補完[知能S、技術S、耐性Fの男-1]
・全二話。よてい。
深夜。ロイエンタールの街を疾駆する一つの影がある。
白衣じみた外套を纏った若い男だ。痩せ型で、どちらかというと小柄な体格をしている。その装いからもあまり荒事に向いていそうな人種には見えない風貌であるが、一心に駆ける速度はかなりのもので、大して息を乱した様子もない。
気難しそうに眉根を寄せた表情には、若干の焦燥が見て取れる。
クランハウスから一路、討伐者ギルド支部へと向かうロイドの姿であった。
彼はその背に一振りの剣を担いでいる。鞘に納められたその剣は、分類で言えば片手剣と呼べるサイズだ。本来であれば背ではなく腰に帯びるのが正しかろうが、生憎とロイドはこの剣の遣い手ではない、ただの運び屋である。
――人造魔剣『テイルリング』
当代英雄伯シリウスの愛剣であり、最先端技術の結晶である、人が造りし魔剣。
非常に強力な性能を有する反面、扱いは非常にデリケートであり、大雑把なシリウスがすぐに無理な使い方をするものだからガタが来て、遣い手が振るっているよりも技術者がメンテしている時間のほうが長いとまで言われる困った武器なのだ。
例によってメンテナンスのためにロイドが預かっていたものを、有事に際して作業工程を大幅に繰り上げ、なんとか形にすることが出来た。なのでロイドはそれをシリウスの手に届けるために走っているわけだが、その表情は険しい。
元々、シリウスが一度敗れた魔公へのリベンジのために、彼の本来の得物が必要だろうと考え作業に入ったロイドであったが、彼がクランハウスで黙々と籠っている間に外の状況は急変していて、なんの因果か『オンスロート』が発生したというではないか。勿論シリウスを始めとした『剣の誓い』の面々も参戦すると連絡は受けていたが、ロイドはそちらに合流することなく作業を続行することを選んだ。それが自らの役割だと考えていたし、きっとこの剣が必要になるだろうと思ったからだ。
通常なら数日掛けて行う予定のメンテナンスと最終調整を、ロイドは鬼気迫る渾身の集中力で以て一夜で片付けた。無論、省ける工程は全て省いて、本当に必要最低限のことだけを実施した突貫工事のような所業である。
それでも完了には違いない。魔剣は実用に耐え得るだろう。会心の仕事ぶりであった。
だがロイドの思考を占めるのは達成感ではなく、ただ仲間達の安否を憂う思いだ。
常から仏頂面で人付き合いも良くないロイドであるが、これでも彼は彼なりにクランに愛着は持っているし、他の面子への仲間意識だってある。
「間に合えよ……!」
歯を食いしばり、あらん限りの出力で身体強化を施し、ロイドは駆ける。
◇◇◇
ギルドに辿り着いたロイドはメインロビーに飛び込むと、まずクランの仲間が居ないかどうか周囲を見回す。一応シリウスには事前に、余裕があればロビーまで剣を取りに来いと伝えてはいたが、状況的にそんな余裕がないことは明らかだ。擦れ違いになることを危惧して確認しただけであり、勿論ロイドは自分自身の足で前線に出向いて剣を届けるつもりで居た。
非常灯の明かりで常よりも赤く見えるロビーの内部は喧騒に満ちて混雑していた。普段に比べれば人口密度的にはマシだが、とにかく物資が溢れている。前線に届けるための武器、魔法具。それから食料品に医療品等々。ギルドの備品や討伐者街の商品、ロイエンタールの街からの補充品なども片っ端から並べられて、片っ端から出荷されていく。それから、ロイドと同じく遅れて到着した討伐者が前線へと繰り出していく姿もあれば、逆に前線から後方へと送られてくる者も多い。それらの大抵は負傷者であり、自力で歩いてきて傷の治療をしている者も居れば、意識もなく担架で運ばれていく者も居るし、殆ど死んでいるようなのも、稀に見られる。
ロイドはロビーの中央に鎮座している巨大な球形ターミナルに目をやった。
球面に表示されているのは現在の戦域情報であるが、ロイドが見たところあまり芳しくはなさそうだ。彼はあくまでも一人の技術者でしかないので戦略的な分野に明るくはないのだが、そんな素人の目から見てもわかる程度には前線はガタガタだ。同じターミナルに表示されている環境情報を見る限り、戦場の大気中魔力濃度は相当なもので、所謂魔力バーストが連続して発生しているのだろう。つまり通信のための魔力波など碌に通らない状況であり、故に前線のマップも正確無比とは言い難いものであろうが、それはむしろ、つまり実際の戦況は後方で把握している以上に泥沼化している可能性が高いと言えた。
