433話_side_Keika_討伐者ギルド_職人街
~"生贄の少女"彗華~
なんだか予想外の展開に見舞われてしまったけど、そもそも私達は私の容姿をカモフラージュする手段を求めて、ロイドさんに意見を仰ぐためにここに来たのだ。しかし、それを訊こうにも肝心のロイドさんがやむを得ない事情でダウンしてしまった。どうしたものかと考えていると、手持無沙汰な様子のヨシュアさんが話を振ってくれた。
「んで、おねーちゃん達はロイドに何の用事だったんだ?」
あまり慣れない呼びかけに一瞬戸惑ってしまったが、これはあれだ、男性が年下の女性を呼ぶ時によく使う表現の『おねーちゃん』だ。類義語は『お嬢ちゃん』。というかシューベルさんもだったけど、この人達は私の容姿にまるで気後れしたところがないんだなぁ。
かくかくしかじかと事情を説明すると、ヨシュアさんは端正な顔で思案気に唸る。
「そういうことなら認識阻害系の魔法具だろうから、申し訳ないが俺は力になれそうにない。シューベルの奴なら有意義なネタを持ってそうだが、アイツは食指が動かねえとマジで働かねえからな」
そのシューベルさんが現在何をしているのかというと、ロイドさんの研究室と続きになった隣室に移動して、そこで嬉々としてラクサーシャさんの義体を弄っている。ラクサーシャさんとドルチェちゃん(の入ったマギアドライブ)も一緒だ。あのシューベルさんとラクサーシャさんを同室に置いておくのは色々な意味で非常に心配だが、シューベルさんの技術力が優秀なのは確かみたいだし、ラクサーシャさん本人が希望しているのだから外野がとやかく言うことではないのだろう。
なんか、耳を澄ますとパンチが飛ぶとか飛ばないとかドリルがどうとか聞こえてくるのだけど、おかしいな、彼等は義体の修復をする話をしているのだと私は思っていたのだけども。
私の精神衛生上なにも聞かなかったことにする。というわけで、あらゆる意味でシューベルさんを頼るという選択肢がないことだけは確信を得られた。
「ロイドなら魔法具方面もそれなりに強いだろうが……あの様だしなぁ」
呆れたようなヨシュアさんが見遣る先には、部屋の隅の仮眠用のベッドに放り込まれて死んだように気を失っているロイドさんの姿がある。あまりにも刺激が強過ぎる光景を直視してしまった結果、ロイドさんの精神が耐えきれずに、たぶん自己を守るために強制的に意識を落とさせたのだろう。知らないけど。
「いやー、アイツ学生時代からああでさ」
「そうなんですね……」
「俺もちょっとどうにかしてやろうと色々やってみたんだがよ。そのせいで逆にトラウマになったまであるよな!」
いやー失敗失敗、とか言って明るく笑っている目の前の男がもしかして元凶なのでは。女性慣れさせようと荒療治を施した結果、余計に拗れて手が付けられなくなってしまったのだろう。なんだろう、こんなこと言うと失礼かもだけど、ロイドさん普通にかわいそう。
私が精一杯の白い眼を向けてもヨシュアさんはけろりとしている。まあ見るからに慣れてそうだもんなぁ。女性に白い眼で見られるの。
「わぁったわぁった、そんな目で見るなって。ロイドが伸びたのは間接的に俺のせいってことで、責任は取ろうじゃないの」
両手を挙げた降参のポーズでおどけたヨシュアさんが言うには、私の要望に応えられそうな人物に心当たりがあるらしい。
「ロイエンタールの討伐者ギルドに『職人街』ってあるだろ?」
「え、あっはい」
私とリュウ君は行ったことがないが、討伐者としてギルドに出入りしていたダイちゃん達から話だけは聞いたことがある。
「そこで俺の弟が店やってんだ」
「そうなんですか。弟さんがいらっしゃるんですね」
「五人兄弟でな。俺は二番目。んで俺の下がエリクって言うんだがよ。そいつは俺達みたいな研究者じゃなくて魔法具の職人なんだが、認識阻害系の細工も得意だったはずだぜ」
それを聞いたリュウ君が小さく「ほう」と呟く。私も、思わぬところで有力な情報が得られて心が少し軽くなった。ヨシュアさんがロイドさんと同じくらいに優秀だったとしても、だからって必ずしも弟さんが優秀とは限らないが、ヨシュアさんはそれなりに自信ありげだ。きっと身内贔屓を抜きにしても実力のある職人さんなのだろう。
