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輪廻転生って信じる?  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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363話_sideout_ちょっと前_黒い森



「手段はあります。――――私が持っています」


「なに?」



 ミリティアのその言葉には今度こそ、ロイドも含めた全員の視線が集まった。

 少女は寄せられる視線に怯むことなく、そもそも一顧だにもせず、ただ強い瞳でシリウスを見据えていた。



「だからお願いします。レックスを助けてください」



 ミリティアは貴族令嬢らしい美しい姿勢で、しかし貴族令嬢らしからぬほどに深々と頭を下げた。

 その声音にはどうしようもないほどの悔しさと、申し訳なさと、そして切実さが滲んでいた。

 自分自身で友人を救いに駆け付けることが出来ない悔しさ。

 友人を救うために別の人間を死地に送り込まねばならない申し訳なさ。

 それらを押し殺してでも、友人を救わんと願うことを止められない切実さがそこにはあった。


 正直なことを言えば、シリウスはこのミリティアという少女の扱いを若干持て余していたところがある。この少女は由緒正しいハートアート伯爵家の令嬢で、本来であれば死の危険と隣り合わせの討伐者の活動になど一生縁のない人種である。貴族の義務として魔物と戦うことは避けられまいが、それとて義務の域で果たせばいいだけのことで、なにも進んで最前線に身を投じる必要などない。

 だからシリウスは、この少女がなにを思ってこの活動に臨んでいるのかが今一わからなかったのだ。それでいて立場が立場なので、どうしたって特別扱いをせざるを得ないシーンが多い。討伐者活動にパーティーメンバーでない護衛のメイドを連れてくるという冗談みたいな真似を黙認しているのもそのためだった。

 つまり、シリウスにとってミリティアは『お客様』でしかなかったのだ。


 だが、今、彼女はこの場に居る。

 いつ音を上げるかと内心疑っていたクランメンバーの予想を裏切り、ミリティアは誰よりも真面目に活動に従事していたし、残念ながら意気込みとは裏腹に学生内でも最も実力が振るわない現実に腐ることもなく、着実に経験を積んでいたのだ。勿論、護衛として同伴しているメイドのリゼルに泣きつくことなどただの一度だってなかった。

 彼女が護衛を同伴しているのは、それが討伐者活動をするにあたって彼女の両親が課した条件だったから、というのはクラン側にも伝えられていたことではある。それがどこまで本当か、というのが疑いの的であったわけだが、ミリティアの活動ぶりを見る限りでは本当に両親を納得させるために仕方なく同伴させているだけであったのだろう。


 そして、だからこそシリウスにはミリティアがたった今告げた『手段』の正体に見当がついていた。

 決してその手段を頼ろうとはしなかった彼女が、それを曲げてでも、仲間を助けようとしている。伯爵令嬢が頭を下げてまで、それをシリウスに託そうとしているのだ。

 お客様扱いして、少女を侮り続けていた舐めた大人に、である。


 シリウスは片手で頭を掻いた。ぼりぼりと。

 なんだか、いい歳こいて教師にでも怒られた気分で、勝手に無性に恥ずかしくなったのである。隣を見れば、ドノヴァンも少なからず似たような顏であった。



「ミリティアさんや」



 恥を誤魔化すような調子でシリウスは少女の名を呼ぶ。

 そして下がったままの彼女の頭を片手でぽんと軽く叩く。



「頭下げる必要なんてねえよ」


「え?」


「仲間じゃねえか。助けたいのも、助けるのも当たり前だ」



 だからむしろ、とシリウスは少女の肩に手を置く。



「お前さんの手札を貸してくれ。そしたら俺が絶対にガキ共を助けてくる」



 これがシリウスなりの詫びと、そして決意表明であった。

 ミリティアという少女を、お客様ではなく一人の同胞と認めたということの。

 シリウスの言葉を受けて嬉しそうに瞳を潤ませたミリティアは、すぐに一人の名前を呼んだ。



「リゼル」


「あいよー」



 間髪入れずに応じたのは件の、彼女が護衛として同伴していたメイドの少女だ。プラチナブロンドの癖毛に埋もれていつも眠たげだった瞳は、緊迫した状況に応じて、常の姿からは想像も出来ない程の真剣さに張り詰めていた――――なんてことはなく相変わらず眠たげではあるが、こころなし程度には真剣さが窺える。



