424話_side_Primrose_『剣の誓い』クランハウス
・一方こちらは。
~"転生令嬢"プリムローズ~
うっかりミリティア嬢と友情が芽生えてしまった件。
いや仕方ないねん。ドロシー好きに悪人はおらんけん。やはりドロシー素晴らしいなドロシー。彼女は世界を平和にする。人類皆姉妹。皆、ドロシーを推しましょう。
ちなみに私はドロシーと個人的な交流があります。(謎のマウント)
ところでドロメリ推し(場合によってはメリドロも可とする)の私であるが、メリッサってそもそも誰やねんという人のために雑に説明すると、ドロシーの『お薬』を調合してくれている技研の女研究者のことである。所謂相棒役。
私は直接の面識はない。技研を訪ねる用事などないし、罷り間違ってマッドシューベル氏とかに遭遇したら嫌なので、物理的に近付かないようにしている。
ドロシーとの仲を深めていけば、いつかきっと彼女経由で紹介してくれると信じている。でもドロシーとメリッサが揃った場に同席するのは私の精神が過負荷で爆裂尊死する気しかしないので、今のうちからメンタルを整えておこうと思う。
それはさておき、唐突にミリティア嬢とサシでお話することになったわけだが、私にとっては別に予想外の展開というほどでもない。ミリティア嬢のほうから来てくれたのは手間が省けたなと思った程度で、実のところ、そうでなくても私は自分から彼女に接触するつもりだった。
つまり私が『剣の誓い』を訪れた本当の目的は、まさしくミリティア嬢に会うためだったのだ。
おじさんを届けたのはついで。セラフィーナちゃんの件は名目。
ミリティア嬢はクランハウスのエントランスで私が帰るところを捉えようと待ち構えていたようだが、実を言うとあの時私はベルさんと一緒にミリティア嬢を探していたのだ。なるべくしてなった遭遇ということだ。
何故ミリティア嬢に会いたかったのかというと、それはもう彼女が有する原作知識を当てにして、である。
私が今も彼女を生かしておく理由がほぼほぼそれなのだ。
未だ記憶に新しい花告祭の最終局面。私はミリティア嬢を排除しようと試みたものの、ルークくんの介入と、マリアとキノコちゃんによる制止でそれは叶わなかった。
私があの時すんなりと矛を収めて退却した理由は、三つある。
一つは『血の誓約書』だ。私がミリティア嬢を排除したかった理由とは、彼女が有する原作知識で以て主人公ちゃんを強化されると嬉しくないからだ。ただ、これは嬉しくないだけで、絶対許容出来ないかというとそうでもない。私の手元には主人公ちゃんが私の願いを叶えることに同意して署名した強力な『血の誓約書』がある。これは鬼札だ。なにせいかにミリティア嬢が原作由来の知識を持っていようが、一度誓約が成立してしまった『血の誓約書』は原理的に覆せない。私が保管している誓約書本体を物理的に破棄しない限りは。
絶対的に強力なアドバンテージを持っているので、主人公ちゃんへの多少のテコ入れは許容出来る。逆に言えば、これがなければ何がなんでもあの場でミリティア嬢を排除していただろうが。
そして、多少のテコ入れならば許容出来ると表現したが、これが理由の二つ目だ。
ミリティア嬢が主人公ちゃんを強化しようと画策したところで、ことプリムローズ戦に対しては多少のテコ入れ程度のものにしかなり得ないのである。何故って、原作においてそもそも主人公ちゃんは勝つからだ。本来が敗北する展開だったならば、例えば相手の弱点を教えるとか、注意すべき魔法を教えるとか、勝たせるために出来ることは無数にあるだろう。
しかし主人公ちゃんは何をせずとも勝つのだから、ミリティア嬢が出来る助言も限られる。原作展開ではゲスロリとの最終決戦でミアベルが勝利した最大の要因は、ゲスロリが舐めプして敢えて時間を掛けて嬲ろうとしたせいで、ミアベルが戦いの中で成長する猶予を与えてしまったことだった。要するに主人公の成長チートを見誤ったのである。だとすれば私が主人公ちゃんに勝つための方策は一気呵成の短期決戦に持ち込むことであり、ミリティア嬢が主人公ちゃんに助言をするとしたら、守勢に徹して時間を稼げとか、その程度だろう。
