補完[舞台裏-1]
・というわけでおじさんパートです。暫しお付き合いください。
~"主人公の幼馴染"レックス~
討伐者ギルドにてレッドアラートが発令され、魔物勢力の大規模侵攻である『オンスロート』の発生予兆が確認されたということで、俄かに浮足立つ討伐者達の流れの中を、主流に逆らうようにして俺達は歩いていた。今はギルドの近隣や、ロイエンタールの街に滞在していた討伐者達がアラートを受けて、詳報を確認するため続々と押し寄せている状況。そしてその人並みの中をすいすいと潜るように進んでいくノアールさんの後を追うのは俺の図体では中々に一苦労だ。
密度の濃い場所を歩き抜けて、ギルド支部から出たあたりの道端でようやく人心地ついた俺は、先に辿り着いて待っていたノアールさんに問い掛ける。
「それで、俺は何をすればいいんですか?」
ノアールさんは俺にとってはクランの先輩にあたる人なのだが、歳は俺のほうが上だ。彼女の実年齢は知らないが、おそらく十歳くらいではないかと思っている。常から真っ黒な外套で全身を隙無くガードしているので、姿形も判然としない。まあフードを目深に被っているとはいえ完全に顔が見えないわけではないから、普通に可愛らしい少女の容姿をしていることくらいは知っているが。
そんな彼女はクランの実質支配者であるクレメンス氏の養女であり、基本的には直接戦闘ではなく情報収集などの活動を役目にしているようだ。俺がこうして彼女に連れ出されたのもその活動の一環であろうし、クレメンス氏やシリウス氏の了解も取ってあるとのことなので、クランとして容認された上での行動ということになる。
なので俺は特に戸惑うことなく彼女の後に続いたわけだが、さりとてそろそろ自分の役割くらいは知っておきたいところだ。
「レックス殿にはこれより、某とともに、とある場所へと向かっていただきたい」
「とある場所」
勿体ぶった言い回しだが、誰が聞いているかわからない場では不用意に言えないとか、きっとそういう理由があるのだろう。
詳しい事情は道中で話すとノアールさんが言うので、ともかく移動することにする。
「と、その前に」
ノアールさんは外套の肩に手を掛けると、まるでマントでも払うようにして一息にそれを脱ぎ去った。
黒一色の外套の下から現れたのは、子供らしい素朴で活発な装いだ。白いブラウスに、サスペンダー付のショートパンツ。彼女くらいの年齢であれば活発な少女にも可愛らしい少年にも見える服装だと言える。ただ、二つ括りのおさげにした長い黒髪を見れば、まあ男だと思うやつはそうそうおるまい。
というか、服装どうこう以前に、彼女の頭の上でぴこぴこと存在を主張している犬耳らしきものが気になって仕方がない。
ノアールさんは俺の視線を察してニヤリと笑うと、どこからともなく取り出した大きめのキャスケット帽を被る。犬耳もおさげも纏めて帽子の中に隠してしまえば、不思議なことに今度はどちらかというと少年のように見えてくる。
「市街用迷彩といったところですかな?」
「成程。雑踏に紛れるための装いということですね」
「某の隠形は同行者が居ると著しく精度が低下してしまいます故」
要するに俺が一緒だと隠れようがないので、目撃されても違和感を抱かれない姿に扮したということだろう。ノアールさん一人であれば常のように外套を纏って身を潜めればいいだけなのだから。常から姿を隠しているので、外套を脱ぐという行為がむしろ変装になるのが面白いところだ。
なお俺の格好は普通にいつもの討伐者スタイルだが、ことこの街においては普段からそういう格好の人間がそこら中をうろついているので悪目立ちすることもないだろう。
「おほん。あーあーあー、私はノア。今からレックスは私のお兄ちゃんだからね!」
「む……よし、そういう体だな?」
俺達二人が並び立っていて、友人というには年齢が微妙に離れているように見えるだろうから、まあ兄妹設定が妥当なところだろう。そこまで人目を気にしてカモフラージュする必要があるのかと若干疑問に思わないでもないのだが、ノアールさんが必要だと言うのならばそうなのだろうし、なによりなんだか彼女が楽しそうなので話を合わせることにする。
しかし、結局弟なのか妹なのかよくわからないな。
◇◇◇
