補完[とある転生者の話-3(end)]
~"モブ転生者"タナカ~
更に時は流れ、俺は三年生に進級した。
今年の入学生の中には原作主人公の姿があり、つまり原作のストーリーがついに始まったのである。一応の確認として本当に主人公と思しき少女が入学してきたのか確認してみたのだが、まあ居た。
どう見ても、明らかに、間違いようもなく『ああ主人公だな』ってわかる凄まじい美少女が居た。
うろ覚えの俺の知識でも主人公のミアベルが平民階級であったことくらいは流石に覚えていて、主人公の貧乏エピソードがあったという記憶はあるので、普通に考えれば特待生だろうなと当たりを付けたら簡単に見つけられた。
ちなみに、ベリエさんの妹であるマルグリットの存在も同じく確認できた。
俺はといえば一年生の後期から学生戦力に志願し、一緒に志願したクロトと共にこれまで頑張ってきた。それなりにドラマもあったが、それは晩年に自伝でも書いて語るとして、現状だけ説明すればクロトが学生班の班長の一人となり、俺は彼のグループに配属となった。魔法使いとして、というよりかはマジックジャンキーとしてメキメキと頭角を現したクロトに比べれば、俺の実力はやはりというか今一パッとしないものではあるが、少なくとも平均以下と父に評された魔法資質を思えば健闘していると思っている。前世の件もあって鬱屈しやすい性根の俺が、そんなクロトの隣に居て劣等感に苛まれずに済んだのは、偏にクロトの陽気な人間性と、素直に優秀と表現するのは憚られるジャンキーっぷりのお陰だろう。
実力が高いのは誰もが認めるけど、同時に『別にああはなりたくないな』って誰もが思う姿に定評があるのがクロトだ。
なお、この学院では入学後に正式に個々人の魔法資質を測定する機会があるのだが、俺の結果は父の見立ての正しさを証明するだけに終わった。
ベリエさんとは一年生の頃は同じ学生戦力として肩を並べ、二年生からは彼女は資質を見出されて生徒会執行部の一員となった。
立場の序列で言えば俺の上が班長のクロトで、クロトの上が学生戦力のまとめ役である執行部員――つまりベリエさん達だ。ついでにベリエさん達のまとめ役が執行部の部長であるヴァンシュタイン公爵令嬢で、更にその上に執行部の上位組織である生徒会本体が乗っかっている。
今年一年が正念場だ。
元々はベリエさんが死ぬ未来を知っているのが俺だけだから、俺にしか防げないと思って使命感に駆られていた部分が大きかったが、こうして二年、同じ学院で過ごして少なからず彼女の人柄に触れてきた身としては、そんな最初の事情は関係なく、只々素直に彼女を死なせたくないと思う。
執行部として認められるだけあって、ベリエさんの実力は非常に高い。
その彼女が敵わないような魔物が現れたとして、俺がそれをどうにかできるかと言われれば、まずもって無理だ。だけど、俺は悲観はしていない。俺の実力はベリエさんに及ばないけれど、クロトと二人でなら彼女にも勝てる自信がある。二対一なら勝てて当然だろって言われるだろうが、そうではなくて、例えベリエさんがやられるような魔物が相手でも、クロトと二人がかりなら倒せるかもしれないってことが重要なのだ。
そう。自信だ。
前世の俺の後悔そのもの。
俺はベリエさんに訪れるかもしれない悲劇を掃うべくこの二年近くを努力してきた。その経験と自負は間違いなく俺の自信となった。
とはいえ、原作の流れを思い出す限りではベリエさんの件はまだ暫く先になるはずだ。少なくとも学院のカリキュラムの後期の話なのは間違いない。だから、まずは彼女ではなく、彼女の妹であるマルグリットのことを考えなくてはならない。
それこそ、マルグリットの死を防ぐことさえできればベリエさんの死亡フラグそのものが消えたっておかしくないのだ。ベリエさんが生き残るってことは原作のストーリーが破綻するってことだ。その結果が主人公にどういう影響を及ぼすのかはわからないし、原作を読了していない俺にはそれ以後の展開はさっぱりだ。
だけど、一つ言えるのは、俺個人の想いとしては話したこともない原作主人公よりも、ベリエさんを優先するのは当然だ。
