補完[とある転生者の話-2]
~"モブ転生者"タナカ~
さて、ベリエさんとの出会いで俺はこの世界が漫画のそれに酷似していることに気付いたわけだが、なんというか意地でもお約束を踏襲しない己の境遇には苦笑を禁じ得ない。
貴族とは名ばかりの立場に生まれ、魔法の才覚において特筆するものもなく、そして学院に入学したのは原作の物語が始まる二年前と来た。ベリエさんが同級生ということは、俺は原作無印の時点では三年生となる、はず。
どうせなら主人公と同級生が良かったなぁ、と思わなくもないが、まあそうなったところで俺のこのスペックではただのモブだろうから一緒か。
漫画の世界に転生したという出来事の何故を問う気はない。
荒唐無稽だろうが夢物語だろうが現実として受け入れるしかないし、実のところそれがわかったところで俺の今世には然程影響がない気がするから。原作主人公と年齢が違うから、というのも理由の一つだがそれ以上に、実を言えばここが漫画の世界だとわかったところで、俺はその肝心の内容を中途半端にしか知らないからだ。しかも、もっと言えばそれすらうろ覚えのダブルパンチ。
『夜明けのレガリア』の原作が連載開始したのは確か俺が中学生の頃だったと思う。『夜明けのレガリア』が載っていた雑誌ってのは月刊の少女漫画雑誌で、当時小学生だった妹が親に買ってもらっていたそれを俺も一緒に読んでいたのだ。ガキンチョの俺には少女漫画の面白さは正直わからなくて、同じ雑誌の中に居ながら異色の少年漫画ムーブを見せるレガリアだけが目当てみたいなもんだったから、わりと覚えている。
ただ、俺は結局原作を最後まで読んでいないのだ。連載期間中に妹が同じ中学校に進学してきて、その頃から際立った容姿の片鱗を見せ始めていた妹と比較されることが増え始め、なんとなく妹から距離を取り始めてたから。妹から漫画雑誌を借りて読むこともなくなり、かと言って自分で単行本なりを買って読むほどに興味も無かったので、俺の原作知識はその時点で止まっている。
『夜明けのレガリア』の作品世界自体は、無印の原作が大人気を博したこともあってその後も続編やメディアミックスに引っ張りだこであったが、俺は途中で読むのを止めた作品を改めて追う気にもなれず、ついぞ関連作品に手を出すことはなかった。今になって思えば、妹への苦手意識を拗らせていたせいで、アイツを連想する事柄を無意識的に避けていたんだろうな。
そんな俺の中途半端なうろ覚え知識のポンコツ具合だが、作品の舞台である国名や学院の名前を聞いても実際に訪れてもなお思い出さなかったことから程度が知れるだろう。では、何故ベリエさんの名前で思い出したのかというと、相対的に、彼女の存在は俺が『夜明けのレガリア』に関して最もよく覚えている事柄だったからだ。
つまり、俺が原作を読むのを止める直前の話が、丁度彼女に焦点を当てたものだったのである。
俺が最後に読んだ話。
それはまさに、主人公の先輩キャラとして描かれたユーフォリア・ラ・ベリエ男爵令嬢が、死んでしまう内容だったのだ。
学院生活が始まって数か月が過ぎた頃、とある昼下がりに俺は学生食堂のテラスから屋外席をぼんやり見下ろしていた。
「タナカぁ、どした?」
言いつつ横に並んでテラスの柵へと寄り掛かるのは、この学院に来てから知り合った友人だった。茶髪っぽいブロンドをツンツンと逆立たせたチャラい風貌の彼は、ジレ男爵家のクロトだ。
同じ男爵位の家の出身で、立場的にも似通っているということでシンパシーを感じて、すんなりと友好関係を築けた相手だ。ちなみにクロトはジレ男爵家の五男坊とのことだ。なお入学式典でやらかして以来俺のニックネームは『タナカ』で定着した。俺としても、一番呼ばれ慣れた呼称であると言っても過言ではないので、敢えて訂正する気も無い。
クロトは俺の横に並んで階下に目を凝らし、俺が見ていたものに気付くとにんまりと笑った。
「おーおー!なに見てんのかと思えば!」
そこからはわざとらしく声を潜めて俺と肩を組んでくる。
「あすこに見えるはベリエ男爵家のユフィちゃんじゃあありませんか。なんだタナカ先生はああいう子が好みか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「いやいやわかるぜその気持ち。超美人だよなぁ!」
「聞けや」
俺がベリエさんを見ていたのは確かだが、それはクロトが勘繰るような理由ではない。
単に、俺は未だに決めかねていたのだ。二年後の未来に彼女が死んでしまうという原作知識を、どう扱うべきか。世界観や固有名詞が酷似しているということで、俺は今世が『夜明けのレガリア』の世界であるということは納得することにしていたが、だからと言って原作と同じ出来事が必ず起きるのかと言われると、そうとも言えないのではなかろうか。
何故なら、俺という存在が既に原作とは違うナニカでしかないから。
その上、俺が知る原作の知識というのは基本的には主人公視点でのもの――つまりは今から二年後のことしかわからないのだ。だから現時点で原作と現実が同じ流れを辿っているかなどわかりようがない。