というわけでノアールさん改めノアと二人で街路を行く。既に日が落ちて黒い森が開いている時間帯なので『オンスロート』が開戦しているはずだ。クランの人達や友人達の安否は心配だが、ここは皆の実力を信じておくしかない。
ギルド支部を出た俺達はそのままロイエンタールの中心街へと向かって山肌を下り、そして街を抜けて反対側の高地へと向かっていた。この先にあるのは高層の街並みであり、所謂高級区である。
道行く人並みもまばらになってきたのを見計らって、ノアが口を開く。
「私ね、元々は帝国の出身なのよ」
内容が唐突なので、俺はとりあえず「そうなのか」と相槌を打つ。
「所謂『生物兵器』ってやつ。人工的に『転神』技能者を生み出すための実験体」
「ということは、その頭の耳は……?」
「私のアヴァターよ。私は実験体で不完全だから、アヴァターを解除できないっていう欠陥がある。今だって稼働率を下げることで比較的人間に近しい形態を維持しているだけで、完全に人には戻れないの」
成程、ノアが常から姿を隠しているのにはそういう事情もあったということか。
「私の他にも同じ境遇の実験体はたくさん居たけど、今となっては生き残りは私ともう一人だけだと思う。そもそも殆どは生来の欠陥や実験の副作用で幼くして死んじゃったし、そうでなくとも実験体はあくまでも実験体。必要なデータを取り終えたらお役御免だもの」
「ノアの身体は大丈夫なのか? その……」
「真面に生きていられるのかって? どうかしらね。今のところ普通に生きてるけど」
それはよかった。俺は安堵の息を吐く。
「まあ、健全に生まれたら長生きが約束されるってわけでもないし、その辺は誰でも結局一緒じゃないかなぁ」
「死ぬときは死ぬか。確かにな」
「ともかく、実験体である私達のデータを元に試作体が生み出されて、そこから正規の量産体がいくらか生み出されたらしいわ。でまあ、用済みになった私達は処分されることになったわけだけど」
その処分の方法というのが所謂捨て駒としての前線投入であった。帝国こと帝政ディ・エンテとリヒティナリア王国の国境といえばこちらでいうアシュタルテ侯爵領であるが、要はその国境線で発生しているいくつかの小競り合いの戦線に投入されたということだ。
ちなみに俺はその話に少々の違和感を覚えたが黙っておいた。というのも、実験体を積極的に廃棄する理由もわからなければ合理性もないからだ。ノアはデータを取り終えて量産化の目途がついたからと言ったが、俺に言わせればちゃんちゃらおかしな話だ。ノアを虚仮にしているわけではなく、彼女等を創り出した者達が本当にそんな判断をしたのであれば知性を疑わざるを得ないという意味だ。実験体が生物である以上、全ての実験体が天寿を全うするところまでを見守らずに何を完了した気になれるのか。
無論、帝国の技術者達もそんなことは重々承知だろうから、おそらくノアが敢えて口にしていない事情があったのだ。実験体の彼女等を捨て駒にしてでも廃棄しなければならない理由が。そしてそれは、ノアが敢えて言わなかった以上詮索するものではない。
「結局、投入された戦場で『氷雪姫』にボロクソのけちょんけちょんにされて、私ともう一人以外は全滅したの」
「へいるひるで?」
「帝国が付けたコードネームよ。ほら、お兄ちゃんの同級生でしょ。アシュタルテ侯爵令嬢」
ああ……。
ヘイルストームに、ヒルデは女性名詞だろうか。なんとも彼女にお誂え向きなコードネームである。というか凄いなアシュタルテさん、一国の軍部にコードネームで認識されるほど脅威に思われているのか。
俺が呆れつつ感心していると、ノアは苦々しい顔で舌を出した。
「凄いなんてもんじゃないわ。怪物よ怪物。一人だけパワーバランスおかしいんじゃないのってくらい」
「うん、まあ。アシュタルテ嬢だしなぁ」
「やっぱ学院でもそんな感じなんだ」
いや、彼女って別に学院では比較的真っ当な学生をしていると俺は思うのだが、こう、原作的な意味で納得感が。
そりゃあパワーバランスも狂うというものだ。世界観的にボスキャラなのだし。
何故ノアが唐突に生い立ちを語ったのかというと、ここまでは前置きで、むしろここからが本題らしい。
