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輪廻転生って信じる?  作者: Lynx097
八章_笑顔

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補完[舞台裏-3(end)]



 自室に戻り、寝間着のベビードールに着替え、ベッドに入り、照明を落とした。

 ここまではよかった。

 さあいざ寝るぞ、と意気込んで目を閉じたフレデリカは、



「寝れないよー……」



 策士、策に溺れる。

 いやそんな上等な話ではなくて。

 意気込みはともかくとして、最近の生活リズムより大幅に早い時間にベッドに入ったからとてすんなりと眠れるわけもなく。もっと言えばフレデリカの普通といえば討伐者としてのライフスタイルなので、どちらかというと夜は活動する時間なわけで。

 それに、考えることも多い。こうして時間が出来てしまうと色々な思考が湧いてきて、脳が休もうとしてくれないのだ。


 いっそのこと起きてやろうかとも考えたが、ここで明かりを点けて行動し始めてしまったら、それこそ朝までコースになりかねない。流石にそれは拙い。もうこうなったら意地でもこのまま寝てやるとフレデリカは決意を新たに目を閉じた。それに、ここで起きていってアンに遭遇でもすればなんとなく気まずいというか、ダサいというか、変な感じになるではないか。

 フレデリカが羊を数えたり寝返りを打ったりして頑張っていると、静寂の部屋にふと、小さな音が。



「……?」



 こつん、と何かがぶつかったような音だった。

 ネズミか何かだろうか、と思いはしたものの、聞こえてきた方向が気に掛かる。というのも、ベッドに入っているフレデリカよりも更に下側、床のほうから音が響いてきた気がしたのだ。

 こうなってくると、流石にもう気になって眠れない、とフレデリカは観念して身を起こす。こちらは音を立てないように気を付けてベッドから出ると、部屋の明かりを点けて息を潜める。フレデリカ一人が使うにはどう考えても広過ぎる自室には物が少なく、そもそも何かが身を隠せるような場所も殆どない。

 すると再び、同じ音が微かに聞こえてきた。



「……」



 耳を澄ませていたフレデリカは音源の方向へと向かう。その先にあったのは彼女が衣服を仕舞っているウォークインクローゼットだ。この際音が出るのは仕方ない、とフレデリカは思い切って扉を開き、照明を点ける。そして床面を重点的に見てみると、一点、明らかにおかしい箇所があった。

 クローゼットになった個室の端だ。隅っこの床板が僅かに浮き上がったようになっていて、接合面からは細かな塵とも砂ともつかない粒が零れている。

 まるで、床板を下から持ち上げようとしたみたいだ。

 つまり、誰かが居るのだ。



「だれ?」



 得体の知れなさに警戒しながらフレデリカが問い掛けると、すぐに返事があった。



『……リッカ?』



 床板の下から聞こえる声は相応にくぐもっていたが、それでもフレデリカにはすぐにわかった。

 間違いなくレックスの声だ。

 尤も、そもそもフレデリカのことを『リッカ』という愛称で呼ぶのは祖母かレックスだけなのだが。



「ロイ! なんでっ!?」



 思わず大きくなりそうな声量を意識的に潜めて、フレデリカはレックスが下に居るであろう床板の傍にしゃがみ込む。一瞬、もしかして夢でも見ているのではないかと思わないでもなかったが、皮肉にも先程まで眠るために苦心していた事実がそれを否定してくれる。



『事情は後で……とりあえずこの板を外したいんだが、なにか引っ掛かってないか?』


「えーっと、あ、ちょっと待ってねー」



 レックスの言葉を受けて周囲を観察したフレデリカは、引き出し式の収納が中途半端に飛び出ているせいで床板が持ち上がらないのだと気付く。それをあるべき位置に戻してレックスに声を掛けると、ガコッと音を立てて床板が外れた。持ち上げるレックスを助けるために、フレデリカも板の端に手を掛けて一緒に持ち上げようとする。

 それなりに重たい床板を二人掛かりで持ち上げると、その下からレックスが顔を覗かせる。部屋の照明の光が床板で遮られて、影の中に見える面立ちはフレデリカが求めてやまない彼のものだ。年下の癖に精悍な、生意気なくらいに余裕のある顏であった。