そもそもの話をすればこのような大規模戦闘そのものが討伐者の領分を逸脱しているものである。何故ならば彼等は軍隊ではないからだ。本格的に魔物勢力の撃退を行うのは公的な軍隊である王国騎士団の仕事であり、討伐者は騎士団が到着するまでの繋ぎでしかない。とはいえ、相手の魔物も統率された軍隊ではないので、結局のところは規模が大きくなっただけのぶつかり合いであり、多くの戦場で多くの討伐者が普段と同じように魔物を狩っているのだと見做すことも出来なくはない。
とにかく、『剣の誓い』が戦域中央に配されていることを確認したロイドは、そこに向かうために移動しようとする。
ただし今回の戦域は相当に広いので、一言に戦域中央と言ったところで該当する区域は広大だ。闇雲に前線へと繰り出したところでシリウスに合流出来る可能性は高くない。ロイド自身に優れた機動力があるわけではないし、戦場の真ん中で悠長に人探しなど出来るわけもない。せめて居場所のあたりをつけようと、ロイドはまずギルドの外郭に登ってみることにした。シリウスは敵の親玉らしき『サラマンデルロード』と交戦中とのことなので、居場所が流動的である可能性が否めないのがネックだ。つまり当初の配置とは既に違う場所で戦っているのである。となればもう、高所から遠距離の観測魔法を使って肉眼で戦闘の光跡を確認するしかない。いかにも原始的だが、結局それが一番確かなのだ。
その時、ロビーが揺れた。
「!」
周囲からどよめくような悲鳴が上がり、ロビーの天井から砂と埃がパラパラ落ちてくる。
おそらく、攻撃を受けたのだろう。流石にここまで魔物が浸透してきたとは考え難いので、ギルドの施設が揺れる程の威力も鑑みて、十中八九長距離砲撃の類が外のどこかに着弾したのだ。
外の様子を見ていた者達が大声で知らせるところによると、どうやらギルドの内外郭が被弾しているらしい。こちらから魔物勢力を撃つための固定砲台が並べられているはずの場所だ。要するに反撃を受けたということであり、それを許してしまうほどに前線の状況は悪いということであった。
ロイドは少し考えたが、直前に決めた方針通りに外郭に登ってみることにした。
今なお敵の砲撃に曝されている可能性がある場所だけに危険だが、どうせこの後前線に繰り出せば同じく危険に曝されるのだ。
◇◇◇
他の者達に混じって石造りの階段を駆け上がり、外郭の上に出たロイドが目にしたのは壮絶な光景であった。
怒号と悲鳴が行き交っている。魔物からの長距離砲撃が外郭に降り注ぎ、そこで味方への支援砲撃を行っていた者達を襲ったのだ。石造りの外郭は所々が砕け、直撃を浴びたであろう部分はごっそりと欠けてなくなっている。その場に居た人間は無事では済んでいないだろうし、そうでなくとも砲撃の余波や飛散した瓦礫が周囲に与えた被害は甚大だ。
ただ、支援砲撃用の砲台は比較的無事だ。これは単に外郭の構造物よりも支援砲台本体のほうが対魔法に優れるからだろう。しかし砲台が無事であっても肝心の足場となる外郭が崩れてしまっていては狙いも付けられない。
更に悪いことは、ここに居た人員というのは基本的には有志の寄せ集めだということだ。大抵はギルドで商売をしている職人や討伐者クランの裏方を担っている人員であったり、要は事情や適性の問題で前線に立てない者達が後方支援を担っていたのである。元々が寄せ集めなので、一度崩れると誰かが音頭を取って立て直すことが出来ない。この場の統括は討伐者ギルドの担当なので、本当はギルドの人間が指示を出して復旧せねばならないのだが、砲撃で吹っ飛んでしまったのか、あるいは混乱して動けないでいるのか、現状はまるで統制が取れていない状態だった。
ある者は怪我人の救助が最優先だと考えて行動し、またある者は砲台の復旧が最優先だと考えて行動し、酷いものになると恐慌状態でしゃがみ込んでいたりこの場を逃げ出していたりもする。
これはまずい。
ロイドは顔を顰める。
なにせ、敵の砲撃は決して止んだわけではないのだ。この場以外にも連なる他の外郭上にはずらりと支援砲台が並んでいるので、今はそちらが狙われているのか、あるいはそちらが奮戦して敵の砲撃を挫いてくれているのか、どちらにせよ、再びこの場に砲撃が降り注ぐのはそう遠くない。
