39話_side_Leo_第一練術場
~"第二王子"レオンヒルト~
「ああ、しまったな……」
僕が思わず呟くと、隣に居たアルヴィンが耳聡く聞きつけた。
「ん?どした」
仮にも第二王子である僕に対してあまりにも気安い口調は、彼にとって常のことだ。
アルヴィン・ホリィ・ヴァンシュタイン。
ヴァンシュタイン公爵家の長男にして、王立エンディミオン魔法学院の生徒会執行部長を姉に持つ彼は、何を隠そう僕のお友達である。彼と僕が交友関係を持ったのは所謂『立場上の必然』というヤツなのだが、幸いなことに人間的にも馬が合って、今となっては無二の友人である。
それは周囲にとっても周知の事実なので、彼が僕の元に居る間は普段からアピールに余念のない令嬢方も自重してくださるわけで、二重の意味で有難い存在だ。
どちらかというと線の細い面立ちをしている僕とは対照的に、アルヴィンは骨太な容姿をした武骨な男だ。
短く刈られた赤毛といい、決して低くはない僕の身長と比しても頭半分高い長身といい、良く鍛えられた体格と言い、騎士の家系の出身だと言われたほうが余程納得できる外見をしている。
ただし、武骨に見えるのは外見だけで、その性格は結構な気遣い屋である。他人の心境を慮ることに長け、口が回るので、誰とでも円滑に如才なくコミュニケーションを取れる。家柄を抜きにしても多くの人に好かれる男だ。
アルヴィンの姉君とはあらゆる意味で対照的な印象に、ヴァンシュタインの血統の神秘を感じずには居られない。
「アル、今のを見ていたかい?」
僕が問うと、アルヴィンは変な顔をして「見逃すほうが難しいだろ」と答える。
それから、前方の、魔法資質を測る水晶玉のほうを見遣る。
正確には、そこから立ち去ろうとしている平民階級の少女のほうを、であろうか。
「たぶん、歴代最高の魔法資質なんじゃないか?あの子」
「ん?ああ……そうだろうね」
ほんの少し前のこと、練術場の空に魔力の花園が現れた。
とある一人の女子学生の、溢れんばかりの魔法資質が空を埋め尽くすほどの花を咲かせたのだ。
僕自身それなりの資質を有していると自負しているし、実際他の学生と比すれば充分に大きな花が咲いたものだが、それでも彼女のそれと比べると僕の資質ですら1割にも届かない程度だろう。
「確か、ミアベル・アトリー嬢だったかな?」
「んお。知ってたんか」
アルヴィンが少し意外そうな顔をしているが、なんのことはない。
単に彼女が特待生だから情報を得ていただけだ。特待生と言うからには学院側が資金援助をしてでも魔法を学ばせたいと考えるほどの資質を元から示していたということだが、まさかこれほどとは誰も思っていなかっただろう。
入学選考段階で行われる、特待生資格の是非を判断するための簡易測定では、ざっくりと魔法資質の強度がわかる程度だ。上限にしても特待生資格を認められるための閾値に対して上であることがわかるだけで充分なので、どのくらい上かはわからないそうだ。そこで結果を示したからこその特待生だが、その正確な資質は今の測定で初めて明らかになったというわけだ。
「というわけで、名前は知っていたけど、彼女自身に興味があったわけじゃないよ」
「あっそう」
「でも、見たところ可愛らしい子だね」
「俺の調査によると、今年の入学生で三指には入る」
「毎度思うけど、そういうのどこで調べてくるんだい?」
「情報が勝手に集まってくるんだなこれが。ほら俺友達多いから。レオと違って」
やかましい。
僕は立場上誰かれ構わず懇意になるわけにはいかないのだ。僕が友好的に接したという事実だけが、思わぬ影響を及ぼすことだってあるのだから。そういう意味ではアルヴィンが情報通なのは、半ば僕のためでもあるのだろう。
それがわかっているので、無礼極まりない発言も聞き流そうではないか。
