352話_side_Rex_ちょっと前_黒い森
~"主人公の幼馴染"レックス~
隊列を組んで森の中を進んでいると、遠くのほうで地響きのような音が聞こえた。一度や二度ではなく、先程から断続的に続くそれは、数えて十を超えようかというほどだ。今日まで活動していて一度も遭遇したことのない事態に俺とノエルさんは落ち着かないように警戒心を強めるが、ロイド氏を始めとしたパーティーメンバーはそれほど気にした素振りを見せていない。
隊列の最後尾を歩いていた俺は、前を歩くロイド氏に訊いてみる。
「この音は一体?噴火かなにかですか?」
俺の問いを受けたロイド氏は、音が響いてくる方角に一瞥を向けてから「いや」と呟く。
「この方角に何があるか知っているか?」
逆に問われて、俺は素直に「いえ」と答える。この方角、と言われても土地勘のない俺には、実のところ現在自分がどちらを向いているのかもわかっていないのだ。
ロイド氏は他のパーティーメンバーに周辺警戒を任せて俺達の疑問に答えてくれるつもりらしい。俺に続いて同じように問い掛けられたノエルさんも首を傾げているが、あてずっぽうでもとりあえず答えてみようと思い立ったのか、彼女は自信なさそうに口を開く。
「もしかして『竜の巣』ですか……?」
「正解だ」
「あ。あってた」
ここの黒い森は国内最大規模というだけあって、森の中の名所もそれなりに多いらしい。その内の一つがノエルさんの言った『竜の巣』だ。
黒い森が丸々内包した山岳地帯のまさに中心部。ギルド支部のメインロビーからすると北東側に位置する山稜を一つ越えた先に、山間の窪地が存在するのだが、その一帯を指してそう呼ぶ。
ロイド氏は白衣のローブで額の汗を拭いながら、ブツブツと呟くように説明をする。
「あの地域が竜の巣などと呼ばれているのは、そこを根城にしている魔物種が『サラマンデル種』だからだな」
「この森で最も強力な魔物種ですね」
俺が相槌を打つと、ロイド氏は頷く。ブラッドフォードの黒い森に出現する魔物種で最も強力な種である『サラマンデル種』は、特徴を端的に言うならば巨大な赤トカゲである。どれくらい巨大かというと、個体差にもよるが最低でも家よりは背が高い。全高でそれなので、トカゲの骨格を思い出してもらえば全長はその比ではないとわかるだろう。当然、人間などは一呑みである。
念のため言っておくと、大型種ではなく眷属の小型種でそのサイズだ。大きさだけの見掛け倒しなどではなく、ほぼ全身が筋肉であるが故の強大な馬力に、溶岩を浴びても平気な程の強靭な鱗に全身を覆われ、口からはその溶岩をすら上回る超高温の火焔を吐くという。物理的にそれだけで尋常ではない脅威なのに、その上で強力な炎属性魔法を使ってくるというのだから笑えない。
「とまあ厄介な点しかない強力な魔物なわけだが、弱点がないわけではない。奴等は高温環境に順応し過ぎているせいで温度変化に極端に弱い」
「冷やせば弱る、と?」
「理論上はな。問題は奴等が常時展開している常駐魔法によって、奴等の周辺温度は常に奴等にとっての適温に保たれてしまうということだが。言うなれば『地隆操作』の炎属性版、『熱域操作』だな」
例えばフォート種のような巨体の魔物種にはしばしば、周囲の環境を自身に適応させる魔法を纏っているものが居る。サラマンデル種が常時展開している魔法もその類で、つまり高温環境でしか生きられないならば、自分が居る場所を高温環境にしてしまおうという暴論であった。その常駐魔法の存在もサラマンデル種という魔物の厄介さを引き上げるのに一役買っているのは言うまでもない。
「だがまあ、サラマンデル種は基本的に怠惰だ。常駐魔法で気持ちの良い寝床を作り出したらほぼ出てこない。故に複数のサラマンデル種の魔法によって相乗効果で気温がとんでもないことになっている竜の巣こそが奴等にとって最高の寝床であり、俺達にとっては近付かないに越したことはない危険地帯というわけだな」
そういう生態なので、サラマンデル種の討伐依頼はなんと堂々の『Bランク』である。討伐者のレベルに換算すると『レベル4』となる。討伐者のパーティーとしてのランクはメンバー各人のレベルのアベレージとなるので、Bランクの依頼を受けるためには最低でもパーティー全員がレベル4以上か、そうでなければ実在しているのかすらよくわからない『レベル5』を動員するしかない。つまり、この支部で言うならばシリウス氏や女帝レベルの実力者がパーティーを組んでようやく適性ランクということだ。サラマンデル種が単体であれば、実はそこまでの脅威ではない。だがロイド氏が説明してくれたようにサラマンデル種は基本的に竜の巣から出てこない。となると討伐しようと思ったらこちらから乗り込んでいく必要があるということになる。
