436話_side_Primrose_某所
~"転生令嬢"プリムローズ~
とりあえず、眼前の光景を端的に描写しよう。
「えぅ……」
そわそわキョロキョロ。
「えぅえぅ……」
ビクビクおどおど。
「えぅぅ、」
「おっとお姉ちゃんごめんよ!」
「はひぃっ!? しゅみませんっ!!?」
ふむ、と私は顎に手をやり、重々しく告げる。
「ねえリュウくん。きみの彼女可愛すぎひん?」
「最近、宇宙一可愛いんじゃないかと思ってる」
「見てないで助けてやれよ……」
呆れたようなヴァイオラがツッコミを入れてくるが、とんでもない。今は愛でる時だよ。
一応、先の謎えうえうがなんだったのか説明しておくと、魔法具の効果を実証するために外に出てきたケイさんが雑踏の中を歩いてみたものの、顔を隠して過ごした期間が長過ぎたせいか、外套の防御がない状態が不安過ぎてぷるぷるしちゃっている、という図だ。ちなみに最後のは後ろから早足で歩いてきたおっちゃんがケイさんのすぐ横を通り過ぎただけである。別に押されたわけでもぶつかったわけでもなく、相手の剣幕が凄かったわけでもないのにびっくり仰天飛び上がったケイさんの過剰反応におっちゃんのほうもびっくりしていた。
「どうやら、魔法具の効果は問題なさそうね。可愛いし」
「そうですね。特に誰も不審に思う様子はない。可愛いし」
認識誘導の効果を確認するためにはケイさんが一人で行動して、それに対する周囲の人達の反応を窺ったほうがわかりやすいので、とりあえず彼女には一人で心細く歩いてもらった。その少し後ろから、完全無欠に野次馬な私と、普通に心配そうなリュウくんと、何故か呆れ気味のヴァイオラがこっそり着いて行ってるという構図だった。
そのまま人通りの多い区画を抜けて、道の突き当りまで来たところで私達はケイさんに合流した。突き当りはT字路になっていて、その先は川である。黒い森方面の山岳部から流れてくるそれなりの川が、上層部の温泉排水なども取り込みながら街の隅を掠めるように通っているのだ。つまりロイエンタールの中央街を通り抜けて、その端のところまで歩いてきたのである。ここまで誰もケイさんの姿を怪しむ素振りを見せたものはいなかったので、どうやら魔法具の効果は確からしい。
「えぅ~」
「お疲れさま。効果バッチリみたいだけど、手応えはどう?」
「はい……使ってみた感覚ですけど、結構、魔力の消費があるみたいです」
まあ、そうでしょうね。そもそも籠められた魔法が上等だし、恒常的に発動しておくような想定でもないはずだ。認識誘導は強力だが難しく消耗も激しい魔法なので、基本的にはここ一番に投入して短時間で最大効果を得るような使い方が正しい。ケイさんがちょっと疲れる程度で済んでいるのは、何気にこの子の持っている魔法資質がずば抜けているからに過ぎない。
本人に魔法の見識が乏しいので現状若干宝の持ち腐れになっている感があるが、魔公であるベルフェルテが目を付けるほどの資質が並大抵のものであるはずがない。尤も、主人公ちゃんっていう本物のバケモノに比べれば、人間の枠内に収まっているだけ真面だと思うが。
「使いこなせてるみたいだし、じゃあそれアンタにやるよ」
と、あっけらかんとそう言ったのはヴァイオラだ。
「え!? っいえそういうわけには! こんな高価なものを」
「つっても、俺としてはエクスからただで貰っただけのやつだしな」
職人から魔法具を購入した張本人はエクスプロードだから、強いて対価を支払うとすれば彼女に、というのが妥当なのかもしれないが、結局彼女のほうもヴァイオラに無償で譲渡している時点で所有権を手放しているに等しいわけで。まあ現持ち主のヴァイオラがいいと言うならいいんじゃないかな。
ケイさん達的にもただで貰っちゃうのは収まりが悪いし気が引けるというのであれば、双方の落としどころとして適当な金額でも設定すればいい。中古価格ってことでさ。
などと考えつつも口は挟まず、私はヴァイオラ達の緩い交渉から視線を外し、暇潰しに周辺でも散策しようかと考える。一度も来たことがない区画まで歩いてきたので、普通に観光である。
なんとなく道の突き当りとなっている塀まで歩いていって、その先をひょいと覗き込んでみると、私達が立っている石造りの道からだいぶ下のほうに悠々と流れる川の水面が見えた。流れは穏やかだが、結構な川幅で、それなりに深そうな色味をしている。こういう川って、水面付近と深いところで全然流速が違ったりするから、表面上穏やかそうな流れだと思って飛び込んだりするとそのまま引き摺り込まれてぽっくり逝ったりするよね。
そんな不穏なことを考えていた私が何気なく横を見ると、私から少し離れた場所で同じように川を眺めている女性が居た。ちょうど私が歩いてきた方向で、話し合いをしているヴァイオラ達の近くだ。人口密集地を抜けた中心街のはずれとはいえ、中心街には違いないのでそれなりの通行量はある。川を眺めているのも私とその女性だけではないが、彼女は特別私の目を惹いた。
