3話_side_Ol_アシュタルテ侯爵邸
~"執事長"オーレンス~
私が長年お仕えしているアシュタルテ侯爵家と言う貴族は、憚りながら申し上げるならば『異端者』の一族だ。
歴代の当主も、それに連なる系譜も、皆様それぞれに何処かしら歪んだ部分がある。
それは時に人間性すら疑わせるほどのものもあるが、不思議なことに、ひどく歪んだ人物こそが優秀な傾向にあるのも確かなのだ。そうでなくとも、誰もが少なからず歪んだ一族は、誰もが少なからず優秀で、侯爵家そのものの風聞に目を瞑りさえすれば、領地経営は至って順調である。
アシュタルテ侯爵領は王国の最北端であり、以北は帝国の領土となっている。そして帝国とは潜在的な敵性国家であり、つまりはアシュタルテ侯爵領とは対帝国における国土防衛の最前線でもあるのだ。厳密には北方異民族の自治領などとも軒を接していたりするが。
それを考慮すればアシュタルテ侯爵領が表面上治安も良く、住み良い場所であるという事実ほど雄弁に、領主一族の優秀さを示す証左はあるまい。
ここでは住民に貧富の差こそあれど、貧しい者はそれなりに、それでも生きていける環境がある。
ただし。平穏に過ごしたければ、侯爵家の方々にだけは関わってはならない。
あの日、私はプリムローズお嬢様より呼び出しを受けた。
当時六歳だったお嬢様は、蝶よ花よと育てられた生粋の箱入り娘であった。
お嬢様の御世話は基本的にメイドの仕事であり、使用人を統括する立場である私との直接の接点は殆どないが、当然逐一報告は受けている。メイド達が幾重にも丁寧に包装して直截な表現をぼかした報告内容を総合すると、率直に評して『変な子供』であるとのことだ。
私は成程と思った。いつものアシュタルテだな、と。お嬢様の二人の兄君も、さらに言えば実父である旦那様も、それはもう変な子供であったのだから、これは最早伝統的な血筋の為せる業だろう。
お嬢様についての報告を読むと、基本的には物静かで利発なお子様らしいのだが、人一倍好奇心が強く、時折使用人の肝を冷やすような危険行動を平然と実行するし、理解不能なわがままを言うことも少なくない、と。それだけならば珍しくもない箱入りのご令嬢ではないかと言うところだが、はてさて、メイド達が口を揃えて奇妙と評するのは何故だろうか。彼女らも明確には表現できない違和感を覚えているに過ぎない様子だったが。
そんなプリムローズお嬢様からの呼び出しに、どんな無理難題を命じられることやら、と期待半分不安半分に顔を出した私は予想外の言葉を受ける。
「しようにんを、まびきます」
は、と一瞬呆ける羽目になった。
齢六歳の女児の口から、舌足らずな言葉で『間引く』と飛び出したのだ。
理解に時間を要した私を待つことなく、お嬢様は言葉を続ける。
「わがやには、むだなしようにんがおおすぎます。ごくつぶしはいらないの。むのうからじゅんにきえてもらいます」
淡々と紡がれる言葉のなんと淀みないことか!