そのエリクさんは既に独立して家を出ているらしく、ヨシュアさんも会う機会はそれほど多くないみたいだけど、職場の場所は知っているので今からでも案内しようかと言ってくれた。
「うーん、と……」
私は周囲を見回した。
片や、死んだように気絶して目覚める気配のないロイドさん。
片や、テンションぶち上げでとうとう危ない高笑いまで出始めたシューベルさん。
彼等を残してここを出ていくのは非常に心配だが、
「私にできることは何も無いっ! 行きましょう!」
「ケイ……」
なにかなリュウ君、その目は。
◇◇◇
ヨシュアさんに連れられて、リュウ君と私は初めてこの街の討伐者ギルドに足を踏み入れた。これはダイちゃんやイザベルさん達から聞いていたことだけど、最近のギルドは空気がピリピリしていて、特に男女間の分断が激しいらしい。なので本当は私とリュウ君のような恋人同士が連れ立って歩くのは徒に周囲を刺激してしまうのでよくないのだが、生憎と私はいつも通りに認識阻害の外套で完全防備なので大丈夫だ。悲しいことに、貧相な私の体型では外套を着込むとボディラインは全く外からわからないので性別がバレる心配もない。助かるはずなのに何故か辛いや。
ごった返す人の波に攫われないようにリュウ君にさり気なく守ってもらいつつ支部内を進む。正直人の数が多過ぎて、道を覚えるどころではなかった。殆どリュウ君に手を引かれるようになんとかヨシュアさんの後を追っていくと、いつの間にか目的地に着いていたらしい。
「準備中、って書いてますよ?」
「好都合だな」
まだ営業時間ではないらしい店内に入っていいものかと不安がる私を他所に、ヨシュアさんはむしろ『しめた!』とでも言わんばかりの笑顔でづかづかと奥に入っていってしまう。そうなると私達も着いて行くしかないのだけど、半開放型になった店頭の奥にはそのまま工房が設けられているようで、準備中故か灯りの落された店内に入っていくと奥の扉からは光が漏れ出していた。
数えるほどしか来たことがないと言っていたくせに、勝手知ったる様子でヨシュアさんは扉を開けて入っていく。
「ういーっす、エリク居るかぁ?」
軽いノリの挨拶に反応して視線を向けてきたのは、作業台に向かってなにやら細工のようなことをしていた一人の男性であった。考えるまでもなく彼がヨシュアさんの弟であるエリクさんなのだろうが、私は初見で目を疑った。
その彼の風体がどう見ても普通ではなかったからだ。
極彩色に染め上げられたアシンメトリな髪形に、形状が奇抜過ぎて絶対視野に難があるだろう色付き眼鏡、てぃくびの部分に星が描かれたセンシティブなデザインのシャツ、そして何故かロングスカート。体形は普通に男性で、なんならガタイは良いほうだろう。
「「…………」」
唖然とする私とリュウ君の横で、ヨシュアさんだけが「相変わらずイカレてんなぁ」と笑っている。
エリクさんのほうはというと、突然現れて突然失礼なことを言われたにもかかわらず、気分を害した様子もなく穏やかな笑みを浮かべた。いやあの、眼鏡のせいで笑っちゃうんで、一回それ取ってもらってもいいですか。
「相変わらず失礼ね、兄さん。せめて前衛的と言ってちょうだい」
ううん、低音の良い声だぁ……!
でもなんで若干女性言葉なのかなぁ。あ、ロングスカートってもしかしてそういう。
圧倒的な情報量の暴力で私達が口をパクパクしている間に、ヨシュアさんが事情を説明して話を進めてくれる。それは有難いのだけど、出来ればもうちょっと、少しでいいからエリクさんについての深掘りが欲しいところだ。
「なんでこんな格好してるのかって?」
いえ聞いてないです。メチャクチャ気になってはいますけど。
「ほら、最近ここの支部って物騒じゃない? 勘違いした自治厨みたいの湧きまくっててさ。でもこんな格好してるヤツには、面倒くさい輩も流石に寄ってこないのよねぇ」
あ、成程。自衛のために敢えてそういう装いを……
「っていう理由を今考えたんだけど、おおよそ十割くらいはただの趣味ね」
全部趣味じゃんっ!?
そんな気はしてたけども!
