40話_side_Soc_第一練術場_昼休み
~"懐刀"ソシエ~
魔法資質の測定を終え、そのまま身体能力測定が始まり、午前の項目がすべて完了すると昼休みに入った。
午後からは本格的な運動能力を測る過程に入るので、昼休みで英気を養いつつ、しかし食べ過ぎには注意が必要だ。
「ではお嬢様、昼食に致しましょう」
ボクはイオ様に声を掛けつつ、レキと視線を交わす。ボクの視線を受けたレキは、力強く頷いた。
実は今日、ボクらは一つの作戦を実行に移すつもりだ。
その名も『仲良しランチ大作戦(命名:レキ)』である。
内容は単純明快。イオ様の積年の想い人であるアシュタルテ侯爵令嬢をお誘いして、一緒にランチを楽しんじゃおう!というものだ。
イオ様とアシュタルテ様はお互いの実家の方針というか、貴族社会での立ち位置を気にして表立った交流は避けておられる。あの親睦会以来、お互いに完全に無関心であるかのように、どころかむしろ若干の隔意すら匂わせた振舞いをするお二人の意志力には感服するし、その甲斐あって今のところお二人の仲を勘繰る――というか、そこに疑問を持つ者も居ないようだ。
だが、しかし。
長年イオ様の御傍に侍ることを許されてきたボクらにはわかる。
イオ様が、それはもう寂しがっておられると!
アシュタルテ様を慕う想いが徐々に行き場を失って膨れ上がっているかの如く、最近はだんだんとイオ様がアシュタルテ様に視線を送る回数が増えてきている。対するアシュタルテ様はまだまだ弁えておられるのかそっけないものであるが、それでたまたま視線が合っちゃったりなんかしたらもう大変。イオ様は極力冷静に視線を逸らしておられるつもりだろうが、前後で笑顔の質がまったく違うのはボクらにとっては一目瞭然なのだ。
目が合っただけで、雪解け後の春の芽吹きみたいな笑顔になるんだもんなぁ。
いつも笑顔のイオ様だからそれほど不自然にも見えないだろうが、そろそろバレてもおかしくないとボクは思いますよ?
というわけで、同じく危惧を抱いたレキと対策を練った結果、一つの同意を得た。
――結局、アシュタルテ様と時間を共にする以外の解決方法なんてなくね?
わかってたけど。わかってたけど!
ならばとボクらは秘密裏に行動を開始し、そして今日を迎えたのだ。
人目を避けるため、食事処の個室を既に押さえてある。
調べによると、アシュタルテ様は相も変わらず筋金入りのぼっち――もとい、孤高のお方なので、常より昼食はメイドのみを供にお一人でとられているとのこと。本日も例に漏れずその予定であろうから、ボクらが魔法資質の測定を行っている裏では、ちゃあんと我が家の使用人をクラリスに接触させている。
アシュタルテ様の昼食を用意しているクラリスを先に押さえてしまえば、最早策は成就したも同然である。
きっと今頃は、クラリスからアシュタルテ様に「実は然るお方よりお誘いを受けております」などと伝えられているのではなかろうか。
そして、確りと体裁を整えさえすれば、アシュタルテ様がイオ様からのお誘いを無下になさるはずがない。
「お嬢様、本日は個室を予約しております。少々歩きますが」
「あら。珍しいですね」
「食堂の混雑が予想されますので」
ボクらは普段は講義棟併設の学生食堂を利用しているのだが、そこはこの練術場からもわりと近い位置にある。普段は別の場所で昼食を取っている学生も今日は手近な食堂で済まそうとする者は多いと思われるので、敢えて普段は使わない場所を利用することにした。
という理論武装。
実際のところ、アシュタルテ様をお誘いしていることをイオ様に隠す必要はないのだけど、どうせならサプライズを演出したいと思ったボクとレキのちょっとした遊び心である。
時は満ちた。いざ出陣!