どうせ主人公は主人公ならではの特別な力を持っているのだから、最終的には何が起きてもどうとでもするだろう、という主人公への盲目的な信頼もなくはない。
「――というわけで、執行部のベリエちゃんの妹ちゃんがウチの班配属になったから」
というクロトの紹介に続いてマルグリットがぺこりと頭を下げた。
かつてのベリエさんと同じく例外的に入学直後から学生戦力として志願してきたマルグリットは、本人の強い希望も相俟って一番武闘派のクロト班へと配属となった。これで班が違ってしまえば少々難しいことになっていたが、とりあえずは良かった。
マルグリットは姉妹だけあってベリエさんによく似た少女で、俺は入学直後のベリエさんの姿を思い出して少し懐かしい気分になった。ただし、ベリエさんが当時からたおやかで凛々しい雰囲気の女性であったのに対して、マルグリットは少しばかり負けん気が強そうな、有り体にいって生意気そうな雰囲気の漂う少女でもあった。
マルグリットの実力は当時のベリエさんと比しても一歩及ばず、優秀な姉と常に比較されるという彼女の境遇に俺は一方的な共感を覚える。だが彼女が俺と決定的に違うのは、それでも彼女は姉のことが大好きで、少しもひねたところが無くて、純粋に姉に追いつくべく奮起しているということだ。
俺はそんなマルグリットの純粋さに対して懲りずに少々の劣等感を覚え、それ以上に敬意と好感を覚えた。
クロト率いる学生班は、そうして新たな仲間を加えて活動し始める。
ベリエさんと同じく幼少から魔物との戦闘訓練を積んでいるというだけあって、マルグリットの実力は充分に高く、即戦力として問題ない働きをしてくれた。慣れない環境故のギャップは俺達が先輩としてフォローすればいい。
まずまず順調な滑り出しだが、俺は緊張感を解くことはなかった。
原作では回想だけで語られていた(気がする)マルグリットの死亡時期が、厳密にいつなのかがわからないからだ。例えどんなに弱い種類の魔物が相手でも、向こうは殺しにかかってくるのだから、少しの油断が生死にかかわる世界だ。
だから俺は出動のたびにマルグリットを気に掛けたし、出来るだけ彼女から目を離さないように心掛けていたのだ。
まあ、そのせいで俺には『いっつもマルグリットの尻を見てる人』という不名誉な称号が付いたわけだが。
ちなみに俺が彼女の臀部を見がちなのは言い訳不能な事実である。
だから言い訳をするつもりはないのだが、ただ俺側の主張だけは言っておきたい。言わせてもらうがマルグリットはだいぶ無防備すぎる。
本人に自覚が薄いのか、そういう環境で育ったのか、姉の所作からなにも学んでこなかったのか。マルグリットはスカートの下にインナーを履いているのを良いことに普通に脚を開いて座るし、男の目の前で下半身のストレッチとかするし、無造作に尻を突き出して屈んだりするし、とにかく無頓着なのだ。
その癖視線には敏感なのだからタチが悪いと思う。
そりゃあ、見るだろ。なあ?
世の男性諸氏はきっと共感してくれる。
一般的な感性から見て文句なしの美少女が、目の前で無防備にしてたら見るだろう。これは最早本能だろう。ついでに言えば彼女の容姿は姉とよく似ているのだ。その姉は実に隙の無い立ち居振る舞いで、無防備な姿などまず見せてくれないのだ。
だから余計に、こう、言いたいことはわかるだろう?わかって欲しい。
とまあ、そんなこんなで俺的には大まじめに、周りからは若干呆れられつつ時が過ぎていった。
そして、あの日が来たのだ。
それはマルグリットが加わってから初めての、大型種の侵攻予測だった。
俺の緊張感は否応なく高まるが、大型種の侵攻自体は低頻度で起こることなので、マルグリット以外の面々は経験済みではある。大型種というのは大型であるが故に侵攻ルートの予想は比較的容易で、基本的にはその迎撃は学院に常駐しているプロの戦力が担当する。俺達学生戦力の仕事はそのフォローでしかない。具体的には、大型種の侵攻に便乗してくる小型種や、あるいはその大型種の眷属の小型種の侵攻を迎撃するのだ。
だから俺達が敵勢力の本体とぶつかることはないし、大抵はいつも通りに小型種の相手だけで終始する。