それはそうと、学年で三指に入る美貌で、誰よりも高い魔法資質を有する、平民階級の特待生、か。
「なんだか、気の毒になってくるよ」
「だなぁ。ものすっっっごく、苦労するだろうな。アトリーちゃん」
主に、周囲の貴族令嬢からの嫌がらせが恐ろしいことになりそうだ。
あれだけの資質を有する魔法使いとなれば、もはや国家の財産である。尊重こそすれ、その芽を摘むような暴挙は是非とも控えてもらいたいものだが。生憎と悪い意味でプライドの高い幼稚な令嬢たちにそんな理屈は通用しないだろうし、アトリー嬢にしてもあれだけのものを持って生まれてしまった以上は、周囲からのそういう悪感情はこの先もついて回るだろう。
むしろ、学生のうちに叩かれ慣れておいたほうが身のためかもしれないな。
「てか、実のところ既に苦労してるっぽい」
「そうなのかい?」
「なんでも、どこぞの王太子殿下がアトリーちゃんに興味津々だとか」
アルヴィンによると、少し前からカーマインがアトリー嬢に話し掛ける姿が目撃されるようになったらしい。
理由は定かでないが、少なくともそれによってカーマイン派の令嬢たちからのアトリー嬢への攻撃が激化したとか。もともとアトリー嬢への嫌がらせみたいなものはあったみたいだけど、最近はその域をちょっと逸脱した過激なものまでチラホラと。
余談だがカーマイン派とはレオンヒルト派と勢力を二分する女子の派閥だそうな。要らない情報をありがとう。
「本当に、どこから仕入れてくるんだいソレ」
「俺のお友達は男子だけじゃねえんだなこれが」
はいはいそうですか。
にしてもカーマインが、ねぇ。
武力一辺倒のあの脳筋のことだから、アトリー嬢の魔法資質に目を付けたのか?
あるいは、そうであるからこそ彼女の可憐さにコロッとやられてしまった可能性も否めない。
僕としてはどうでもいいが、アトリー嬢には災難な話だ。彼女が王族と懇意になって玉の輿を狙おうというタマならば願ったりだろうが、どうみてもそんなタチじゃないし。単純に迷惑なだけだろう。なにせ、あの脳筋が自分の影響力などというものを考慮して行動するわけがない。
「んで、結局なにが『しまったなぁ』なんだよ」
「うん?」
話を逸らそうたってそうはいかないぜ、としたり顔で言うアルヴィンに、僕はむしろ首を傾げた。
「逸らすもなにも、勝手にアトリー嬢の話をし始めたのはアルだろ」
「は?いや、お前が今の見たかって聞くから」
そこまで言って、なにかに気付いた様子で、
「今のって、アトリーちゃんじゃなくてアシュタルテちゃんのことか!」
「僕は最初からそのつもりだったけど」
じゃあ最初からそう言えよ、というアルヴィンの言葉はごもっとも。
だけど早とちりして話を進めたのはキミだろう。
誰もがアトリー嬢の資質に釘付けであったからこそ、その陰でひっそりと花を咲かせていたアシュタルテ嬢のことを見ていたかと訊いただけだ。
アルヴィンはちゃんとそちらも認識していたらしい。
「あれはあれで、驚きだよなぁ。まさかアシュタルテちゃんの資質がこの場の誰よりも低いだなんて」
「本当にそう思うかい?」
「うんにゃ、微塵も思わない」
アルヴィンのその感想はある意味当然だろう。
あの親睦会での一幕は彼も離れて見ていた。あれを見ていてアシュタルテ嬢の魔法資質が低いなんて思えるやつが居たら、そいつの目は節穴だ。
カーマインの雷魔法を迎撃したアシュタルテ嬢の魔法。いや、あれは迎撃なんて仰々しいものではなかった、単に、振り払っただけだ。それこそ、煩わしい羽虫でも追い払うかのように。
文字通りの迎撃態勢を取っていたフレンネル嬢をわざわざ制してまで、そしてアシュタルテ嬢自身は身動ぎすらせず、カーマインの魔法を完全無欠に無効化した。それだけの自信と確信が彼女にはあったのだ。