「フレンネルちゃーん!」
……出鼻を挫かれた。
イオ様に対してこのように気安すぎる呼び方をする男子など一人しか居ない。
足を止めたイオ様に倣って呼び声のほうへと振り向くと、そこには予想通りの長身が。赤毛が印象的な武骨な風貌に、しかし人懐っこい笑みを浮かべた彼はアルヴィン・ホリィ・ヴァンシュタイン公爵令息だ。
よりによってこのタイミングで、と内心の忌々しさが顔に出てしまったのか、ボクと視線が合ったアルヴィン殿は少し引いたようだった。
「そんな睨まなくてもいいじゃん。イストリちゃん」
「失礼。そんなつもりはなかったのですが」
ちなみに今更ながら、ボクの名前はソシエ・ロア・イストリ。
フレンネル伯爵家に仕えるイストリ子爵家の長女でございます。
それはそうと、このタイミングでアルヴィン殿が声を掛けてきたことに、嫌な予感しかしない。
「わたくしにご用でしょうか?」
イオ様が問い掛けると、アルヴィン殿は気を取り直したように笑みを浮かべた。
白い歯がきらりと光る。
「良かったら、一緒にランチでもどうかなって――」
アルヴィン殿の口から『一緒にランチ』というフレーズが出た瞬間に、レキがカッと瞳を見開いた。
その凄まじい眼光に圧され、アルヴィン殿の腰が引ける。
「な、なに?ラヴィエちゃん。俺なんか気に障ること言った……?」
「いえ。お嬢様への忠誠心が目から出ただけですのでお気になさらず」
どういう生物なの……?と戦慄するアルヴィン殿はともかく。
この流れはマズい。非常にマズいのだ。
状況は殆ど詰んでいると言っても過言ではないが、まだ一縷の望みはある。
恐る恐る、ボクは問い掛けた。
「アルヴィン殿がいらっしゃると言うことは、もしや……?」
「僕が居たらマズいかな?」
ひょっこりと顔を出したのは、誰あろう我らがレオンヒルト王子殿下である。
その無駄にキラキラと輝くスマイルが、今だけは恨めしい。
嗚呼。終わったぁー……。
ボクは片手で目を覆って天を仰ぎ、そしてレキは崩れ落ちて地面に突っ伏した。
そのあまりにも尋常ではない様子にイオ様が「ど、どうしたのです二人とも!?」と慌てておられるが、今のボクらはイオ様の前で体面を取り繕う余裕すら失くしてしまっていた。王子殿下が現れた瞬間にこの反応は普通に不敬かもしれないが、ボクらの絶望はそれほどまでに深刻だった。
アルヴィン殿だけならまだどうにかなった。先約がありますので、とやんわり断ることは可能だっただろう。
だがレオンヒルト殿下、貴方はダメだ。
王族であるレオンヒルト殿下が現れた時点で、臣下として答えるべき返事は「はい!喜んで!」しか存在しないのである。
ボクらの醜態を目にして、そのレオンヒルト殿下が憎らしいくらい冷静に「ふむ」と呟く。
「アル。どうやらキミはやらかしたよ?」
「いやそれはわかる。流石にわかるから、ちょっと待って」
眉間にしわを寄せて考え込んだアルヴィン殿はしばらくぶつぶつと呟き、不意に表情を明るくした。
ぽんと手を打って、おもむろにレオンヒルト殿下へと声を掛ける。
「そうだレオ。折角だから『彼女』にも声かけてみるのはどうだ?」
「なにが折角かはわからないけど、そうだね」
彼らにしか理解できない遣り取りを眺めることしかできなかったボクらは、アルヴィン殿の次の行動で度肝を抜かれた。
彼はその良く通る声で、遠くに居た『彼女』をいきなり呼び付けたのだ。
「おーい!アシュタルテちゃーん!!」
「デカい声で呼ばわりおって、要らぬ恥をかいたぞ」
嫌々、と表現するのがぴったりな表情で歩いてきたアシュタルテ様は、開口一番にアルヴィン殿に毒付いた。
確かに、周囲に居た学生達がアルヴィン殿の大声に反応して一斉にこちらを見て、次いで呼ばれた名前に反応して一斉にアシュタルテ様へと振り向く光景は中々に異様なモノであった。
「めんごめんご」
謝る気がまるでなさそうな調子で言いながら、アルヴィン殿はボクとレキに向かってばちこーん!とウインクを飛ばしてきた。
察するに、アルヴィン殿はイオ様とアシュタルテ様が密かに懇意になられていることを見抜いていて、レオンヒルト殿下と言う体のいい口実を使ってイオ様たちが一緒に食事できる場を整えてくれたようだ。
何故アルヴィン殿はイオ様とアシュタルテ様の関係性を知っているのか。客観的にそれがわかるような機会はボクが知る限りは親睦会での交流しかないはずだ。アルヴィン殿は確かに他者の機微に敏い人物だが、親睦会の一件だけでイオ様たちの関係性に確信が持てるとはとても思えない。たった今、迷いなくアシュタルテ様をお誘いすることを判断した様子から、アルヴィン殿の中で元から確信があったのは間違いないのだ。
これは後でアルヴィン殿に確認すべきだな。彼や王子殿下に知られる分には構わないが、それ以外は困る。
まあ、それはともかく。
王子殿下が指名したから、という理由であればイオ様とアシュタルテ様が席を共にしても外野に変な勘繰りを受けることもない。フレンネル家とアシュタルテ家はともに王家の盟友である『四大貴族』なのだから、王子殿下がその二者を敢えて指名するのも不自然というほどのものではない。
一時はアルヴィン殿を闇討ちしてその辺の木の下にでも埋めてやろうかと思ったが、その働きに免じて許してやろう。だが勘違いしてもらっては困る。これはあくまでもマイナスがゼロになっただけのこと。アルヴィン殿が余計な真似さえしなければ、本当はイオ様とアシュタルテ様の二人っきりの蜜月だったんだからな!……ボクら?ボクらは背景に徹しますがなにか?
