435話_side_Primrose_『ホワイトファング』クランハウス
・433話の感想で読者さんから鋭いツッコミを貰ったので、怒涛の言い訳回です。
・何故魔物化したケイは忌避されるのに、アヴァターのスレイは平気なのか。どっちも術理の産物ではないかという疑問に対するアンサーですね。
~"転生令嬢"プリムローズ~
「――――これのことか?」
と、一旦自室に引っ込んだヴァイオラが、片手に持ってきた物をケイさん達に見せる。彼が無造作に持っているのは、ちょうど人の顔面ほどの大きさの、形状もそれを模した、所謂『お面』だとか『仮面』だとか言われるアイテムであった。
ヴァイオラとお面の組み合わせの突拍子の無さも然ることながら、私がそれ以上に気になったのはそのデザインだ。
「なんで般若面なのよ」
少なくとも今世で初めて見たわそんなの。私の疑問に、しかしヴァイオラはむしろ訝し気になって、片手のそれを持ち上げてみせる。
「いや、蛇の面だろ。どちらかというと」
「はぁ?」
いやしっかり般若かと言われると断言し難いが、どう見ても蛇ではないぞ。すると私達の遣り取りを聞いていたケイさんは、
「えっと、私にはのっぺらぼうに見えますけど……」
「俺には小面に見えるぞ」
ついでのようにタイホウ言葉で呟いたリュウくんも含めて、誰一人として意見が一致してない。ちなみに小面は能面の一種である。
「で、ヴァイオラなにそのけったいなアイテムは」
「エクスがくれた。なんかギルドの職人街で買ったらしいぞ」
なんでも、元々はヴェルメリオが私への手土産に選んだ、例によって反応に困るわんこセレクションだったのだが、金欠により彼女は購入を断念。紆余曲折あって何故かエクスプロードが代わりに買うことになったのだが、彼女もまた処分に困ったのか、その場に居たヴァイオラが最終的に押し付けられた形だ。なお、それなりにイイお値段だったらしい。
で、まあ高い買い物だったようだし、使いどころはわからないが敢えて捨てるのも勿体ないと考えたヴァイオラは、とりあえず持って帰ってきて私物と一緒に仕舞っておいたらしいのだ。ヴァイオラ本人もそれを忘れていたような今になって、何故唐突に持ち出してきたのかというと、即ち唐突に訪ねてきたケイさんとリュウくんが『もしかしてこれこれこういう物を持っていませんか?』と訊いてきたからである。
「あの、実は」
ケイさんが説明して曰く、どうやら彼女は呪詛も解けたことだし色々負債を返すためにバリバリ働いちゃうぞと一念発起した。しかし呪詛は解けても容姿は魔物のままであり、これでは人前に出られない。仕事中も四六時中フードを被っているわけにもいかないので、なんとか出来ないかと代わりの解決策を探したのであった。
現在彼女等がお世話になっている『剣の誓い』の伝手で、効果的な魔法具を製作出来るらしいとある職人の元を訪ねてみたのだが、話を聞くと少し前にその品が売れてしまったばかりだという。その職人とやらが、エクスプロードがお面を買った工房の人ということだ。
「それで、話を聞いてみると、どうやらヴァイオラさんなんじゃないかっていう説が私達の中で浮上しまして……」
「ほーん。なんでヴァイオラじゃね?って思ったの?」
「えっと『赤コートの色男』っていう特徴を話されていたので」
「ヘイスレイ、聞いたか? やっぱ俺くらいの色男になると、記憶に残っちまうんだなぁ!」
「そうね。まあ赤コートの半分くらいは印象に残るんじゃない?」
個人的にはほぼほぼ『赤コートの人』だと思う。色男どころか怪人味があるわね。
ともあれ、ケイさん達としても、効果があると確証があるわけではない高価な魔法具を見切り発車で製作してくれと職人に依頼するわけにはいかないので、現在の持ち主が顔見知りの相手ならばと、とりあえず現物の確認だけでもさせてもらおうと考えてここに来たとのことだ。
「もし、効果があるようでしたら改めて職人さんに製作を依頼しようかと……」
「つってもよ、これ魔法具なのはわかるけど、使い方なんてさっぱりだぜ?」
「あ、それは大丈夫です。職人さんに聞いてきました」
「……ヘイスレイ、なんで俺は持ち主なのに使い方を知らねえんだ?」
「エクスプロードが端折ったからでしょ」