 そしてレックスのほうは差し込んだ光に多少眩んだように目を細め、それからだんだんと目が慣れてきたのかようやくフレデリカの姿を認め、



「ぶっ!?」



 と、叫びそうなのを咄嗟に押し殺した結果変な息が出たような音を立てる。

 フレデリカがきょとんとしていると、レックスは小声で捲し立てる。



「なんて格好してるんだ……!」


「へ?」



 言われ、フレデリカは自身の姿を見下ろす。

 といっても、いつもの寝間着である。先程まで寝るつもりでベッドに入っていたのだから当然である。

 問題があるとすれば、フレデリカ愛用の寝間着は、わりとセクスィーなベビードールであるということだろうか。困ったことにがっつりシースルーだ。

 そしてフレデリカは現在の自分の体勢を思い出す。レックスのために床板を持ち上げようとして、跪き、両腕を使って板を持っている。つまり、板の下から顔を覗かせたレックスの正面には、ちょうど――



「ぅわっっきゃああ!!?」


「へぶっっっ!!!!」



 理解した瞬間にフレデリカの顔面が沸騰し、叫び声と共に飛び退いた結果床板が落下し、わりとそれなりに結構重いそれが油断していたレックスの頭を強打して、哀れな彼は地の底にお帰りとなった。





 ◇◇◇





 レックスは悶絶していた。主に脳天を直撃した痛みに、である。常から身体を鍛えているレックスも、流石にここの防御力は鍛えようがない。

 この仕打ちはあまりに惨いが、しかし『見てしまった』以上は甘んじて受け入れるしかない。そこに道理などない。男が悪い。ギルティ、有罪、閉廷。



「…………」



 実はずっと隣に居たノアールは非常に気の毒そうな視線を向けてくるが、口を開くことはない。

 かく言うレックス自身も、強靭な自制心を総動員して悶絶を脳内だけにとどめていた。呻いて転がりたい気分だが、音を立てるわけにはいかないからだ。派手に床板を落としてしまった以上、音を聞き付けた家人が見に来る可能性がある。

 実際、すぐに近付いている足音が、微かな振動となってレックスの頭上の床板を震わせていた。こうなったら、もうフレデリカが上手いこと誤魔化してくれることに期待するしかない。



『ちょっと、フレデリカさん?』



 部屋の扉を開ける音と、近付いてきた足音の主と思われる声が聞こえてきた。

 台詞から判断するに使用人の類だろう。



『あ、アン? ち違うよっ? これは違うのっ!』



 答えるフレデリカの大慌てっぷりから、レックスは『これはダメかもしれない』と思い始めた。

 誰がどう聞いても『まずいものを見られてしまった』という大慌ての弁明にしか聞こえなかったからだ。



『…………また転んだのですか』


『や、あのね? ほら寝付けなくて、ちょっと本でも読もっかなーって立ち上がったらね』


『転んだんですね』



 うん? 流れ変わってきたぞ。

 根拠はないが、レックスはなんとなく『これはイケるかもしれない』と思い始めた。



『ち、ちがうんだよー。ちょっと躓いただけなの。ちょっと』


『はいはい。今更フレデリカさんがなにもない場所ですってんころりんしたところで驚きもしゃあせん』


『ちがうの! 躓いたの! つまづいたんだよぅ!』



 レックスは聞くに堪えなくなってきて掌で目を覆った。


 なにもちがわないぞ、リッカ……。


 今の会話からわかることといえば、フレデリカは常日頃から何も無いところですってんころりんしているという悲し過ぎる事実だ。そしてそのおかげで夜更けに自室で独りどったんばったんしていても『ああいつものか』で済まされて怪しまれもせず、結果としてレックス達は助かったということである。

 フレデリカのなけなしの尊厳を代償に危機を乗り切ったのだ。

 なおフレデリカと使用人らしき女性の会話が、対話しているようで微妙にしていないあたりが悲しさを助長している。それはつまり、現場を見られた瞬間に双方が結末を理解してしまったので、わざわざ問答をする必要がなかったということだ。それだけフレデリカは普段からころころしているということなのだ。