ちなみにボクの横ではレキが声に出さずに「命拾いしたようだな……」と呟いていた。なまじ付き合いが長いせいで底冷えするような声音が脳内再生されて恐ろし過ぎる。ボクよりも圧倒的に怒らせたらマズいレキさんである。忠義の為なら何するかわからない的な意味で。
勘の良いことに、唐突に寒気でも感じたみたいに身を竦めるアルヴィン殿を胡乱気に見遣りながら、アシュタルテ様が「で?」と切り出す。
「何の用だヴァンシュタイン」
「ちょっと待ってその前に、流石に俺に対する態度がぞんざい過ぎない?」
これでも一応公爵家なんだけど、と情けない顔になるアルヴィン殿に、アシュタルテ様は「ハッ!」と笑い飛ばす。
「無礼者に払う礼節の持ち合わせなどない」
「え、俺なんかした?」
「レディを大声で呼ばわっておいて、礼を失してないと思える性根が驚きだ」
「れでぃ?」
アシュタルテ様の額の辺りに身長を測るように片手をやって、背の低さを表現して見せるアルヴィン殿。ひときわ大柄なアルヴィン殿とひときわ小柄なアシュタルテ様が並ぶと、それぞれが尚更に際立って見える。有り体に言うと、大人と子ども。アルヴィン殿の台詞と合わせて完全に馬鹿にしているとしか思えないその所作に、アシュタルテ様は牙を剥くような笑みを浮かべた。
「喧嘩なら言い値で買うぞ。ん?」
「俺平和主義なんで、じゃんけんとかでいい?」
「いいだろう、私はじゃんけんもめっぽう強いからな」
「じゃんけんに強さもクソも――――うわホントに強いなんで!?」
間断なく弾むような掛け合いをする二人に、イオ様が小さく「仲良し……」と呟いた。察するに、アシュタルテ様と気安い会話をするアルヴィン殿が羨ましくなってしまわれたご様子。
ちなみにアルヴィン殿とアシュタルテ様のじゃんけん勝負はアシュタルテ様の十戦十勝であった。動体視力に自信があるボクでも殆どわからないくらいに、アシュタルテ様が手を出すのは毎回アルヴィン殿よりも刹那の差で遅いように見える。おそらく、アルヴィン殿が出す手を確認してから勝てる手を出しているのだ。一体どういう反射神経があればそんなことが可能なのかわからないが、それ以外に常勝無敗の説明がつかない。
傍で見ていたレオンヒルト殿下も、彼らの仲良し具合を少なからず意外に思ったようだった。
「アル、随分とアシュタルテ嬢と仲が良いんだね。初対面じゃなかった?」
「んあ?初対面っつーか……喋ったのはこれが初めてだけど?」
意外と話せる口だねアシュタルテちゃん!などと笑っているアルヴィン殿は大物過ぎる。あの形容し難い存在感を有するアシュタルテ様に気軽に話し掛けられる胆力がまずすごいし、というか会話したこともないくせにいきなり『ちゃん』呼ばわりって、心臓に毛でも生えているのだろうか。まあアルヴィン殿は誰が相手でもそうだけども。
ただ、そんなアルヴィン殿の軽口にアシュタルテ様がむしろ楽しげに応じたのは確かに意外だった。
「というわけで、アシュタルテちゃんも一緒にランチどぉ?」
ただでさえ胡乱気だったアシュタルテ様の顔が、もの凄く面倒くさそうに歪んだ。
それからイオ様のほうへと視線を向けて、なにか悟ったように溜息を吐いた。
「そうか……貴様も災難だったな。運が悪かったと思って諦めようではないか」
心底から同情したような視線でイオ様に話し掛けるアシュタルテ様に、流石のアルヴィン殿も居た堪れない顔になる。
「あの……そこまで悲壮感出されると、流石につらいんだけど」
