30話_side_Mil_貴族学生寮_ミリティア私室
~"もう一人の転生者"ミリティア~
「では第一回、レクティア会議を開催します」
私が厳かに告げると、向かいのソファに座ったレックスは微妙な顔になった。
なによその顔。私のネーミングセンスに文句でもあるのかしら?
現在はとある平日の夜。場所は学生寮の私の部屋である。私の実家であるハートアート伯爵家は一応それなりのお家柄なので、寮のグレードもまあそれなりにハイレベルである。
少なくとも、きょろきょろと物珍し気にしているレックスのそれよりは、余程良い部屋であることは確かだ。
「そんなに珍しい?」
「ん?ああいや、すまん。男子寮とはだいぶ違うのでな」
「そりゃあ、そうでしょうよ」
男子寮の内観は漫画に出てきたから知っているけど、ざっくり言えば男子寮は質実剛健、女子寮は絢爛豪華。そんな感じ。
「今更なのだが、俺はここに居ても良いのだろうか?」
「誰にも聞かれずに話ができる場所なんて、私室くらいしか無いでしょ」
あるいは、個室のサロンを借りるという手もあるが、それは単純にお金が掛かるのでナシだ。別にお金がないわけではないけど、私室で事足りるなら無駄な出費をする意味もないし。
人目を憚る理由とは言うまでもなく、前世の話をするためである。
なお、女子寮は建前上は男子禁制であるが、まあ気になる男の子の一人や二人連れ込むのなんて誰でもやっていることなので、学生寮の管理統括役である寮母にさえバレなければ大丈夫。その寮母も、余程羽目を外さない限りは見て見ぬふりをしてくれる空気の読める女性だし。
「それはそうなんだが、これって、端から見たら逢引きなのでは……?」
「端から見たらもなにも、そのものでしょ」
一応レックスをこの部屋に招くに当たっては細心の注意を払ったが、どこで誰が見ていたかなどわかったものではない。
だが、見られたらそれはそれだ。
噂にするならすればいい。言いたい奴には言わせておけば良いのだ。
別に、お互いに独り身で婚約者も居ないのだから、誤解されて困ることもない。
ちなみに、私が実家から連れてきたメイドは使用人寮に戻っている。去り際に「あとは若いお二人で!」みたいなテンプレ台詞を残していったので、既に弁解不能なレベルで誤解されている気はする。
「そんなことより、目的を果たしましょう。時間は有限なのよ」
「それもそうだな」
姿勢を正したレックスに、私はこの世界の原作である『夜明けのレガリア』のストーリーを大筋で説明する。
途中、紅茶で喉を潤しながら、たっぷり小一時間は語ったと思う。
原作の最後までを語り終えると、レックスは長く息を吐いた。
「なるほどなぁ……」
私も、知らず強張っていた身体を解すために小さく伸びをした。
「あのミアベルが主人公で、魔王と戦う勇者か」
「信じられないかもしれないけど、事実よ」
私が言うと、レックスは肩を竦めた。
話の内容が信じられない、というよりは、彼自身が知るミアベルという少女の人物像と合致しないのが違和感なのだろう。
「話を聞いたうえで、貴方のスタンスを知りたいの」
原作通りに進めたいと言うならばよし。関わりたくないと言うならばそれもまたよし。
レックスの人生はレックスのものだから、私が何かを強制できる道理はない。
彼がどういう選択をしても尊重するつもりだけど、知ってはおきたいのだ。
「確か、原作のレックスはミアベルとともに戦ったと言ったな?」
「ええ、でも別に、」
貴方がそれに倣う必要はない、と言おうとした私を遮って、レックスは気負わずに言った。
「なら俺も、微力ながら頑張るさ」
「……何故?」
「なにが?」
私は彼のその選択が不思議だったのだが、彼は理由を問われた事こそを不思議そうにしている。
だって、
「原作のレックスがミアベルを助けた原動力は、彼女への恋心だと思うわ」
「ああ。かもしれんな」
「貴方は違うのでしょう?」
彼は、今でも前世の妻を愛していると言った。
ならば、むしろ何故奥さん以外の女のために戦おうと言うのだろうか。
私の疑問が理解できたのか、レックスは得心がいったような表情になり、それから柔らかな笑みを見せた。
「ミアベルがどう思っているかは知らんが、俺にとっては、あの子はもう一人の娘みたいなものだ」
「あ……」
今更に気付く。ミアベルとレックスは幼馴染という先入観のせいで全然思い至らなかったけど、考えてみれば、彼にとってミアベルは自分の娘よりも年下の女の子でしかないのだ。
となれば、彼らが幼馴染として過ごした時間も、レックスの心境的には娘の成長を見守っていたようなものだったのかもしれない。
だからこそ、この学院でミアベルと再会した時も彼女の健やかな成長を喜ぶだけだったし、彼女が困難に挑むのであれば助けになろうと思うのだろう。
「というか、ミリティアさん」
「なに?」