蒼銀の長髪を頭の高いところで結い上げた若い女性で、東方風と王国風が混じったようなファッションは、この街ではたまに見掛ける類のものだ。腰に佩いた刀のようなものを見るに、どうやら討伐者らしい。若い女性の討伐者となれば他の街ではそれなりに珍しいのかもしれないが、ことここでは腐るほど見掛ける人種でしかない。なので私が興味を惹かれたのは彼女の容姿が所以ではなく、その雰囲気だ。
「はぁあああ…………」
めちゃめちゃ暗い。
クソでか溜息とかいって茶化すのが憚られる程度には、重苦しい吐息を吐き出している。
なんか嫌なことがあったんだろうな、と私が『寄らんどこ』を決め込んでいると、女性は徐にその場で何故か履物を脱ぎ始めた。戦闘を視野に入れた頑丈そうな女性用ブーツを几帳面に揃えて置くと、彼女は次に腰の帯から刀を鞘ごと抜くと、履物の手前に供えるように置いたではないか。そして同じように得物と思しき短刀二本もその場に置くと、
「ちょ、」
あまりにも無造作に、塀の上に登ろうとしたのだ。
思わず声を上げてしまった私に反応してヴァイオラ達が振り向き、そして一様にギョッとする。
直前の行動と雰囲気から鑑みるに、誰がどう見ても投身自殺の現行犯でしかない。塀の下には深い川。そうでなくとも水面まで結構距離があるから落下の衝撃だけでも下手したら死ねる。勿論落下事故防止のために適当な高さで作られてる塀に苦もなくよじ登った彼女は、まるで躊躇なくそのまま重心を塀の向こう側へと落そうとする。
「待った待った待ったァ!?」
「ダメですだめです駄目ですぅ!?」
そこに遮二無二飛び付いて、間一髪で落下を阻止したのはヴァイオラとケイさんである。ヴァイオラは戦闘者として優れた体捌きを駆使して、ケイさんは魔物化した肉体の高い運動能力を駆使して、この二人でなければ間に合わない距離とタイミングだったことだろう。
そしてそんな二人に身投げを阻止された女性は、塀から半分落ちながらじたばたと暴れ始める。
「止めないでくださぁああいっ! 後生です逝かせてください! どうか! どうかぁ!!」
「早まるんじゃねえ!? あぶねいや落ちる落ちる、暴れんじゃねえ!!」
「お、おおお落ち着いてくださぁい! えうぅー!!」
最終的には私とリュウくんが参戦して無理矢理引き戻すまで、彼女は強硬な抵抗を続けたのであった。
◇◇◇
騒ぎを聞きつけた野次馬の遠巻きな視線を浴びつつ、私達は来た道を少し戻ったところで女性の話を聞くことにした。場所を移したのは隙を突いて飛ばれては堪らないからである。
「私は本当にダメですね……また他人様に迷惑ばかりかけて……」
どんよりと項垂れてベンチに腰掛ける彼女は名前をクーベルネと名乗った。蒼銀の髪と色味を揃えた装いが涼しげな印象を与えるクール系の美人だが、その端正な顔面には大きく斜めに引き裂かれたような無惨な傷痕が残っている。討伐者ならば古傷の一つや二つ珍しくもないが、女としては流石に同情を禁じ得ない惨さである。
とまあそんな傷痕なんかで怯むわけもないヴァイオラが、相手が美女と見るや否や喜んで距離を詰めにいく気配を見せていたのだが、その彼を制して聞き役に名乗りを上げたのはケイさんだった。
「もしよければ、何があったのか教えていただけませんか?」
穏やかに訪ねるケイさんの雰囲気のおかげか、項垂れて自虐を繰り返していたクーベルネさんは少しずつ話をしてくれた。
例によってと言うべきか、クーベルネさんは『赤原同盟』に所属する討伐者であり、一つのパーティーを預かるリーダーの立場なのだとか。年齢は二十二歳。まだ若い彼女はリーダー歴一年目の新米リーダーさんだ。
クーベルネさんが初めて受け持ったパーティーには、クランに加わったばかりの少女が一人居た。名をアズミちゃんというらしい。
「私の妹がちょうど卒業したところだったので、手隙の私はアズミさんの姉になったのです」
「「???」」
クーベルネさんの説明にケイさんとリュウくんが疑問符を量産しているので、私は『赤原同盟』に特有の制度である『姉妹制』についてざっくり説明しておく。経験を積んだ構成員が、マンツーマンで新人の面倒を見るという制度で、新人の教育と先輩の人事評価を同時に行うための、まあよくある類のものだ。あのクランには女性しか居ないのでなんだか百合の花が咲きそうな気配が漂っているが、実態は単なるOJTだ。
つまりクーベルネさんの説明は、一人の新人を教育し終えた彼女は手が空いたので、ちょうどそのタイミングで配属されたアズミちゃんの教育を新たに請け負ったということであろう。
姉妹となった彼女達はそれなりに上手いことやれていたらしい。説明が完全にクーベルネさんの主観なので実態は定かではないが、それは気にしても仕方がないので置いておくとして。
