353話_side_Citron_ちょっと前_黒い森
~"気弱な討伐者"シトロン~
今更だけど、私が所属しているクランである『RPA』こと『赤原同盟』について説明しようと思う。
王国東部のブラッドフォード伯爵領にて、同ギルド支部を拠点にして活動している討伐者クランで、発足者にして現クランリーダーは『赤原の女帝』の異名を有するアウグスタ・メルクーシン様。
アウグスタ様本人は討伐者の等級としては上から二番目のレベル4であり、一番上のレベル5が半ば伝説の如き扱いであることを鑑みれば、実質最高レベルであると言える。そんな彼女が率いるクランもまた、こちらは正真正銘の最高等級であるAランクのクランである。所属する討伐者の人数は、一番最近の調べでは三百人を越えており、またこのクランの最も特殊な点としてそれらの討伐者は例外なくすべてが女性である。
女性討伐者の地位向上を標榜する、女性の女性による女性のためのクラン。それが『赤原同盟』なのだ。
ちなみにクラン名やアウグスタ様の異名の由来である『赤原』とは、王国北部に所在している異民族の『ヤーシャ族』が暮らす土地のことを言うそうだ。アウグスタ様がそのヤーシャ族の出身なのだが、若い時分に出奔して以来戻っていないらしいので、現在は単なる故郷という以上の意味合いはないようだ。なお『女帝』の名はその若い時分にヤーシャ族の一員として帝国相手にブイブイ言わせていた頃に呼ばれていた異名だそうで、相当な歴史のある異名なのだそうな。クラン名に故郷の地名を冠するあたり、アウグスタ様は決して故郷が嫌になったから出奔したのではなく、きっと複雑な事情とかがあったのだろうと私の妄想が捗るところだ。
『赤原同盟』が今のような巨大クランに成長したのは実は最近の話で、ほんの十年程前までは二十人程度の人数で細々とやっているだけの小クランだった――と聞けば当時を知らない大抵の人は想像がつかなくて驚くだろう。かくいう私も勿論その一人で、というか未だに若干信じきれないところではあるのだが、当時から所属している所謂古参のメンバーの語るところでもあるので事実なのだろう。
それが変わったきっかけが何だったのかと言うと、どうやらアウグスタ様の娘夫婦の死、であったらしい。
アウグスタ様の娘夫婦もまた討伐者として、かつては『赤原同盟』に所属して活動していたらしいが、十年程前に魔物の手に掛かって落命しているのだ。それ自体は討伐者の常である。悲しいことだが、珍しいことではない。
ただ、どうもその経緯にキナ臭いものがあるというか、なにやら陰謀の気配が漂うような顛末であった。というのは正式な記録に残っているわけではないし、そもそも私には知る由もないことなので、これは私が集められる限りの情報からの勝手な推測なのだが、つまり現在の『女性のためのクラン』としての『赤原同盟』が誕生したきっかけがアウグスタ様の娘夫婦の死であるということは、その死にこそ、アウグスタ様に『女性討伐者の地位向上』を志向させるに足る経緯があったということだ。
例えば、そう。女性討伐者の躍進を快く思わない男性討伐者の陰謀で、とか。
まあ、これも私の妄想なのだが。
アウグスタ様の実子は娘様が一人だけで、その方は上述の通り既に亡くなっている。ではアウグスタ様の伴侶は誰なのかと言うと、これが明らかにされていない。クランの古参とか、知っている人は知っているのだろうが。巷では専ら、夫君は既に死別しているとか、あるいは一夜の恋人だったとか、果てには帝国人との禁断の関係だったとか、まあ好き勝手に言われている。
アウグスタ様はその噂に対して是とも非とも仰らないようなので、おそらく謎のままにしておくつもりなのだろう。
次に、アウグスタ様の孫であるフレデリカ・メルクーシン様の話をしようと思う。
アウグスタ様の娘様と、他所から迎えた婿の間に生まれたのが彼女で、フレデリカ様もまた兄弟姉妹は居られない身だ。アウグスタ様の娘様はアウグスタ様に瓜二つの容姿であったとよく言われているのだが、つまりはクランのパーソナルカラーでもある朱色の頭髪と、同色の瞳を有する類稀な美女であったということだ。その伴侶である婿殿は金髪碧眼の伊達男であったと言われるので、両親の資質をよく受け継いだフレデリカ様は、朱と金が交わった黄昏色の頭髪に、抜けるような碧眼を有するこれまた類稀な美女なのである。
