補完[とある転生者の話-1]
・明らかに転生者っぽいモブが居ましたよね。そいつの話です。
~"モブ転生者"タナカ~
大学からの帰り道。
車道の中ほどに動物の死骸が落ちているのを見た。俺の居る歩道からは対向車線側なので目を凝らさないとよく見えず、最初はレジ袋かなんかのゴミかなと思ったけど、たぶん、猫だ。
子猫だったのかもしれない。わりと小さめの猫が横たわっていて、アスファルトに血の染みが広がっていた。明らかに不自然な格好で硬直した姿は、それが既に命無き骸であることを物語っている。
可哀そうに、車に轢かれてしまったのだろう。
交通量はそれほどでない道だけど、それ故か結構スピードを出している車が多い印象なので、飛び出した猫を避け切れずに、とかかな。もしかしたら、車の側は轢いたことにも気付かなかったかもしれないな。
別にこういうものを見るのは初めてじゃないし、俺にはなんの関係も無いので、そのまま通り過ぎようとした。
「…………はぁ」
のだが、見知らぬ猫とはいえ仏を放置しておくのも気が引けて、俺は立ち止まってスマホを取り出した。
流石に死体を自分で片付ける気にはなれないが、然るべきところに連絡するくらいはしてもいいだろう。ここを通る車のドライバーだって困るだろうし。
「えぇっと……?」
もしかしたら、他の誰かが既に連絡をしているかもしれないが、それならそれでいいし。こういう場合ってどこに連絡するんだっけか。たぶん道路の管理者に知らせるんだろうけど、それってどこさ。
結局ネットで検索して緊急ダイアルの存在を調べ、そこに掛けようとした。
その発信が、俺という人間の人生最後の行動になった。
「あ?」
という、間抜けな呟きも添えて。
起きたことだけを言えば、猫の死骸を避けようとした車両が大袈裟にハンドルを切り、それに驚いた対向車が更に避けようとして操作を誤り、歩道に居た俺に突っ込んだのだ。
たぶん、最初俺が見間違えたのと同じように、車のドライバーも道にゴミが落ちてるなぁくらいに思ったのだろう。近付いてそれが猫の死骸だと気付いて、踏まないように咄嗟にハンドルを切ったとか、そんなところだろうか。
然程交通量の無い道のくせに、どういう偶然か、ジャストタイミングですれ違おうとしていた対向車が居たのがよくなかった。
結果、あまりにも不幸な運命の繰り合わせによって、俺もまた猫の後を追うことになってしまったのである。
――と、いうのが俺の前世の話。
死んだと思ったら、異世界で貴族になっていた。
猫の仏に情けを掛けた心優しいアナタにサービスですぅ、とかって女神が現れて転生させてくれたわけでもなく。お前は本来あそこで死ぬべきではなかったが手違いで、とかって神が説明してくれるわけでもなく。
気付けば、二度目の人生が始まっていたのだ。
そんな俺が生まれ変わったのはとある男爵家の四男坊。リヒティナリア王国という聞いたこともない国家の片隅に存在する小さな領地を治める少しだけ裕福な貴族が生家である。
俺がこの世界を前世のそれとは異なる場所――平たく言えば異世界であると判断した最大の理由は、この世界には技術体系としての『魔法』が存在しているからだ。魔法の源である魔力というエネルギーがインフラを形成していたり、魔物なんていうお約束な敵性存在が跋扈していて世界の脅威だったりと、まああからさまに異世界だったのである。
この世界では人間だれでも魔力を持って生まれてくるらしいが、ところが魔法という技術は誰でも使えるものではない。
理屈はよくわからんが、事実として魔法使いに成れるものと成れないものが存在するのだ。ありがちな話だが、元々は魔法というのは貴族階級の特権的な技能だったらしく、それが年月を経て徐々に平民階級にも普及していったのだとか。交配を繰り返して技能者が増えていくということは、たぶん特定の遺伝子かなんかが関係しているのだろう。俺そっち方面の専攻じゃなかったから知らんけど。
ともかく、最下位の爵位とはいえ貴族は貴族。