「そこまで先がわかっているのであれば、そもそも魔王の復活を阻止すればよいのでは?」
レックスの至極当然の疑問に、私も「そうかもね」と頷く。
私も、当然その選択肢は考えたが、考えた末、魔王の復活は原作通りに遂行されるべきだと考えたのだ。
「原作ではこのように語られたわ。『魔王の復活は必然であった。僅かに遅らせることは出来ても、必ずや魔王は復活する』と。要は魔王復活は自然の摂理なの。夜が訪れることを誰も妨げることが叶わぬように」
「遅らせることは可能なのか」
「ええ。だけど後日談でこうも言われてる。『魔王にとっての最大の不運は、復活したその場にミアベル・アトリーが居合わせたことである』」
実際には魔王復活のその瞬間にミアベルが居合わせたわけでなく、魔王が復活の場としたエンディミオン魔法学院に、その時まさにミアベルが在籍していたことが人類にとってこれ以上ないほどに幸運で、魔王にとっては最悪の誤算だったということだろう。
「つまり、どういうことだ?」
「原作で魔王がミアベルに負けたのはね、復活して間もない状態で、力が安定していなかったからなの。魔王と戦えるのは特別な資質を持つ者だけ。それがミアベルで」
「なるほど。勇者ミアベルが寝起きの魔王を全力全開でぶん殴ったから、辛うじて勝てたということだな」
「そう、漫画ならではのご都合主義で、奇跡みたいな幸運が重なった結果よ」
もちろん、ミアベル一人の功績ではなく、レックスを始めとした仲間達の活躍もあってこそだ。
もしミアベルが魔王を早期に倒していなければ、完全復活した魔王は再び魔物を統率して人類に牙を剥くだろう。となれば、三百年前の暗黒時代に逆戻りである。
「だから、魔王の復活は早くても遅くてもダメ。原作通りに来年であるのが望ましい。最悪、ミアベルが在学中の一年間くらいは遅らせられるかもだけどね」
「下手に魔王の復活を妨害して、ミアベルが学院を去った後に復活でもされればゲームオーバーまっしぐらということか」
「私はそう思ってる」
あるいは、エンディミオン魔法学院には大学部があるので、本来ミアベルは進学しないはずの大学部に彼女が進むように誘導すれば、猶予期間は伸ばせる可能性がある。だけどそれにしたって、原作のミアベルの勝利は複雑な要因が重なり合って導き出された、奇跡のような勝利だ。どれか一つの歯車でも欠ければ展開が変わってしまうかもしれないと考えると、やはり下手に遅らせることもなく原作をなぞるべきだと思う。
前世の私にとってはただの漫画の中の出来事だったけど、今の私にとっては世界の命運をかけた重大事項だ。
そこには、私だけでなく友達のミアベルやノエルの、ひいてはこの世界の全ての人々の命が掛かっている。
「ねえ」
「うん?」
「私、これでいいのかな?」
魔王の復活なんていう重大なことを、私一人の判断で対応を決めていいはずがない。
もっと多くの、できるだけ多くの人々に知らせるべきなんじゃないだろうか。
そんなことを、これまで何度も考えて、何度も握り潰してきた。
この世界の人々は魔王の再来を恐れるあまり、その存在そのものをタブー視しているところがある。それはきっと人という種の摂理なのだろう。噂をして、影が差すことを極端に恐れる。
魔王が復活するなどと吹聴して回れば、世を乱す異端者として瞬く間に排除されることだろう。
「前世の記憶を持っている俺とミリティアさん以外は誰も信じやしないよ。与太話と一笑にふされるのがオチだ。大抵の人は、自らの信じたいものしか信じないようにできているんだ」
「でも……」
「この件で貴女の判断を責められる人物が居るとすれば、それは貴女自身と、話を聞かされた俺だけだ」
不安になる私を、レックスは諭すような穏やかな笑みで見詰めた。
「そして俺は貴女を尊敬する。自分にできる中で、最善の手を模索する貴女を。少なくとも、教えてもらわなければ何一つ知りもしなかった俺などより、百倍は立派だ」
「私は、たまたま原作が好きで、色々知っていただけなのに」
「ならば、そんな貴女が今ここに居ることに意味があるのだと俺は思うぞ。原作で魔王の復活にミアベルが居合わせたように、だ」
私がここに居る意味。
レックスに言われて、初めてその言葉が私の中に降ってきた。
もともとは、ただの他人事だったのだ。
大好きな漫画の世界に転生したから、大好きな主人公とお近づきになって、目一杯楽しみたいとか、そんなことくらいしか考えてなかった。原作通りに進めば魔王が復活して、原作通りにミアベルが倒すんだろう、くらいにしか。
でも、違うのだ。
私や目の前の彼がここに居る時点でもう原作通りじゃないのだ。
原作通りにミアベルが魔王に勝てるかなんて、どこの誰にも保障なんてできやしないのだ。
なにより、ミアベルはもう、漫画の登場人物などでなく、私の大事な友達なのだ。