年齢は今年で十九歳になられる。比較のために私の年齢を(誰も興味ないだろうが)添えておくと、私は今年で十七歳になる。ついでに私の面倒を見てくれているストレガさんは今年で十八歳だ。
齢十九歳にして既に女傑としての威厳の片鱗を見せ始めていると評判のフレデリカ様は、その実、私とたった二歳しか違わないということだ。
ちょっと話は逸れるけれど、ついでだから『赤原同盟』というクランに特有の制度についても説明しておこうと思う。
その名も姉妹制度、である。
制度の中身は単純明快で、クランの先輩が新人の面倒を見るというものだ。クランに新しく加わった討伐者には、面倒を見てくれる先輩が必ず一人つけられる。新人が『妹』で、先輩が『姉』というわけだ。姉妹さながらに二人一組で行動するのがルールなのである。私で言えば、ストレガさんがお姉さんということになる。これは新人が私のようなペーペーでなくて、他所から移籍してきた中堅討伐者とかだったりしても、例外なく適用される制度なので、その場合はクランのベテランが姉役に抜擢されることもあるのだ。
『赤原同盟』は構成員が女性しか居ないので姉妹の名を冠しているだけで、制度の中身のみならば似たようなものを実施しているクランは珍しくないだろう。だけどこの姉妹制度の特有なところとは、クラン内での人物評価に寄与する比重がとんでもなく重たいということだ。大袈裟でもなんでもなく、この姉妹制度を通して姉役を全うしたことのない人物は、クラン内で決して一人前とは認められない。先の例のようにベテランが都合により姉役に抜擢される場合は事情が異なるが、それでも一度姉役を拝命したからには途中で投げ出すことは決して許されないのだ。
つまり、今こうしてストレガさんの妹をやっている私も、いつかは誰かの姉になる日が来るし、それを全うするまでは永遠に半人前のままなのである。なお、どうすれば役目を全うしたと見做されるのかと言うと、それは妹役の新人が姉役を務められるくらいに成長したら、である。
要するに、私という極めて間抜けでどんくさい妹を宛がわれてしまったが故に、ストレガさんはいつまで経っても一人前になれず、私はそれが申し訳なくて仕方がないのであった。
最後ちょっと愚痴が混じったけど、なんで私がこんな今更なことを反芻しているのかというと、まあ一種の現実逃避というか、過去の記憶や自身の知識を総動員して現状に対する解を見付けようとしているというか、ええいつまりどういうことかというと、
「――うん。この辺で少し休憩にしようね」
と笑顔で仰るフレデリカ様のパーティーに、何故か配属されてしまったからである。
現在、黒い森です。
フレデリカ様の他に三人のベテランと、何故か私とストレガさんという謎パーティーで活動しています。いつも私をどつきまわしてガンガン引っ張っていくストレガさんも、流石に萎縮して大人しい様子である。リーダーのフレデリカ様の号令でパーティーは小休止に入り、ベテランの内の二人が周辺警戒を買って出てくれたので、残りの四人は身体を休めるのが仕事だ。
笑顔のフレデリカ様に話し掛けられておっかなびっくり応じているストレガさんを尻目に、私は出来るだけ彼女等の視線から逃れられそうな隅っこにいって、座れそうな場所を探す。
丁度良さげな大木を見付けたので、地面にぼこぼこ飛び出した根っこを跨いで近付き、大きく張り出した太い根っこの一部に腰を下ろす。以前に魔物が火でも噴いていったのか、大木は所々が炭化して崩れそうだったが、比較的無事な部分を見付けることが出来てよかった。
「はぁ」
息を吐く。心労である。
一体全体、何がどうなってこうなったのか、誰か教えて欲しい。