目の前の幼女は片腕にクマのぬいぐるみを抱えた、そのものがお人形のような可憐な容貌の女児だというのに、その瞳には既にアシュタルテの血筋がなせる歪んだ風格の片鱗が覗いていた。
この侯爵家にメイドが矢鱈と多いのは、偏に長男様の女癖の悪さゆえである。
十代半ばにして既に浮名を流しつつある長男様は、見目の良い庶民の女性を見かけると、すぐに使用人として屋敷に連れ帰って囲う悪癖がある。大抵は少し『つまんで』飽きてしまうので、そういう輩は仕事も碌にしないくせにメイドとして屋敷に居座る、お嬢様風に表現すれば『ごく潰し』となるわけだ。
なにせ、名目は使用人として雇われているのだから、長男様に媚を売っておけばそれだけで給金が貰えるのだ。実際、世の中には正式にそういう職務に就くメイドも存在するが、一緒にしては流石に失礼か。私達としても長男様が連れ帰ったメイドである以上、彼の許可なく勝手に解雇する権限もなく、結局は旦那様が長男様の裁量に任せている限り、ごく潰しメイドの存在には目を瞑るしかない。
実際、それ自体はいいのだ。目を瞑ろうと思えばいくらでも無視出来る範疇だ。大人しく、長男様に媚を売るだけの存在に徹してくれるならば。
「そういえば、つい先日もまた一人、メイドが増えましたな」
思い出して、呟く。
確かクラリスと言う名の少女だったか。
プリムローズお嬢様の瞼が、ぴくりと微かに震えたように見えた。
「して、お嬢様。このワタクシめに無駄なメイドを間引けとお命じですかな?」
残念ながらそれは難しい。
この身は執事長と言えども中間管理職。最終的な人事権を握っているのは旦那様なのだから、私にできるのは精々が進言することくらいだ。そして旦那様は私の言葉に耳を貸してくださるだろうが、まあ行動に移すことはないだろうと予測している。
実際のところ、旦那様が長男様を好きにさせているのはごく潰しがいくら増えたところで侯爵家の財力をもってすれば痛くも痒くもないからだ。彼らの悪癖が存分に発揮されていて、つまるところ彼らはごく潰しのメイドの存在を『多少維持費が掛かる玩具』くらいにしか思っていないのである。
現実は違う。いくら彼らがモノ扱いしようとも、それらは主張もすれば欲求もある一個の人間である。長男様の愛人気取りのメイドが徒党を組んで幅を利かし始め、嫌気がさして職を辞すベテランも少なくない現状、この屋敷の使用人の質が劇的に悪化しつつある現状にも目を向けていただきたいものだ。
それを言ったところで、それをなんとかするのがお前の仕事だとにべもなく言われるだけだろうが。
私の確認に、しかしお嬢様は首をふるふると横に振った。
「そこまではもとめない」
「ではいかに?」
「あなたがふようとはんだんするものを、わたしのそばやくに、にんじなさい」
その言葉を聞いた瞬間、思わず口元が歪みそうになるのを堪える。
お嬢様の瑠璃色の瞳が、ひどく酷薄に、挑発的に細められた。
「できないとはいわせません。あなたはとうかつなのだから」
――お前は無能ではないのだから、そのくらいはできるでしょう?
と、言外の挑発が聞こえた気がした。
つまりは執事長として全使用人を統括する立場なのだから、当然誰が無能なのか把握しているはずだ、と。
その程度のことすら把握できていないのであれば、その時は私自身が統括役として無能の烙印を押されるのだ。
使用人の配置を決めるのは私の裁量なので、一存でお嬢様の傍役を命じることは可能だ。
「なるほど」
私は今度は堪えることなくニヤリと笑ってみせた。
お嬢様の意図はなんとなく読めるが、私にその片棒を担げということか。
「では早速、本日からでも始めましょうぞ」
そう言うと、お嬢様は使用人風情に対して礼儀正しくぺこりと頭を下げて「よろしく」と告げた。
その日の午後。
私がお嬢様の傍役に命じた『ごく潰し』のメイド二人が、早速盛大にやらかしてお嬢様を泣かせ、激怒した旦那様によって解雇されたと報告された。
まさか今日の今日で事を起こすとは思っていなかった私が大慌てでお嬢様のもとに赴くと、大泣きしていたはずのお嬢様は嘘みたいにけろりとした表情でお茶を飲みつつ、
「つぎ」
などと言ってくる。
流石の私も、これには乾いた笑いが出た。
成程。確かにこれは普通ではない。
2021/5 侯爵領の描写を修正。平和すぎても不自然なので。