たったそれだけの助言でも私にとっては致命であっただろうが、今となっては然したる問題ではない。前述の鬼札があるので、むしろ時間を掛ければ掛けるだけ誓約に縛られた主人公ちゃんは弱体化し続けるまである。
最後、三つ目の理由は、主人公ちゃんとの戦いを見据えて行動している私であるが、第一優先の目標はあくまでも魔王復活を阻止することだからだ。
魔王が復活しなければ私と主人公ちゃんが殺し合う必要もないし、そうであればそれが一番だ。ミリティア嬢曰く魔王復活は回避不能なイベントらしいが、イベントの発生時期を遅らせることは可能だとも言う。だったら千年後くらいに遅らせて、私は悠々と天寿を全うして、後のことは後の人類に任せようではないか。私てきにはそれが一番丸いのだ。
そう考えた時、ミリティア嬢の知識はどう考えても有用だ。私の原作知識はうろ覚えすぎて当てにならないので。少なくとも魔王復活阻止という喫緊の目標については私とミリティア嬢の思惑は一致しているので、生かしておけば何かしらの役に立つだろうとは考えた。
というわけで、私はミリティア嬢とは適度に距離を置きつつ、来るべき時までは勝手にやっといてくれを決め込もうと思っていたのだが、ここにきて少し状況が変わってきた。嬉しくないことに、極めてキナ臭い方向に。
フェンリスとかベルフェルテとかっていう、明らかにネームドっぽい敵役が出てきてしまったから。
私がミリティア嬢に訊きたかったことというのは、要するに『アイツ等なんなん?』である。結局私が知ってることって原作無印のうろ覚え知識と、スピンオフの作品が一つだけだ。生粋のドロシースキーである私はむしろスピンオフのほうがよく覚えていることはさて置き、ていうかミリティア嬢が早口で言ってたことだけど、原作無印の関連作品だけで十作以上あるってそれマ? しかも更に続編シリーズがあるんでしょ? そしたら絶対どっかしらには出て来とるやろ奴等。
はい。そんなノリでミリティア嬢との接触を図った私であるが、いざ話をするにあたって少しだけ悩んだのだ。
何をって、なんかミリティア嬢が私の正体に気付いていない風だったから。彼女のほうから接触してきたから、私がプリムローズだとわかっているのだと思ったら、どうやらそうでもなさそうだった。
今のところスレイ(アンジュ)がプリムローズであると知っている人間って、まあそれなりに居て、私は彼等彼女等には特に口止めらしい口止めもしていない。例えばイオちゃんとか、あるいはギリアムくんとか、それか学院長とか、あと主人公ちゃんとか。基本的には彼等自身の良心に任せるかたちだ。シスターレイチェルの件があるので吹聴されると困ってしまうのだが、同時に、そうなったらなったで仕方がないかなと思っている節もある。結局のところいつまでも隠し切れるものでもないし、正体を隠すために行動に制限が発生するくらいなら、露見するリスクはある程度許容して動く方に舵を切っているから。
まあ、とはいえ当然相手は選ぶ。義理堅く、秘密を守ってくれるであろうと判断出来る相手だから良心を信じられるのだ。これが例えば私に敵対的な人間で、秘密を弱みとして利用することに躊躇がないような人物に露見していたとすれば、こんな甘っちょろいことは言っていない。というか秘密をバラされる前に相手をバラしている。
故に私は誰かの口からミリティア嬢に正体が伝わったのだとは考えていない。彼女と仲良しの主人公ちゃんが喋ったのだとは微塵も考えていない。そうでなくとも原作知識を有するミリティア嬢なのだから、状況から傍証を集めて自然と私の正体に辿り着いている可能性は否定出来ないと思っているだけだ。
だってミリティアなんだよこの子。三羽烏のブレインの。原作では好き勝手に暴れていたゲスロリの派閥女子を実質掌握してまとめ上げてた存在ですよ。実際に話してみると若干抜けてそうというかぶっちゃけポンコツ感漂ってるけど、でもあのミリティアなんですよ?