しかしある時、悲劇的な事件が起きる。
「男性討伐者の集団に、アズミさんが乱暴されてしまったのです」
「!!」
ケイさんが息を呑み、ヴァイオラも剣呑に目を細めた。
詳細な経緯は未だ判明していないらしいが、どうやら脅迫されるか騙されるかして呼び出されたアズミちゃんを、呼び出した男達が数人がかりで手籠めにしたという事件だったようだ。この街のギルド支部の治安が劇的に悪化し始める、まさに走りくらいの時期に発生した事件だった。
「相当に酷なことをされたようで、あんなに明るい子だったのに、すっかり心を閉ざしてしまって」
後悔と無念の滲む声音でクーベルネさんは言う。
「結局、アズミさんはそのままクランを去り、討伐者もやめてしまいました」
故郷に帰ると言って姿を消し、以来連絡を取る手段もないようだ。
妹を失ったクーベルネさんはその後、独自に事件の調査をし始めたらしい。今更下手人をどうこうしたところでアズミちゃんの傷が消えるわけではないとわかっていたようだが、それでも黙ってはいられなかったのだ。
「しかし、結局何もわからず仕舞いでした……」
「そんな……」
「不甲斐なくて、やりきれない想いです。あの子を助けてあげられなかったばかりか、仇討つことすら叶わない。私はあの子の姉だったのに……!」
「で? 絶望して諦めて死にたくなったって?」
私が呆れを声に乗せて問い掛けると、クーベルネさんは首を横に振って、座っていたベンチからすっくと立ち上がる。
「いえ! 私は諦めません。必ずや下手人どもを突き止め、報いを受けさせてみせます。今となっては、それが姉としてあの子にしてやれる唯一のことですから!」
「いやいや、そのわりには随分景気よく飛ぼうとしてなかったか?」
半眼のヴァイオラが言うまでもなく、先程の投身自殺未遂は間違いなくガチの本気であった。それだけの躊躇のなさだったし、止められてあれだけの抵抗を見せていたのだから。
あれを見ている私達からすると、なんかいきなり信念に満ちた顔をされても胡散臭さしか感じないのだが。
するとクーベルネさんは恥ずかしそうに頭を下げる。
「その節は、大変ご迷惑をお掛けしました。話を聞いてくださってありがとうございます。お陰様でだいぶ落ち着きました」
「それはよかったです、けど……あの、大丈夫ですか?」
「なにがですか? 私は大丈夫です! たまに突発的に死にたくなるけど、よくあることですので!」
「「「「…………」」」」
めっちゃ朗らかじゃん。なにこの子こわい。
「実は昨日も、ふと思い立って手首を切りましたけど、私は元気です!」
リスカぁ!
嘘みたいなにこやかさで片手の包帯を見せてくれるクーベルネさんに対して、私達四人は緊張感を滲ませる。
情緒不安定ってレベルじゃあない。身投げを図って止められてあれだけ鬱屈と落ち込んでいたのに、今はアホみたいに明るく笑っている。
「へ、ヘイスレイ、このお姉ちゃんヤバくねえか……?」
「普通に心の病気でしょこれ」
「ど、どど、どうするんですか? なんかほっといたらすぐに取り返しのつかないことに……!」
とりあえずリュウくんに彼女を見張っておいてもらって、緊急作戦会議である。
私個人の想いとしては、かまってちゃんのファッション死にたがりだったらどうぞご自由になんなら手伝ってあげようかって感じなんだけど、心を病んでしまっているとあれば話は別だ。
こんな精神状態で魔物と戦う稼業なんて続けていけるわけがないし、早急に医者に掛かるべきでしかない。少なからず事情も聞いてしまった以上、このまま彼女をリリースして帰り道で飛ばれたら寝覚めが悪いなんてものじゃないから、言い方は悪いが関わってしまったのを運の尽きと思って、然るべき場所に彼女を繋がなくてはなるまい。
しかし困った。流石の私にもそんな伝手はないぞ。というか、医者って私から最も縁遠い職業の一つと言っても過言じゃない件。
頭を悩ませていると、少し離れた所から突如として怒号が響いた。
別にクーベルネさんが爆発したわけではなくて、全然別の、太い男の声であった。
「待てやゴラァ!!」
「ひぃーんッた、助けてたもぉー! 誰か助けてたも!」
今度はなんだと振り向くと、なにやらこちらに駆けてくる小さな人影と、それを追い掛ける巨漢の姿が見える。
どちらも必死の形相で、腕になにかを抱えて逃げる小柄な少女らしき人物を、巨漢が怒鳴り散らしながら追っているという構図だ。少女は涙声で助けを求めているが、彼等のあまりの勢いと、そして巨漢のあまりの剣幕に、通行人達は思わず脇に避けて道を空けてしまっている。
となると、どうなるか。
「そち等、助けてたもっ! 殺されてしまうのじゃあ!」
うん、まあ。どうあがいてもこっちに突っ込んでくるよね。