◇◇◇
まあ趣味は個人の自由ということで深くは触れないことにして。
意外と言ってはあれだけど、私達の事情をヨシュアさんから聞いたエリクさんは、快く力になると言ってくれた。工房から更に奥には生活のためのスペースがあって、そこに案内された私達はテーブルに着いてエリクさんと向かい合う。
真面目な話をするためなのか、あるいはやっぱり前が見辛いのか、席に着くなり掛けていた眼鏡を外した彼の顔を見ると、ようやく私は彼がヨシュアさんの弟であると実感出来た。兄弟ということで、面立ち自体は成程よく似ている。
などと考えていると、いつの間にか現れていたもう一人の人物が私とリュウ君の前にお茶の入ったグラスを置いて行った。お礼を言うために視線を向けると、それは小柄な女性だった。おそらく給仕用ではなく作業用の厚手のエプロンを身に着け、頭にはバンダナを巻いて髪を纏めている、なんとも可愛らしい風貌の人物だ。見た目は私よりも若そうで、照れ屋なのかグラスを乗せてきたお盆で顔を半分隠すようにしているのが微笑ましい。
彼女の肩に片手を乗せて、エリクさんが一言。
「妻だよ」
「結婚してるんですか!?」
思わず叫んでしまった私は悪くないと思う。
その風体でよく結婚出来ましたね、という失礼極まりないが真っ当な驚愕である。というか奥さん、もしかしなくても十代なのでは。ほんのり漂う犯罪のかほり。いやよそう、気にしていたら私の精神がもたないから、もうそういうものだと受け入れるのだ。
ともかく、エリクさんはヨシュアさんの弟さんで、ご夫婦で工房を営んでいる職人さんで、今回は私達の力になってくれるということだ。完全に理解した。
「さて、兄さんから説明は聞いたけども、一応自分でも確認したいから、そのフード下ろしてくれるかしら?」
「わかりました」
私は視線避けの効果がある外套の、目深に被っていたフードに手を掛けてゆっくりと下ろす。クランハウスでヨシュアさんには既に見せているし、その彼の弟夫婦なのである程度は信用出来ると思っているけれども、理屈でわかっていても、やっぱり初めての人にこの顔を晒すのは勇気が要ることだ。
露になった私の顔を見たエリクさんは微かに目を細め、奥さんは小さく息を呑んで口元をお盆で隠した。
私はというとそんな彼等の反応に、
「なんか、久し振りに普通の反応をしてくれる人に出会った気がします」
「ケイ……」
また何故かリュウ君が気の毒なものを見る目で見てくるが、私がこういう感想になるのも無理からぬことだと思うのだ。『剣の誓い』の人達が揃いも揃って図太すぎるだけだと思うけど、あそこだと全然驚かれなかったもの。
「どうだ? どうにかできそうか?」
フォローの意味もあるのか、横からヨシュアさんが口を挟んで話を進めてくれる。
少々気まずそうな顔をしていたエリクさんも気持ちを切り替えた様子で、表情を改めた。
「そうねぇ……そもそも根本的なことだけど、何故その容姿が忌避されるかわかる?」
「魔物みたいだから、ではなくて?」
「じゃあ何を以てして『魔物みたい』だと思う? 今の貴女の容姿に照らし合わせても、同じように肌が黒い人間は居るし、同じように髪が白い人間も居るわ」
「でも、眼が黒い人間は居ないでしょう?」
「そうね。なら貴女の解決策は簡単。目を閉じるか、カラーグラスでも掛けなさいな。あ、この眼鏡あげましょうか?」
軽い調子で言われて私は思わずムッとなる。そんなので解決したら苦労はしないし、一応一通りは試した過去がある。まだ容姿の変容が片目だけに収まっていた頃、それを隠すために眼帯を付けてみたりもしたが、それでもなんでか周囲に警戒されるのだ。あとその眼鏡は絶対に要らない。
「つまり見た目だけの問題じゃあないのよ。これは魔物というのが術理法則に依って立つ上位層の生命体であることに起因する働きなのね」
エリクさんが『人は何故魔物を恐れるのか』という根本的な話をしてくれていることはわかるが、そういえば深く考えたことはなかった。というのも、私がこの世に生まれた瞬間から魔物は人類の絶対的敵性存在だったし、人を食らう魔物を恐れるのは当然のことであり、そのように教えられてきたから。
そう、人が魔物を恐れるのは、魔物が人を害するからだ。では何故、人を害さない私は何をせずとも忌避されるのか。
エリクさんの説明を引き継いで、今度はヨシュアさんが口を開く。
「要は構造的な問題なんだ。食物連鎖と同じだな。草食動物が捕食者である肉食動物を恐れるように、物理的生命である人間は術理的生命である魔物を恐れるようにできている。その恐れは生命体としての生存本能に結び付いた、至って自然な働きであるわけだ」
「それは、なんとなくわかりますけど……」
「貴女が瞳を閉じていたとしても、人は何かを感じ取って本能的に貴女を回避ないし排除しようとする。それは貴女という存在が、ほんの少しだけでも物理的生命の枠外に出てしまったからよ」