正規の手続きとして魔法具を購入したエクスプロードが、その際に使用方法を聞いていないはずがないので、たぶん彼女がヴァイオラに譲渡する際に伝え忘れたか、あるいは伝える気がなかったかだ。ヴァイオラの話を聞くにエクスプロードにとっても不本意極まりない買い物だったようなので、職人の説明を端から聞き流していたという可能性も無きにしも非ず。というか、もしかしなくても彼女本人はさっさと処分するつもりで居たけど、完全にその場の思い付きでヴァイオラにあげた説が一番濃厚だ。あの子の性格的に。
「まいいや。そしたら早速試してみるか?」
ヴァイオラがひょいと手渡した般若面を恐る恐るという風で受け取ったケイさんは、職人から聞いているという使用方法を思い出すように、人差し指に魔力を燈してお面の表面を撫でた。描いた紋様が起動のキーになっていたらしく、お面の表面を覆い隠して見る者によって違う姿を見せていた認識欺瞞が剥がれ落ち、淡い輝きと共に本来の姿を取り戻させる。それを目にしたヴァイオラが小さく「おお」と声を上げた。
私の視界で言えば般若面の中から現れたのは、人面を象ったシンプルなマスクであった。無色透明に透き通っていて、一見すると硝子細工のようにも見える。
ケイさんは自分でやっておきながら驚いたように仰け反り、それから意を決したようにマスクを顔に持っていこうとする。
「ちょい待ち」
「えぅ?」
と、その前に私は待ったをかける。きょとんと目を丸くしたケイさんにちょいちょいと指を振って、ジェスチャーでその手のマスクを一瞬だけ貸してもらった。
私は透明なマスクにふっと息を吹き掛けて、それからケイさんに返した。
「今、なにを?」
「ん? 消毒」
ヴァイオラがなんとも言えない顔をしているが、いや別におじさんが悪いわけじゃなくてね。彼が一度は顔に当てたものを、そのままケイさんに使わせるというのは乙女的にちょっと……。
あ、この場合の乙女は私じゃなくてケイさんね。わかってるって? アッハイ。
私の魔力の性質のせいでひんやりしてしまったマスクを受け取ったケイさんは、しぱしぱと両目を瞬かせている。マスクの消毒云々に関してはケイさん自身はまるで気にした様子がないししっくり来てもいない様子だったが、彼女の傍らに居るリュウくんのほうが安心したような空気を醸していた。男の子的には嫌だよねえ。彼女がおじさんからもらったマスクなんて着けるの。
気を取り直してケイさんはマスクを自身の顔にあてがい、僅かに魔力を籠める。すると魔法具に籠められた魔法が発動する。元々は大気中の魔力を取り込んで勝手に発動していた認識誘導が明確な指向性を得て、着用者の望む認識を実現するのだ。
「どう、ですか?」
自分ではわからないので自信なさそうに問い掛けるケイさんの両目は、しっかりと人間の色彩に戻っていた。正確にはそのように見えているだけであり、魔法具のマスク自体は空中に解けるようにして完全に見えなくなっているが、おそらくは視認出来ないマスクがフィルターとなって認識を歪めているのだ。
ほい、と私が上着のポケットに仕舞っていた手鏡を取り出してケイさんに見せると、彼女はそこに映った姿を見て驚きに息を呑んだ。
「わぁ……治ったみたいに見える」
「ケイ、今どういう状態なんだ?」
「わかんない」
魔法具を使っている本人なのにわからないとはこれ如何に、とリュウくんが困ったような顔になってしまうが、ケイさんはケイさんで『そう言われても……』とでも言いたげだ。彼等に対する助け舟のつもりなのか、ヴァイオラがこちらへと話を振ってくる。
「魔法博士、出番だぜー」
「よかろう。ただそこは『魔法オタク』と言って欲しいわね」
「オタクのほうがいいのかよ……」
それはそう。私は間違っても博士なんていう上等なものではないので。ただの魔法好き、魔法のオタッキーが分相応である。別にオタクが博士よりも下等だと言いたいわけではなくて、権威的な意味でね。
「そのマスク、作った職人曰く『認識誘導』の効果があるのよね?」
「はい。そう聞いています」
「今、実際にはケイさんの容姿は元に戻っていないし、魔物化が治ったわけでもない。貴女を意識する私達の認知が魔法具によって歪められているだけ」
「見た目だけの話じゃありませんよね?」