 フレデリカの必死の弁明(という名の照れ隠し)も虚しく、使用人は適当に一言残して立ち去っていったようだ。彼女が完全に立ち去って、更に少しの時間を置いてからようやく、フレデリカの足音が近付いてきてレックスの頭上の床板に軽いノックがあった。





 ◇◇◇





「ロイってさー」


「ん?」


「変態だよねぇー」


「ははは、よく言われる」



 レックスが爽やかに笑って答えると、フレデリカからは「よく言われるじゃないでしょー」とジト目が向けられた。

 そうは言われても、である、レックスとしては遺憾ながら本当によく言われる台詞である。主に幼馴染とかに。そして今回についても生憎と言われる心当たりには事欠かないので、もう笑うしかない。



「で、今回はどの変態だ?」


「これだよー」



 フレデリカは足でたむたむと地面を叩いて見せる。なお彼女の装いは寝間着の上から外套を羽織っただけの姿だ。流石に着替えなんかでゴソゴソやっていると今度こそ使用人に怪しまれかねないので、最低限の外套だけを引っ掛けて出てきたのだ。しっかり閉じられた外套の中身がどうなっているのかはレックスの精神衛生上思い出さないほうがよさそうだった。

 ついでにノアールはいつもの外套を纏いフードまですっぽり被ったすっかり普段通りの格好だ。

 それはさておき、レックスは『なんだそのことか』と納得する。

 現在レックスとフレデリカとノアールが居るのは、メルクーシン邸の地下である。といっても地下室などではなく、レックスが勝手に掘った地下坑道と表現すべき空間であった。ただし、その景観は坑道のそれとは完全に異なる。

 画一的な、磨き抜かれた石造りの空間なのだ。



「この程度で変態扱いは心外だな」



 レックスは肩を竦め、己のオリジナル魔法である『Gキューブ』を起動する。すると均一な面を作っていた石造りの空間が波打ち、夥しい数の微小な立方体形状の石材が生物の体内の如くうねり、坑道の途中でしかなかったその場所を瞬く間に宮殿風の内装の一室へとリフォームしてしまった。

 そのついでに石造りのソファを形成するとレックスはそこに腰を下ろした。元が石なので柔らかさには期待出来ないが、キューブを微小化することで滑らかな曲面を形成することには成功しているので、人間の触覚レベルでは悪くない座り心地だ。

 フレデリカとノアールも同じく、近くに作られたソファにそれぞれ腰を下ろした。



「おちりがちべたいですぞ。お兄ちゃん」


「そこは我慢してくれ。そのうち気にならなくなるだろ」


「ていうかロイ、これでもう一生食べていけるんじゃないのー?」



 呆れと感心が混じったフレデリカの感想に、レックスは苦笑した。確かにレックスの魔法は主に建設系の業種に有用だろうが、それだけでやっていける程世の中は甘くないだろう。まあ、逆に言えばレックス単身では不足している部分を補えるプロフェッショナルと組めば、充分に生計を立てられるとも思うが。



「実際のところ、凄いのは俺ではなく相棒だからなぁ」



 こんこん、とレックスは相棒ことマギアドライブが嵌った剣の柄を叩く。

 このような芸当が可能なのはあくまでもマギアドライブの桁外れな演算能力によるサポートがあるからだ。レックス単身ではこうはいかないので、レックスはこれが自身の実力であると見做してはいなかった。



「いやぁー、マギアドライブ持ったからって、誰でもこれができるとは到底思えないけどなー……」


「お兄ちゃんは自身が紛れもない天才であることを自覚すべきですな」



 レックスは再度肩を竦めた。いや、正真正銘本物の天才(ミアベル)というやつを知っているので。


 さて、ここに至る経緯をおさらいしておくと、ノアールの案内で高級区のメルクーシン邸が一望出来る場所までやってきたレックスは、そこから少し下った低所の人目につかない場所から『Gキューブ』で横穴を掘り、メルクーシン邸の直下まで進んだ。レックスの編み出した『Gキューブ』は『地隆操作(ジオストラクチャー)』の発展形であり、操作対象を均一化し数学的に処理することで高速かつ膨大な地形変動を可能としている。要は土や岩を押し固めて高密度のキューブを作り、それを構造材としてトンネルを掘ったわけだ。一人シールド工法である。

