434話_side_Primrose_『ホワイトファング』クランハウス
~"転生令嬢"プリムローズ~
「ねえヴァイオラ。『三下』みたいな振舞いって、どういうイメージ?」
私が問うと、すごく難しい顔をして小説を読んでいたヴァイオラが反応してこちらを向いた。彼が読んでいる小説は例によってカデンツァのお薦めであり、なんとかして彼女との仲を深めようと涙ぐましい努力を続けるヴァイオラは、今日も果敢に活字と戦っているのだ。なお私は彼女の趣味とは完全に相容れないことがわかったので、その旨を正直にお伝え申し上げた。勿論、押し付けられた小説を読了した素直な感想を添えて、である。結構ボロクソ言った。そしたら次の本を渡された。なんっでやねん!
現在、そのカデンツァを含めた殆どの人員は出払っていて、クランハウスには私とヴァイオラの二人のみである。私はいつも通りの討伐者スタイルで、ヴァイオラはいつもの赤コートは流石に脱いでラフな格好をしていた。コートさえ脱げば変態度が下がって男前になるのになぁ。
「なんだぁいきなり」
「ちょっとね。で、どうなん?」
訝しげなヴァイオラに回答を急かすと、彼は特に考えることなく思うところを口に出した。
「所謂、小悪党みたいな振舞いのことじゃねえのか。弱者相手にはイキリ散らして、強者相手には媚びへつらう、みたいなよ」
「やっぱそういうイメージよねぇ……」
私も同感だし、世間一般のイメージや言葉の意味としても似たようなものだろう。定義としての成り立ちは単に下っ端の立場の者を意味するだけの言葉かもしれないが、どちらかというとネガティブなイメージで使われることが多く、ニュアンス的には情けなさとか取るに足らなさを強調する印象だ。
何故そんなことを訊くのか、と興味を惹かれた様子のヴァイオラが小説に栞を挟んでこちらに向き直った。もしかしたら、例によって嗜好がドぎついカデンツァセレクションを読み続けるのが辛くなっただけかもしれない。わかるぞぉ。
「この前、ベルフェルテとかいう魔物に遭遇したじゃない?」
「ああ。修道士の件な」
「んでブラピ達のほうでも調査はしてもらってるけれども、私のほうでも一応調べてみようかなと思って、ちょっと有識者のところを訪ねてみたのよ」
「有識者? 魔物学のお偉いさんか何かか?」
だいたいあってる(適当)。
そのレガリア有識者であるミリティア嬢と話していると、奇妙な認識の齟齬を感じてしまったのだ。
「有識者曰く、あのベルフェルテっていう魔物は三下みたいな振る舞いに定評があるヤツなんだって」
憎めない悪役、というよりは単なるヘイト役であり、ぶっちゃけお色気担当みたいな。
私自身、首を傾げながらの説明に、ヴァイオラも少なからず混乱したような表情を見せる。
「少なくとも、俺達の前に出てきた時の印象は、三下どころか親玉って感じだったが。ついでに言うとちょっと天然入ってそうだったな」
「あれが取り繕った姿で、本性はもっと低俗だったり……?」
「無いとは言い切れねえけど、あまりイメージは湧かねえなあ。そもそもやっこさん、三下と評するには少し美人過ぎるし、威厳があり過ぎるだろ」
「見た目の印象?」
「見た目の印象」
ヴァイオラの論拠は多少強引だが、一理あるのだ。
ミリティア嬢が語ったところの『三下感』というのは、つまりは原作漫画内の描写であり、要するにキャラ付けの話だ。そうであるならば、三下っぽいキャラクターには三下っぽさを見た目でわかるようにデザインされていて然るべきだ。だって漫画なんだもの。
とはいえデザインではなく物語の描写や台詞回しで表現されていた可能性も低くないし、三下云々も結局はミリティア嬢の主観かもしれないから、なんとも断定は出来ないわけだが。
現在、このロイエンタールの討伐者ギルド支部を中心に進行している異常事態が、そのベルフェルテの仕業であろうというのはミリティア嬢のほうでも認識していたようだった。彼女はベルフェルテ本人の存在を掴んでいたわけではないが、状況と原作知識を照らし合わせた上での判断を以てして、ということだ。私の記憶に心当たりがなかったのも当然の話で、これは私が読んでいない続編作品で描かれた事変なのだ。無印で描かれていてもどうせ覚えてなかっただろお前って? 真実は時に人を傷付けるから本当のことを言っちゃいけない。