そこに生まれた四男の俺にも魔法を使える権利が備わっていたわけだ。残念ながら、転生パワーで幼少から鍛えまくって最強に!とはいかないようで、俺の魔法使いとしての才覚はおそらく平均より少し下くらいだろう、というのが今世の父の見立てであった。
正直、落胆が無かったと言えば嘘になる。
折角貴族の家に生まれたと思えば、実家は決して有力とは言えず、しかも俺は四男坊ときている。実家は世襲貴族なのだが四男の俺が爵位を継げる可能性は万に一つ程度しかなく、まあ普通に無理だろう。男爵家の四男風情に政略的な価値もないから、結局俺は俺自身の才覚を以て身を立てるしかないのだ。勿論、この世界における平民階級のそれに比べればずっと恵まれた生まれであることは確かだが。
魔法にしたってそうだ。才覚を厳密に計る方法なんてないから、あくまでも父の見立てでしかないが、俺自身の感覚的にも、まあ特段秀でたものはないという自覚があったのだ。尤も、俺の兄弟に関してのみ言えば、一番上の兄は俺よりも魔法の才覚に恵まれたようだが、それ以外は平均よりだいぶ下レベルらしいので、家族内だけで比較すれば俺はむしろ恵まれているのだが。なお、末っ子の俺には三人の兄の他に二人の姉が居る。
貴族の血脈が混じって魔法を使えるようになった平民が少なくないように、平民の血脈が混じって魔法が使えなくなる貴族も存在するわけだな。平民と結ばれることも珍しくない下位の貴族ほどその傾向は顕著だ。
俺個人のアドバンテージといえば当然、前世の経験と知識を有しているということだが。
確かにそれは役に立っている。地味に。
例えば計算がよくできるから賢いとか、ちょっとした物理学や自然科学の知識を持っているから賢いとか、年齢不相応の理解力があるから賢いとか、言ってしまえばその程度だ。そもそも、下手に前世の知識をひけらかしたところで、待っているのは称賛ではなく異常に対する排斥だろうということくらいは理解していた。何故ならば、俺が有しているのはただの知識であり、知るはずのない知識だからだ。
平凡な前世を経た俺は、異世界に転生してもやっぱり平凡の域を出なかったということだ。
では、俺の前世は今世にとってなんの意味も無いのかというと、そんなことはない。
俺が前世から持ってきたものの中で、一番大きなウェイトを占めるもの。
それは『後悔』である。
前世の後悔が、今世の俺のスタンスを決定付けたのだ。
前世の俺はごく平凡な中流階級の家庭に生まれた。両親と、兄と妹の五人家族だった。
俺の兄は要領の良い人で、勉強も運動もなんでもそつなくこなす優秀な人だった。
俺の妹は器量の良い人で、際立った美人と言うわけではないが、自分が一番映える魅せ方を心得た人だった。
俺について回った評価は、優秀な兄に比べればパッとしない弟。あの美人な妹に比べれば冴えない兄。俺はいつだって周囲に比較されて相対的にサゲられ続け、いつしか完全に腐ってしまった。
兄は俺に優しかったし、妹は俺に懐いてくれていた。だから問題は俺自身にしかなくて、劣等感を拗らせたせいで突き放すような態度を取り続け、高校生になった頃くらいには兄妹とは碌に会話もしなくなってしまっていた。兄や妹のことが嫌いだったわけじゃなくて、相対すると惨めに感じてしまうのが耐えられなかったのだ。
大学進学と同時に家を出て、結局兄妹との関係は修復されないままに逝ってしまった。
俺が前世を思い出して、一番に考えたことは、何故両親や兄妹ともっと触れ合っておかなかったのだろう、という茫漠とした後悔だった。
決して、どうしようもない溝ではなかったはずだ。
原因はきっと俺にも最初からわかっていて、俺が逃げ続けただけだったのだ。
努力すればよかったのだ。もっと頑張るべきだった。
だって俺に足りなかったものは、突き詰めれば『自信』というそれだけだった。才覚や容姿で兄と妹に決して及ばないのだとしても、だからって全てにおいて彼らに劣っているわけじゃない。両親は元より、兄と妹も俺の俺にしかない部分をちゃんと見てくれていたはずだったのに。
俺が周囲の評価に踊らされて勝手に比較して勝手に腐っていったのは、単に俺が俺自身を認めるに足る自信がなかったから。