 ノアールがレックスを動員したのはこれが可能だからであり、また彼女の事前の調べによってフレデリカの自室の位置は判明していたので、その下まで横穴を伸ばしたら今度は階段を作って上に向かったのだ。フレデリカの部屋の床板に辿り着くまでに屋敷の基礎の一部もぶち抜いてしまったので、後でちゃんと直しておかねばなるまい。

 メルクーシン邸を囲う防犯用の結界は、地下まで効果が及ぶものではない。これは結界の種類によるもので、中心座標から球形に展開するものや立方体を形成するものならば地下もカバーしているが、屋敷の防犯用の結界は普通地表だけだし、四方に壁を形成するだけのものが多い。上空をちゃんとカバーしているだけ女帝が張った結界は上等だと言える。

 何故地下をカバーしないのが普通なのかというと、普通はそんな方向から侵入者が現れるわけがないからだ。今回の坑道戦術はあくまでも一人シールド工法のレックスだから出来たことであって、他の地属性魔法使いが同じことをやろうとすれば、まあ技量によってはやれなくはないのだろうが、それでも生き埋めで自殺する羽目になるリスクが高過ぎて実行には移さないだろう。

 なお坑道中の光源と呼吸用の酸素源はノアールの魔法で対応可能であった。彼女は生業上暗闇で行動することも、水中を移動することもあるのだ。

 というわけで無事にフレデリカとの接触を果たし、多少のアクシデントはあったものの彼女を連れだすことに成功した。


 ノアールとフレデリカが互いに持ち得る情報を交換することで、この件の全貌が明らかになってきた。

 全ての発端というか、元凶とも言えるのが巷で『宵の霊薬(ノクタル)』などと呼ばれている薬品であった。



「これは魔物を強化するものであると専ら言われておりますが、本来の用途は違ったようです」


「うん。おばあちゃんもそれは突き止めてた。それは本来、魔物をコントロールするための薬だったんだって」



 国内最大の黒い森を擁し、そこから齎される魔界資源を活用して加速度的な発展を遂げてきたブラッドフォード伯爵領であったが、そこには絡繰りがあった。ブラッドフォードの黒い森が資源採掘のために生かさず殺さずの膠着状態を意図的に創り出された場所であるというのは、所謂都市伝説であり、つまりは暗黙の了解であった。

 しかし、それが上手いこと成立していたのは魔物勢力を間引いていた討伐者達の努力の賜物ではなく、ましてや偶然などではない。

 支配者であるブラッドフォード伯爵家が、件の薬品を用いて魔物の生態をコントロールしていたのである。これだけ聞くと、まるで人間が魔物を制御下に置いたかのように思えるが、実態はそんないいものではない。



「伯爵家は、人間をベクターとして用いていたわけですな」


「つまり、件の薬品を人間に摂取させて、それを森に放り込んで魔物に処理させたということだな?」


「その通り。まあ、間接的とはいえ魔物の体内に取り込ませる手段としては中々に上手い」



 ただ、それとて無作為ではいけない。

 対象の魔物を狙い撃ちしなければならないし、ことが露見するわけにもいかない。なので伯爵家は様々な手段を用いてベクターを仕立て上げたようだ。ここで言う『手段』とは、当然人道などとは程遠いものである。



「そして、この薬品の出所こそが、ブラッドフォードの血族に継承されている特殊な技能なのです」



 詳細は不明であるが、確かなのはブラッドフォードの繁栄を影で支えた『宵の霊薬(ノクタル)』を創り出せるのは、ブラッドフォード家の異能を受け継いだ正当な血統だけであるということだ。

 これこそが、後ろ暗い出自を有するレイヴァンを手放せず、リスクヘッジという概念をかなぐり捨ててでも次期伯爵に据えねばならない理由であった。

 血筋で継承される特殊な技能というのは実際にあり得るものだ。レックスにとって身近な例をあげればベリエ男爵家の『虹霓閃華(イーリス・フルゴール)』などがまさにそれだ。



「だが、異能が受け継がれても、資質が伴うとは限らない」



 要は、魔法使いの子供が必ずしも魔法使いではないということだ。特に、昨今の時代の流れとしては平民階級の魔法使いの台頭に伴い、魔法使いという人種の絶対数が増加し、その分だけ密度は薄まった。要するに、かつてのような強力無比な個人の魔法使いというのは出現し難くなり、また貴族階級の者でも魔法の資質を有さない者が珍しくなくなってきたのだ。

