは愕然とそれを見送る。
「…………見ろタナカ。あれがスタイリッシュな荷物運びだ」
「俺が悪かった」
副部長が身体強化魔法の名手であることは知っているが、こうしてわかりやすく差を見せられると考えさせられるな。
身体強化は基礎中の基礎、誰だって少なからず使用する魔法だ。そんな基礎的な技能でも突き詰めれば一芸として誇れるものになるのだ。ただし、肉体のスペック以上の能力を発揮させることには当然のリスクも伴うので、考えなしに筋力強化を重ねたりすると、強化された筋力で自分の肉体を破壊してしまう、なんてことがわりと良くある。
筋力を強化するならば、その出力に耐えられるように肉体の耐久性も調整する必要が出てくる。副部長は涼しい顔して身体強化を行うが、その実態は複数の異なる魔法を緻密に神経質に組み合わせて、リアルタイムで最適なバランス調整――いわば肉体の調律とも言える魔法行使をしているであろうことは想像に難くない。
「よし!俺も身体強化重ねちゃうもんね!」
「あ、おい」
謎の対抗心を燃やしたクロトが、俺が止める間もなく身体強化魔法を重ね掛けしてしまう。あとほんのちょっとだけでも強化できれば荷運びは劇的に快適になるだろうから、気持ちはわからなくもないが。
逆に言えば、その『ほんのちょっと』が出来るのなら最初からやっていると言うのだ。
「おっしゃ、軽くなっ――あァおッ!?」
「ちょ」
案の定失敗したのか、変な雄叫びを上げてクロトが硬直する。大抵は身体強化に失敗すると壮絶な痛みが走ったりするので、クロトの筆舌に尽くし難い形相はそういうことなのだろう。痛みを堪えるためかあるいは単純に動けないのか、変な体勢で固まったクロトに俺は気が気でない。
何故って、今まで二人がかりでやっとこさ持ち上げていたのだから、俺一人では運ぶことはおろか持ち上げることも叶うまい。
「お、おいクロト、大丈夫か」
「だいじょうぶに、み、見えるか……?」
「見えねえ。とりあえず、一旦下ろそう」
「む、無理だ……今動いたら、絶対落とす」
物自体は頑丈なテントのフレームだけだから、落としたところで破損の心配はなさそうだが、この重量物が動けないクロトの足の上に落ちたりしたらそれは事だ。
こうなっては、俺達に取り得る選択肢は一つしかなかった。
「ギリ公ー!!助けてギリ公ーッ!!」
「誰でも良いから今すぐヘルプ!!」
だいたい半刻くらい後。
練術場に併設の休憩所にて。
「無事に撤収作業は完了しました。皆さんの協力のお陰です。ありがとうございます」
そう締めの挨拶をするのは副部長だ。
「一部アクシデントもありましたが、大筋で恙無く」
眼鏡越しの冷たい視線に貫かれたクロトが空々しく視線を逸らす。ちなみに結局俺達を助けてくれたのは部長で、影の腕をもう一本増やしてひょいっと荷物を取り上げて、そのまま片付けてくれた。
色々な意味でダメージのデカい出来事であった。
なお、この場の最高責任者はその部長のはずだが、彼女の役割を副部長が代行するのは最早いつも通りの光景である。そんな彼の横で置物のように立っている部長に、一応は役割を果たさせようとしたのか、副部長が水を向ける。
「部長、最後に一言」
「あの、あの……みなさん、お疲れしゃまでした」
顔を真っ赤にしてなんとか言い切った彼女が噛んだことには誰も突っ込まず、俺達は元気に『お疲れ様でした!』と復唱して解散とあいなった。
殆どの学生は連れ立って寮へと戻るようだが、執行部を中心にして一部の学生は差し入れの残りであるお茶とお菓子でちょっとした打ち上げにと洒落込むようだ。
俺はどちらでもよかったが、クロトは居座る気満々らしいので、付き合うことにする。
「お疲れ様。クロト君、タナカ君」