まれに本体からはぐれた大型種の迎撃が学生に任されることはあったが、それとて相手が単体であれば落ち着いて包囲殲滅すれば然程難しい仕事ではない。既に卒業してしまった先輩がかつて言っていたことだが、俺達の世代は特にラッキーらしい。何故って、俺の同級生にして執行部の現部長である公爵令嬢がチートレベルに強いから。彼女が後詰めとして存在しているというだけで安心感がだいぶ違うのは確かだ。
だから大丈夫だ。いつも通りにやれば問題ない。
そう思ったのだ。
結論から言えば、俺達は失敗した。
大型種の侵攻はブラフだったのだ。迷彩能力を有した別の大型種の群れが裏で糸を引いており、事前に予測された大型種の侵攻を隠れ蓑に学生戦力を奇襲したのである。
そして俺は、俺がマルグリットを守ろうと息巻いていたはずが、あろうことか真っ先にやられた俺を庇おうとしてマルグリットが窮地に陥る有様だった。
怒涛の戦闘を終え、精魂尽き果ててその場に座り込んだまま項垂れる俺の隣に、クロトが立った。
「ようタナカ、大丈夫か?」
「…………ああ」
俺は魔物の攻撃で脚を負傷していたが、応急処置の治癒魔法でなんとか動ける程度だったので、戦線離脱はせずに後衛として戦い抜いた。
せめて戦い抜かなければ、自分で自分を許せなくなりそうだったからだ。
「あーその、アレだ。そんな落ち込むなよ」
「別に、落ち込んでいるわけじゃない」
「その面で言われても説得力ないぜ」
俺の隣にドカリと座り込んだクロトは、天を見上げて大きく息を吐いた。
後方からは撤収準備のために動く学生達の声が聞こえてきている。
「結果的に誰も死なずに済んだんだ。まずはそれを喜ぼうや」
「…………彼女は?」
「妹ちゃんのことか?それとも、」
「両方だ」
学生戦力には情報伝達のためのイヤーカフ型魔道具が支給されているのだが、俺のソレは魔物の襲撃を受けて地面を転がった際に落として、そのまま見付かっていない。なので、自身で見聞きできる範囲外の情報は何も入ってきていない。
「妹ちゃんは医務室で治療受けてる。詳しくはわからんが、とりあえず死んだり後遺症が残るような傷じゃないってよ」
「そうか……」
「それから妹ちゃんを助けたあのお姉ちゃんについては、よくわからん」
俺が下手を打ったせいで迷彩種に捕縛されたマルグリットの、絶体絶命の危機を救ってくれたのはこの場の誰でもない。
突如戦域に乱入した謎の女性型アヴァターが、彼女を間一髪で救ったのだ。
クロトの話によると『アンジュ』と名乗ったらしいその女性アヴァターはそのまま執行部と連携して迷彩種の掃討にあたり、そして完了とともに行方を晦ましたそうだ。
クロトの言う通り、結果的に死者は出ていない。
喜ぶべきことだ。
だがその喜ぶべき結果に、俺という人間はなんの寄与もしていない。むしろ足を引っ張った挙句、どこの誰とも知れない相手に全部まるっと尻拭いをしてもらったようなものである。
本当はマルグリットの無事を喜ぶべきところなのに、俺は色濃い無力感に苛まれていた。
空気を変えるようにクロトが声を上げる。
「うしっタナカ!俺達も撤収しようぜ」
「ああ」
「お前はとりあえず医務室だな。ほら立てるか?肩貸そうか?」
クロトの申し出を断りつつ、俺は億劫に立ち上がった。魔物の奇襲を浴びた俺の負傷は軽くはないし、急場しのぎの処置をして無理くり戦っていたようなものだ。だから医務室に赴いて本格的な治療を受けることは学生戦力としての義務ですらあるのだが、俺の気は重い。
何故なら、その医務室にはまさにマルグリットが居るはずだから。
俺のせいで彼女を死ぬ目に遭わせておいて、早い話が、合わせる顔がないのだ。
脚を庇いながらノロノロと歩く俺に痺れを切らしたのか、結局クロトに半ば強引に肩を貸されつつ、医務室へと向かう。
道中、クロトがぽつりと呟いた。
「…………妹ちゃんのこともそうだがよ、」
横目に緩慢な視線を向けると、クロトは前を向いたまま続ける。
「お前が無事でよかったと思うよ。俺は」
「………………すまん」
俺がなんとかそれだけ返すと、クロトは「いいって」と笑った。
医務室で治療を受け、後ろめたさから逃げるように立ち去ろうとした俺は、またもやクロトの強引さに捕まっていた。