本質的には優秀なはず。資質的には、油断ならない切れ者であるはず。仮にこの子が転生者でなくて原作のミリティア本人であったとしたならば、そんな私の内心の疑念を逆手にとって抜けてる少女の振りをするくらいは平然とやってのけるだろう。だからこの子だって、やろうと思えば同じことが出来るに違いない。
……と言いたいところだが、花告祭の時の印象から考えるに、たぶんこの子は原作のミリティアとは相当に異なる育ち方をしてきたのだろう。他でもない私だから、ミリティアというキャラクタ自身が有する資質というものは未だに疑っていないが、訓練もなしに才覚を発揮出来るわけもなし。特に腹芸なんてその最たるもので、いやもしかしたら生まれついてのペテン師というのも存在するのかもしれないが、少なくともミリティアというキャラには当て嵌まらない。
だからきっと、前世の影響でのびのびと育ったこのミリティア嬢は、見た目の印象通りに未熟で、影を持たない純粋培養の女の子なのだろう。
さて、となれば私のスタンスは一択である。
全力で味方の振りをしてミリティア嬢にすりすりごろにゃんする。
何故かというと、ミリティア嬢の持つ原作知識を当てにしている私にとっては、そのほうが都合がいいに決まっているからだ。
元々、私はミリティア嬢に正体が露見しているパターンも考えて、というかその可能性のほうが高いと思っていて、敵対関係なりに情報を取引するつもりでミリティア嬢を訪ねてきたわけだが、ミリティア嬢がこちらの正体に気付いていないのであれば、味方として取り入って情報ちゅーちゅーしたほうが効率的なのは明らかだ。
勝った……!
四十秒くらい数えてから勝利を宣言しよう……!
などと内心で浮かれていた私は、しかしふと冷静になる。
いやいや、だとしても私の正体を知るどころか接近を感知出来る主人公ちゃんがすぐ近くに居る以上はあまりアンフェアなことは出来んぞコレ、と。
主人公ちゃんは私の秘密を死んでも守ってくれるだろうが、だからといって私がそれを良いことにミリティア嬢を騙して利用するような真似をすれば、主人公ちゃん自身が私を掣肘しに来る。間違いなく。
主人公ちゃんの流儀に則るならば、ミリティア嬢の持つ情報が欲しければ正体を明かして正々堂々と交渉をしろと言ってくるだろう。
しかしながら、私にも私の事情と思惑があることを理解してくれない少女ではないし、ある程度は汲んでくれるだろう。
高潔な主人公ちゃんがギリギリ目溢ししてくれるラインを考えなくてはならない。
実質ゼロ秒で小一時間考えて結論に達した私は、満を持してミリティア嬢との交渉に臨んだのである。
オレのたーん!
「最初に言っておくけど……私は主人公の味方をすることはできない」
これが一番大事。
私にとっては決して譲れない一線なので、最初に宣言しておく。
そしてここからが理由付け。
「これ、なんだかわかる?」
私は自身の首元を覆っていたストールを解き、その下に着用していたチョーカー型の魔法具を見せる。
余談だけど、スレイに扮する際に私が必ず真紅のストールを着用するのは、衣装選びに協力してくれたヴァイオラへの義理である。あのイカれた、もといハイセンスな赤コートだけは断固拒否した私に、ヴァイオラがせめてもと差し出してきたのがこのストールであったので。
「これはアシュタルテ侯爵家が私兵に付けさせる、裏切り防止のための首輪」
ただし、現侯爵家でこの首輪を運用しているのは令嬢のみ、つまり私だけだし、私の首に嵌っているのは外観だけを模した精巧なダミーである。ついでに言うと、魔法使いが見れば魔法的な効果の有無がわかってしまう可能性があるので、ダミーの内部にはちゃんと何の効果もない高度な魔法モデルが仕込まれている。
「私の所属クラン、『ホワイトファング』っていうんだけど。これって実は隠れ蓑で、その正体は『ヴァイスヤークト』っていう特務部隊なのよね」
勿論、私の討伐者ライセンスカードを確認すれば、スレイ・ハイゼンは『ホワイトファング』の所属であると書いてある。
強いて補足するのであれば、私は『ホワイトファング』においては一構成員でしかないが、その母体である『ヴァイスヤークト』での立場は発足者にして司令官であるということかな。