「命じます。シリウスさんを連れて全速力でレックスの元まで行って、協力して全員無事に連れ帰りなさい」


「あいまむぅ」



 そう、シリウスは知っていた。残念ながら実力の振るわないミリティア本人に現状を打開する手段などないことを。しかし彼女は手札を持っていた。リゼルという少女がミリティアの従僕である以上、リゼルの能力はミリティアの能力である。

 ミリティアは自身の意思で固く封印していた能力を、ここで初めて行使したのだ。

 とはいえ、疑問に思うのは当然、この眠たげなメイドの少女がどのようにシリウスを連れて溶岩を渡るのかということであるが、その解答はすぐに与えられた。



「いっくぞ~~~~」



 気の抜ける掛け声とともに魔力を解放したリゼルの肉体が光り輝き、瞬く間に数倍もの大きさを有するシルエットに伸展したのだ。

 魔法使いのハイエンドと呼ばれる高等技能――――『転神(デヴィライズ)』である。


 迸る魔力は新緑の風となって、仄かに水の気配を含む、恵みの色をしていた。


 現れたのは、既存のどんな動物とも一致しない外見を有する幻想的な存在であった。個々のパーツから類似性を判断して全体像を表現するのであれば、それは鳥類の特徴を有するドラゴンだ。

 プラチナブロンドの頭髪と同じ色彩の羽毛とも鱗とも取れるなにかで全身を覆われ、頭部には牙の生えそろった嘴とティアラの如き優美な角を有し、胴体は鳥類に近しいがしかし趾の四肢とは別に羽ばたくための二翼を持つ四足二腕の異形。そして鳥類ならば尾羽に値する部分が細く長い尾となって波打っており、胴体に比して尾が極端に長いシルエットだ。尾の末端は尾羽ではなく、何故か魚類じみた尾びれのような形状となっていた。

 人間の姿では小柄な少女でしかなかったが、アヴァターの体躯は胴体だけでもそこいらの騎馬並みで、雄々しい翼を鑑みればシリウス一人くらい背に乗せて飛行するのは造作もなかろう。



「いやちょっと待て!」



 堪らず声を上げたのはロイドであった。



「お前等に『転神の技能者は居ないか』と訊いた時に、確かに居ないと言ったよな!?」



 今回の活動に際して、シリウス達には予め学生諸君の情報がある程度は伝えられている。それは学生本人からの自己申告のみならず、同級生であるルークの知り得ることや学院に講師として赴いていた一部のクランメンバーから報告された確度の高い情報だ。学生達の命を預かるのだから、事前に適性をある程度見極めておく必要性があったので可能な限り詳細で正確な報告をさせたはずである。

 そしてそこに『転神』の情報など欠片も出てきていない。なのでロイドの狼狽も無理からぬことと言えなくはないのだが、シリウスが思うに答えは非常に単純だ。



「ええ。ですから学生には居ない、と」


「それは――いやいい、そんなことを言っている場合じゃない」



 敢えて黙っていたのであろうミリティアの判断を責めることは出来ない。彼女はリゼルのその技能を出来ることならば一度も使わせるつもりはなかったのであろうし、リゼルはあくまでもミリティアの護衛なので『剣の誓い』とはなんら関係ない立場なのだ。尤も、一部の世話焼きが色々と構い倒してはいるようだが、少なくともシリウスの認識はそうだ。