俺が座らされたのはベッドサイドの丸椅子で、眼前のベッドの主は言うまでもなくマルグリットであった。
身体中に治療の痕跡が窺える彼女は、少なくとも今晩は医務室の住人となることを余儀なくされているようで、シンプルな施術着を纏ってベッドに入り半身を起こしていた。
ちなみに俺をこの場に鎮座させたクロトは薄情なことに、同じくこの場に居たベリエさんに顛末を教えるために、彼女と連れ立って席を外している。
二人きりの沈黙に耐えかねた様子で、マルグリットが口を開いた。
「先輩は、大丈夫なの……ですか?」
「治療は受けた。問題はない」
つっけんどんな俺の言葉に、マルグリットは「そう」と言って俯いてしまう。
違うのだ。こんな態度をとりたかったわけではない。だが、何を言っていいのかわからないのだ。
せめて謝らなくては、と思うも、何故か言葉が出てこない。自分自身の身体が制御できなくなったみたいな状況に戸惑っていると、不意に、目頭が熱くなった。
「えっ、ちょ、なんで泣くのよっ!?」
わからない。
わからないのだ。
涙を止めようと思って片手で目を覆うも、次から次へと零れてくる雫は一向に収まる気配を見せない。マルグリットがわたわたと大慌てする気配を感じながら、俺は必死の思いで言葉を紡ごうとする。
「すまない……っすまない、おれのせいで……!」
「あ……」
「おれのせいで……もうだめかと……っ……生きてて、よかったっ……!」
後輩の前であまりにもみっともない姿だが、それは紛れもない俺の本心だった。
只々、圧倒的な安堵感だった。
こうしてマルグリットが生きている姿を見られて、本当に良かったと思ったら、もうそれだけしか考えられなかったのだ。
この学院に入学して以来、ベリエさんとマルグリットの死を回避せんと目標を掲げて一心不乱に頑張ってきた。そして今日、結局俺はなんの役にも立てず、結果だけを見れば俺の努力は無意味だったのかもしれない。俺が頑張っていようといなかろうと、きっとマルグリットの状況は変わらなかっただろう。あのアンジュなるアヴァターが介入してマルグリットを救ったのだろう。もしかしてそれが原作通りの展開というやつだったのかもしれない。
だけど、俺がこうして安堵して、マルグリットが生きていることが涙が出るほどに嬉しいのは。
それは間違いなく、俺がこれまで頑張ってきたからだ。
ベリエ姉妹の死の可能性から目を逸らして、回避のために努力するという選択肢を捨ててしまっていたら、きっと俺はこの場には居なかったし、居たとしてもこんなに素直に彼女の無事を喜べはしなかっただろう。
こうして彼女の無事を喜べるという事実があるだけで、俺のこれまでの努力が少し報われた気がするのだ。
俺は相変わらず平凡で、ダメな奴で。
どうあがいても主人公にはなれないし、モブキャラが精々の立ち位置だろうけど。だけど無意味ではないと、少しだけ、そう思えたのだ。
「どぁ!?おいおい妹ちゃんタナカ泣かせんなよ~、意外とナイーブなんだからさ」
「ぅえ!?いやあたしが泣かせたわけじゃ、」
「もう、リタってば気に入らないとすぐ威嚇するんだから……」
「お姉ちゃんまで!?」
戻ってきたクロト達が茶化す声を聞きながら、俺は呼吸を落ち着けて涙を拭う。
そして決意を新たにする。
この日常を失いたくない。だから俺はもっと努力しなくてはならない。今日マルグリットは助かったが、これで彼女の死が回避できたという保証などないのだ。あのアンジュというアヴァターの介入が原作通りだったとすれば、それは遠からずマルグリットが今度こそ死に至る原作展開が訪れるという可能性が残っているのだから。
だから俺は明日からも頑張るし、変わらずにマルグリットが死なないように注意していく。
また『お尻を見るな!』と噛み付かれるかもしれないが、これでもなるだけ見ないように努力はしてる。
俺には主人公みたいな凄い力はないから、自分なりに出来ることをやっていくしかない。
モブはモブなりに、頑張っていくのだ。
それが俺にとって、二度目の人生を生きるということだと思うから。
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