兄よりも優秀になる努力じゃなくてもいい。妹より見目良くなる努力じゃなくてもいい。只々、俺が俺自身に自信を持てるようになる努力をすべきだった。
そうしたらきっと、逃げるように家を出ることもなかった。
兄妹と会話しなくなることもなかった。
死んだ後に、こんなに後悔することもなかった。
前世の死因が避けようもない突発的な不幸な事故だったせいか、不思議なことに、死んでしまったことそのものに対する後悔よりも、死ぬ前にすべきことをしてこなかった後悔のほうが強かったのだ。
なので、その俺が前世の記憶を持ったまま生まれてきたことに意味があるならば、それは前世の後悔を繰り返したくないということだ。
この世界は前世と比べて――少なくとも俺が住んでいた日本に比べれば遥かに人が死にやすい世界だ。
だからというわけではないが、今度死ぬときには同じ後悔を抱えて行かなくて済むように、今世を頑張って生きて行こうと俺は思った。
時は流れ、俺は王都のエンディミオン魔法学院に入学することになった。
実家では一番上の兄に次ぐ魔法資質を有する俺なので、一応魔法使いとしての立身出世的な意味では両親の期待もあったのだろう。家からエンディミオンに入学したのはその一番上の兄だけであり、その下に存在する二人の兄と二人の姉を差し置いて俺が入学する運びとなった。
余談だが、魔法を教える学院というのはここしかないわけでは勿論ないので、長兄以外の兄姉達は他の学院に通っていた。エンディミオンに比べればだいぶ格が落ちるが、その分学費もマイルドなので。
入学式典のために父とともに学院を初めて訪れた俺は、謎の既視感に首を傾げていた。
なお貴族の学生は学院生活の補助として同性の使用人を二名まで同伴できるのだが、生憎とウチにそんな余裕はない。
「エンディミオン……」
学院の名前を聞いた時に、なんか聞き覚えがあるなとは思ったのだ。
いや、字面というか発音だけで言えば前世における神話の登場人物とか月面のクレーターとかと一緒なのはそうなのだが、当たり前だが言語がそもそも違うのでたまたま同じような発音の単語があるだけだろうとは思う。
だが、俺の既視感はそういうのではなくて。もっとこう、なんというか、エンディミオンが学院であるということがデジャブというか。
実のところ、こういう感覚は初めてではなくて、これまでに幾度かあったことだ。
初見のはずの人物になんとなく見覚えがある気がしたり、行ったこともない地域の景色が何故かなんとなく想像できたり。
なんとももどかしい気分のまま式典に参加した俺に、たまたま隣の席だった女子学生が挨拶をしてくれた。
赤みがかったプラチナブロンドを綺麗に結い上げた、美しい少女だった。
制服に刻まれた家紋を知っていれば相手がどこの誰かはある程度わかるので、おそらく同じ男爵家ということで挨拶してくれたのだろう。
「私はベリエ男爵家のユーフォリアと申します。どうぞよろしく」
「俺は、」
名乗り返そうとして、違和感。
はて、とじわじわ感じるのは先程と同じ既視感であった。
ユーフォリア……ベリエ……?
彼女の名前を脳裏で反芻しつつ、不躾に彼女の容姿を観察してしまう。彼女が不思議そうに小首を傾げたあたりで、俺の脳裏に電光が閃く!
「ほぁあぁぁっ!?」
「えっ」
いきなり素っ頓狂な叫びをあげた俺に、眼前のベリエさんは元より周囲から一斉に視線が向けられた。
だがそんなことを気にしていられない程に、俺は動揺していたのだ。
長年の既視感の正体がようやく判明したからこその、かなりの衝撃であった。
俺はこの子を知っていた。もっと言えば、この世界のことを元々少しだけ知っていたのだ。
「ええっと……ほああ君、じゃないですよね……?」
混乱窮まってなんだか可愛いことを言っているベリエさんに、俺は彼女の名乗りを無視してしまったことに気付き、内心大慌てのまま名乗る。
『それ』を思い出した影響か、ついつい前世で名乗り慣れていた、前世の名前が口をついて出た。
「俺はタナカと言います!よろしく!?」
「か、変わったお名前です、ね?」
漫画『夜明けのレガリア』の世界に、タナカという名のモブが誕生した瞬間であった。