リュウくんがそのように訊いてくるのは、ケイさんから感じられていた謂わば『魔物の気配』とでも言うべき不穏な感覚が失われているからだろう。黒く染まってしまった瞳を元通りの色彩に見せかけるだけならば普通の幻影魔法でも可能だが、幻影を纏っても魔物の気配は消せはしない。なお、この魔物の気配というのは認識に付随するものだから、例えばいつかのカメレオンのように迷彩を纏って姿そのものを隠してしまう=認識出来ない状態になってしまえば、気配云々は関係なくなるわけだが。
「視覚を含む、ケイさんという人物に対する認識そのものを誘導されているのよ」
「あの……」
「はいな」
控えめに挙手したケイさんを促す。
「浅学であれなんですけど、そもそも『認識阻害』と『認識誘導』の違いはなんなんでしょうか」
「良い質問ね。簡単に言えばグレードが違う。認識阻害とは認識を阻むこと。例えば認識阻害の効果を有するフードを被れば、他人からは顔が見えなくなる。顔を認識することを阻害しているのね。ただこれは隠蔽手段としてはあまり上等な類ではない。何故ならば他人からは確かに顔が見て取れないけど、顔を隠しているという事実そのものが伝わってしまうからよ。そこからちょっと上等になると、ケイさんの外套みたいな所謂『視線避け』というものが現れる。これは阻害と誘導の中間くらいの効果ね。文字通り、他者からの認識をそれとなく逸らす効果。つまり認識阻害の効果によって顔が隠されていて、尚且つ他人はその事実に注目することができない。これは謂わば、雑踏の只中に居ても誰にも気付かれない、という状態を作り出すのね。ただ、これって致命的な弱点があって、要は逆に気付いてもらいたくてもできなくなっちゃうのよ。ただ只管に隠れていたいだけならば問題ないけど、ケイさんのように他者と関わって働きたいという場合には向かないわね」
ここまでいい? と訊くとケイさんとリュウさんは目を白黒させながら頷く。なお説明はリュウくんにわかるようにタイホウ言葉である。ヴァイオラには伝わらないけど、彼はある程度知ってることだろうから別にいいだろう。
「そこで更に上等なものが認識誘導。これは顔を隠すことなく視線を避けることもなく、ただ正しい姿を伝えさせないというもの。視覚を始めとした五感どころか、それを包括する認識そのものに働きかける手段ということね。字面だけでも大した魔法だけど、その実やってることも大したもので、西方魔法の等級に当て嵌めれば立派な上級魔法よ。当然、実際の姿と見せたい姿がかけ離れていればいるほど、魔法としての難度は上がるし消耗も大きくなるでしょう。そんでもって、私が考える限りでは、ケイさんの望みを叶える現状唯一の手段と言えるでしょうね」
その点では、件の職人をケイさんに紹介したのであろう『剣の誓い』の見識は極めて正解だ。
「そもそもの話、他者は貴女の何を以てして貴女から魔物を感じ取っているのだと思う?」
「見た目以外に、という意味ですよね……ええと、魔力?」
「職人からは、生物としての本能が忌避感を覚えさせるのだと聞かされましたが」
ケイさんとリュウくんがそれぞれ自信なさげに答えてくれるが、私は首を横に振る。
「正解は『わからない』よ」
「「はい?」」
「理論化も言語化もできないのよね、それって。ああでも、職人さんの言ったことも間違いというわけではないのよ? 少なくとも魔力が理由ではないことはケイさん自身よくわかっているのではないかしら」
「えぅ……はい」
だってそれなら自身の魔力を隠せば問題は解決するはずで、それが正しいとすれば、むしろ呪詛のせいで魔力を発揮出来なかったケイさんから魔物の気配がするのがおかしな話になってしまうし、魔法使いでもデミでもない人間はそもそも魔力を認識出来ないのだから、彼らが同じように魔物を恐れている以上は、魔力に依らない何らかの要因があるはずなのだ。
「例えばね――」
言いつつ、私は意識的に消してある頭上の円環を展開し、くるりと回して見せる。金色の粒子が波紋となって宙に広がっていくのをぽかんと見ているケイさんの微笑ましさに苦笑を浮かべながら、
「私のこの姿はアヴァターだけど、ケイさんもリュウくんも、私が人間ではないとは思わなかったでしょう? こうしてあからさまに見せなければ、私が普通の人間だと思っていたはずだ」
「きれい……」
「えーと、ケイさん?」
「あっ、は、はい! なんでしたっけ!?」
何故か大慌てなケイさんにもう一度同じことを告げると、彼女は赤い顔でコクコクと頷いた。