「敗走した私は命からがら逃げ出したわけだけど、当然帰る場所なんてないし、頼れる相手もいない。もっと言えば見知らぬ王国の土地で右も左もわからない。といっても帝国の土地ならわかったのかと言われればそんなことはないんだけど」
冗談めかして肩を竦めるノアだが、実験体という立場であったが故のブラックジョークだろう。
「笑えないなぁ」
「でしょ。……それでね、その時に助けてくれた人が居るの」
普通に考えればそれが現在の養父であるクレメンス氏だと思うところだが、どうやら違うらしい。
ノアは大切な記憶を思い返すように、淡く表情を緩めて言う。
「ヨハネっていう男の子なんだけどね。一緒に居たのはほんの短い間だったけど、彼が私を見付けてくれなければ、助けてくれなければ、きっと私はあそこで独り死んでいた」
「恩人ということか」
「うん。今のお父様と会えたのだってヨハネのおかげだし、私は彼に返し切れないくらいの恩があると思っている」
だから少しでも恩返しがしたい、とノアは言う。俺には詳しいことはわからないが、どうやらノアがそのヨハネという少年と一緒に居たのはごく限られた期間のことだけで、それ以来会っても居ないし簡単に会えるというわけでもないようだ。なのでノアはまず自分の面倒を見れるようになってから恩返しのことは考えるべきだと、クレメンス氏の指揮下で日々の仕事に励んでいたのだが、
「思いがけないところで、点と点が結ばれちゃってね」
「? 最近ノアが調査していたことといえば確か、『赤原同盟』の関係だったよな」
ここ最近の討伐者ギルド支部の情勢について、男女間の対立構造を煽っている女帝の方針に疑問を抱いたシリウス氏やクレメンス氏が、その背後関係なんかを探らせていたはずだと思うが。
クランを企業に見立てれば競合他社の敵情視察と分析のためといったところか。尤もこの場合は競合相手を出し抜くためというよりは、競合相手が無理矢理な事業展開をしているせいで市場が滅茶苦茶になってしまいそうなので、制止なり対抗なりするために内情を調査をしているという趣だが。
俺の確認にノアは「そうよ」と頷く。
「となれば結ばれた点と点、とはヨハネさんと『赤原同盟』ということか?」
「少し違うけど、まあそんなとこ」
会話をしながらも歩を進めていた俺達だが、途中の道端でノアが足を止めたので俺もそれに倣った。
見たところ変哲のない道端でしかない。高層の住宅街は各家の占める敷地面積が大きいため遮蔽物が密集しておらず、また比較的高低差のある地形なので見晴らしがいいのが特徴だ。
ノアは道端の柵から身を乗り出すようにして、少し離れた場所に佇んでいる一つの邸宅を指差した。
「お兄ちゃん、あれが目的地よ」
そう言われて目を凝らしてみるが、普通に豪勢な屋敷だなということくらいしかわからない。灯りが燈っているので無人ではないようだが、それも屋敷の規模からすればほんの一部だけで、生活感はあまり感じられない。というか、そのため大部分は夜闇に沈んでシルエットくらいしかわからないので大した判断材料もありはしないのだが。
ふむ。と俺は顎を撫でた。
立地と話の流れから判断するに、あの屋敷はつまり、
「リッカの……というか女帝殿の自宅ということか?」
「そ」
「で、このタイミングで来たのは?」
「勿論、囚われのお姫様を助けるため…………ていうのは冗談だけど、まあ結果的にはそうなると思う」
ということは、ストレガさん達から聞いていた『リッカは病気で療養中』というのはやはり虚報で、彼女はなんらかの理由で自宅から出られない状況にあるということか。
なおノアさんがこの機を選んだのは、絶対に女帝が帰宅しない時を狙うためだろう。なんせ、今彼女は黒い森で『オンスロート』と相対している真っ只中なのだから。
「まさかと思うが、俺に正面からリッカを訪ねろとは言わないよな?」
「それも手だけど、やめておいたほうがいいでしょうね」
それではコソコソ夜闇に潜んでやってきた意味がない。
しかし、俺とリッカの交流を利用するためでないとすれば、それこそ何故俺なのか、である。疑問を乗せてノアを見ると、彼女は大きなキャスケット帽を持ち上げてニヤリと、本人的には露悪的なつもりなのだろうが俺からすれば微笑ましさしか感じない表情で告げた。
「お兄ちゃんに求めることはただ一つ!――――――――穴掘りよっ!!」
「…………はい?」