成程。例えば私の身体が見た目以上の膂力を発揮出来たり、そもそも王国語を話せないはずの私が彼等と会話出来てしまっている事実こそが、私の存在が術理に寄ってしまっている証左なのだ。
そういえば、呪詛に侵されてからの私は矢鱈と野生動物に襲われるようになってしまったのだが、つまりあれが本能的な排除行動というものであったのだろうか。
「でも、ということは認識阻害や視線避けは効果があるんですよね?」
「ええ勿論。貴女は存在が術理に寄ってるとはいえ、歴とした物理の肉体を持っているから、偏りは本当に僅かなはずよ。だから、そもそも貴女への関心を逸らすように仕向ければ問題はなくなるということね」
この外套が効果的であることはこれまでの経験でわかっているけれど、逆にこれしか効果がないということになれば、それはそれで困ってしまう。外套で姿を隠すというのが、クランの一員として働いていくために不都合だからこそ、私は別の解決方法を求めたのだから。
そんな私に、エリクさんは『案ずるな』と言わんばかりに、にんまりと笑って見せた。
「そんな貴女にぴったりの魔法具があるわ」
「え?」
私がきょとんと目を丸くしていると、エリクさんは奥さんに何事かを告げて、工房の外の店頭に並んでいる何かを取ってきてくれるように頼んだらしい。小柄な奥さんはお盆を抱えたままパタパタと小動物チックな小走りで駆けていって、すぐに戻ってきた。
彼女の両手には変わらずにお盆だけがあって、他に何も持っていない。
こころなしか、可憐なお顔もしょんぼりしている。
「あら? どしたの?」
「…………」
「へ? アレ売れてたっけ?」
「…………」
「あ、ああ! そっかそっかそうだわ。ついこの前!」
奥さんの声はもの凄く小さ過ぎて私達には聞き取れないくらいなのだけど、流石は夫婦ということかエリクさんにはしっかり伝わっているようで、彼の反応から察するにどうやら『ぴったりの魔法具』とやらはつい最近売れてしまったらしい。
肩透かしを食らって呆れ顔になったヨシュアさんが言う。
「ちなみにどんな魔法具なんだ?」
「ミスディレクション……つまり『認識誘導』の効果があるものだったんだけど」
「はぁ? よくそんなもん作ったなお前」
それなりに凄い魔法具みたいで、どのくらい凄いことなのかをヨシュアさんに訊いてみると、簡単に言えば『認識阻害』の上位版だと教えてくれた。
感心したようなヨシュアさんに、しかしエリクさんは苦笑を浮かべていた。
「いやぁ、作ったはいいけど無駄に高いし、使いどころもないしで全く売れなかったのよねぇ。だから僕も半ば存在忘れてたんだけど、そういえばこの前売れたあれがそうだったわ」
「素朴な疑問なのですけど……」
はい、と私が挙手すると、エリクさんが「はいどーぞ」と促してくれる。
「そういう魔法具って、誰でも買えるんですか?」
「誰でもは買えないわね。一昔前に比べればだいぶお貴族サマの締め付けも減ってきたけど、やっぱり未だに魔法を売り物にするのはリスキーだもの」
「そういう意味では、ここが討伐者ギルドだからこそできる商売ではあるな」
口々に説明してくれるこのジレ兄弟こそ、そのお貴族サマそのものだと思うのだが。彼等が言うところのそれは、どうやらもっと上の立場の貴族達のことらしい。
「魔法具を売るのはそれなりの縛りがあってね、効果や等級によって売れる相手が変わるのよ。僕の工房で扱ってるような品だと、必ず買い手の身分証を確認しなくてはいけないことになってる。要は、討伐者ライセンスを持っている人にしか売っちゃダメなの。もっと強力な魔法具になると、中でも魔法使いの人にしか売っちゃダメ、ってな感じ」
ちなみに討伐者のライセンスにはその人が『非魔法使い』であるか『魔法使い』であるかは明記されているので、身分証の確認がそのまま購入資格の確認も兼ねることになるのだ。
「ま、と言っても厳密に確認してないところも少なくないし、それに買った人間がそのまま横流しすることも少なくないから、縛りが機能してるかっていうと限定的にならざるを得ないとは思うけど」
「やらないよりはマシ、程度だろうなぁ」
「そうね。実際、あのミスディレクションの魔法具も買ったのは可愛らしいお嬢ちゃんだったけど、その後すぐに赤コートの色男への貢物にされちゃったし。買ったものをどうしようと構わないけれど、せめて僕の見ていないところで渡してほしいとは思ったわ」
やれやれと肩を竦めるエリクさんの話を半ば聞き流しつつ、私は傍らで黙って進行を見守っていたリュウ君を見詰める。
するとリュウ君のほうも、なんとも言えない面持ちであった。
赤コートの色男、ねぇ。
なんかすごーく心当たりあるんですけど。
もしかしてそれ、私達の知ってる人だったりしません?