「アヴァターというのは術理的な肉体であるから、スケマティックの集積体である魔物の肉体と実のところ然程も変わらないものであるはず。だというのに他者が私から魔物を感じ取らないという事実から逆説的に考えれば、それは存在の根幹をどこに置いているか、ということになる」
「根幹……?」
「そう。アヴァターを纏っている時に物理的な肉体はどこに行ったのかというと、変わらずにここにある。物理的な肉体と術理的な肉体を交換するのが『転神』であるとよく言われるけど、厳密には物理的な肉体に術理的な肉体を被せていると表現したほうが正しいはずなのよね」
「つまり、物理的な肉体は厳然と存在しているので、他者からは人間であると認識される……?」
「そう。そしてケイさんの場合は、貴女の肉体に起こった変容というのは謂わば物理と術理の境界線を曖昧にするもの。物理的な肉体を部分的に術理的な肉体に置き換えていくものであると考えられる。根幹が変わってしまうので、徐々に人間とは認識されなくなる、ということね」
私に説明を丸投げしたヴァイオラが気を利かせてお茶を淹れてくれたので、私はそれを口に含んで喉を潤す。
まあアヴァターなのでどれだけ喋ろうが喉は渇かないし声が枯れたりもしないが、心情的には有難い。
「で話を戻すのだけど、物理的な肉体であるか、そうでないか、そんなことをどうやって判断しているのかというのが、誰にも説明できないわけよ。誰にも説明できないのに、誰しもが確かにわかるのよ。こういうとき、よく登場する便利な言葉があるのだけど、知ってる?」
仲良く首を振るケイさん達に苦笑を深め、私は言葉を続ける。
「『三界理論』における一番上。最上位層である『意識界』の働きということにしておくのよ。術理法則よりも更に上位に属する、この世の真理を司る頂上的な法則下において、私達は魔物と人間を識別している」
「便利な言葉だよなぁ『意識界』。学者連中、困った時はこれ言っとけばいいだろって思ってんじゃないか?」
意識界という単語に反応して茶々を入れてきたヴァイオラに私は一理あると思いつつも、実態は逆であることも知っている。
「物理と術理だけでは説明のつかない事象がこの世に多過ぎるのよ。だから逆説的に、その更に上位を仮定しなければ話ができない。その発想こそが『三界理論』の走りなんだから」
これは完全に余談なのだが、教会のシスターレイチェルや修道士クロスが、天使そのものな外見をしている私を殊更に否定する理由も実はここにあって、仮に本当に天使という超越存在が実在しているとすれば、それは上位法則に属する存在でなくてはならない。そして、だとすれば我々はそれを本能的に理解出来るはずなのだ。魔物の気配を感じ取れるように、謂わば『天使の気配』とでも言うべきものが存在して然るべきなのである。私は実際の天使とやらを知らないので、本当に天使が特有の気配を持っているのかどうかは知ったことではないが、つまるところ彼等が私を天使と認めないのは、それを本能的に理解させるだけの気配が存在していないからなのだろう。
まあそんなことはどうでもよい。
「つまりね、ケイさんが魔物化しているということは、上位法則に属するよくわからない『魔物の気配』で他者に伝わってしまうの。だから単純に見た目を誤魔化そうとしても意味がない。視線避けが少なからず効果を発揮したのは、ケイさん自身から注目を逸らすことに意味があるから」
「でも、魔物の気配? をどうにかしないと、根本的な解決にならない……」
「それをしようにも、お手上げ。だって誰にも正体がわからないものを便宜的にそう呼んでいるだけなんだもの。ケイさん自身から発せられる気配をどうすることもできないならば、後はもう受け取る側にテコ入れをするしかないわ。というわけで『認識誘導』が唯一の解となる」
なお、その理屈でいえばベルフェルテやフェンリスでも『認識誘導』の魔法を使えば人間に紛れ込めてしまうことになるが、これはその通りだし、原理的に可能であると私も考えている。ただし、結局は魔物の気配の強さと、認識誘導の魔法の強さの戦いになるから、強大な魔物であるほどに気配を隠すのは難しくなるはずだ。お面の魔法具一つで気配を誤魔化せるのは、あくまでもケイさんの大部分が未だに人間で、ごく一部が魔物化しているだけという状態で居るからなのだ。