雷が凍結した。
そのようにしか見えなかった。
そんなことが在り得ないと理屈でわかっているのに、それ以外にあの現象を表現できない。確かにアシュタルテ嬢が凍結魔法の名手だと言うのは知る人ぞ知ることであろうが、だからとて雷を凍らせるような真似ができるのか。
つまるところ、彼女が指先一つ動かさずになしたあの魔法は、完全に僕らの理解の範疇を超えていたのだ。
カーマインもそれを理解したからこそ、あの場で大人しく引き下がったし、その後もアシュタルテ嬢に近付かないのだろう。
何故って、あの魔法の仕組みを理解しないことには、百回やって百回敗北するであろうことが明らかだから。
そんな彼女だから、今日のこの魔法資質の測定でも面白いものを見せてくれるかも、と密かに期待していた。
で、あれである。
「アシュタルテ嬢はおそらく、魔法具の機能に介入したんだろうね」
「魔法資質を低く見せるために?」
「さあ?そもそもあの魔法具の機能は学院の部外秘だ。僕ですら詳細は知り得ない。大きな花が咲けば優れた資質、というのも歴代の学生が経験則でそう言っているに過ぎない」
その証拠に、アシュタルテ嬢を担当していた教員は、きちんと状況を理解して正しい評価を下したようだった。少なくとも、至って冷静に。
アシュタルテ嬢の咲かせた花が、彼女の名前と同じ花であったことから、そこに彼女自身の意図があることは明白だ。
「思うにアシュタルテ嬢はただ、できるからやってみた、だけじゃないかな?」
「特別な意図はないと?てか、そもそもどうやったんだろうな」
「わからないよ。やったことないから」
だからこそ、思うのだ。
「しまったなぁ」
「まさか、自分もやってみれば良かったとか言い出さねえよな?」
「そのまさかさ。なんで僕は思いつかなかったんだろう」
僕は今日のこの行事が楽しいものであるとは思っていなかった。
この後のカリキュラムのクラス分けのための通過儀礼なのだから、面白いもクソもなく、淡々とこなすだけのものだと。
実際、名を呼ばれ、魔法具に手を置き、そこそこの花が咲き、ああこんなもんだよなと静かに納得しただけだ。
つまらないものだなぁ、と冷めた思考を流していた過去の自分を足蹴にしたい気分だ。
つまらないのはこの行事そのものではなく、僕の思考のほうではないか。
つまらないと決めつける思考こそがなによりつまらない。
だけど、一体どういう思考回路をしていたら、逆に魔道具に介入して自分好みの花を咲かせてやろうなどという発想が出てくるのか。それをぶっつけで成功させてしまう技量も含めて、やはり彼女は理解不能だ。
理解不能なのだから、仮に僕が彼女と同じことをやろうとして成功したかはわからないが、少なくともやってみればわかることはあったはずだ。
故に、挑戦すらしなかったこの思考回路の頑なさをこそ悔いているのだ。
同時に、やはり彼女は面白い。
理解不能こそがなにより面白いと思う。
なるほどアトリー嬢の類稀な魔法資質は過去に例を見ないものだろう。だけど、理解はできる。ただ単に、彼女の魔法使いとしての資質が僕の十倍以上も優れているというのが理解できるだけだ。
その数字の差に思うところはないけれど。
「ああ……良いなぁ。彼女」
気付けば、僕の視線はアシュタルテ嬢の小さな姿を追っていた。
彼女はいつもと違ってポニーテールに結い上げた長髪をふるふると揺らしながら、練術場の隅のほうへと去っていってしまった。
一度興味を持たされてしまうと、何気ないことでも気になるようになってくるから不思議だ。
「頼むからソレ、他の令嬢がたの前で言わんでくれよ」
僕の呟きを拾ったアルヴィンが、戦々恐々と言うのだった。
2021/5 細部の描写を修正。