「ああ。そっか……」
だったら、私がこうして転生したことに意味があるとしたら。
私は、ミアベルを勝たせるためにここに居るのだ。
原作通りにさせるため、ではなく。
大事な友達を助けるために、私はミリティア・リリア・ハートアートになったのだ。
「ありがとうレックス。少しスッキリしたわ」
「役に立ったのなら良かった」
彼にとってはいきなり聞かされる話ばかりで、私よりも余程混乱していてもおかしくないのに、レックスは穏やかな雰囲気を崩さない。
やっぱり、同じ前世の記憶持ちでも私と彼では経験値が全然違うのだと嫌でも悟らさせられる。
そりゃあ、病院暮らしで世間知らずのガキと、おそらく社会人で妻子持ちで一家の大黒柱だった大人とでは比べるべくもないだろうが。
一つ確かなのは、こうして彼が同じ立場で居てくれたことは、私にとって紛れもない幸運であると言うことだ。
「あーあ!ほんと勿体ない!」
「急にどうした」
「貴方のことよ。せめて変態じゃなければなぁ」
彼が今でも前世の奥さんを想っていると聞いてさえ居なければ、普通に好きになってただろう。
ただでさえ、前世の私の推しキャラだったレックスは、ビジュアル的にはストライクゾーンど真ん中なのだし。
尤も、彼からすれば娘と想っているミアベルの友達である私に言い寄られたところで困ってしまうだけだろう。だからこそ、色々な意味で、勿体ないなぁ。
「誰が変態だ。俺は――」
「外見年齢12歳以下の令嬢にしか興味のない紳士でしょ。知ってる」
「わかってるじゃないか」
「生憎と、世間ではそれを変態と言うのよ」
「遺憾の意を表明せざるを得ない……!」
私が指摘すると、レックスは沈痛な面持ちで俯いた。
わざとらしいくらいに悲壮感の漂うその顔が面白くて、私は声を上げて笑った。
「あ、それと貴方のその変態宣言だけど」
「いや、だから」
「ああごめん、紳士宣言ね」
紳士という名の変態だろうが、変態という名の紳士だろうがクマの顔をしたキチガイだろうがなんでもいいが。
「それ、端から聞くとプリムローズへの求愛にしか聞こえないから」
「プリムローズ、と言うと先の話にも出てきたアシュタルテ侯爵令嬢だな」
「そう。貴方の大好きな外見年齢10歳、実年齢15歳の令嬢よ」
気を付けなさいよね、と言いつつ、ふと疑問に思う。
「貴方って娘さんと一緒にレガリアのアニメ見てたのよね?」
「たまにな」
「なのにミアベルとか、プリムローズとか、知らなかったの?」
「と言っても、本当にたまたま暇だった時に娘と時間が合えば、という程度だから飛び飛びに数話見ただけなんだ。言われてみれば、確かに主人公はミアベルのような感じだった気もしないでもないが」
「あらそう」
ちなみにどの辺の話を見たの?と訊いてみたのは原作ファンの習性というか、つまるところ他人と『レガリアトーク』をしたかっただけなのだけど。
レックスは記憶を辿るように眉間にしわを寄せて「うーん」と悩み、やがて絞り出すように言った。
「正直殆ど覚えていないが……、ああ、あれはわりとショッキングなシーンだったから覚えているな」
「あれって?」
「ほら、確か、先輩キャラ?みたいな人が死んでしまうシーンがあったろう」
一応は少年少女向けの漫画であったから、表現はだいぶマイルドだけど、原作では普通に人死にがでる。そりゃあ、魔物と命がけの戦いを繰り広げている世界観なのだから、誰も死なないなんてわけにはいかないのだ。
んで、アニメ化された部分で、死ぬ描写があった先輩キャラと言えば――、
「ってああああああああっ!!?」
「うわびっくりした」
猛然と立ち上がって叫ぶ私にレックスが仰天しているが、それどころではない。
そうだ。その先輩が死んじゃうのはまだ暫く先のことだから意識から外していたけれど。
原作で『悲劇の姉妹』と呼ばれたキャラクター達がいる。
姉妹ともに魔物の手にかかって死亡し、しかもトラウマレベルの死にかたをしたからだ。勿論、凄惨な描写は漫画原作ではボカしていたし、アニメでは『暗転』だったけれど。スピンオフの小説版とかでは相当エグい描写だった覚えがある。
ベリエ男爵家の令嬢で、主人公の同級生である妹マルグリットと、二歳年上の姉ユーフォリア。
妹のマルグリットは原作に回想シーンでしか登場しない。
何故なら、主人公が姉のユーフォリアと出会った時には、マルグリットは既に死んでいたから。
後々、主人公に多大な影響を与えたユーフォリアの、その死の間接的な引き金となる、最初の悲劇。
マルグリットが魔物に殺されて帰らぬ人なったのは確か、ようやく学院生活に慣れてきた矢先、とだけ描写されていたはず。
――つまり、今だ。
2021/5 魔王復活の是非について追記。ミリティアが原作通りに拘る説明が不足気味な気がしたので。変態という名の紳士の実名をぼかす修正。




