43話_side_Pr_第一練術場_身体能力測定
~"転生令嬢"プリムローズ~
午後から本格的に始まった身体能力測定は、私にとっては鬼門のようなものだ。
なにせこの身は未熟で貧弱なロリボディなのである。
この測定は魔物との戦闘における個人の適性を見極めるものでもあるので、その項目は多岐に渡る。私がそれなりに真面な成績を残せるものがあるとすれば柔軟性と持久力くらいのもので、それ以外は散々だ。
この学院に入学してくる者には様々な思惑があるだろう。
魔法を学ぶため、魔法以外を学ぶため、身を立てるため、名誉のため、義務のため箔付けのため伴侶を探すため。などなど、個々人の思惑はあれど、誰もが避けて通れないのは魔物との戦いである。
魔法の才覚が認められたからには、魔物と戦わなくてはならない。
それがこの世界の、世界的な要請なのである。
というわけで、どちらかというとお楽しみムードでわっきゃしていた魔法資質の測定とは異なり、午後からはどの学生もガチモードだ。何故なら自らの肉体が有する資質を学院側に正しく評価してもらい、正しい訓練を施してもらわなければいずれ来る魔物との実戦で命を落とす羽目になりかねない。三年生になれば黒い森での実地講義があるのは周知の事実だが、その講義中に死者がでた前例も歴として存在するのだ。
どんなに消極的で、戦闘に向かない人間であっても、この学院を卒業するためには必ず魔物との戦闘を経験し、一度でも自分の手で討伐した実績が必要だ。そのたった一度のために命を落とした者も居るのだと、午前中のガイダンスで口を酸っぱくして伝えられている。
どんな思惑があって入学していようが、卒業できなければ無意味。
そして魔法の才覚があって魔法学院に入学しておきながら、卒業できなかったとなれば生涯の恥だ。
「ぬぬぬぬぬっ」
私が歯を食いしばって握力計を握り、測定結果を係員に渡すと、なんとも微笑ましげな顔をされた。
これらも魔法資質と同じく魔法道具を使った測定だが、あちらと違って結果は数字で出る。専用に用意された特殊な用紙に結果を記入する係員は学生だった。流石に一年生全員の測定を行うのに教員だけでは手が足りないので、上級生からそれなりの人数が駆り出されている。ちなみに誰でもできるわけではなくて、不正防止のため、ある程度学院側からの信用がある者が指名されるらしい。
具体的には学生戦力として働いている人達だ。
ただ、今私の結果を記入してくれている学生に限っては上級生ではない。
「貴様は今日は見学なのか?」
私が話し掛けると、彼女――マルグリット・ル・ベリエは一瞬きょとんとしたものの、すぐに苦笑気味になった。
「うん。見ての通り、脚をやっちゃって、でして」
肩ほどまでの赤みがかったプラチナブロンドを揺らす、凛とした面立ちの少女だ。以前、黒い森で会った際には髪を編み込んでいたけど、今日は下ろしているので少し印象が違う。
彼女の右脚は、足首の辺りをギプスで固定していた。
確か、あの時魔物に掴まれていた場所なので、その際の怪我なのだろう。あれ以後、黒い森で彼女の姿を見かけていなかったので気になっていたのだが、どうやら療養していたらしい。
「悪いのか?」
「それほどでもない、です。もう杖無しでも一応歩けるますし」
ただの捻挫っぽいがそれなりに重度だったようだ。
対黒い森の最前線で、魔法使いの学び舎にして牙城であるこの場所ならば、高度な魔法治療を受けることが出来るので、あと数日もあれば後遺症もなく完治する見込みらしい。
「あたしの測定は、脚が治ってから改めてやるってさ……ですよ」
私が侯爵令嬢だからか頑張って畏まった態度を取ろうとしているのはわかるのだが。
どうにも慣れていないというか向いていないというか、なんというか不思議な感じになっているマルグリットちゃんに、私は小さく笑ってしまう。
「面白い口調だな」
「あぅ。へたくそでごめんなさい。慣れないです」
「いや、悪くないぞ。とても可愛い」
「えぅ?」
次の測定場所が空いたようなので、私は変な顔をしているマルグリットちゃんに「ではな」と告げてその場を離れた。
そして向かった先では、なんか絶妙にチャラい風貌の上級生が係員として待っていた。
ここでの測定は――
「ほう。反復横跳び」
前世の学生時代を思い出してなんとも懐かしい気分になる。前世の私は運動などからっきしだった。今世の私は肉体こそ未熟だが、幼少より施された英才教育のおかげで、身体能力そのものは相対的に優れているはずだ。つまり、見た目よりは、という意味だが。
なるほどなるほど。
「いいだろう。私の底力を見せてやろう……!」
「お!やる気充分だな。頑張れちびっこ!」
「誰がちびっこか!」
この先輩、怖いものなしか!