だけど、俺の頭を悩ませ続けるのは、もしかしたら未来が原作と同じ流れを辿るかも、という可能性が否定できないからだ。というか個人的には、原作にそっくりな世界でそっくりな登場人物が居るのだから、そっくりな展開が起きるということを敢えて疑ってかかる必然性もないような。
そうだとしたら、ベリエさんはきっと死んでしまうのだ。
あの入学式典での黒歴史のような初対面にも拘わらず、彼女は俺にも会えば自然体で接してくれるいい子だ。見た目の印象に違わず、生真面目で高潔な女性だと、親しい付き合いのない俺でもわかる。
そんな彼女が命を失うのを見過ごすのはしのびないというか、俺個人の思いとしても普通に嫌だ。クロトが言うみたいに彼女に惚れているわけではないけど、人間として素直に好ましく思っているのは事実だし、死んでほしくないし、助けられるなら助けたい。
原作通りの展開が訪れるとしたら、それを知っているのは俺だけなのだ。
だとすれば、もしかしなくてもそれを防げるのも俺だけなのではなかろうか。
「なあクロト」
「ん?」
「ベリエさんって、妹さん居たか?」
うろ覚えだが、確かベリエさんが主人公と接点を持ったきっかけがそもそも、亡くなった妹の面影を主人公の姿に重ねてみたからというもので、彼女が死に至る経緯もその延長線上だったと思う。
クロトは怪訝そうな顔をしたものの、俺の疑問に言葉を返した。
「いや、知らん」
「……だよな」
「それ、大事なことか?」
相変わらず肩を組んだままのクロトが神妙に訊いてくるので、俺は正直に答える。
「わからん。けど、大事になるかもしれない」
「ふぅん……じゃあ、俺が訊いてきてやるよ!」
「ちょ、おま」
あっけらかんと言うと、クロトは俺が止める間もなく軽やかに階下へと降りていくと、どう見てもナンパにしか見えない態度でベリエさんに突撃した。交友関係の広いベリエさんは当然一人で居たわけではなく、彼女の友人の女子学生ばかり五人で雑談している中に単身突撃していくクロトの鋼メンタルよ。
意味もなくテラスの柵に身を隠しながら俺がそれを見守っていると、数分もせずに会話を切り上げたクロトが戻ってきた。
「いや~振られたわ」
「そ、そうか」
その積極性は普通に尊敬するぞ。
「ベリエちゃん、妹居るってさ。二個下らしいぜ?」
「どうやって訊き出したんだ。あの短時間で」
「兄弟ネタで話振れば楽勝よ」
向こうからすれば話し掛ける口実に過ぎないそれに、本命の質問を巧妙に隠したということか。流石はクロト。入学早々同級生の間ではナンパ野郎の共通認識を作られるだけのことはある。
それはともかく、やっぱり居るのか、妹。二個下ということは主人公と同級生だ。原作で語られたベリエさんの妹が亡くなった時系列とも一致する。
とはいえ、それだけでは確定とは言えないし?
ていうか、それこそ二年後に主人公が入学してくるのを確認してから考えればいいし?
……そういう思考がまたぞろ湧いてくる。面倒ごとを遠ざけて、出来るだけ先延ばしにしようという考えだ。
前世の俺はそればかりだった。嫌なことからは逃げ続け、立ち向かう勇気もなく、自分の力で変えようという気概もない。その結果が前世の後悔であり、今世の俺はそれを繰り返さないと決めたのだ。
「クロトは学生戦力に志願するって言ってたよな?」
「あ?ああ、まあな。ぶっちゃけ俺ってそっち方面以外で食っていけねぇ気がするからなぁ」
「俺も志願するわ」
そう言うと、クロトは瞳を丸くした。
「いやお前、あんまり乗り気じゃなかったよな?」
「気が変わったんだ」
クロトが学生戦力に志願するという話を聞いた時、俺も誘われていたのだ。その時俺は断った。単純に自分の実力を鑑みての判断だった。クロトの魔法資質は俺よりも余程優秀だ。彼ならばすぐに志願しても真面に魔物と渡り合っていけるだろうが、俺程度では味方の足を引っ張るのが関の山だと思ったのだ。少なくとも一年生時点で志願するのは時期尚早だと思っていた。
だが、そんなことを言っていてはダメだ。
何故なら、ベリエさんは入学以前に魔物との戦闘経験があり、現在既に学生戦力として登用されている人物であり、俺は元よりクロトでも比較にならない戦闘力を有しているであろう人物だから。
原作でベリエさんの命を奪ったのは魔物の脅威であったはずだ。
だから彼女が命を失う事態を回避しようと思ったら、彼女を殺し得る魔物を排撃せんと望むならば、少なくとも彼女に比肩する実力を持っていなくては話にならない。
底が知れている俺の才覚でそれを為そうとすれば、足りない実力を努力と経験で補うしかない。
足踏みしている時間などない。一体でも多くの魔物と戦い、俺は俺を鍛え上げなくてはならないのだ。
別にこれが全部俺の杞憂で、彼女が死に至る原作展開がそもそも訪れないというのならそれが何よりだ。もしそうなれば、もしかしたら俺は『無駄に頑張らなければよかった』とまた後悔するかもしれない。
だが、使い古された表現だけど、やらない後悔よりはやる後悔だ。ただでさえ、やらない後悔は文字通り一生分したので、もうたくさんだ。
残された時間は約二年。
目標は、ベリエさんの死を回避すること。
可能ならば、ベリエさんの妹の死から防ぎたい。
「クロト、俺はやるぞ!」
「お、おお!よくわからんが頑張れ!」