 血統と魔法使いとしての資質が必ずしも比例しない極端な例をあげれば、アシュタルテ侯爵家だ。当代の侯爵には三人の子供がいるが、その内の次男は魔法使いとして非常に優秀、長女は完全に怪物、しかし長男は殆ど魔法資質を有していないのである。尤も、だから長男が凡庸かというとそんなわけは全く以てないのだが。


 ブラッドフォード伯爵家にとって、これは由々しき傾向だった。

 何故ならばブラッドフォードの権勢を、栄華を保つためには黒い森との共存共栄が不可欠であり、そのためには『宵の霊薬(ノクタル)』の存在が必須であるからだ。つまり継承者となる子供に魔法資質が発現しなかった場合、未来が閉ざされてしまうのだ。これは伯爵家単独の問題ではなく、貴族社会のパワーバランスにも波及するであろうことは想像に難くない。

 更に言えば、一人の個人的な能力で生み出せる薬品の量には限りがあるだろうから、効率を求めればそこには強力な魔法資質が求められたことだろう。

 魔法使いの子供が魔法使いであるとは限らないが、強力な魔法使いの子供が強力な魔法使いになりがちというのは、これもまた傾向的に明らかな事実である。なので昨今の貴族の婚姻事情には家柄以上に魔法資質の強さが判断基準になったりもするのだが、そこをいくと、伯爵家としてはレイヴァンを何がなんでも後継者にしたかったことだろう。

 なにせ、彼には『赤原の女帝』アウグスタの血が流れているのだ。姉であるフレデリカの能力を鑑みるまでもなく、強力無比な魔法資質を有するサラブレッドであることは疑いようがない。そして実際に彼が優れた資質を示したからこそ、伯爵家は彼を後継者に据えたのだ。おそらくは先代伯爵であるマクシミリアンの魔法資質で既に限界だったのではなかろうか。その息子であるディーターやオスカーの資質では明らかに足らないところまで来てしまったのだ。故に強力な魔法使いの血筋を外から取り入れる必要があった。




「ヨハネは、自分が伯爵家を変えるつもりだと(それがし)に語りました」



 ノアールが思い出すように言う。



「某は彼に救われた身。今度は某が、彼の望みを叶える一助となりたいのです」



 かつて、行き倒れていたノアールを救ったのは、ヨハネという名の少年。


 ――レイヴァン・ヨハネス・ブラッドフォード。


 レックスも学院で何度か面識のある人物で、次期ブラッドフォード伯爵その人である。彼は自らが置かれた立場も、その業も、朧気ながらに理解をしていて、それでも立ち向かうことを決めたのだ。ノアールからその話を聞いた時、レックスは素直にレイヴァンに敬意を抱いた。何故なら、学院で会った時の彼は一介の先輩に過ぎず、そのような過酷な生い立ちも、悲壮な覚悟も、何も周囲には悟らせない振舞いを貫いていたからだ。

 強靭な精神力。並大抵ではない強さだ。



「私ね、おばあちゃんを止めるかどうか、凄い悩んだんだー」



 次いで、フレデリカが呟くように言う。



「おばあちゃんを止めることが正しいなんて言い切れないし、おばあちゃんの感情を否定する程の感情が私にあるのかもわからない。だけど、一つだけ、どうしても気に入らなかったんだ」



 フレデリカはノアールを見て微笑んだ。



「ブラッドフォード家も、おばあちゃんも、誰も彼も、一番の当事者であるはずのレイヴァンを蚊帳の外にしてる。それがどうしても気になって、気に入らなかった。だから私が誰かの味方になるなら、レイヴァンの味方になろうと思ったんだ」


「フレデリカ殿……」



 フードの下で呟くノアールの声音はそこはかとなく嬉しそうで、レックスも口元を緩めた。

 なんとも彼女らしい判断だと思ったのだ。

 そしてフレデリカの決意は、ノアールを介してレイヴァンの決意を知ったことで、揺ぎ無い強さを得た。



「だって私、お姉ちゃんだもんね」



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