いやまて、そんなことはどうでもいい。無礼者に心乱されている場合ではない。
私は今、ここで、過去の自分を超える!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
……あの、先輩気が散るんで黙っててくれませんかねぇ。
ていうか人の気合を勝手にアテレコするな。
「……わかっていたことだが、やはり身体が小さいのは不利だな」
自らの燦燦たる測定結果を眺め、私は溜息を吐いた。
今世の私は運動ができるので、前世の私よりは良い結果を残しているような気はする。だけれど、これで身体がもうちょっと真面だったらなぁと思わずには居られない。なんせ腕も足も短いのでリーチもないし、筋肉も少ないので膂力もないし。
私の特異な属性に由来する体質的な理由で、どれだけ運動しようが疲労も息切れもしないので持久力だけはバケモノみたいにあるのだが。そんな圧倒的なはずのアドバンテージがあってなお、そのメリットを打ち消すほどに矮躯のデメリットが大きい。
尤も、それらは表裏一体なので、両方を含めて私の今の実力ということでしかない。
勿論、その気になれば魔法で身体能力を強化することは出来るので、この測定の結果が直接的に戦力に響くわけではない。ただ、魔法で強化するにしても元の能力値が高いに越したことはないのは言うまでもない。
私の場合は転神してしまえばもっと関係ないわけだが。
アヴァターの身体能力って言うのは基本的に人間の限界を軽く超越しているので。
「あちらは盛り上がっているな」
短距離走の測定をしている辺りでは先程から歓声や黄色い声が絶えない。
どうやら、殿下あたりが走っているらしい。
そうでなくとも、例えば騎士を志している学生などにとっては今日の測定が将来を決めるのだと言っても決して大袈裟ではなく、気合の入りようも凄まじいものがある。複数人が並んで走るという短距離走の測定なんかでは、鬼気迫るデッドヒートが繰り広げられていてかなり見ごたえがあるのだ。
ついでに女子のほうを見ると、まさに主人公ちゃんが走っているところだった。
平民の出身で幼少期は幼馴染の男の子と一緒に野山を駆け回って過ごしたはずの主人公ちゃんは、身体能力も滅法高い。惚れ惚れするようなフォームで、何故かエカテリーナ嬢と首位争いを繰り広げていた。平民と侯爵令嬢を一緒に走らせてやるなよ、と思うのだが、まあ無作為な順番でたまたま一緒になっただけなのだろう。
余談だが、高飛車なお嬢様という印象が強いエカテリーナ嬢だが、彼女は運動ができる。というか、勉強でも魔法でもなんでも結構優秀に熟す女の子だ。傲慢な態度が目に余ることはあるが、それを裏打ちするだけの実力を備えていて、しかもそのために弛まぬ努力をしていることが窺えるので、私は彼女のそういうところには敬意を払う。
ファーストコンタクトさえ真面だったら、もしかして良い友人になれたのかも、と思うと少し寂しいものがある。
「さて、残りは持久走だけか」
最後に嫌なものを持ってきたな、と思う。
一定の人数ごとにグループを分けて測定を行っているので、先に持久走を走ってからその他の測定に回っている学生も居る。最初にやるのと最後にやるのと、どちらがマシかはなんとも言えないところではあるが。
さっき短距離走を走っていた主人公ちゃんやエカテリーナ嬢も同じグループだろう。
彼女らは基本的に首位争いをしているので私に触れる機会など無いのが救いだろうか。
私?最下位争いですが何か?
持久走のスタート位置に集合すると、私の姿を目敏く見つけたエカテリーナ嬢が自信満々の表情でこれまでの測定結果を自慢してきたので、私は素直に「すごいな」と言っておいた。
何故か彼女はもの凄く複雑そうな顔になってしまったが、なにが気に入らなかったのだろう。
実際、私などでは足元にも及ばない素晴らしい結果を残している彼女なので、掛け値ナシの本音で称賛したのだが。
貴女そんな結果で恥ずかしくありませんのぉ?みたいな嫌味も言われたが、生憎と、こんなことで恥ずかしがるような感性をしていたらそもそも私は矮躯を恥じて自殺していると思う。
別に恥ずかしくもないが、それを素直に言うのは感じが悪い気がするので、ちょっと殊勝に「恥ずかしい限りだ」と答えておいた。
そして複雑な顔になるエカテリーナ嬢。
いやいや私に一体なにを言わせたいんだこの子は。
そんなこんなで始まった持久走。
練術場から出て学内のコースを一巡して帰ってくるだけの単純なものだ。
案の定もの凄い速度で飛び出して行った先頭グループを見送り、私はのたのたと最下位を走る。
「ペース配分という概念はないのだろうか」
あるいは、主人公ちゃん達にとってはアレで普通なのか。
まあ彼女達はそもそも脚が長いからな。ストロークが違うから同じペースで走っていても私より断然速いのだ。
いかにも運動が苦手そうな、ちょっとぽっちゃりしたご令嬢とか、ちょっと虚弱そうなご令嬢とかに混じって、一定のペースで走る。運動が苦手な彼女らもそれはそれで、それに合わせたカリキュラムが組まれることになるので、三年生になる頃には全員がそれなりの身体能力になるのだとか。
私には息切れと言うものが存在しないので、実のところ全力疾走で持久走しても全然構わないのだけど、悪目立ちどころかバケモノ認定されるだけなので、大人しく身の丈に合ったペースを維持する。
悲しいのは、たぶん全力疾走しても先頭グループには負けるだろうと言うことかな!
文字通りの一定のペースで機械的に走り続けた私は、終盤ペースが落ちてきた面々を抜いて、最終的には半ばくらいの順位でゴールしたのであった。
ゴール地点ではエカテリーナ嬢がニヤニヤしながら立っていた。取り巻き連中は同じグループではなかったのか、珍しく一人だ。
「あらぁアシュタルテさん。遅いお着きで。途中でお茶でもしてらしたのかしらぁ?」
「いや、そんなことはないが」
「まあ!ということは貴女、鈍足なのね?私ったら、まさかそんなはずはないと思っていて……気付かなくてごめんなさいね?」
うん。まあ、それは事実だから良いんだけど。
そんなことより私が気になるのは。
「わざわざ、私がゴールするのを待っていてくれたのか?」
「は?え、ええその通りよ。貴女があ・ま・り・に・も遅いから、心配してしまったの」
「そうか。ありがとう」
お礼を言うと、エカテリーナ嬢はまた変な顔になってしまった。
なにかを言いたげに口をもごもごさせて、しかし最終的に何も言わずに複雑そうに去っていった。
「はて……?」
なにがいけなかったのか、と私は首を傾げた。
2021/6 細部の描写を修正。