「――大丈夫ですか! これを握って」
ふと、女性の声が聞こえてきたのでロイドが目を向けると、負傷した男性の傍らにしゃがみ込んでいる者が居た。
こんな場所に居るのがまるで似合わない雰囲気の、眼鏡をかけた若い女性である。
彼女は腰のポーチから取り出した護符らしきものを負傷男性に握らせていて、おそらくそれは回復効果か防御効果のあるものなのだろう。
周囲を見れば、彼女に限らず女性や老人の姿も多い。非戦闘員からの寄せ集めなので当然といえば当然の光景ではあるが、戦う心構えなんて出来ていないはずの彼等はこの惨状に心が折れてしまっている者も少なくない。眼鏡の彼女のように気丈に振る舞っている者のほうが少数だった。
しかし全員が全員そうではなく、引退した老年の討伐者や、傷病で前線を退いた討伐者なども混じっていて、経験豊富な彼等は流石に動じることなく声を張り上げて率先して立て直しに励んでいた。
「土台を作る! 瓦礫を集めてくれェ!!」
「おいこっちだ! 人が埋まってる! 誰でもいい手伝ってくれ!!」
「バカヤロウそれは撃てねえ! 味方を吹っ飛ばすつもりか!!」
土台を砕かれて傾いてしまった砲台を復旧するために、地属性魔法の心得がある職人が材料となる瓦礫を求め、力自慢の男達が周囲に散らばる岩塊を集め始める。
また飛散した瓦礫の下敷きになってしまった人を救助するために、女や老人が一丸となって、梃子を使って瓦礫を退かそうとする。
とにかく敵の砲撃を阻まねばならないと焦ったのか、碌に狙いを付けられない砲台を使おうとしていた者が別の者に止められて取っ組み合いをしている光景も見られた。
そんな状況の中、ロイドは逡巡していた。
ロイドがここに登ったのは『サラマンデルロード』と戦うシリウス達の光跡を見付けるためであったが、こんな状況では悠長に前線を眺めていることも出来るわけもない。
近付けばわかると高を括って前線に向かうか、それともこの場を収拾してから長距離観測でシリウスを見付けるか。どちらがマシかと判断するのは非常に難しいところだ。正直、やってみなければわからないとしか言いようがない。
だが、状況はそもそもロイドの判断を待ってはくれなかった。
「やばい!! 次弾来るぞー!!」
「迎撃、迎撃ィ!!」
「無理だ逃げろッ! 退避だ退避!!」
前線のほうから、おそらくは『サラマンデル種』が放ったのであろう長距離砲撃魔法が、夜空に赤い尾を引いて弧状の軌道を描いて落ちてくる。複数の砲撃のいくつかは他の外郭からの砲撃で撃墜されたが、それでもいくつかは通った。
そのうちの一つが、まさにこの場に降ってこようとしている。紛れもなく、直撃コースだった。
統制のない者達に、為す術はない。せめて一丸となれれば結果も違っただろうが、個々人の散発的な迎撃で防げる威力ではなく、逃げる者と立ち向かう者で押し合いへし合い、お互いの邪魔にしかなっていない。
勿論、この場に居る以上はロイドも他人事ではない。
「くっ……!」
ロイドの適性的に防御魔法は決して得意とは言えないが、やるしかない。
きっぱり見捨てて外郭から飛び降りれば自分だけは確実に助かっただろうが、ロイドはその選択肢を選ぶつもりはなかった。というよりも、思い付きすらしなかった。
幸い、ロイドは一人ではない。彼の片手にマウントされたマギアドライブには――、
と、そのロイドよりも早く躍り出た者が居た。
「お願いっ! 守って!!」
先程ちらりと目にした眼鏡の女性だった。殴り合いなど出来そうもない細い身体で、怯えに怯えた明らかなへっぴり腰で、それでも誰より前に出て、落ちてくる砲撃に身を晒して片手を振り翳した。
彼女の手から、きらりと輝く無数の小さなものが投げ放たれる。
それは彼女が先程負傷者の手に握らせていたものと同系統の、小さな護符であった。察するに、彼女は護符の職人なのだろう。自らの作品と思しき防御効果を持った護符を使って砲撃を防ごうというのだ。
無謀であった。
確実に無理だった。
彼女の護符がどれだけ優秀であろうとも、結局それは個人規模のお守りに過ぎないのだ。護符そのものと、それを持った個人は砲撃を生き残るかもしれないが、それだけだ。そんなことは製作者本人が一番よくわかっているであろうに、それでも彼女が護符を投げたのは、少しでも多くの人を守ろうとしたからなのだろう。