「プリムローズを裏切ることは死を意味する。だから私はプリムローズの意に沿う行動しかできない」
自分を裏切ることはできない。
私の場合は特に。
二つの人格を使い分けている私でも、どちらの私も自分自身には逆らえない。
「結果的にそうなっただけって感じかな。禁則事項に触れない限りはそれなりに自由に動けるから、プリムローズの望みを叶える手段として妥当な選択肢を取った結果、偶然にどこかの誰かが助かっちゃっても、しょうがないと思わない?」
その私にとっての禁則事項とは『自らの死』に他ならない。
私は私を殺すための行動だけは出来ない。
なお、有象無象が勝手に助かろうが死のうが本当に知ったことではないし、しょうがないことだ。
「ただ、『ヴァイスヤークト』のメンバーって殆ど全員が帝国軍からのヘッドハントなのよね」
これはただの事実。
現時点のメンバーで、この例に当て嵌まらない人間は私とハイメロートの二人しか居ない。
だから、
「ウチって色んな人が居るのよ。肉体を改造されたせいで凄い怪力を発揮できる人とか、起爆体質っていう全身爆弾人間とか、再生能力が高過ぎて死にたくても死ねない人とか……あとは、そう。常に転神していないと、生きていられない人とか、ね」
順番に、カデンツァ、エクスプロード、ヴァイオラ、そしてヴェルメリオのことである。
え? 私はどれかって? この例の中には居ないですね。
「それをすると、『首が締まる』から……ごめんね」
アヴァターを解除して欲しいというミリティア嬢の当然の要望に、私は目を伏せて答えた。
今ここでアヴァターを解除して正体を晒すことは、回り回って自らの『首を絞める』行為になる。
だから無理。別にダミーの首輪が窄まって窒息したりはしないけど。
「こんな風に、持って回った言い回しになってしまう理由は察してくれると嬉しいかな」
「大丈夫です。わかります」
神妙に頷いてくれたミリティア嬢を見て、私は今度こそ勝利を確信する。
ふふふ。どーだ主人公ちゃん、完璧に私の勝ちだ。
今の私の対応に、ほんの僅かにでも不誠実なところがあっただろうか。いやない。
何故ならは私はただの一つも嘘を吐いていない。本当のことしか言っていないのだ!
なんならマリアを連れて来てくれてもいい。ごめん嘘。そしたら私は逃げる。マリアの異能は欺こうとする意図そのものを嗅ぎ分けるので、その観点では私の発言は一切合切嘘認定だろう。
これでミリティア嬢からの認識が、味方ではないけど協力的な相手、くらいに収まってくれれば万々歳だ。
彼女等の陣営と仲良くなり過ぎると私のデッドラインに抵触して、先程の言ではないが自分の首を絞めることになりかねないので、ある程度の距離を置いた友好関係というのが一番望ましい。
要は警戒心の程度の問題だ。
よしよし。これで第一関門にして最大の難所は突破したも同然。
なんかちょっとドロメリ談義で意気投合したりした気もするけど、きっと気のせいだろう。
私とミリティア嬢は、味方ではないけど協力的な関係。おーけー。
「そしたら、今日のところはお暇しようかな」
また来るわ、とだけ告げて私は席を立つ。
本当ならば一刻も早く情報交換を行いたいところなのだけど、そろそろ討伐者としての活動時間帯が来ているから、ミリティア嬢もこれ以上の時間を取れまい。
見送りしてくれるつもりなのか同じくソファから腰を上げたミリティア嬢に、私はふと思い立って、一言だけ訊いてみた。
「ベルフェルテ、って知ってる?」
原作漫画には登場しなかったと思うのだけど、と私が言うと、ミリティア嬢は得心したように頷いた。
「無印しか知らないなら、わからないかも。続編の敵キャラよ」
「あら。やっぱり」
まあ、だろうなとは思ってたので、驚きもない。
続編云々は知らないけど、なにかしら私の知らない関連作品のそれなりに重要なキャラか何かだろうな、と。
これで、少なくともミリティア嬢がヤツについて有用な情報を持っていることが判明した。その事実だけでだいぶ気が楽になるというものだ。なるはやで明日にでも約束を取り付けてその辺の話を聞きたい、などと私が考えていると、ミリティア嬢はそのままの流れで口を開いた。
「三下みたいな性格のキャラだけど、歴とした魔公の一人よ。気を付けて」
ほう、三下とな。
つまりザコキャラか。
……………………んん?