こうしてパーティーに誘われるまで、私はおろかストレガさんだってフレデリカ様とは話したこともなかったのだ。勿論接点なんてないし、パーティーに誘われる理由もわからなければ、ストレガさんはともかくとして私など実力不足も良いところである。というかそれを言えばそもそも、私達は姉妹制度を完了していないので半人前の扱いでしかなく、それがどうしてクランの最前線を走っているフレデリカ様のパーティーに配属されるのだ。
どこでどういう力学が働いたのか。わからない。あたまいたい。おなかいたいかえりたい。
考えてもわからないことを考えてもしょうがないし、そうして気もそぞろになって大ポカをやらかすのが私というグズなので、今はせめて仲間の脚を引っ張らないように回復に努めることにする。当たり前に最も実力で劣っている私なので、ここまでの道中も追従するのでやっとだった。ここでちゃんと休んでおかないと、帰り道で力尽きかねない。
大木の根っこに座って、膝に頬杖をついてぼんやりと、ストレガさんと話しているフレデリカ様の姿を目で追う。
フレデリカ様の黄昏色の頭髪は腰まで届くロングヘアーで、癖が無くて真っすぐにさらさらと流れて見える。苛烈な女帝とは正反対と言われる柔和そうな面立ちはどちらかというと性格が表情に現れているだけで、表情を引き締めるとハッとするくらいにアウグスタ様に似ているのだと、私はこの道中で初めて知った。
彼女はその装いも普通の討伐者とは一線を画していて、まるで学府の制服のようなブレザーとプリーツスカート姿がトレードマークなのだ。黒い森の夜闇の中では純白に輝いて見えるブレザーは、明るいところで見ると実際はベージュ色だった。チェック柄のプリーツスカートは大胆不敵なミニスカートで、ガーターベルトで吊ったレザーのサイハイブーツは所々に装甲となる装飾が配された戦闘仕様である。長袖のブレザーも、革製のサイハイブーツも、この森で着用するには些か通気性に難があるように思えてならないが、フレデリカ様が汗一つかいていないのは彼女の実力が高いから余裕があるだけではなくて、十中八九魔法的な温度調節を装備に施しているのだろう。祖母であるアウグスタ様も暑そうな毛皮のマントを羽織って涼しい顔しているので、そんなところまで祖母譲りなのかもしれない。
心労とは違う溜息が出るのは、こうして遠目で眺めていてもはっきりとわかる光り輝くほどの美貌ゆえである。
ストレガさんのチャームポイントであるおでこよりも輝いて見える。
やっぱり美形の血筋なのだろうか。アウグスタ様もすごくお顔が整っているし、亡くなった娘様も大層な美女だったと言うし。
いや、決して顔立ちだけではないのだ。なんというか、存在そのものが凛としているとでも言えばいいのか。芯が通っているのが傍目にもわかるというか、立ち居振る舞いがその美しさに拍車をかけているとでも言うのか、とにもかくにも、
「綺麗な人だな……」
「えー、ありがとう?」
「へ?」
ぱちくり、と瞬きする私の前には、いつの間にやらフレデリカ様が立っている。
どうやら私がぼんやりと眺めているうちにストレガさんとの会話を終えて、今度はこちらに向かって来てくれたようだ。抜けた私は脳ミソまで休憩モードでぼんやりしていたので、まさかの接近に気付かない始末。見てたのに。
私が絶句している様子に何を思ったのか、フレデリカ様は眉尻を下げた困り顔になる。
「あれー。もしかして私のことじゃなかったかな。やだー、もしかして私あの、自意識過剰かなー?」
「あ、いえすいません合ってます。フレデリカ様が綺麗だと思ったんです、その、すいません」
私が慌てて説明して頭を下げると、彼女はホッとしたような、同時に気恥ずかしそうなはにかみ顔になる。
「謝らないでいいよー。それにその、様っていうのもやめようー?」
「ええ、じゃあ、なんて呼べば……?」
「普通に、名前でー、呼び捨てでもいいかも」
む、無理です無理です!と内心で絶叫する私はショックがデカすぎて声が出ていない。
お名前を呼ぶどころかこうして会話させてもらえるだけでも畏れ多いのに、調子こいて呼び捨てになどしようものなら、私のノミの心臓が過負荷で止まって爆ぜる自信がある。
「じゃあ、あの、その……フレデリカさん、で」
「うん。いいね」
「ふへへ……」
「うん。その笑い方も、かわいいねー」
なんだこの人、天使か?