「別に、貴様や殿下に思うところがあるわけではない。ただ、今後の展開を思うと気が滅入るだけだ……」
「アシュタルテ嬢もフレンネル嬢も、嫌なら断ってくれて構わないよ?僕は気にしないし」
苦笑気味にそう言ったレオンヒルト殿下は、たぶん本当に気にしないのだろうけど、だからと言って「はいそうですか」と頷けるわけが、
「実のところ私も気にしないが」
あっはい。流石アシュタルテ様は豪胆だった。
彼女はどことなく煤けた表情で、肩越しに親指で背後を指差して見せた。
「外野が気にするでしょう。少なくとも、アレとかは」
ボクらが釣られてそちらを見ると、アレことクレインワース侯爵令嬢がなんというかもの凄い形相でこちらを睨んでいたので慌てて顔を背ける。
次いでレオンヒルト殿下が顔を向けた瞬間に完璧な令嬢スマイルを取り繕うあたりは流石としか言いようがないが、その下に隠された悪鬼の形相を見てしまった今、落差がむしろ恐ろしい。
思うに、きっと彼女はレオンヒルト殿下をランチに招待する気満々で居たのだろう。
それでもって、たぶん殿下らはそんな肉食系令嬢から逃れるために安全地帯を求めてイオ様に声を掛けてきたのだろう。イオ様とアシュタルテ様という人選は避難所としてあまりにも妥当だ。殿下たちのほうから女子に声を掛けたのであれば、他の令嬢たちは呼ばれてもないのに割り込むようなはしたない真似は出来なくなる。
それでヘイトを稼がされるこちらは堪ったものではないが。
私も誘って!と言わんばかりの媚び媚びの令嬢スマイルで熱視線を送ってくるクレインワース侯爵令嬢から、極めて自然な動作で視線を逸らして背を向けるレオンヒルト殿下。こちらへと振り返った彼の表情はいつもの笑顔ながらこころなしかげっそりしていた。
「昼食ならアレを誘えばよろしい。私などと違って見目も良いし、尽くす女でしょうよ」
「僕とて、食事の時くらいは心安らかにありたいんだ」
「そっくりそのままお返ししますよ」
クレインワース侯爵令嬢から飛んでくる圧力を背中で受けながら、アシュタルテ様とレオンヒルト殿下が往生際の悪い会話を交わす。というか、アシュタルテ様には敵意満載の視線を、レオンヒルト殿下には媚態まみれの視線を、同時に送ってくるクレインワース侯爵令嬢の謎の特技が地味にすごい。
我らがイオ様はと言うと、基本的には身分の高い方々の判断に従う姿勢で静観しておられるのだが、
「…………(そわそわ)」
目が。
イオ様の目が口ほどにモノを言っておられる!
レキじゃないけど、アシュタルテ様への募る想いが目から出ている……!
そうか。ボク達が今日アシュタルテ様をお誘いしていることはイオ様にはまだお伝えしていなかった。となれば、イオ様にとってはこの機会は降って湧いた千載一遇のチャンス。まさに青天の霹靂。殿下たち付きとはいえ、お慕いしているアシュタルテ様と昼食の席を共にできる機会を逃してなるものかと、一生懸命にアピールしているに違いない。
ああ、もっとぐいぐい前に出ても良いのですよイオ様!
でもそんないじらしいところが素敵ですイオ様!
「…………(ちらちら)」
「う、うぅ……」
「…………(わくわく)」
「ええい!そんな目で見るなっ!わかったから!」
イオ様の無言のおねだりにアシュタルテ様が白旗を揚げるまで、そう長くはかからなかった。
2021/5 アルヴィンの洞察力がおかしいので修正。じゃんけん必勝法を追記。なお言うまでもなく時間チートの模様。