竜の巣内部は溶岩風呂(比喩に非ず)のような、過酷という言葉すら生温い環境であるとされ、しかも巣という言葉に違わず、そこには複数体のサラマンデル種が屯しているのだ。その中に乗り込んで行って討伐するというのは、殆ど前人未到の領域であると言えよう。
「稀に巣から出てくる『はぐれサラマンデル』が居てな。出会えればラッキーだ。無論、単体でも凄まじく危険だが、倒せない相手ではないからな」
「市場に出回っているサラマンデル種のスケマティックは、はぐれから得られたものが多いんですか?」
「まあ、そうだろう。少なくとも俺達がここで活動を開始してからは、一度たりともサラマンデル種の討伐依頼が受注されたことはなかったはずだ。はぐれの討伐報告であれば数えるほどはあった気がするが」
ちなみに、仮にサラマンデル種を討伐してそのスケマティックを得ることが出来れば、今俺やミアベルが貸し与えられているマギアドライブをもう一機製造出来るのだとロイド氏は言う。逆に言えばこのマギアドライブの中核に使用されている希少なスケマティックというのは、そのレベルの代物だということだ。
希少さに恥じないだけの性能を有しているのは、ここ最近常に実感していることであるが。
サラマンデル種トークで盛り上がる俺とロイド氏に、ノエルさんが控えめに口を挟む。
「あの~、それで結局この地響きの正体は……?」
「あ。ああ、すまん話が逸れた」
そうこう言っている間にもまた一度。ズズンと遠くから音が響く。
「おそらくだが、竜の巣でサラマンデル種同士が小競り合いをしているんだろう」
「小競り合い、ですか?」
「大抵は縄張り争いのようなものだと言われている。奴等は寝床がなにより大事な生態だからな。それを賭けて相争うわけだ。魔物は魔物同士でも攻撃し捕食する性質を有するが、それは同種には適用されない。つまりただの喧嘩だ」
「そのただの喧嘩の音が、ここまで響いてくるんですか」
ノエルさんは驚いたように目を瞠っているが、俺も同感だ。
山一つ挟んでいると言っても良いくらいの距離があるのにこれとは、殆ど災害みたいな規模感なんだなと恐ろしいやら呆れるやらだ。そんな俺達の反応を楽しむように、ロイド氏はにやりと口元を歪めてみせる。
「悪いことではないぞ。何故なら小競り合いに負けて寝床を奪われたサラマンデル種は、はぐれになる可能性がある。競争に負けて傷付いた弱い個体が、わざわざ狩られるために巣を出てきてくれるというわけだ」
「はぁ……ということは、この地響きは討伐者にとっては歓迎すべき事態ですか」
もしかするとギルドロビー中央のターミナルには今頃『はぐれ注意報』とかが出ているのかもしれない。そんなのがあるのかは知らないが。
俺個人としては流石に出会いたくないのだが、どうやらロイド氏も言葉とは裏腹に俺と同意見らしく、
「それは人によるとしか言えんな。シリウスなどは今頃ウッキウキだろうが、俺は御免被るぞ。命がいくつあっても足りん」
「いやぁ、いくらシリウスさんでもミアベル達連れてサラマンデル種に突撃はしないと思いますけど……」
そう言うノエルさんがそこはかとなく自信なさげなのは、わりと普通にシリウス氏ならばやりかねない気がするからだろう。流石に学生を戦わせはしないだろうが、ミアベル達を逃がしておいて自身は突撃、なんていかにもやりそうだ。
尤も、ミアベルならば一緒に突撃してもなんだかんだ生き残りそうではある。主人公補正的な意味で。
ミアベルはともかくミリティアさんが非常に心配なので、どうかシリウス氏の嗅覚がはぐれサラマンデルを引き当てないことを祈るばかりだ。というかむしろミアベルの主人公補正を心配するべきだろうか。イベント吸引率的な意味で。
「脅かすようなことを言ったが、まあ実際はぐれなんて滅多に出てこないから安心して良いぞ」
行くぞ、と促して歩みを再開するロイド氏の後に続こうとすると、一応みたいな雰囲気でロイド氏が口を開く。
「ちなみに、もし遭遇してしまったらとりあえず耐熱バフだ」
それがないと話にならない、とロイド氏が一瞥したのはノエルさんである。
水属性の補助型魔法使いであるノエルさんの、まさに得意とするところであった。
責任の重大さにノエルさんは緊張した面持ちで頷く。
「わかりました」
「あくまでも遭遇すれば、の話だから、頭の片隅に覚えておけば良いぞ。歌劇や小説じゃああるまいし、そうそう劇的なことは起こりはしない」
無用に緊張させてしまった、とノエルさんを気遣って慣れないことを言うロイド氏を横目に見ながら、俺はなんとも言えない気分だった。
レガリアマイスターのミリティアさん曰く、この世界は歌劇であり小説であり、更には漫画でありアニメであり映画なんだよなぁ。っていう。
……あんまり不穏なことを言うのは自重して欲しい限りである。