畢竟、ベルフェルテというのも続編の登場人物である。ついでに言えばフェンリスもそう。ただ、小さいほうのスメラギことチビラギについてはミリティア嬢は知らなかった。ベルフェルテの人物像に関してはミリティア嬢の有する原作知識と、私達が実際に相対した本人との乖離が激しい気がしてならないわけだが、ではミリティア嬢の原作知識の信憑性そのものに疑義が出るほどかというと、そうでもない。何故なら、同じように彼女が語ったフェンリスという魔物の人間性は、まさしく私が戦った奴のことであり、解釈一致って感じだったからだ。
差し当たり、今ここで起きている事態の背景だけを強引にこじつけるならば、こうだ。
まず今回の黒幕はベルフェルテだ。これは手管から見てほぼ間違いないとミリティア嬢も言っている。
ただし原作無印ではこれは語られていない期間の出来事だ。物語の都合上省かれたのか、あるいは原作ではこれほど大事にはならなかったかだ。つまり原作のベルフェルテは失敗したか、断念したのだ。
そして原作ベルフェルテは三年後の続編の時間軸で今度こそ事を起こすのだ。これがレガリアセカンドシーズンで語られた内容となる。
だが三年という歳月は原作ベルフェルテに無慈悲な変化を齎してしまった。具体的には性格。三年間のうちになんやかんやあって、現時点ではあんなに威厳溢れているベルフェルテはなんか知らんけど三下っぽい性格に変わってしまったに違いない。時間って残酷ね……。
ふふふ、どうだ。全然しっくりこないぞぅ!
真面な考察をするには流石に情報が足りないねんな。
ついでにミリティア嬢からポロっと奴等が魔公であることが明かされたが、それは私としては意外性のない事実だった。むしろ納得。
だけど、今この時期に魔公が活動していることはおかしいらしい。というのも、続編のボスキャラである魔公という存在は、原作無印で主人公に討たれた『宵の魔王』がこの世に遺した残滓によって活動を再開するという設定だからだ。つまり、『宵の魔王』が滅ぼされていないどころか、目覚めてもいない現状、ではどこの誰が魔公の復活を促すほどの魔界エナジー()を提供したのか、ということである。
「まあ、なんにせよやることは決まってるか」
野放しには出来ない。故に見つけてボコる。
王政府からの秘密裏の要請で動いている立場である私達は明らかな王国の危機を看過することが出来ないし、そうでなくとも私にはベルフェルテを殴る個人的な動機がある。
奴が魔王の復活を目論むのであれば阻止しないわけがないし、そうでなくとも魔公である奴が魔王復活の方法を知っている可能性は少なくないので、それを吐かせて逆を行けば復活を阻止出来るということになる。
てゆーか、どうせならミリティア嬢に中ボス(仮)のことも訊いておけばよかった。
そうして考えを巡らせていると、不意にクランハウスの呼び鈴が鳴った。
思わずヴァイオラと顔を見合わせる。現在ハウス内には私達しか居ないから、どちらかが対応すべきなのだが。
「私が出るわね」
クラン内の序列でいえば下っ端(という体)である私が動くのが適当だろう、と私は立ち上がって玄関へと向かう。
そういえば少し前にもこんなことがあったなと思い返す。あの時は一緒に居たのはヴァイオラではなくハイメロートであったが。
このクランハウスをわざわざ訪ねてくるような人物には然程心当たりがないのだが、どこのどちら様だろうか。
まさかまたケイさんってことはないよねぇ(フラグ建築)。
「えぅ……こ、こんにちは」
またケイさんだったわ(爆速回収)。
フード付きの外套で容姿を隠して、白昼堂々恋人と二人で乗り込んできおった。お友達を目覚めさせるお手伝いをして以降は全くかかわりのなかった彼女等だけど、すっかり復調した様子のリュウくんを見る限り、順調に持ち直しているようでなによりだ。
そんな彼女等が私になんの用だろう。玄関先で用件を訊いてみると、ところが彼女等の目的は私ではなかった。
「あの、ヴァイオラさんにお会いしたくて」
「赤コートおじさんに?」
「はい。赤コートおじさんに」
躊躇なく赤コートおじさん呼ばわりしてて草生える。先日単身乗り込んできて交渉に臨んできたのもそうだけど、この子って意外と強かというか、根っこが図太いよね。嫌いじゃないわ。
まあ別に悪口ではないし、赤いコートを着ているおじさんを赤コートおじさんと呼ぶことを誹られる道理はないはずだ。
幸いにもお目当てのおじさんは在宅中である。彼になんの用かは知らないが、
「とりあえず、中へどーぞ」