ストレガさんに『きっしょい』と評され、あのミアベルちゃんですら『卑屈っぽい』と評するこの私の愛想笑いを可愛いなどと言ってのけたのはフレデリカ様もといフレデリカさんが人生で初めてである。最初で最後かもしれない。
感動で打ち震える私の姿を微笑まし気に見ながら(この辺が天使)、少し離れた場所で脚を止めていたフレデリカさんは歩みを再開して私の傍に来ようとする。
……ところで、こうして彼女のパーティーに入れてもらって活動を共にして、短い時間に私は多くの新しいことを知った。
フレデリカさんは伝え聞く噂から想像するよりもずっと素敵で親しみやすい人だったし、彼女のパーティーメンバーもベテラン揃いなのに私達を見下したりせず気さくに接してくれる良い人ばかりだ。
で、そんな新しいことの中に一つ、とっても印象的なことがあって。
「シトロン、もしよければ私ともう少しおはなし――」
笑顔で言いながら歩くフレデリカさんの足元には、地面からぬっと飛び出た木の根っこ。
私が今腰掛けている大木の、たぶん爪先くらいの根っこだと思う。地面から飛び出した一部が大袈裟な輪っかを作っていて、とても存在を主張している。どうあがいても視界に入るし、流石にこれに気付かない猛者はそうそう居ない。ドジに定評のある私ですら、先程ちゃんと跨いで避けたのだから。
そんな、ある意味ツッコミ待ちくらいの勢いで自己主張の激しい根っこに。
フレデリカさんは当たり前のように、全力で脚を引っ掛けてつまづいた。
「ふわああ!?」
ちょっと間の抜けたような悲鳴は私ではなくフレデリカさんの口から出たものだ。
芸術的なまでに綺麗にこけたフレデリカさんを半ば予想していた私は、咄嗟に立ち上がって彼女の身体を正面から受け止める。
「むきゅっ」
「おぅふっ」
呼気一つ取っても、可愛いのがフレデリカさん。キモいのが私。当たり前だよなぁ。
すっぽりと収まるみたいに私の胸に埋まったフレデリカさんの、特に頭髪から香るいい匂いに私は圧倒される。どんなシャンプー使ったらこんなフローラルになるのか皆目見当もつかないっていうか、黒い森でそれなりに活動しているのに全く以て汗臭くないのが最早私とは別次元の生物である気しかしない。
それはともかく、私の無駄に実った乳略して無駄乳のおかげでフレデリカさんを安全に受け止めることが出来て良かった。普段は男性からの嫌な視線を集めることにしか役立たない無駄乳だが、今日だけはその汚名を返上してもいいと思う。
「あちゃー。失敗失敗。ごめんねー」
「いえその大丈夫ですか?あの、脚とか」
「へいきー。ていうかシトロン、胸おっきいねー。すごいなー」
「へ、ふへへ……」
フレデリカさんに褒められた。
やったね無駄乳よくやった。
実ったのは無駄じゃなかった乳である。この乳はフレデリカさんを受け止めるためにあったのだ。
感動に打ち震える(二回目)私の腕から恥ずかしそうに身を離したフレデリカさんは、仕切り直しとばかりに居住まいを正して、私が先程まで腰掛けていた木の根っこに座ろうとした。
たぶん座って私と話すために率先してくれたのだと思うが、私の隣っていうのはつまり、私が先程敢えて避けた炭化した部分であって、
「あ、そこ炭――」
「え?」
どんくさい私の注意喚起が間に合うわけもなく、フレデリカさんは笑顔で腰を下ろし、
「ふわああ!?」
そしてボロリと崩れて出来た木のうろに、芸術的なまでに美しくお尻から嵌った。
お尻からというか、お尻だけ嵌った。
私の駄肉と違って無駄がない美しいお尻がすとんと落ちて、炭化した木片がぶわりと巻き上がる。丁度フレデリカさんのお尻一つ分の部分が綺麗に崩れてしまったせいで、すっぽりジャストで嵌ってしまった彼女は浮いた手足をバタバタさせるも余計に嵌りこむだけであった。
「た、たた、たすけてシトロンー」
「つ、掴まってください引っ張ります!んしょっ、よいしょっ!」
「あたた、いたいいたいっ」
「ああっ!?ごめんなさいごめんなさいぃ!」
「いやこっちこそごめんねなんかほんと!こんなはずじゃなかったのになぁー!へんだなー?」
などとわちゃわちゃやってると、流石に異常に気付いた様子のストレガさん達がやってくる。
「ちょ、シトロンアンタなにしとんねん!?」
「ストレガさん助けてください!ふ、フレデリカさんが抜けません!」
「お尻がね?お尻がつっかえてるんだよー」
「え、いや、え?なにこの、え?」
混乱が極まって私とフレデリカさんの間で視線を往復させるストレガさんの後ろでは、パーティーメンバーのナタリーさんが、疲れたような顔で「またやってるよ……」とぼやいていた。
そうなのだ。また、なのである。
私が知った新しいこと。それは、
フレデリカさんは、とってもドジだということである。
……私に言われるって相当ですよ。