そう言ってお茶を差し出してくれたのは執行部のベリエさんだ。
お礼を言って受け取り、しばし雑談に興じる。
「クロト君、脚大丈夫ですか?強化魔法やっちゃったって聞きましたけど」
「んあ?へーきへーき、もう痛くもねえよ」
「身体強化は気を付けないと危ないです。一年生で習うときに散々注意されたはずですよ?」
「いやぁ今まで失敗したことなかったんだけど。むしろ良い経験できたわ」
「反省しないとダメですっ!大事なかったから良いものの、酷いと後遺症が残る可能性だってゼロじゃないんですから!」
うんうん。もっと言ってやってくれベリエさん。
その馬鹿は俺が言っても聞きやしない。流石にベリエさんに怒られればちゃんと聞くだろう。
問題は、自他ともに認める女好きのナンパ野郎であるところのクロトにとっては、ベリエさんと言う美女からのお説教はむしろご褒美でしかないということだな。まあこの際クロトの記憶に残れば何でもいいや。
「んじゃさ、ベリエちゃん今度強化魔法のコツ教えてよ」
「それでしたら、私ではなく副部長に訊いたほうが良いですよ。と言いますかクロト君はちゃんと教わるべきです」
そのまま純粋な善意で副部長を呼びに行ったベリエさんを見送る。
「ナチュラルに振られたな」
「そっち方面に疎い感じが堪らねえんだよなぁ」
「おい本当に副部長呼んできたぞ」
「ベリエちゃんの善意が辛いぜ……!」
標準装備の無表情で現れた副部長の、その横に当然のように部長が引っ付いていることには最早何も言うまい。
俺は副部長のことはぶっちゃけ修験者かなにかだと思っている。草食系を通り越して絶食(ただし修行的な意味で)系男子である。というのも、部長ことヴァンシュタイン公爵令嬢はコミュニケーション能力に問題はあるしアヴァターがすごく不穏なビジュアルだけど、少なくとも本人は文句なしの美少女だ。格式高い公爵家の令嬢だけあって身嗜みには一片の隙も無く、コミュ力が下方向に戦闘力が上方向に突き抜けている以外は総合的にハイスペックな女性で、小柄な体格に比して反則なまでに立派なモノもお持ちである。
で、そんな美少女に頼りにされて、執行部の活動中は四六時中一緒に居ると表現しても過言ではないほどにべったり懐かれているというのに、副部長はそれを微塵も意識したところがない。あまりにも顔色が変わらないものだから一時期ホモ疑惑すら出たくらいである。なお本人曰く『普通に女性が好きですがなにか?』とのこと。
副部長とクロトは先程のベリエさんとの遣り取りと同じような会話をもう一度繰り返し、
「てなわけでギリ公、身体強化のコツ教えてくれよ」
「コツですか……」
そうですね、と副部長は真面目に考え込む。
「ギリ公の身体強化マジすげえじゃん。なんかコツあんだろ?」
「コツと言うよりは慣れですね。強いて助言するならば、身体を動かしながらでないとコンディションの精密な把握は難しい」
「運動しながら練習しろって?」
「それも良いですが、ただ運動するだけだと身体強化は過剰スペックにしかなりませんので」
僕のお薦めは、と言いつつ副部長は伝家の宝刀『眼鏡カチャリ』を繰り出した。
「やはり魔物との実戦で磨くのが一番です」
「えぇ……もし失敗したらどうすんの?」
「最悪死にます。死ななければ、上達します」
流石のクロトも絶句している。恐るべきは副部長が無表情なことだ。
「ぎ、ギリ公の冗談はわかり辛いぜ、あはは」
「あのあの……冗談では、ないかと」
控えめな部長の指摘に、副部長は当然の如く頷いて見せた。
「真面目な相談事に冗談で答えたりはしません」
「いやそこはむしろ冗談であって欲しかったんだが……」
ドン引きした俺の言葉に、副部長は不本意そうに眉を顰め、その顔を見た部長がぽんやりと笑うのだった。