護符に籠められた防御魔法は、敵の砲撃に対抗するだろう。だが、その護符自体を支えるものがなければ、防御魔法ごと押されて、結局砲撃は外郭上に着弾するだけなのだ。
つまり。
彼女の行為は無謀なだけではなく無駄であり、
「ドルチェ!!」
『あいさー!』
しかし、ロイドが今最も求めてやまないものではあった。
防御魔法。
防御魔法だ。
ロイドが翳したマギアドライブを起点に方陣が展開し、そこから銀色に輝く半透明の糸が放たれる。無数の、という表現すら足りない夥しい量だ。銀色の奔流である。
それは凄まじい速度で伸展し、枝を広げる大樹のように拡散し、そして投げ放たれて宙に散らばる護符を絡めとった。
護符に籠められた防御魔法を連結し合算し、全てを内包した一つの巨大な障壁を創り上げる。魔力糸による紋章術だ。即興で魔法モデルを組み上げることになるがそれ自体は複雑なものではなく、類似のモデルを無数に扱ってきたロイドにしてみれば、組み合わせてアレンジする程度は何のこともない。
あくまでも障壁は護符の効果の合算で、ロイドが担ったのはそれを強固に支えるための魔法としての基部だ。
力が抜けてしまったのかその場にへたり込んだ護符職人の彼女の元に一切の威力を届かせることなく、銀色の障壁は完璧に砲撃を防ぎ切って見せた。籠められた魔法を使い尽くした護符達と、役目を終えた銀の糸が虚空に溶けていく。
目の前で繰り広げられた光景が信じられないのか、俄かに動きが止まった外郭の上で、ロイドは腹を括る。
「砲台を立て直す。ドルチェ、手伝え」
『しかたないから手伝ってやるのだー』
ひょんなことからロイドのマギアドライブの中に間借りすることになったドルチェの存在であるが、減らず口はさておきこの場においては非常に頼りになるものである。
なにせ、元々特殊過ぎる義体に適応し運用していた彼女は、二足六腕を操り無尽蔵の魔力糸を使った戦術を行使する並列操作のエキスパートである。複数の思考を並列で行うことは高位の魔法使いにおいては珍しくもないことだし、ロイドもそれなりにはこなせる自信があるが、ドルチェのそれは文字通りに桁が違う。
「『アーセナル』起動」
ロイドのベルトに固定されていた四基の小型端末が魔力を帯びて飛翔する。外見上はマギアドライブとよく似ているそれは、ロイドが魔法具の制作や調整を行う際に足りない手数を補うために活用している半物理的な工作用魔法端末『アーセナル』だ。性能的には戦闘に耐え得るものでは決してないが、こういう工作分野であればまさしく本領発揮と言えよう。
四基の端末はドルチェが生み出した銀の魔力糸を束で牽引しながら飛翔し、周辺で立て直しを図っていたいくつかの砲台に糸を巻き付けていく。端末同士が空中で何度も交差し、時に外郭の柵や瓦礫までも巻き込みながら。一見して無作為に糸を張り巡らせているようにしか見えず、周囲の者達も手を出すに出せず怪訝そうに見守るしかない。
寄せられる不安そうな視線に、マギアドライブの中のドルチェは不敵に笑って見せる。
『ふっふっふ、細工はりゅーりゅーなのだ!』
「……渋い言い回しを知っているなお前」
砲台を糸でぐるぐる巻きにして、最終的に四基の端末はそれぞれが牽引する糸を引き絞るように、外側へと向けて四方に散開した。
すると、複雑に絡み合った糸が互いを支え合い、テンションが張り、示し合わせたかのように全ての砲台が一斉に正しい姿勢に持ち上がったのだ。紐を使った遊びである『あやとり』を死ぬほど複雑にしたような、いっそ芸術と呼べるまでに昇華されたドルチェの操糸術であった。
どよめく周囲にロイドは怒鳴り声を飛ばす。
「土台!!」
当たり前だがまだ砲台は撃てない。持ち上げただけで固定されているわけではないからだ。『アーセナル』の出力的にはこうして引っ張っているだけでいっぱいいっぱいなので、この上で砲撃の反動などとても受け切れない。
発破を掛けられた職人達が砲台の元に殺到し、隙間に瓦礫を積み上げ、土魔法で成形して強固な土台を作る。
その後ロイドは砲台が復旧して態勢が整うまでサポートを行い、それからようやく観測魔法でシリウスの居場所を確認して前線へと向かう。
そしてその道中で、時間を早回ししたような奇妙な現象に遭遇してしまい、結局目的を果たすことなく夜明けを迎えることになるのだった。