 だからといって素直に納得は出来ないロイドの気持ちはわからなくもないが、無理くり自分を納得させた様子の彼が言うように、今はそんなことを気にしている場合ではない。



「背中に乗ればいいのか?」


『ういー。乗り心地には期待しないほうがいいよ~』



 脳裏に響く声で返答したリゼルの物言いがあまりにもいつも通り過ぎてシリウスは力が抜けそうになる。

 大きな両翼が厄介だったが、シリウスはなんとかリゼルの背中に乗ることが出来た。だが、どうやって自分の身体を固定すればいいのかがわからない。当然だが手綱なんてないし、鐙もない。手頃なところに掴みやすそうな翼があるが、これを掴んでしまったら羽ばたけまい。



「あー、俺はどこに掴まればいい?」


『てきとーにして』



 それが一番困るんだがな、と内心でぼやきつつ、緊急事態だし体面に拘っている余裕などないと思い直して、シリウスはとりあえず翼を避けてリゼルの胴体に腕を回してしがみ付くことにした。意外としっとりした手触りの羽毛鱗の上からしっかりと掴むと姿勢が安定して、これなら高速で飛ばれても振り落とされはしないだろうと安心する。



「よし! 飛んでくれていいぞ」


『ほいきた。あ、ちなみに』



 翼を広げたリゼルが思い出したように言葉を続け、シリウスの視界の端でミリティアがハッとして何かを言おうとしたが少しばかり遅かった。



『シリおじが鷲掴みにしてるとこ。それリゼルのおっぱい』


「…………」



 へぇ鳥の胸ってここにあるのかそういやそうか。と逃避気味の思考が流れる。

 なんとも言えない沈黙が満ちる中、一人だけリゼルワールドの影響を受けないミリティアがゲシっとアヴァターの腹(?)の辺りを蹴りつけた。



「嘘吐くな!ここでしょアンタのナイチチは~!」


『え…………お嬢』


「なによ?」


『リゼルはお嬢より大きい。リゼルがないちちなら、つまりお嬢はゼロ以下のえぐ――』


「抉れてないわよおバカぁ!」



 ゲシゲシと蹴りつける少女はなんか思ってたよりも親しみやすいお嬢さんだったんだなとシリウスは思った。ちなみにリゼルのアヴァターの一体どこからどこまでが腹部で胸部なのかはさっぱりわからない。ミリティアが蹴りつけたのが胸だとすれば、自分はちょうど首に腕を回して抱き着いているような格好だろうか、と少女の首に抱きつくオヤジを客観的に想像してシリウスはげんなりした。

 その漫才じみた遣り取りに我慢ならなくなったナタリーが声を上げようとする直前、アヴァターの瞳がちろりと動いて一人の少女を映した。



『んで、これ以上は待ってあげられないので、行くなら行くと早めに主張すべきだとリゼルは思った』



 声を掛けられて小さく「え」と呟くのは、黙って見守っていたミアベルだ。

 彼女はリゼルの言葉を理解するのに若干の時間を要すると、それから意外そうに目を丸くする。



「わたし、行ってもいいの?」


『お嬢がいいって言えば、リゼルはいい』



 リゼルの言葉を受けてミアベルが視線を向けるよりも早く、ミリティアがなんでもないように口を開いた。



「いいわよ」



 苦笑気味な表情は、まるで『最初からそのつもりだった』と言わんばかりだ。

 続けてミアベルが伺うように視線を向けた相手は当然シリウスであった。学生などについてこられても足手纏いになるだけだ、と普通ならば一蹴するところであったが、シリウスは自分の後ろを親指で示してミアベルを呼んだ。



「ほれ、時間ねえんだから早く乗れ」


「ほ、ほんとにいいんです?」


「行くのか!行かねえのか!」


「ッ! いっきまぁす!!」



 生憎と、この少女が普通の枠に収まらない存在であるのはつい先程シリウスがこの目で見たところであった。実力が伴っているのであれば、仲間を助けるために死地に臨もうとする意志をどうして止められようか。などと言っておけば格好も付くが、正直に言えば移動の要であるリゼルの主導権を握っているミリティアが了承した時点で、シリウスが否を唱えたところで無駄な時間を消費するだけという話だ。

 ミアベルが駆け寄って来てシリウスの後ろに乗っかるや否や、リゼルは翼を羽ばたかせて空中へと舞い上がる。たった一動作で十メートルほども垂直に浮き上がった浮遊感に、ミアベルが小さく悲鳴を上げてシリウスにしがみつく。



『『泡殻形成(バブルコート)』、『鎧う蒼球(アクアシェル)』、『渦巻く緑光(エアロスピア)』――――』



 ぐんぐんと上昇しながらリゼルが続けざまに唱えた魔法は水属性の防御魔法、同強化魔法、風属性の攻撃魔法だ。本来は遠距離攻撃として使用する『渦巻く緑光』を自身の身体に纏ったリゼルに、シリウスはなんとなく嫌な予感がした。



『リゼルのマジ本気だっしゅで行くから、』


「ちょま、リゼ――」


『死にたくなければ、死ぬ気で掴まっててね』



 そう言ってリゼルは翼で空を叩き、急加速した。


 何故か、真上に。


 目指すべき方向は溶岩の海の中心部であり、しかし高速で流れる視界は順調にそちらから遠ざかっていく。意図を問おうにも加速度がきつくてシリウスですら口を開くのも儘ならない。

 というのも、



『『加速(ベロシティ)』!!『加速(ベロシティ)』!『加速(ベロシティ)』『加速(ベロシティ)』『加速(ベロシティ)』――――ッ!!!!』



 リゼルの進行方向に現れる光の円環は物体を投射するための加速魔法であった。リゼルはあろうことかそれを輪潜りのように連続で通過し、そのたびに爆発的に速度を増していく。



「う、お、お、お、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」


「あ、う、う、う、ううううううぅぅ~~~~っ!!!!」



 勿論、こんな速度に晒されたシリウスとミアベルは、悲鳴にもなれない呻き声を上げながら必死にしがみつくことしか出来ない。リゼルが事前に唱えた風魔法が最低限は搭乗者二人を守ってくれているが、本当に最低限だ。

 真上に進発したリゼルは巨大な放物線を描いて上空で折り返し、そして落下の勢いまでも乗せて今度は下方に加速する。

 ぶっ飛びそうなシリウスの視界にチラリと映ったのは、リゼルのアヴァターの細く長い尻尾の先についた尾びれのようなものだ。あれは舵だったのだ。はちゃめちゃに加速するリゼルは、大きな抵抗となる翼を小さく畳み込み、あの長い尾と先端のヒレの微かな空気抵抗で進行方向を操作している。

 つまりリゼルは溶岩海上に膨大な炎精(エレメンタル)が形成する高温の障壁を、あろうことか速度でブチ貫くつもりなのだ。そのためには助走距離が必要だったが、後退して距離を稼ぐ時間が勿体ないので、縦軸に助走距離を確保したのである。

 そして長大な弧を描きつつ抉るような機動で地表すれすれまで戻ってきたリゼルは、衝撃波で岩と溶岩を巻き上げながら、最後の仕上げを解き放つ。



『ゲ、イ、ルぅ……ストオォ―――――――ッムぅ!!!!!!!!』



 風属性上級魔法『穿風槍破(ゲイルストーム)』。

 渦巻く豪風の槍と化したリゼルは、熱気と炎精の壁を歯牙にもかけずにブチ貫いて吹き飛ばしながら驀進する。



『いってきまああああぁぁぁぁぁぁぁ――――……』

「ぬぅぉわあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――……」

「いぃやぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――……」



 憐れな犠牲者の悲鳴を乗せて。



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― 新着の感想 ―
そりゃあの態度も許されるわ······ ミリティアさんとこの懐刀ポジションじゃんリゼル
[一言] 陪臣は臣下ではないのだった ミリティアさん描写される部分は普通の学生に見えるけど貴族だしちゃんと貴族できるんですよね
[良い点] さすが、リゼルさん。 (このタイミングでボケをかます事も、彼女の能力も)しゅごかった。 さすリゼ。 [一言] 国際救助隊 雷鳥の番組冒頭のカウントダウンが脳内で再生される〜。
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